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病弱だった僕の未練は、美味しいご飯を食べることでした〜ハズレスキル判定から始まる、狩人少女との美味なる異世界辺境スローライフ〜  作者: 天野 雀


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第四十話 破格の対価と特級の証

静寂に包まれたオルト商人ギルドのエントランスホールで、アルベールギルド長の声だけが厳かに響いていた。

「……神話の遺産たる世界樹の雫実、そしてその純度を限界まで高める真なる霊水。この二つを掛け合わせた逸品など、東部連合の歴史上、一度として市場に出回ったことなどない」

 ギルド長は胸元の白金章に手を添え、床に跪いたまま震えているバルト副ギルド長を一瞥した。その視線は、ゴミを見るかのように冷え切っている。

「バルトよ。お主はこの至宝を泥と呼び、特級の鑑定士たる儂の単眼鏡を砕くほどの魔力を秘めた品を持ち込んだ客人に対し、衛兵を呼ぼうとしたな」

「ぎ、ギルド長……! そ、それは、その……儂はただ、規約に則って、身なりの不審な者を――」

「黙らぬか」

 ギルド長の一喝に、バルトの喉が引き攣ったような音を立てて塞がった。

「商人の本質は人の皮を見るにあらず、品の本質を見抜くことにあり。お主の目は完全に曇り、ギルドの看板に泥を塗った。……副ギルド長の権限を即時停止とし、査定業務からの無期限謹慎を言い渡す。執務室で沙汰を待て」

「そ、そんな……! お待ちください、ギルド長! 儂は――!」

 取り乱すバルトの両脇を、駆けつけたギルド直属の武装守衛たちが無言で抱え上げる。

 先ほどまで傲慢に嘲笑っていた男は、青ざめた顔で引きずられるようにホールから連れ出されていった。見物していた周囲の商人たちからも、自業自得だと言わんばかりの冷ややかな視線と囁き声が向けられる。

「アリア、すっきりした?」

 僕が小声で尋ねると、アリアは小さく噴き出し、八重歯を覗かせた。

「ええ、最高ね! あんな偉そうな奴、もっと締め上げてやってもよかったくらいよ」

「きゅうっ!」

 僕の肩の上で、ハクも同意するようにふわりと尻尾を揺らした。

 騒動が収まると、アルベールギルド長は再び僕たちへと向き直り、深く、丁重に頭を下げた。

 大陸東部の経済を動かす最高権力者のその礼に、周囲の商人たちから息を呑む音が漏れる。

「不始末を詫びよう、若き仕入れ人殿。……さて、この『世界樹の雫実の濃縮ジャム』一瓶、そして『樹海の霊水』一樽の査定じゃが」

 ギルド長は真剣な眼差しで、僕の手元の小瓶を見つめた。

「本来ならば競売にかけ、王都や帝国の富豪たちに競わせるべき至宝。……じゃが、ギルドの威信に懸けて、即金で買い取らせていただきたい。小瓶一つにつき白金貨三十枚、霊水一樽に白金貨十枚。合計、白金貨四十枚でいかがじゃろうか」

「は、はくきんか……よんじゅうまい……!?」

 横で聞いていたダグラスの顎が外れそうなくらいに落ち、その巨体がガタガタと震え出した。

「ダグラスさん、白金貨四十枚って……どれくらいなの?」

 僕が小声で耳打ちすると、ダグラスは泡を吹きそうな顔で答えた。

「ど、どれくらいじゃと……!? 金貨百枚で白金貨一枚じゃぞ!? 金貨三枚あれば平民の一家が一年間贅沢に暮らせるんじゃ! 白金貨四十枚といえば、金貨四千枚……! この交易都市の一等地に、庭園付きの豪邸が二軒建つ額じゃよ……!!」

 豪邸が、二軒。

 大聖堂で「無価値の飯炊き」と笑い飛ばされた僕のスキルが、樹海の恵みと調和した結果、都市の天秤を狂わせるほどの価値を生み出していた。

「……分かりました。その条件でお譲りします」

 僕が頷くと、アルベールギルド長は心底安堵したように顔をほころばせた。

「感謝する。……そして、もう一つ。お主たちのような傑物を、ただの通りすがりの客として見過ごすわけにはいかん」

 ギルド長は懐から、鈍い銀の光を放つ精緻な金属板を取り出した。

 中央に三つの天秤と、純白の百合が彫り込まれた最高位の身分証。

「これは、オルト商人ギルドが年に一人出すかどうかの特級証紙……『名誉特級仕入れ人証』じゃ。これを持っていれば、都市内での商業活動の税は完全免除、住居や店舗の購入権、さらにはギルド直属の護衛騎士の要請権すら与えられる。……どうか、受け取ってはくれまいか」

 差し出された銀の証紙を受け取ると、ずっしりとした重みと共に、確かな魔力の刻印が伝わってきた。

――スキル発動:【至高の食卓】。

――対象物品:オルト商人ギルド名誉特級証。

――効果:交易都市内における最高位市民権の獲得、不当拘束の完全無効化、商業特権の付与。

 これがあれば、もう門番に絡まれることも、王都の騎士団が乗り込んできたとしても不当に捕らえられることもない。

 僕たちがこの街で堂々と胸を張って生きるための、完璧な盾が手に入ったのだ。

「ありがとうございます、ギルド長さん。大切に使わせてもらいます」

「うむ! ……時にリュート殿。それほどの腕前を持つ料理人であり素材の調律者ならば、この街に拠点を構える気配りはあるかの?」

「ええ、そのつもりです。工房と台所がついた、静かな場所を探していて」

「ならば、儂自ら最高の物件を案内させよう! 運河沿いの静かな一角に、素晴らしい厨房設備を備えた洋館が空いておるのじゃ!」

 老ギルド長はまるで孫に贈り物を渡す好々爺のように目を輝かせ、僕たちの手を取った。

 背後で、かつて僕たちを冷笑していた商人たちが、羨望と畏怖の眼差しで見送っている。

 莫大な財産と、絶対の後ろ盾、そして自由な新天地での城。

 僕たちの新しい食卓の拠点が、いま交易都市オルトの真ん中に産声を上げようとしていた。


(第41話へ続く)

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