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こちらも理不尽な対応をさせていただきます  作者: わらびもち


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アリッサの恋

「な、なんだお前達は!? 人の屋敷に勝手に入ってきてどういうつもりだ!」

「ん? ひょっとしてバーティ侯爵殿か? これはどうも、孫娘と婿が世話になったな」


 いきなり入ってきた集団に侯爵は声を荒げた。

 しかし集団の長である老人は意に介さず平然と挨拶し、握手を交わす。

 その強引さに侯爵の方が若干引いてしまった。


「騒がせてすまないな。取り次ぎを頼もうにも門の前に誰もいなかったので勝手に入らせてもらったぞ」

「は? 誰もいない? 門番がいるはずだが……」

「いや? 生憎誰も見当たらなかったぞ」


 その言葉に侯爵は顔を青褪めさせ、急いで外へと駆けていった。

 おそらく門番がいないかを確認しに行ったのだろう。


「あら、昨日までは門番がいたはずですけど、逃げたのかしら?」

「ということは門番もいない屋敷で我々は過ごしていたのか? よく賊が入らなかったものだ……」


 子爵は門番無しの屋敷で過ごしてしまったことに恐怖した。こんな豪邸に門番がいないなんて、どうぞ襲撃してくださいと言っているようなものだ。


「お祖父様、ご無沙汰しております。此度はお力添えをしていただきありがとうございました。いくら感謝しても足りませんわ」

「おお、アリッサ! 久しく会わないうちにますます美しくなったな! なに、お前の為なら労力は惜しまぬ。いくらでも儂を頼るがよい」


 久しぶりの孫娘との再会に老人……シーグラス翁は満面の笑みを浮かべた。


「ドミニク従兄様もお久しぶりです。調査等は全て従兄様が担ってくださったとお聞きしました。ご面倒をおかけして申し訳ありません」

「なに、気にするな。従兄妹の危機を救うのは当然のことだ。それに、権力者をやり込める機会というのは中々無い。しかも一国の王を相手にするという機会など一生に一度あるかないかだ。いや、なかなかに楽しかったぞ」


 アリッサの従兄妹ドミニクは眩い笑顔でとんでもないことを言い放った。

 実は今回の国王への対応策を考えたのは彼だ。数十年前の件についての調査、そこから国王の異母弟を探すことまでこの短期間でやってのけたのである。


 怜悧な頭脳、アリッサとよく似た整った容姿、そして自分よりも上の相手を屈服させることに喜びを見出す癖のある性根。そんな彼は祖父から大貴族シーグラスの跡継ぎに相応しいと高い評価を得ていた。


「それにしても随分と阿呆臭い揉め事に巻き込まれたものだな。儂等もまさか一国の王の退位に関わることになるとは思わなんだ。なあ、ヴィンセントよ……」


 シーグラス翁の地の底から這い出るような低い声音で名を呼ばれた子爵は盛大に身を震わせた。もう、名を呼ばれただけで怖くて震えが止まらない。というか、陛下はやっぱり退位するのか……。


「ご、ご無沙汰しております義父上……。此度は多大なご迷惑をおかけして誠に申し訳なく……」

「ふん、まったくだ。何を考えればこのようなつまらない男に大切なアリッサを嫁がせようなどという愚行を犯せるのやら……」


 怒っていた。もうそれ以外で言い表せないほどシーグラス翁は怒っていた。

 誰が聞いても阿呆みたいな理由で娘の婚約を決めてしまった不甲斐ない婿に。


「儂はお前に言ってあっただろう? 何かあればシーグラスの名を使っても構わぬと。此度の件こそまさにそれを使うべきではなかったのか?」

「お、おっしゃる通りです……。まことに面目ない……」

「まったく、此度の件で本当なら儂は皇帝陛下に頼みこの国へ圧力をかけてもらうつもりだったのだぞ? それでは国際問題になるというのでドミニクが対応策を考えてくれたからよかったものの……」

「こ、皇帝陛下に!? 義父上……それは流石に……」

「だから、それはドミニクに止められたわい。それでは面白くない、とな」


 止める意味の方向性が間違っていると思ったが、それは言わないでおいた。

 いずれにしても皇帝が出てくるという最悪の事態は免れたわけで。それを止めてくれたドミニクにはいくら感謝をしても足りなかった。たとえ理由が面白いとかつまらないとかいう感情的なものであっても。


「だが、代わりに皇子殿下が此度の件にご助力くださったぞ」

「え!? 皇子殿下が……?」


 皇族までもがこの件に関わっていたと知った子爵は思わず絶句した。

 これはもう国際問題に発展していると言えるのではないかと。


「まあ……お祖父様、どなたがお力を貸してくださったのですか?」


 アリッサも驚いているがそれは国際問題云々ではなく、どの皇子が力を貸してくれたかについてだった。


「ノア殿下だ。殿下はお前が心配でわざわざこちらまで来てくださったのだぞ」

「……まあ! ノア殿下が? わざわざこちらまでご足労を?」


 その名を聞いた瞬間ひどく驚いて目を丸くするアリッサ。

 そんなアリッサにドミニクが「今は馬車の中でお待ち頂いている。直接御礼を言ってきたらどうだ?」と告げた。


「で、ですが……私、今このような格好ですし……。とても皇子殿下の前に出られるような服装ではございません」


 バーティ侯爵家の上級使用人が皆辞職してしまったので、アリッサは一人で身支度を整えるしかなかった。なので簡単なワンピースを着用しただけで、髪も結っていない。

 皇族や王族に謁見する際はきちんと髪を結い上げ格式高いドレスを身に着けることがこの大陸での礼儀とされていた。アリッサの今の姿は到底その基準を満たしておらず、このまま皇子に会うのは不敬となってしまう。


「別に正式な謁見というわけでもないのだし、そのような細かいことを気にしなくてもいいだろう。それより殿下はお前に会いたがっておられたよ。本当はここまで共に来るはずだったのだが、門番もいない不用心な屋敷に皇族の方をお連れするわけにはいかないからな。安全の為に馬車でお待ちいただいている。だからお前の方から会いにいって差し上げろ」

「…………っ!! 分かりました。では、行って参ります」


 ドミニクに促されたアリッサは急ぎ足で馬車へと向かっていった。

 

 あんなにも急いだ様子で、しかも恥じらいを含んだ乙女の顔をした娘を子爵は初めて目にした。


「アリッサはどうしたのでしょうか? あんなに焦った娘の姿は初めて見ます」

「……叔父上は随分と鈍感でいらっしゃる」


 いきなり罵倒された子爵は思わず「はあ!?」と声を上げてドミニクの方を向いた。しかし、当のドミニクは両手を上げて「やれやれ」といったポーズをとる。


「淑女が恥じらうのは恋をしている証拠ですよ。なによりいつも余裕の表情を浮かべているアリッサがあんなにも戸惑う理由なんてそれしかないじゃありませんか」

「なっ……!? こ、恋? アリッサが……?」

「何を驚いていらっしゃるのです? アリッサも年頃の乙女です。恋のひとつやふたつあってもおかしくないでしょう」

「い、いや……それはそうなのだが……」


 理屈ではそうだと分かっていても、あの女王然とした娘が普通の乙女のように誰かに恋慕の情を抱いているとは俄かに信じがたい。


 いや待てよ、そういえば以前娘とそんな会話をしたような気がする……。

 確か……そうだ、身分差の恋がどうのこうのと話したような……。


「まさか……皇子殿下に?」

「アリッサから直接聞いたわけではありませんが、まあそうでしょうね。あの反応を見る限り……」


 娘が恋い慕う相手がまさかの皇子だったことに驚きを隠せない。

 いくらなんでも身分差が……と懸念する子爵にシーグラス翁が念を押すかのように告げた。


「ヴィンセント、反対することはこの儂が許さんぞ。アリッサを訳が分からん男に嫁がせようとした罰だ。お前は今後アリッサの婚約について関わることを一切禁ずる」


 義理の父親からの宣告に子爵は絶句した。

 当主であり父親である自分が娘の婚約に関われないなんて……という感情が湧き上がったが、義父の言う通りなので反論は出来ない。


「分かっております……。今後、アリッサの婚約についてはメリッサに一任することにします」


 子爵の言葉にシーグラス翁は満足そうに「うむ」と頷いた。

 その反応にこれが正解だったかと安堵し、ほっと胸を撫でおろす。


 おそらくここで「義父上に一任します」と言ってしまえば義父の雷が落ちたことだろう。他家の人間に任せるとは何事か、と。長い付き合いで分かったことだが義父は存外扱いが面倒臭い。


 この義父に信用されている妻に一任すると言うことこそ最も正しい。

 当主としては情けない限りだが、一度やらかしているので文句は言えない。


 つくづくあの時妻の反対を聞いておくべきだったな……と今更ながら後悔した。

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