逮捕
さて、すっかりと出足をくじかれた王家の兵士達はアリッサ達が乗る馬車が遠くへ行ったことを確認すると改めてバーティ侯爵家へと突入した。もうこの時点で士気は下がっていたのだが、邸内にびっくりするほど人が少ないうえにバーティ侯爵らしき人物もあっさり見つかったので事なきを得た。
「な、なんだお前らは!? 人の屋敷に勝手に入るなど無礼だぞ!」
「貴殿はバーティ侯爵だな? 我々は王の命令により貴殿を捕縛しに参った王宮の兵士だ。大人しく縛につかれよ」
「はあ!? 王の命令だと? いったい何のことだ!」
「心当たりが無いとは言わせぬぞ。貴殿は領地にて違法な植物を栽培しているとの容疑がかかっておる」
「違法な植物だと!? なんのことだ! だいたい領地なんて僕は何も関与していない!」
「関与していない……? 領主が何を呆れたことをぬかしておるか……」
兵士はバーティ侯爵の言い分に呆れてしまった。
領主とは領地の管理者であるのに、関与していないなどという言い逃れが通じると思っているのかと。
侯爵は本当に何も知らないからそう言っただけなのだが、兵士にとってはただの言い逃れにしか聞こえなかった。まさか領地を放棄している領主なんているとは思わないからだ。
「とにかく、共に領地まで来てもらおうか」
侯爵を連れて領地まで向かい、そこで違法植物の栽培が確認でき次第王宮へ連行せよとの命令を受けた兵士は部下に命じて侯爵の両手を縄で縛らせた。
「痛っ!? き、貴様等……侯爵である僕にこのような仕打ちをしてどうなるか分かっているんだろうな! 全員処刑してやる!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ侯爵を無視し、兵士達は慣れた手つきで両手を縄で縛りあげた。
普段から荒事に慣れている彼等にとって非力な貴族が騒いだくらいではどうということはない。
簡素な造りの馬車へと侯爵を押し込み、そのまま領地に向けて馬を走らせる。
普段使用している豪奢な造りの馬車とは違い、椅子はクッションすら置いていないむき出しの木でできているため乗り心地が悪いと侯爵はずっと文句を垂れていた。
「着いたぞ。降りてもらおうか」
事前に調べていた領地の場所に着き、兵士達の間に緊張が走る。
ここで違法植物が栽培されていることを確認次第、領民全員を捕縛せよとの命令が下っていた。その時抵抗されることは間違いないだろうし、相手が武装している可能性だってある。兵士はそれぞれ腰に下げた剣に手を伸ばしたまま、慎重に奥へと進んでいく。
「……随分と荒れ果てた場所だな。橋も破損しているし道も整備されていない」
朽ち果てた橋や一切整備されていない道を目にして兵士は眉をひそめた。
裕福な高位貴族の領地が何故こうも荒廃しているのか理解に苦しむ。
斜陽貴族の領地ですらここよりは整備されていた。
領地を整備していないことを咎めたというのに、領主である侯爵は反応すらしない。というより自分には関係ないという態度だ。その態度に兵士はますます眉をひそめた。
「こんなにも整備されていないと領民から苦情がきたのではないか?」
「は? 苦情? さあ、僕はそんなの知らないな」
「知らないだと? 貴殿は領主だろう? 貴殿が知らないでどうするというんだ?」
領地が整備されていないことに苦言を呈すと、領主である侯爵からまさかの「知らない」という答えが返ってきた。領地の管理者がよくも恥ずかしげもなくそんな事を言えたものだと兵士は侯爵に詰め寄る。
「そういうものは全て家令に任せていた。だから僕には関係ない」
無責任にも程がある回答に兵士は人外の化け物を見るような目を侯爵に向けた。
仕事上ろくでもない領主は今まで何度も目にしてきたが、ここまで自分が管理する領地に無関心で無責任な者に会ったのは初めてだ。領民が納める税で生活をしているというのに何故そうも無関心でいられるのか理解に苦しむ。
しかしここでそれを問い詰めても埒が明かない。それに尋問は別の担当者がする予定だ。なので兵士は会話をそれで切り上げることにした。これ以上話していると腹が立って殴ってしまいそうというのもあるが……。
しばらく歩くと村があった。そこで村人と思しき人々が生活していたのだが、それを見た兵士は何ともいえない違和感を覚えた。
「バーティ侯爵、彼等はこの領地に昔からいる領民か……?」
どう見てもこの国では見たことのない独特の民族衣装を身に着け、顔の造形もこの国の民とはどことなく異なる人々が、さも昔からここにいるかのように暮らしている。兵士はその光景がどうにも異様な気がして仕方なかった。
ここで領地の管理者である侯爵はこの質問に頷くのか、それとも驚いて否定するか。兵士は固唾を飲んで返事を待ったが、侯爵の発言は予想を超えたものだった。
「さあ? 知らないな。領地にはもう何年も足を運んでいないし、領民の顔だって覚えていない」
無責任を恥じることなく告げる領主に兵士は愕然とした。
よくもまあ己の職務放棄をそこまで堂々と言えたものだと呆れを通り越して感心すら覚える。
「隊長、この村の至る所に植えてあるあの植物……間違いなく栽培禁止指定のものです」
唖然としている兵士に部下の者が声を潜めて告げた。
その声にハッと我に返った兵士は気を取り直して部下達に指令を下す。
「よし、確認がとれたのであれば村人全員確保だ。一人残らず連行せよ。それと証拠として植物の採取も忘れるな」
号令と共に兵士達が村人の捕縛を始め、村は悲鳴に包まれた。
それを目にしてもまだ他人事のように突っ立っている侯爵に兵士は苛立ちを覚える。
「バーティ侯爵、領地での違法植物栽培の罪により貴殿を逮捕する。このまま王宮まで同行願おうか」
「…………は? 逮捕だと!? ふざけるな! どうして僕が逮捕されねばならない!」
「……たった今罪状を述べただろうに。もういい、貴殿と会話をしていると頭が痛くなる。おい、連れて行ってくれ」
侯爵との会話に疲れた兵士は部下に王宮まで連れていくよう命じる。
もうこれ以上話していると頭が痛くなりそうだ。
そもそもここへ連れてきたのは自分の領地で何が起きているかをその目で確認させ、言い逃れが出来ないようにする為だ。なのに、侯爵は領地の管理者であるにもかかわらず終始他人事のような反応をしていた。領主だというのにどうしてあんな反応が出来るのか。不思議を通り越して不気味さを覚える。
「おい、貴様! 僕にこんなことをしてただで済むと思うなよ!? 全員後悔させてやるからな! 覚えておけ!」
「馬鹿だな。これから後悔するのはあんただろうよ……」
侯爵の捨て台詞を兵士は馬鹿馬鹿しいと切り捨てた。
これから王宮で長時間に渡る尋問を受け、後悔することになるのはそちらだと……。




