1
「なんでもその獣は先の世界から来たという珍妙な狸らしくてな。主人公の少年の世話役として派遣されたらしい。日々のちょっとした出来事や、真夏には大海原に出かけて冒険をするという中々に舞台の大きな物語だった。そうそう、長い話になればなるほど、普段は少年を加虐する悪童が友情を重んじるような行動をするのもまた、面白い」
「多分それ、狸じゃなくて猫ですね。猫型のロボット」
「ろぼっと」
きょとん、とソドムさんが首を傾げる。
このあたりの説明をアゼルさんがどうしたのかわからないが、私が「魔術で作った別の生き物みたいな」と説明すると「神の御業だな。つまり使徒か。道理で徳の高そうな行動をしていたわけだ」と妙な納得を去れた。ドラちゃんに徳があるのかはわからない。
物語がわかったので、作るブツも判明した。
じゃあ再び業務スーパーへ、と私が考えているとソドムさんがひょいっと腕を振った。すると草原に小さな家がぽつん、と出現する。木造のとてもこじんまりとした可愛らしい……ジ〇リ?
「今日はもう疲れただろう。そろそろ休むといい」
と、労わられる。
確かに、前世の記憶を取り戻してからノンストップだった。所詮13歳の子供はそれほど体力が無尽蔵にあるわけでもないし仮にも王女なので元気はつらつでもない。
「私は少々外に用があるから、少し留守にするのだが……」
「え、どこかへ行っちゃうんですか?」
「そう不安そうな顔をされると離れがたいが、野暮用は出来るだけ早くに済ませておいた方がいいだろう」
まぁ確かに。ソドムさんにもお仕事とかいろいろあるかもしれない。
私が頷くと、ソドムさんは少し考えるように口元に手を当てた。
「この空間であれば私の写身を造れなくはないのだが、そうなると私が悋気を起こす。了見の狭い男ですまないな」
そのあたりの葛藤は意味が解らないのでスルーするが、つまり、私はこの神域にぼっちにさせられる、ということだ。
そーっと、木造のお家を覗き込んでみると、お風呂やキッチン、お手洗いやら寝室、何やらと一通りの居住空間は揃っていそうだった。でもぼっちだ。
私があからさまにしょんぼり、と子供の体の特権で相手の同情心を誘う様子を見せると、ソドムさんは苦渋の選択、というような、眉間にしわを寄せつつ、唸った。
「……大変、甚だ不本意ではあるが……………仕方ない。――悪魔を呼ぼう」
「え」
「無論、私に喚ぶことはできないから、貴女が召喚することになるのだが………………血の一滴でも、貴女に流せさせるなど」
針でも用意していただければ自分でぷちっとやれますが。
処刑場で私の腹部を圧迫し信じられない苦しみを与えた張本人が今更何を言うのだろうか??
私は自分の装飾品にブローチがあったので、躊躇いなくブローチのピンでぷつっとやる。
物凄い壮絶な顔をしたソドムさんが私の手からブローチを奪い、粉砕し、ピンを口から吐いた炎で溶かした。行動が早い。
ただし私の指からはぷっつりと血が出ている。
「折角なので使いましょう」
「……宝砂殿………!!!!」
あ、名前で呼んでくださった。
貴女、ではなく、きちんと私の名前をご存じだったのか。私が妙なところで驚いていると、ソドムさんとしてはこのタイミングで呼ぶ気はなかったらしく、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「……致し方あるまい」
はぁ、と溜息一つ。
私の血をぽつん、と地面に垂らした。
「え、これで召喚できるんですか」
「宝砂殿にはイドラ・マグダレアの血が流れている。貴女が呼び求めれば、悪魔は応えるだろう」
さすが魔王候補のヒーローだ。その血を引いているだけで呪文も必要ないとはとっても便利である。私が感心していると、地面が紫色に光った。
「捧げられた血と魂の契約により、わたくしが貴方の人生の証明を致しましょう」
両手を自身の胸の前にあて、目を伏して現れたのは灰色の髪に褐色の肌の、男性に見える悪魔さんだった。