✤閑話✤ソドム
さて、と、ソドムは己の領域を大事大事にしまい込み、金の鍵をがちゃりと閉めた。それを懐に入れ、ポンと一度軽く叩く。この鍵さえあれば何処でもあの空間に行けるが、逆に言えばあの空間からは鍵のある場所にしか出られない。
出現した場所は勝手知ったる王宮内だった。ドルツィアに占領され、かつての栄華は見る影も無い。といってソドムは感傷に浸るような情緒はなかった。長く生きる神獣からすれは百年程度の変化は微々たるもので、そんなことよりも彼が今関心があるのは血塗れの廊下の先。
「さすがに血縁関係のある王妃は殺していないな」
王妃の部屋の扉を開けると、まず剣。次に槍。そうした武器が次々に飛んでくる。ソドムはそれらをなんでもないように躱した。部屋の奥で震えている侍女たちと、彼女らの主人に視線をやる。
「お前が王妃か、会うのは初めてだな」
銀の髪の美しい王族を前に、ソドムは穏やかな顔を向けた。亡国の王妃は青い瞳をきつくしてソドムを睨見つける。
「貴様は獣ですね。兄に言われ、わたくしを殺しに来たのでしょう」
「なぜそのように考える?」
「兄は、皇帝は、私が子を産まなかったことを許して居ないからです」
この王妃、名はソドムにはどうでもよく、呼ぶこともないが、生まれはドルツィア。兄はこの国を滅ぼした皇帝である。
王妃の王冠を戴くために送り込まれた娘は、憐れなことにこの国を愛した。愛さなければ、今この女は兄の側で勝者として微笑んでいただろうに。
「ふむ。なるほど。だがお前の兄は私の主ではないし、私が来たのは別件だ。王妃の証があるだろう。あれは元々私の物でな。返してくれないか」
「……王妃の証…………?」
「アザレア・ドマが身につけていた首飾りだ」
大粒のそれは見事な赤真珠を、銀の細工で飾った首飾りをソドムは求める。王妃が不思議そうな顔をした。
「あれは確かに、わたくしが嫁いだその日に、ドマ大公夫人よりお譲り頂きましたが……」
デザインが古く、かといって手直しはしないようにと言い含められていて、王妃は頂いたっきり身に着けたことがなかった。
なぜ神獣がわざわざそんなものを求めるのかと疑問が浮かんでいた。だが王妃はこれはチャンスなのではないかと考えた。
「神獣様、ではお返しする代わりにどうか1つ、わたくしの願いを叶えてくださいませ」
「うん?と、いうと」
「殺して頂きたいのです」
王妃の言葉に侍女たちが悲鳴を上げた。けれども王妃は構わずに続ける。
「ここで籠城していても、いずれ兄の手にかかるでしょう。けれどわたくしは、自分で自分を殺すことが怖いのです。この国の守護神であらせられる神獣様にこの命を貰って頂けるなら、わたくしの王妃としての生も良い終わりとなるでしょう」
「今ここで私に国を救えと求めないのか?お前をここから逃がせとそのように願わないのか」
「わたくしの陛下がいないのに?」
王妃は微笑んだ。
「兄はこの国を蹂躙するでしょうが、国民にとって最悪というわけではないでしょう。兄はそれなりに、いえ、王として優れた才能を持っています。名君にはなれないでしょう。兄が自分の行動に対して、なにか意見をされた時に耳を傾けることができないからです。ですが、蹂躙したこの国を、万事うまく統治することはできるでしょう」
亡くなった国王には兄ほどの才覚はなかったと王妃は冷静に告げる。国民にとっては、混乱はあれどあの王に統治されるより、兄が王になった方が、のちの暮らしが楽になると、王を愛していながら、王妃は王妃としてこの国について考えていた。
なるほどとソドムは頷く。
そして王妃の願い通り、そして、王妃と共に死なせてくれと願う者たち全てを手にかけ、死体を残さぬようにと獣の腹に収めた。
「さて、これで王宮にあるイドラの欠片は回収できたな。今から駆けてどれほど行けるかわからんが……まぁ、とにかくここから離れられればそれで良い」
屋根に上がり、とん、と、足元を蹴ってソドムは飛び出した。




