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「うーん……うーーーーーん」
とぼとぼと断頭台の階段を上がりながら、私はなんとも言えない顔をする。もうここで享年13歳ということでまぁ、腹は括ったのだけれど、それはそれとして……。
万が一。
もしかして。
気のせいじゃなく、ここが『王弟殿下が間男だと名乗り出ました』の世界だったら?
スレイン王朝。ドマ家。神獣。この三つのキーワードが揃って別の世界です、ということもあるだろう。私の前世の日本の方がファンタジーに感じるが、腹に力を入れてジャパニーズの意識の方を強くすると、今の私のこの状況は、いわゆる「なろう小説」の異世界転生モノと言っても過言ではない、と思う。
うーん。
考えて見て欲しい。
もし、万が一、自分の前世が好んだ世界っぽいところに転生しているかもしれない可能性があったら……………どうする?
愚問。
愚問、あまりに愚かな質問だ。
そんなこと、一択に決まりきっているだろう。
「……ふぅ…………」
ぐいぐい、と、乱暴にギロチン台に押し込まれて、私は自分の首を入れるらしい桶の底を見た。まだ半乾きの血がべっどりついている。私の前に首を切られた人のものだろう。ぽいっと、ごみでも捨てるように生首がどこかに放り込まれたのか。まぁ、それは今はどうでもいいとして。
長々と私の名前と、継承順位、母親の名前などが読み上げられる。
私の目の中にある情報は桶の底だけだから、その分考えに集中できた。
自分が、自分の読んだ物語の世界に転生していたら、どうする?
答えは一つ、たった一つしかないだろう。
命尽きるその時まで!!!!!!!!!!!!!!!!
推しに!!!!!!!!!!
会うことを!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
諦めない!!!!!!!!!!!!
たとえギロチンが今まさに落下してこようとも!!!!!!!!!!だ!!!!!!!!!
すぅうぅううううううううう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
私は全力で息を吸い込む。
血のにおいがするが、今はそんなことを気にしている場合ではない!!!!!
吸い込んで膨れた胸のまま、私は息を吐き出しながら、大声で叫んだ。
命乞いではない!!!!!!!!!!!
死するとも!!!!!!!!!!!!!!!!!!
世界の中心で叫べよ恋心!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「やつはとんでもないものを盗んでいきました!!!!!!あなたの!!!!!!!心!!!!!!!!!です!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
まぁ、厳密には恋心、ではない。
打算と欲にまみれた、大変、えぇ、あまりにも打算的な理由から選択した言葉だった。
私が叫んだ言葉に、処刑台のある広場が一瞬静まり返る。
けれど私が発した言葉の意味を、誰もが理解できずに首を傾げた。
幼い王女が命乞いをしたのかと、言葉が聞き取れなかった者はそんな考えも浮かべたが、それにしては、周囲の様子が困惑に過ぎている。
しぃん、と一瞬の沈黙。
けれどドルツィア帝国の皇帝陛下お抱えの処刑人は優秀だった。それはそれ、として気持ちの切り替えを行って、職務を全うする。
ギロチンの刃が私に落ちる、そのはずだった。
「…………」
最初に聞こえたのは、鉄を砕き、木を割る破壊音。ドゴォン、と、何か大きな鉄球でも落下してきたのかと思う程、地面が揺らいだ。
ギロチン台どころか、そのまま処刑場である舞台が破壊され、土埃が舞い、視界が覆われる。
「また、ものを語りに来たのか。貴女よ」
後ろ手に縛られていた縄は解かれ、私の体はふわりと、真綿でも扱うかのように優しく抱き上げられる。
鼻をつくのは香の香りと、視界に入るのは、大きな2本の角に、茶色い髪。
どこまでも優しい、心をくすぐるような声音が私の耳を包み込み、向けられた金色の瞳には、驚きに目を丸くした黒髪の少女の顔が写っている。
「……っ」
姿を目にしたのは初めてだ。
前世で、推しの姿を見る機会はなかった。書籍化しておらず、ただ少ない描写と言動で頭の中にイメージしていた姿と、随分と違ってはいたけれど。
人は驚いた時、声が出ないどころか息も止まるらしい。私がただ驚く事しかできないでいると、土埃が収まり、私たちに無数の矢が飛んでくる所だった。
「しっかりつかまっていてくれ。振り落とすつもりはないが」
私を抱き上げている男の人は、自分の首に私の腕を回すように促し、そしてぐるん、と大きく回転した。どういう理屈かわからないが、飛んできたはずの矢は全て払い落とされ、ぱらぱらと地面に落ちた。
「怖い思いをさせたか?」
何も言えず、ただぎゅっと、首にしがみ付くしかできない私に彼は心配そうに問いかけてくる。
は、離すものか……!!
夢なら覚めないでほしい!!!!!!!!!
推しが!!!!!!!!!!!!!!
推しが!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
私の腕の中にいる!!!!!!!!!!!!
全力でハッピーエンドを目指して突き進むので、「面白い」「面白そう」「エタるな」「書け」と思われましたら、評価、ブックマークなどよろしくお願いいたします('ω')
この作品は、当方の前作「王弟殿下が間男だと名乗り出ました」の続編にあたりますが、この作品のみ読むことも可能でございます。
神獣ソドムが前作ヒロインを好きだったかどうかに関して「いや、それはない」と心から思っております。