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病弱だった僕の未練は、美味しいご飯を食べることでした〜ハズレスキル判定から始まる、狩人少女との美味なる異世界辺境スローライフ〜  作者: 天野 雀


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第一話 白い病室の終わりと、青い風の匂い

無機質で規則的な電子音が、薄暗い病室に反響している。




鼻腔に刺さる消毒液のツンとした匂い。腕に何本も繋がれた半透明のチューブ。


僕の体は、生まれつき酷く壊れていた。



診断名は、重度の先天性消化管不全、それに伴う重篤な食物アレルギーと免疫疾患。


簡単に言えば、僕の胃や腸は、食べ物を消化して栄養に変えることができなかった。ほんの少しでも固形物を口に入れれば、内臓を針で掻きむしられるような激痛と高熱に襲われ、ショック症状を起こしてしまう。




物心ついた頃から、僕の命は腕の血管に直接流し込まれる高カロリー輸液のバッグだけで繋がれていた。

味も、温もりもない、ただ生き延びるためだけの冷たい液体。


そんな僕の、世界で唯一の楽しみは『料理本』を眺めることだった。


病室のベッドの上で、ボロボロになるまでめくったグルメ雑誌。テレビの向こうで湯気を立てる、黄金色に輝くオムライス。ふっくらと焼き上がったパンの焦げ目。ぐつぐつと煮立つシチューの鍋を囲んで、家族が笑い合っている姿。


(……一度でいいから、食べてみたかったな)


舌の上でジュワッと広がる温かさって、どんな感じなんだろう。

誰かと一緒に「美味しいね」って笑い合う食卓って、どれくらい幸せなんだろう。


明日、僕は十二歳の誕生日を迎えるはずだった。

けれど、胸を締め付ける冷たい痛みが、もう時間が残されていないことを告げていた。

急速に薄れゆく意識の底で、僕は最後の力を振り絞って、叶うはずのない願いを溢した。


(もし……もしも次があるなら……。何でも美味しく食べられる、丈夫な体に……)


ツーーーーーーー。


途切れた電子音とともに、僕の世界は真っ暗な闇へと落ちていった。


















「――おい、リュート! こんなとこで突っ伏して寝てたら、風邪引くわよ!」



快活な少女の声と、肩を揺さぶられる衝撃で、僕は勢いよく目を開けた。



「……っ!?」


視界いっぱいに広がったのは、天井の無機質な蛍光灯ではなかった。

吸い込まれそうなほどどこまでも青い空と、力強く輝く太陽。

そして、鼻腔をくすぐる青草の瑞々しい匂いと、土の香り。


「え……?」


「もう、ぼーっとしないの! まったく、昔から体が弱いんだから……あ、でも、最近はずいぶん顔色良くなったわね」


目の前にしゃがみ込み、腰に手を当てて僕を覗き込んでいるのは、見知らぬ少女だった。


簡素なブラウスに茶色いエプロンドレスを身に纏い、赤毛の三つ編みを揺らしている。まるで昔のヨーロッパの農村映画から飛び出してきたような格好だ。


「……あ、あの……君は……?」


「はぁ!? あんた何寝ぼけてんのよ、アリアよ! 幼なじみの顔まで忘れちゃったわけ!?」


アリア。


その名を聞いた瞬間、脳の奥から見知らぬ記憶が奔流のように押し寄せてきた。



――ここは、アズベルグ王国。その最果てにある片田舎、ルミナ村。


僕の名はリュート。この村の猟師の息子で、今年で十二歳になる。


そして目の前の少女は、隣の農家の娘、アリア。



(……僕、死んだんじゃないのか……?)


恐る恐る、自分の両手を掲げてみる。


点滴の痕で紫色に変色していたはずの腕は、日焼けした健康的な肌色をしていた。

胸に手を当てると、ドク、ドク、と力強い鼓動が手のひらに伝わってくる。喉も痛くない。息を吸っても、胸が締め付けられない。


「立てる? ほら、手貸してあげるから」


アリアに引っ張られて立ち上がる。

体が、信じられないくらい軽い。自分の足で、しっかりと大地を踏み締めている感覚があった。


「ねえ、リュート。緊張してるのはわかるけどさ」


アリアは遠くの街道を見つめながら、少し声を落として言った。


「いよいよ明日だもんね。【神授の儀】」


「……神授の儀……」


その言葉も、僕の記憶の中にしっかりと刻まれていた。


この世界では、十二歳を迎えた子どもは例外なく、王都の大聖堂へ出向かなければならない。そこで神官立会のもと『神託の水晶』に手を触れ、神から生涯に一つだけの【固有スキル】を授かるのだ。


授かるスキルによって、その後の人生のすべてが決まると言っても過言ではない。


剣聖や大魔導士のような戦闘スキルを引けば、国軍や貴族に召し抱えられ一生の栄華が約束される。


逆に、取るに足らない生活系のスキルなら、一生を平民として終えることになる。


「明日の朝一番の乗合馬車に乗るんでしょ? 王都までは丸一日かかるんだから、今日のうちに荷物まとめとかないと置いてかれちゃうわよ」


「うん……そうだね」


アリアは「私は絶対に【聖騎士】のスキルを引いて、王宮騎士団に入ってみせるんだから!」と得意げに笑っている。


けれど、僕が望むものは違った。


大層な名誉も、誰かを屈服させるような強大な武力も、これっぽっちも欲しくない。


(僕が欲しいのは……)


ふと、ぐぅ~っと僕のお腹が盛大に鳴った。


「ふふっ、何よそれ! 早く帰ってお昼ご飯にしましょ。今日はお母さんが、ライ麦パンとカブのポタージュを作って待ってるんだから」


「……うん!」


お腹が空く。


それだけで、涙が出そうになるほど嬉しかった。


神様からどんなスキルを授かるかなんて、どうでもいい。


ただ、この健康な体で、美味しくご飯が食べられて、大切な人たちと温かい食卓を囲めるような――そんな穏やかで幸せな暮らしができるスキルなら、何だっていい。


そう、この時の僕は心からそう願っていたのだ。


翌日、王都の大聖堂で授かることになるそのスキルが、王国中を揺るがす大騒動を巻き起こすことになるなんて、僕は何一つ知る由もなかった――。


(第2話へ続く)

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