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「た、た、た……助かり、ました……」


 水とお粥を少しずつ口にした貴族の男性は、やっと喋れるようになってきた。私の方と、そして私の背後で腕を組んで仁王立ちしているソドムさんを交互に眺め、視線を下ろす。


「お、王女殿下におかれましては……ご無事なご様子で、」

「御託は良い。お前がすべきことは何かもわからないのか」


 私への土下座とか、まぁ、謝罪を要求するソドムさんだが私は別にこの貴族の男性のことをすっぽり忘れていたし、そもそもあれはギブアンドテイク。それに……。


 男性を見つめるソドムさんを振り返り、私は庇うように両手を広げる。


「うん?どうした?あぁ、私が問い詰めるのではなく貴女が行いたかったのだな?」

「違います。それにソドムさんは彼にお礼を言いたくなるはずですよ」

「私が?なぜ?」

「この男性が私にこの国の今の状況を教えてくれなかったら、私は断頭台であんな言葉を叫ぶことがなかったからです」


 彼は私にこの国の現状を教えてくれた。神獣さんが存在している世界だと気付かれてくれなかったら、私は「グッバイ今世」と処刑台であっさり死んでいただろう。そうなると神獣さんは、皇帝の背後にいる神とやらと戦うための道具、つまり魔獣の器にできる私を手に入れられなかった。


「………………………なるほど、確かに。そうなるな?」

「でしょう?」


 ふんす、と私は鼻を鳴らす。


 ソドムさんが私をここに軟禁するのも、大事にしてくれるのも、ちゃんと理由をわかっている。私が凶器になるからだ。七つの秘宝だかなんだかを私に飲み込ませて、私を玉座に座らせればソドムさんは腕と首についている鎖が取れる。ここでの甘やかし生活にすっかり慣れてきたので、私はさて、と現状を色々整理することができるようになっていた。


「わ、私は……死ぬわけには、いかないのです!」


 ソドムさんが私を「貴女は実に賢いな」と褒めてくれていると、ガタガタと震えている貴族さんが突然叫んだ。


「あ、殺さないですよ。大丈夫です。ちゃんとソドムさんも拾った場所に戻してくれると思いますから……」

「でしたらどうか!私を、我が領地に!!」

「うん?」


 随分必死な様子の貴族さん、名前をラト伯爵と名乗ったその人は、そもそもなぜ彼が王女と知る私を自分の前に押し出しても生き残りたかったのか、理由を話し始めた。


 あの列にいた、ということはラト伯爵も王位継承権を持っていた。と言っても、私よりずっと後ろの方らしいのだが、それでも王位継承権を持つ者は全員殺せというドルツィア帝国の皇帝陛下のお達し。

 

 ラト伯爵には愛する妻がいた。

 そして、そのお腹にはラト伯爵の子供。


 王都で子供を産み、三つまでは育てるのが貴族の慣習で、ラト伯爵夫妻もそれに倣った。けれどドルツィア帝国に侵略され、伯爵は捕らえられた。伯爵は身重の妻の腹にも、王位継承権を持つ男児がいるかもしれないと疑われるのを予期し、彼女を自分の領地に密かに送っていた。身重の女性が、遠く離れた山をいくつもこえた領地へ無事にたどり着くことができたのか。それはわからない。


 けれどもし無事であるなら、今頃自分の子供が生まれているはずなのだ。


「私は何としても、領地に戻り……妻と子に会いたいのです……!」


 ラト伯爵は懇願する。必死必死なその訴え。そしてまた、ラト伯爵は「宝砂王女を支援します」と言った。というのも、今のままの私はドルツィア帝国から追われる亡国の王女という身分。しかも神獣さんが煽りに煽ってくださったお陰で、私を殺そうと皇帝陛下も大変殺意を抱いていらっしゃることは想像に難くない。


 伯爵は私を支持する貴族を集めれば、王位を取り戻すことができるだろうとそう提案する。


 うーん……なるほど。


 確かに、ソドムさんは私を魔獣にしてしまえばそれで玉座に座れると思っているだろうけれど、人間社会、貴族社会はそうはいかない。そもそも私は帝王学は学んでいないし、私をお飾りの王様にしてちゃんと国を運営してくれる貴族のサポートは必要だ。


 奥さんと赤ちゃんに会わせてあげたら、ラト伯爵は私を恩人に思うだろうし……うーん。ここは恩を売っておいた方がいいか。


「その男、嘘をついている可能性はございませんか?」

「モノリスさん」


 そこへすっと、私の悪魔執事が口をはさむ。礼儀正しいことを美徳とする悪魔にらしからぬ無作法だが、その言葉の内容にソドムさんが反応した。


「嘘とは?」

「我が女王陛下を利用しようとなさっているのではないでしょうか。妻を王都から脱出させられたことが嘘。あのドルツィア帝国に包囲されて、ただの伯爵が出し抜けるでしょうか」


 王位継承権を持つ伯爵は捕らえられ、見せしめのために処刑台へ上げられることになるが、まだ「腹にいるだけ」の生まれてもいない子供は「可能性として潰すか」と母子ごと葬られたのではないか。伯爵は復讐、報復、皇帝を殺すための凶器としてソドムさんや私を利用しようとしているのではないか。


 ……あ、悪魔らしい……発想……………!!!!


 シュレーディンガーの猫箱のように「妻子はまだ生きてるかもしれない」状況から、死んでる可能性を提示して、なんか、死んでる可能性の方が高くなってくる……!!悪魔の発言、事実になってしまいそうな影響力。私が「そうかも」と納得したら伯爵がここで高笑いして皇帝への恨みつらみを語ってくるんじゃないかとさえ思ってしまった。


 だが、アゼルさんならどう答えただろうか。私は「王弟殿下が間男だと名乗り出ました」のシーンを思い出す。


「設定がチープでは?」

「……はい?」

「確かにそういう……悲劇が物語の良い舞台装置になることもありますが……安直です。安易に妊婦を死なせるという発想も良くないですし、心象に悪いです。悲劇を好む傾向も世にはありますが……ご存じないですか?」


 私が呆れた顔でモノリスさんに問いかけると、悪魔執事は首を傾げた。


「と、いいますと?」

「一般的に、人が見たいのはハッピーエンドなんですよ」


 なので、私も領地で生まれた我が子、そして愛する奥さんと再会して喜ぶラト伯爵が見たい。

 私が承諾するとラト伯爵は大泣きして喜んだ。


「私の予定に、その男の領地に行くというものはないのだが?」


 だがここでソドムさんが「NO」を突きつけてくる。


「次は海の見える街へ行く予定だったのだ。その港町を縄張りとしている海賊がいてな。その海賊がイドラの秘宝の一つを持っているという話を聞いたことがある」

「聞いたって、どれくらい前にですか……………?」

「なに、つい最近だ。60年程度前だからな」


 その海賊、絶対死んでますね。





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