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Gemini-双星の絆-  作者: nhhtn


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最終章 双子座


ランドセルを背負い、家を出て学校へと向かう通学路。

俺はふと足を止め、どこまでも高く青く澄み渡る初夏の空を見上げた。


もちろん、昼間の太陽が照りつける空に、星の姿なんてカケラも見えはしない。

けれど、図鑑で読んだ知識として、あるいは胸の奥底に刻まれた確かな直感として、見えない青空の向こう側に十二の星座が静かに佇んでいることだけは分かっていた。

その無数の星々の中でも、俺の視線は無意識にある一つの場所を探し求めていた。

——【双子座】。


どれほど目を凝らしても、青いキャンバスの上にその輪郭が見つかるはずもなかった。

当然だ。

今は真昼なのだから。

そもそも、双子座が夜空で最も美しく輝くのは冬から初春にかけてだ。

初夏のこの季節に探すこと自体、天文学的にも間違っている。

分かっている。

分かっているのに、俺は首が痛くなるほど空を見上げ続けた。


「……またな」


不意に、自分の唇からその言葉が溢れ落ちた。

誰に向かって呟いた言葉なのか、自分でもさっぱり分からない。

もう会うことのない誰かか、それとも夢の中で別れた幻影に向かってなのか。

その瞬間、優しく爽やかな初夏の風が吹き抜けた。

俺の黒髪がふわりと揺れ、アスファルトの上に揺らめく影を作る。

そして——その吹き抜ける風の音の中に、ほんの一瞬だけ。


『うん』


そんな、鈴を転がすような優しい返声が聞こえた気がした。


「……っ!」


俺はハッとして、弾かれたように後ろを振り返った。

けれど、そこには誰もいない。

あるのはただ、朝日を浴びて静かに動き出し始めた見慣れた朝の街並みだけだ。


母さんが温かい朝ごはんを作って待っていてくれる家。

父さんが朝早く出て夜は遅く帰ってくる、少ない会話とぎこちない笑みが交わされる家。

俺が毎日通っている学校。

これから俺が紡いでいく、十二歳の俺の人生。

そして——俺の頭では思い出せない、けれど確かに存在した「俺の知らない誰かの人生」。


でも、それでいいんだと思う。

人間は、過ぎ去ったすべての過去や傷痕を記憶し続けることなんてできない。

生きていくため、前に進むために——時には辛いことや大切なことすらも薄れさせていくようにできている。

だから、忘れてしまうことは決して悪いことじゃない。


けれど。

忘れてしまったからといって、その存在が最初から無かったことになるわけじゃないのだ。

誰かが一度でも愛してくれたなら。

誰かが一度でもその名前を、心を込めて呼んだなら。

その人は確かにそこに存在し、誰かの命の糧となって生き続けている。


「よし……行こう」


俺はランドセルの肩紐をぎゅっと握り直し、再び前を向いて歩き出した。


十二歳の誕生日。

いつもと変わらない、少し眩しい朝。

いつもと変わらない、不器用で温かい家族。

いつもと変わらない、平穏で小さな世界。

だけど俺は、昨日までの自分とはどこかほんの少しだけ違っている。


その明確な理由は、どれほど考えても分からない。

ただ——今日からの俺は、きっと母さんが作ってくれた料理の野菜を残さず食べるようになるだろう。

彼が欲しかった健康な体を、命を、一日ずつ大切に慈しみながら生きていくのだ。


そして——雲のずっとずっと向こう側。

誰の目にも触れない、光と記憶が揺らめく漆黒の星の海では。

二つの小さな星が、互いに寄り添うようにして並んで輝いていた。

一つは、強く眩い黄金の光を放ちながら夜空を照らし。

もう一つは、控えめに青白く輝く繊細な光を宿している。

相反する色彩を纏い、それでも二つの星は互いの引力に引き寄せられるようにして、決して離れようとはしなかった。


——【双子座】。

カストルとポルックス。

死すべき運命を背負った人間である兄と、不死の神の血を引く弟。

どちらが欠けた命を補った兄で、どちらが生き残ることを選ばれた弟なのか。

そんな境界線は、もうこの広い宇宙のどこを探しても存在しなかった。


ただ、分かっていることはひとつだけ。

二つの星は今日も明日も、永遠に同じ空の同じ軌道の上にあり続けるということ。

地上にいる片方がすべてを忘れてしまっても。

星の海に眠る片方が自らの痕跡を消し去ってしまっても。

一度結ばれた絆の光だけは、決して消えることはない。


無数の魂の記憶を抱えて。

誰かが呼んでくれた温かい名前を抱えて。

誰かが誰かを想う気持ちが存在し続ける限り。


ずっと。


ずっと。


——星は、巡り続けるのだから。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

前作とは舞台や規模感など、だいぶ趣向が変わりましたが、お楽しみいただけましたでしょうか?

本作は、始まりと終わりの構想自体は、前作『カストラート〜傾国の歌劇〜』より先にあったものの、中盤の展開が決まらずお蔵入りになりかけていた作品でした。

ですが、読者さまからいただいた感想に着想を得て、この度ついに物語として完成させることができました。

温かいメッセージに何度も励まされ、最後まで走り抜くことができ、感謝の気持ちでいっぱいです。

しばらくはネタ集めのため新作の投稿はお休みしますが、『カストラート』の幕間更新は続きます!

また小説家になろうで新たな物語をお届けできるよう精進してまいります。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

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