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「まだこの国を見捨てていなかったのか?神の獣」


 私たちはドルツィア帝国の殺気立った軍人達にすっかり囲まれていた。槍や剣やらだけではなく、なんだあれ、銃か?と思うような形状のものもある。


 そしてそんな私たちを見下ろす高圧的な視線が一つ。


 処刑台を一望できていたら最も眺めが良いだろうという場所。高いところ。高みの見物をしていて、多くの死を見つけ、そして命じた張本人であるドルツィア帝国の皇帝陛下ディートリヒが立ち上がりこちらを見下ろしている。


「見捨てられるものならそうしているが。生憎なかなかできるものでもなくてな」

「それは重畳」


 皇帝が言う。

 かなり若い皇帝だ。とりあえず全力で偉そう、というのはわかる。実際偉いのだが。銀の髪に青い瞳の、こちらを自分と同じ生き物だとはまるで思っていない支配者の眼差しは、私相手というだけではなく、神獣ソドムを前にしても変わらない。顔がいいだけにもったいない。


「俺が国を侵略する時はその国に欲しいものがあるからなのだが、今回ばかりは精々土地と労働力を手に入れる程度だなと欲を抑えていたんだ。これは良かった。 魔獣の遺産だけでなく、神獣も手に入ろうとは。これは運がいい」


 朗々とした皇帝の言葉に「はて」と、ソドムが首を傾げた。


「 手に入れる。この私を。貴殿が」


 ハハハハハ、と、大きな口をあけて大笑いをしてから、目を細める。


 何がおかしいのかと。皇帝が顔に不愉快を露わにして問いかけた。


「この国はもはや俺のもの。ここに並ぶ王位継承者をすべて殺せば、この俺がこの国の支配者だ。まあ、そいつらが何人生きていようとも、この俺以上に玉座に相応しい者がいるとは思えんがな。獣よ、貴様はこの国の王に仕えるのだろう。であれば、貴様は今ここで俺を見上げるそのままに、膝をついて頭を垂れろ」


 跪いて新しい主人にさあ、挨拶をしろと、皇帝は神獣ソドムに求めた。


 ピリッとした空気を神獣ソドムが身に纏う。


「この国の王の座にただ座るだけで我を支配する者であると名乗ろうとは、ハハハ、なんともまぁ。お前たちはまことに、愛らしいな」


 意訳が私にもわかる。

 人間、愚か、ってことですね。


「そもそもお前は、玉座に本当に座れているのか?赤子のようにただ座っているだけのように思えるな。この国の王の座は、座ればわかるのだが……そうか、まだ見えないか。はは、実に愛らしいな。切っ先が頭上にあるとも知らぬか。なるほど、では安心だな。頭上の剣を見ることもできぬ幼子を貫くほど、我が剣も大人げなくはないだろう。ははは、それで皇帝だなどと、片腹痛いわ」


 ……う、うわ……煽る、煽る……。


 皇帝陛下、神獣ソドムの地雷でも踏み抜いたのだろうか。

 少なくとも小説の中の神獣ソドムは、こんな風に怒気を振りまくようなタイプには感じなかった。


 私が知るWEB小説「王弟殿下が間男だと名乗り出ました」は、悪女と断罪されたヒロインがヒーローである王弟イドラに助けられ、その恩返しとして彼にかけられた呪いを解くという、よくある設定の物語だ。その中に登場する神獣ソドムというサブキャラクターは、この国の建国に深くかかわっていて、神獣という立ち位置から随分長く生きている。初代の王様と契約をして、代々の王様に仕えている。その両腕には契約の鎖がつけられており、この鎖の制作過程が……まぁ、なかなかに残酷なのだが、それはそれとして。


「この国を侵略する敵国の王よ。お前はこの国が欲しいと言ったな。だがどうする? どうやら王や王子らはお前が捕らえ、首を跳ねたようだが……さて、どうする?」


 ぎゅっと、神獣ソドムは私を抱く力を強く込めた。


「この私の腕にこの娘がいるな?これは王女だが、何。王家の血は流れている。つまり、私の主になれる資格はあるわけだ。さて、お前たちの何者かが、この私から我が王女を奪うことができるのか?」

「つまり。神獣。お前はその小娘を己の王にするとそう決めたのか」


 じろり、と、皇帝が私を睨みつける。怖い!とても!!


「国の滅亡のその時にこそ一度きりくらいは良いだろう。 国が荒れる、その時に私が空を駆け、次の王を手ずから玉座に座らせても良いだろう」

「では、その小娘が死ねば。お前は俺を王と認めるのだな」

「やってみろ」


 皇帝が手を天に高く掲げると、それを合図に一斉に私と神獣ソドムに攻撃がしかけられる。


 わ、私のよくわからないところで……私の進退が決められていく。私の生死が決められていく……。

 

 いろいろ突っ込みたいところはあるのだけれどけれども。それはそれとしてとにかく私は色々と限界だった。


「げほっ……」


 極度の緊張感。強いストレスからか、それとも別の要因からか、私は強く何度も咳をした。


「……血、うわぁ……」


 そしてべっどりと、手のひらにつく血。


 おやと、神獣ソドムが首を傾げる。


「体が弱いな」


 これではすぐに死んでしまうな、と、大変物騒なお見立てをしてくださる。


「お役に立てなければ申し訳ありません」

「なぜそう思う」


 ゼェゼェと、私は苦しくなり顔を顰めながら、朦朧とする頭で答えた。


 まぁ、つまり。たぶんなのだが、神獣ソドムは、あの皇帝が嫌いなんだろうな、と思う。なので、別に私に期待はしていないが、半分嫌がらせで言ってる。私でなくてもいいのだが、私のことを多分、アゼルさんだと勘違いしているのだ。

 

 アゼルさんじゃない、と早く誤解を解かなければならないが、この状況で「違うのか」と失望されて落とされると、私に対して絶対殺すマンと化している皇帝に斬殺される。


 これならギロチンにかかった方がマシだったかもしれない。


 ゼィゼィと呼吸する私を神獣ソドムは目を細めて眺める。


「貴女は……」


 何か言いたそうに一度口を開く。

 いや、貴女、じゃないんですよ。私はソドムさんにそう呼ばれるアゼルではない。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、段々、目を開けているのもしんどくなる。


 何かバキッ、と折るような音がした。


 うん?


 薄く目を開けると、ソドムさんの金色の目が見える。


 そして何か違和感。

 あれ?右側の角……先が欠けてないか。


「はい?」

「こういう予定は特になかったのだが。こうも腹立たしい思いは生まれて初めてだ。実に不快だ」


 声は笑っているが、目が全く笑っていない。

 たぶん気に入らない相手だろう皇帝を前にしても、どこか幼子を揶揄う余裕のような様子があったソドムさんが、大変……え、なんで怒ってらっしゃる?


 あれかな。アゼルさんじゃないことを察したのか……?


 状況がわからないが、それでも私を強く抱きしめるその腕から逃げることは出来ず、そうしていると、ソドムさんが自分の角のかけらをぐいっと、手のひらごと私の胎に押し付けた。


「んぐぅっ!!?」

「うん。こうしたことは初めてだが、なかなかそうか。こういう手もあったな」

「んんんんっ!!!!?????」


 とても熱い!!熱いし、異物感!!!!!!ぐりぐりと、腹の中に何か入っていく感覚があり、私の目の奥がチカチカした。


 奥歯を噛みしめすぎて血が出るんじゃないかと思っていると、ソドムさんが自分の腕を私の顔の前に差し出す。噛むぞ!!!!!!!!????噛んでいいってことです!!!よし!!!!!!!


 がぶっ、と、私は遠慮なくソドムさんの腕を噛んで痛みを耐えようと試みた。


 腕、硬い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 歯が折れるほどではないが、この驚きの硬さ。これならどれだけ噛んでも肉が私の口の中に入ることはないだろう。硬い!!


 私はなんだかイラっとした。


 私がこんなに苦しい思いをしているのに、私はこの目の前の顔が大変好みな相手に痛みの一つも与えることが出来ないのか!!


 私の苦しさなんぞ意にも介さず、それでも先ほどの怒りが嘘のように消えている、大変機嫌のよいソドムさんが皇帝を見上げた。


「さて、皇帝よ。お前はこの娘を殺したくて仕方がないだろうが。さてここで困ったな?この娘のこの容姿を見よ。黒い髪に赤い瞳。さてお前たちが恐れを込めて語り継ぐ”イドラ・マグダレア”の容姿と瓜二つのこの娘。元々次の魔獣の器ではあったが……これにて、この娘は私のつがいとなった」


 ……今、なんつった?


「今、これこのように私の力も埋め込んだ。お前たちもよく知るように。我が友イドラは死にゆく前に己の魔獣の力を7つに分けてばらまいた。お前たちはこの娘はただの小娘と侮っていようがさて、私が今この娘に与えた7つの欠片のそのうちの一つ、それを身に宿した」


 ……ワッツ??


「この女は、さて間違いなく魔獣になろうという存在。残り6つをこの胸に宿せば間違いなく、この娘は魔獣となる。面白いことになるな?魔獣の器であり、そして王の座につく血をも持っている。イドラの時にお前たちがどう学んだかわからないのだが、語り継がれぬことを改めて教えてやるのも良いだろう。私は今、実に気分が良い」


 魔獣が玉座につくその時に、神獣の鎖も 砕け散るとソドムさんは語った。


「となればどうなる?私の作ったこの大陸を好き勝手しているお前たちを、さてどうしてくれようか」

 

 金の目で眺めるソドムさんの話は皇帝だけに向けられてるわけではなかった。

 私は自分の体が何か変わっていく感覚を感じながら、チカチカと何か、皇帝の姿の背後に何か、光るものを見る。


 皇帝の後ろに、なんか……神々しい、感じのものが……?


「見えるか」


 と、ソドムさん。


「あれが我らが天敵。 我らが憎悪。己らがうまくいかなかったものでな。おのが世界を滅ぼし、さて、この見事な大陸に目をつけた。管理者たるこの私がこのザマでずいぶん好き勝手された。ついに最後の我が領地にまで手を伸ばしてきたか」


 忌々しいことよ、と語るがソドムさんは、なんだかウキウキとしている。

 推しが愉しそうで大変なによりなのだが、しきりに私のお腹を手のひらで撫でまわすのはやめてほしい。


 ……これ、アゼルさんじゃないって言ったら、めちゃくちゃ怒るんだろうな……。

出会って初手、人の腹に何してんだこの神獣。

驚きの手の速さ。

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― 新着の感想 ―
素人にも伝わっちゃう意訳(人間、愚か、)とか「私がこんなに苦しい思いをしているのに、私はこの目の前の顔が大変好みな相手に痛みの一つも与えることが出来ないのか!!」とか死ぬ前に魔獣の力を7つに分けてばら…
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