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「誠に申し訳ございませんでした」
ドルツィア帝国の皇帝陛下に喧嘩を売った後、ソドムさんが地面をドンッと蹴った。すると大地がぱっくりと割れて、私たちを捕えようと向かってきた軍人さんたちは亀裂に落下していく。それを「これはあれだな。人が屑のようだ、だったか?」と面白そうに眺めたソドムさんは、私を抱き上げてぐるり、と宙返りをし、そうして、一瞬で私たちは何か……明らかにこう、仙境か何かか?と思うような異空間に移動した。
鳥のさえずりや大きな山岳。夕焼けに染まる草原にそっと下ろされた私は、初手土下座を華麗に決める。
「……なんと?」
徹頭徹尾。とりあえず相手の心象を少しでも良くしようと、謝罪を前面に表現する。
私の次の発言は決まっていた。
「アゼルさんじゃありません。私はソドムさんが貴女とやさしく呼びかける女性とは何の関係もないです」
「……」
地にごりごりと額を押し付け続ける。
あとはえーっとえーっと、何かこう、うまい言い訳を考えたい。
ここで異世界人の転生者です、なんて言っても通じないだろう。そもそもアゼルさんと同じ世界というわけでもない。そもそも、ここは物語の中の世界なのだろうか。それであると、私はソフィーの世界という小説いう所の、立ち位置はヒルデになるのか。
……なんにせよ、私が異世界人の転生者という情報は伝える必要はない。
となると、なぜ私は死の縁でカリ〇ストロの城の名言を叫んだのか、その説明もした方が良いだろう。
「王家に伝わる物語として、ドマ家の方から聞いていました。神獣ソドムは義賊が王女のために戦う物語をたいそうお気に召したと。アゼル様の語った物語を、何より好まれていたと」
よし、完璧だ。
なんのスキも矛盾もないパーフェクトな言い訳だ。
私は王女だし、ドマ家はアザレア・ドマ嬢ゆかりの家門。私の知る「王弟殿下が間男だと名乗り出ました」の物語は二人がキスしてめでたしめでたしというところまでで、アゼルさんがドマ家の娘としてイドラに嫁いだのかどうか知らないが、まぁ、王女の乳母を買って出るくらいなのだから、それなりに王家に縁もあるはず……!多分!
「断頭台で死ぬかもしれないその時に、乳母に聞かされた神獣ソドムの話を思い出しました。必死で叫べば、あなたの興味を引けば、少しは生き延びることもできるのではないかと……!!」
……本当は死ぬけど推しのいる世界かもしれないから、折角だから何かやって死ぬか、と、そういう心持だったが、まぁ、筋は通ってるな!!まさにパーフェクト。自分の演技力と発想が怖い。
しかし、一向にソドムさんからの反応がない。
「…………」
五分ほど経過したくらいだろうか。実際はそれほど経っていないかもしれないが、私にとってはとても長い時間が過ぎた。あまりの長い沈黙に、私はおそるおそる顔を上げる。
「……ひっ…………………」
ぎゃ、逆光で表情が、見えないッ、こわっ!!!!!!!!!!!!!!!
いや、見えるものもある。
金色の目が、目というより、丸い光としてこちらに向けられているのは見える!!こわい!!!!!!!
うっ……や、やはり、怒ってしまった!!
アゼルさんだと思って色々親切……親切……?いや、まぁ、助けてくれたのだろう。それが、違います、貴方を利用しました♡などということであれば、誰だって怒る。
あわあわあわ………。
私はガダガダと震え、ぎゅうっと、身を少しでも小さくしようと体中の力を籠める。
「貴女の言い分はそれだけか?」
私にかけられる声は、大変、不機嫌だ。
低い、あまりに地を這うような、生き物の不機嫌、不快、超絶怒りを込めるとこんな声になるんだろうな、というボイスサンプルにもってこいな声音である。
ブルブルと私は急いで首を振った。
「ですから!貴女、じゃないんです!!私はアゼルさんじゃなくて、ソドムさんにこれまで会ったこともないんです!!」
「……………」
ドズドス、と、何かが地面に叩きつけられる音がした。
なんだろう、と思うと、あれだ。尻尾だった。
ソドムさんの後ろの方から、鱗に覆われた尾がゆらっと動いては、大変不機嫌そうに地面に叩きつけられていく。
「会ったことがない」
「はい!」
「この私と」
「そうです!!初対面です!あなたの事はこれっぽっちも知らないです!!」
正直に、全力で答えているというのに、答える度にソドムさんの尻尾が地面を抉る。
あぁああぁあああ……これは、アゼルさんであることを、とても期待していたのだ。
アゼルさんの物語をまた聞けるだろうと楽しみにしていて、多分ソドムさんの隠れ家だか神域だかわからないこの秘密の空間に連れてきてくれたのだ。
それが蓋を開けてみれば、アゼルさんではないただの処刑寸前だった捨てられ王女。
大変申し訳ない。
ゴリゴリゴリと、私は再び地面に額を押し付ける。
「私を知らぬと言うが」
「はい!」
「私はこれまで、己の名を誰かに明かしたことがない」
……げ。
思わず私は顔を上げた。
いつのまにかソドムさんは私の前にしゃがみこみ、肩ひじをついて小首を傾げる。
「だというに、私の名を当然のように呼ぶ。私を知らぬと言うのに、それでは道理が合わないなぁ?」
私は前世の記憶を全力で思い出した。
物語の中でアゼルさんの一人称でのみ「神獣ソドム」の名が明らかになっており、イドラも、アゼルさんも、王様もそのほかの登場人物たちも……そういえば誰も、ソドムさんの名前を口に出していない。
……物語上の都合として、アゼルさんの心理描写、一人称を通して、読者に明かされる類の情報、ということだった可能性。
罠じゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あぁああぁあああ、と私は頭を抱えた。
草原の上で転がりまわりたい!自分の失態!!!!!!!!!
「はははは」
のたうち回る私をソドムさんは大変面白そうに眺める。
「往生際というものを知っているか」
「ぐぅっ……」
「洗いざらい知っていることを全て吐けと、そのような要求をするつもりはないのだが。しかし、その愛らしい顔で、私を知らぬと二度と囀るな」
なるほど!
嘘をつくなってことですね!!!!!!!
確かに!確かに、嘘をつくのはよくない!私は猛省した。
「あの!」
「なんだ」
「私がアゼルさんじゃない件に関しては、許していただけますか……?」
嘘をついたのも悪いが、そもそも勘違いさせてしまったことが申し訳ない。私がじぃっとソドムさんを見上げて問うと、神獣さんは困ったように眉を寄せてから、ため息をつく。
何か言おうと一度口を開いたが、閉じて、そして立ち上がり、口元に手をやって考え込むように沈黙した。
私は判決を言い渡される被告の気持ちで粛々と、ソドムさんの言葉を待つ。
暫くの後、くるり、と振り返った時、ソドムさんはとてもいい笑顔をしていた。
「一つ尋ねるが」
「はい!」
「二度と自力で立ち上がれぬ体にされるのと、ここで1つ、私の願いを叶えると約束するのと、どちらが良いだろうか」
後者って答える人がいると思ってるんですか?
いつも読んでいただきありがとうございます。
感想の返信はうまい言葉が浮かんでこないので基本的にしない人間なのですが、感想を貰うと全力で喜ぶという質の悪い生き物です。気が向いたら褒める感想ください。
土日はお休みなので、できれば1日1話ではなくて、もう少し投稿できればいいな、と思っています。