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ミートボールスパゲティ。
ミート。肉の。ボール。球。つまり肉団子の麺料理だ。
といって、ジャパンの誇るお弁当文化に欠かせない甘口のタレを絡めたブツでもなく、といってスペインの肉団子アルボンディガスのようなハーブが入っている物でもない、はず……多分。
ただ肉を丸めただけでは駄目だろうから、一応つなぎとして少しだけ牛乳でふやかしたパン粉なんかも入れてみる。あまり多すぎるとザラザラして美味しくないだろう……多分。
続いてソースだ。
例のアニメーション映画の中では、茶色かったからトマトソースであることは間違いない。ただ……多分あれは完全なトマトベースオンリーではなくて、多分……地域的に赤ワインで煮込んでるはず……。
「うーん、うーん……」
ぐつぐつと煮えている料理を眺めながら、私は唸った。
スーパーから扉一枚で戻って、再びソドムさんの神域。キャンプのように簡易的な、野外お料理セットがあって、それを駆使しながらなんとか勢いで作っては見たけれど……………。
……………正直自信がない。
というか、前世の日本人の女性も、自炊は多少していたがとても便利なジャパン。不慣れな自炊をするより、買った方がコスパが良い。
当然今生の私、一応王族であったので料理をする機会もない。前世の幼い子供のころの家庭科とかいう時間の記憶を掘り起こしながら、なんとかかんとか……レッツクッキングしたが……。
「良いにおいだな」
「……ソドムさん」
「そんなに可愛い顔をするな。撫でたくなるが、料理の邪魔はしたくないのだ。なに、私は 食にさほどこだわりはない。神魔戦争時代は屍肉を貪ったこともある。胃は頑丈な方だ」
ソドムさん、壊滅的にフォローが下手ですね。
どんと来い、というように大変力強くご自身の胸を叩かれるソドムさんだが、それでどうして安心して「じゃあこれ食べてください」と提供できるのだろうか。よく考えて欲しい。推しに笑顔になって欲しくて作るお料理だ。失敗できるわけがない。
「貴女は人に料理を食べさせるのは初めてなのだろう?」
「そうですよ?」
「なら良いのだ」
にこにことソドムさんは上機嫌だ。
いいのか……本当にいいのか……玉ねぎがしっかり火が通ってなくて……キツネ色と焦げの違いがわからず不安になって火から放した所為だが……お肉も中が生だったら嫌だから、じっくり焼いたら、表面が炭のようになってしまったブツでも……いいのか。
私は一応、料理のある程度の基本は知っている。どうすれば美味しいとか、知っているが、やったことがないので、その知識を再現できるかは別だ。別なので……不安しかない。
ミートボールスパゲティ。
肉団子を作ってトマトソースで絡めればいいだけのスパゲッティと、言ってしまえばそれまでだが……。だからと言って「じゃあ作ろう」として……実際作ってみると…………心配、不安……恐怖しかない。
あれー。あれー。
作れると思ったんだけどなー、と私は眉間に皴を寄せながら、とりあえず真っ白い大皿に熱々のスパゲッティを盛りつけた。
……………………汁、こんなに多くていいのか。
*
「ふふふ、はははは。ははは、これは、中々……はははは」
「……う、ぅ……うぅ……あの、もう、食べないでください………」
「ははははは、あぁ、すまない。ははは、ははは。これは、こうも……ははははは」
さて、実食タイムである。
私が作ったスパゲッティを大きな口に入れて、もぐもぐとしてから、ソドムさんは大笑いした。
「いや、なに。問題はない。私はこれで問題はないんだ。だがまぁ、貴女はよしておいた方が良いだろうな。大事な腹に何かあっては宜しくない」
「それ駄目ってことじゃないですか」
私がテーブルの上の大皿を自分の方に寄せようとすると、ソドムさんが笑顔でそれを止めた。
「これは私のために貴女が作ったものなのだから、もう私のものなのだろう?」
美味しくないはずのブツを笑顔で食べ続けるソドムさん。なぜそんなに愉しそうなのか。私は「何だろう、これ、公開処刑か」と思いつつ、確かにこれは罰になるな、と納得しそうになった。
「こんなの全然……再現料理じゃないです……本当はもっとこう、美味しいんです……私が未熟なばかりに……ソドムさんのアゼルさんとの思い出が……」
某泥棒映画の印象的なシーンだから、アゼルさんもきっと熱を込めてこのミートボールスパゲティについて語ったはずだ。それを聞いていたソドムさんもきっと、いつかアゼルさんが語った、アゼルさんが美味しそうだと感じた料理を食べてみたいとそう思ったに違いないのに……。
結構な量があったはずのスパゲッティをソドムさんはぺろり、と平らげてしまった。
食事の終わりの挨拶をしたソドムさんの大きな手を、ぐっと、私はテーブルの上で掴んだ。両手で。
「……うん?」
ぴしっと、動きを停止するソドムさん。私は構わず続けた。
「リベンジ……!リベンジ、あっと、再挑戦させてください!!あ、いえ、またすぐにスパゲッティを作るのではなくて…………リベンジです!!ほかにきっともっと、食べてみたい物語のお料理がありますよね!!?それを作ります!!」
と、宣言する。
ソドムさんの願いを叶えるのに失敗=死、というはもはやどうでもいい。
ふがいない料理を作った自分が申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
料理をし続けていけば、そのうちに腕も上がるだろう。勝手もわかってくる。何しろ、ある程度の知識はあるのだ。知識は。
「……それはつまり……貴女のつくる料理を毎日食べさせてくれると?」
「そうです!」
あ、いや。毎日、というのは私の負担が強くないか。
私も自分の料理だけでは舌がバカになる。ソドムさんも可哀想だ。
「いえ、時々は外食とか、既製品も入れたいです」
「うむ、うむ。確かにそんなことも聞いたな。ささやかな暮らしだが、月に2度3度は良い店で、とかそういうやつか。いや、一度だったか?まぁ良いか」
うんうんとソドムさんが頷く。
私も頷いた。
確かに、良いお店で月に数回でもお食事ができるなら料理の良い勉強になるだろう。
よし、これで私はソドムさんに美味しい再現料理を作れるまで…………生かして頂けるし、良い料理を作って推しを笑顔にできる。まぁ、今も笑顔と言えば笑顔だが、これはきっとあれなのだ。足元で羽虫が反撃しているのを眺めて愉快に思っているようなものだろう。
「それでどうです!?何か、興味のある料理はありませんか?!」
アゼルさんが語った物語は千にも万にもなるはずだ。
その中でソドムさんが気に入った物語を共有頂ければ、何を作ればいいか私も考えやすい。
まぁ、できれば「こんなものを作りました」とびっくり驚かせたいが………私の料理の出来がアレなので、今は「あの料理が食べられるのか」というワクワクを、少しトッピングさせていただきたい。
「なるほど、そうだな……」
少し首を傾げて、ソドムさんが考える。
さて、どんな物語の料理でもばっちこい。私は前世の日本人の女性がいろいろな作品を見ていることを期待しつつ、ソドムさんの言葉を待った。
「確か、獣が出てくる物語だったな」
「獣……」
ライオン〇ングとか、わんわ〇物語だろうか。後者だとやっぱりスパゲッティになるが、ソドムさんはスパゲッティがお好きなのだろうか。
「飼い主が近所の悪童に暴行を受ける度に慰めになる道具を腹から出すのだ。その獣の好物がなんとも実に興味深い」
確か単純な菓子だというので作るのはさほど難しくないだろう?と、そのように付け足してくれるソドムさん。
配慮……!!を!してくださっているのはとても嬉しい……が!
私は「なんだその獣って」と頭を抱えた。
【ミートボールスパゲティ】
用意するブツ
■肉団子
・牛ひき肉
・玉ねぎ
・小麦粉
・牛乳/パン粉
→①全部入れてよく混ぜて肉団子にする。表面を焼いて赤ワインで蒸し焼きにする。
■ソース
トマト缶を①のフライパンに入れウスターソース、ローリエ、塩コショウで味を調えて煮る。
→パスタを絡めて水分を飛ばし完成。
パセリをかけて大皿に盛りつける。