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「う、うぉおおぉおおおぉおおおお!!!!!!!!!」
全力で、それこそ必死必死に、まさに命がけで、私は玉ねぎとにんにくをみじん切りにした。これまで包丁なんて握ったことがないだろう乳母日傘の王女様の小さく白い手。桜貝のような爪がついてるが、欲しいのは桜貝ではなく鷹の爪だ。
「目に!!目に染みる!!沁みますが!!この涙は……生への執着心からの涙です!!」
タタタタタタダダダ、と、軽快な音を立ててまな板の上で調理されていく野菜、野菜、野菜、&ミート!!
豚肉なのかなんの肉なのか知らないが、多分何かしらの動物のひき肉に塩、コショウを加えて練る!練る!!練り合わせて一口大のボールを形成する!!
肉団子はフライパンで焦げ目がしっかりつくまで転がす。これで表面をしっかり焼くことで、中の肉汁が外に出てパサパサな残念ミートボールになることを防げるのだ。
「う、うぅう……うぅ……」
私は嗚咽を噛みしめながらフライパンを振った。
肉を焼いたフライパンに、今度はオリーブオイルと鷹の爪、そしてにんにくを入れて香りが立つまで加熱する。あまり火を入れすぎると焦げて苦味が出てしまうので駄目だ。ベストグットなタイミングは、どんな時でも逃してはいけない。料理でも、それこそ、生存フラグでも、だ。
フライパンに玉ねぎを投下し、色づいたら赤ワインを入れて煮込む。そうしてコトコト、とろっととろみが出てくるまで煮込んでいく。アルコールを含んだ湯気に涙がどんどんあふれてきて、私はごしごしとレースまみれのドレスの袖で顔を拭った。
異世界広しといえども、死ぬ気でミートボールスパゲティを作っているのは私くらいだろうな、と思いながら。
*
「待って!神獣さんは!?これ絶対、アゼルのこと好きじゃん!!」
ベッドに寝転がり、スマホを眺めながら私は全力で叫んだ。
さて皆さんは、「なろう小説」なるジャンルのライトノベルをご存じだろうか。登録者の収益化はしていない日本の無料で投稿できる小説サイトで、当初はすぐにすたれると思われていたが独自の文化を作り上げ、日本の文学史にも爪痕を残していると言っても過言ではない……平成、令和をまたにかけたジャパニーズ文芸だ。
私はしがない会社員。毎日の業務にへとへとになりながら、大体22時から23時頃にブックマークをした小説を読み漁るのが楽しみの人間だった。読んでいる作品は多くあるが、最近追いかけていた作品がこの度めでたく完結を迎えたということで、にこにこと読んでみたのだが……。
「ここで終わり!?どうして……!」
読んでいたのは『王弟殿下が間男だと名乗り出ました』という、特に書籍化はしていないし、それほどブックマーク数も多くない作品だ。それでも30話程度で読みやすく、毎日更新されていたので追いかけた。
そこで出てくる登場人物、まぁ、人ではないのだけれど、その作品の神獣ソドムというキャラクターを私はとても推していた。人外。感覚がちょっとおかしい。人の感情の機微がわからない。とても大好物だ。そのキャラクターが、ヒロインの女性にだけは礼儀正しく、名は呼ばないけれど彼女にだけ丁寧に「貴女」と呼びかける。
私は文字を追いかけながら、神獣がヒロインに呼びかけるその声音を想像した。
物語は大団円だ。
何もかもめでたしめでたし。
こうしてヒロインとヒーローは結ばれて、いつまでも幸せにくらしました、という結末だった。
「何一つめでたくない……!!!!!!!!神獣さん、絶対にアゼルのこと好きなのに!」
と、私は不満しかない。
そう、私はオペラ座の怪人でファントムがクリスティーンとくっつかなかったことに不満だし、SAYURIでノブさんが振られたのも全く以って納得できなかった。つまり、サブキャラが好きなのだが、世のサブキャラというのは主人公にはなれない。サブキャラだからだ。彼らは主人公にならないからこそ輝く。
そんなことはわかっている。
わかっている上で、私はあえて、神獣ソドムはヒロインに恋をしていたのではないかと、そう、文脈から読み取った!!
「……DMしなきゃ……………」
はっ、と、私は我に返る。
読者のいち意見として、物申すべきではないだろうか。
いや、厄介読者かもしれないという危機感はもちろんある。だが、完結だ。完結してしまった物語なのだ。もうこれ以上、読者である私は神獣ソドムを眺めて応援することができない。キャラを好きにさせた作者にも責任があるのではないか。
私は体を起こし、スマホではなくパソコンで長文を打つためにベッドから降りようとして、
ズルッ!!!!!!!!!!!
ゴッ!!!!!!!!!!!
とても良い、鈍い音を立てた。
具体的には脱ぎっぱなしでおいていたスーツのジャケットに滑って転んで、ベッドの柵に後頭部をクリティカルヒットさせた。
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「享年、2×歳……!!!!あまりにも、短い!!」
うぅぅ、と、思い出して私は前世の自分の儚さを嘆く。
めそめそと泣いてあげたいが、両腕を後ろに縛られ、後ろから棒で突かれ歩くように急かされるので、泣いている余裕が心身ともにない。
このままだと前世の享年よりはるかに短い、なんと僅か13歳という若さでグッバイ今世をしてしまいそうなのだ。
祖国が大国に侵略され、目の前で次々に親族がギロチンにかけられていくのをみて、幼い13歳の私の精神が壊れかけた。その強い精神ショックから、どうも前世の記憶を思い出したのだけれど、この危機的状況をどうにかできるようなものでもない。
わずかな慰めと言えば、13歳の精神というより、成人し、生死感がゆるいジャパニーズの自意識が強くなり、目の前の惨状が「あらまぁ、大変……」という程度のショックに和らいだくらいだろうか。
まぁ、それはどうでもいいとして。
「あの、あの。ちょっといいですか」
「うぅうう……うぅ……いやだ、いやだ……死にたくない」
私は私の前で震えている貴族っぽい男性に話しかけるが、男性は自分がいつ断頭台に上る番かと怯えるばかりで私の話を聞いてくれそうにない。
「あの。おじさん。あのですね、順番をかわってあげましょうか?」
「……ほ、本当か?」
「まぁ、一個後ろになるってだけですけど。そうですね、もしかすると、私の番が終わったら丁度処刑人さんが疲れて、今日の処刑は終わりって言うかもしれませんし。ギロチンの刃も交換しなきゃってなるかもしれませんし。どうでしょうかね?」
「あぁああ!!あぁ!!頼む!!頼む!!」
がばっと、貴族の男性が私に縋りつき、私は男性と順番を交換してあげた。
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、なんでこんなことになってるんです?」
「……可哀想に。死ぬことも、なぜ死ぬのかも……理解できないくらい幼いのか。確かきみは、いや、あなたは王族の……」
王様の四番目の子で、唯一の王女の宝砂王女である。
金髪の父、母、兄三人と異なり、なぜか黒い髪に真っ赤な瞳の王女である私は、生まれてすぐに不吉な子として殺されそうになったけど、ドマ公爵家の女性が乳母になってくださって延命した。
思い出してきた、思い出してきた。
……うん?ドマ家?
「長く続いたスレイン王朝もこれで終わりか……神獣は我らを見放したのだろう…………50年前に姿を消したきり、王の前にも表れないと聞く」
涙を流す貴族の男性。
……うん?
……スレイン王朝。
ドマ家。
神獣。
何だろうか、聞き覚えのあるキーワードが並ぶ。いやいや、しかし、早合点はいけない。私は首を振った。
貴族の男性の話をまとめるに、我が国は先日国王、つまり私のパッパが崩御して、その後を三王子の誰が継ぐかで揉めるに揉めた。
側室の子の長男リチャードと三男シャウル。
正妃の子の次男グレナ。
もうこの紹介だけで揉める未来しか見えないが、お亡くなりになられたパッパはこの未来が見通せなかったのか。
国がそうこうして混乱しているうちに、隣国のドルツィア帝国に攻め込まれ、あっという間に首都陥落。皇帝ディートリヒは「争うことがないように全員死刑」と笑顔でお命じになり、王位継承権を持つ王族貴族が仲良くギロチンへ、とそういう状況だ。
「……享年13歳かぁ……」
次はせめて、二十年は行きたいな、と来世に期待し、私はとぼとぼと断頭台を上がることにした。