国王との交渉
意味不明の王命が下され、それは父が過去に犯した愚かな所業によるものだと聞かされた翌日、王家より我が家に招集がかかった。
わざわざ王宮の兵士が馬車で迎えにくるという用意周到振り。逃がさないといわんばかりの横暴ぶりに腹が立ったものの、兵士が父の顔を見てかなりギョッとしていたので少しだけ溜飲が下がった。
それにしてもこんな田舎貴族一家相手にここまでするとは……。
よほど国王陛下は『フロンティア子爵家の娘』を悪名高き貴族家へ嫁がせたいのだろうか。
ただ、よく分からないのはもう三十年も前の事を当事者でもない国王陛下が今更蒸し返すのかということ。それが起きたのは先王陛下の御世で、今の国王陛下にそこまで関係あるとは思えないのに、どうして今更……。
考えているうちに馬車は王宮へと到着し、私達は謁見の間へと通された。
「よう参ったな、フロンティア子爵。それに夫人と息女も。よい、面を上げよ」
「国王陛下におきましてはご機嫌麗しく……」
顔を上げた父が国王陛下に向かって恭しく口上を述べたのだが……
「……………………っ⁉」
父の顔を見た瞬間、陛下の顔色が変わった。
それもそのはず。だって父の顔は方頬が酷く腫れあがっていたのだから。
「……こ、此度こうして其方達を呼び出したのは、先日余が出した王命について改めた説明するためである……」
どうやら陛下はそこに触れないことを選んだようだ。
誰が父の顔をこんな風にしたのか……と瞬時に予想して突っ込まないことにしたのだろう。
陛下はおそらく父の顔は事情を知った母か私によってなされたものだと察したはずだ。
父の馬鹿な所業のせいで娘が意に添わぬ結婚をしなければならないことへの怒りがそうさせたのだと。
「フロンティア子爵よ、どうしてこのような理不尽ともいえる王命が下ったか……貴殿の身に覚えはあるか?」
「……はい、勿論でございます」
「そうか、ならばよい。其方にこの王命を下すよう遺したのは亡き先王だ。今更だと思うだろうが……先王の遺志を尊重する必要がある」
ああ、国王陛下も一応はこの王命が理不尽だという自覚がお有りなのね。
何の罪も無い私を、愛人を正妻扱いするあまりにずっと独身を貫いている拗らせ男に嫁がせるという、まるで刑罰のような真似をすることをおかしいと思ってはいるのね。
「フロンティア子爵の娘よ、直答を許す。其方はこの王命を受けるつもりはあるか?」
いきなり国王陛下に話を振られて驚いた。
まさか当主でもないただの令嬢に直接声をかけ、王命を受けるか否かの意志を聞いてくれるとは思ってもみなかったことだ。
もしかして、今代の国王陛下は臣下に対して気安い御方なのかもしれない。
それは僥倖。それならば私が一晩かけて練りあげた例の作戦を告げやすいというもの。
私は深呼吸の後、陛下へと真っすぐ顔を向けた。
「もちろんにございます。この国の貴族として王家の意向に沿いますのは当然のこと。ただ……一つだけ叶えていただきたい願いがございます」
「ほう……願いとな?」
陛下は一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに表情を戻した。
「それはどのような願いだ? 申してみよ」
「ありがとうございます。ですが、その前にお尋ねしたいことがございます。此度の王命の対象である『フロンティア子爵家の娘』とは、如何なる条件を持った者のことを指すのでしょうか?」
「…………うん? 如何なる条件? それはどういう意味だ?」
「何をもってして『フロンティア子爵家の娘』という条件が成り立つのか、という意味にございます」
「? フロンティア子爵家の血を受け継ぐ娘のことを指すに決まっておろう?」
「いえ、それはあくまでフロンティア子爵家に産まれた娘でしかありません。それだけではまだ……『フロンティア子爵家の娘』、すなわちフロンティア子爵令嬢とは呼べぬと思われます」
「は……? 何を言う? 同じ意味であろう?」
「いいえ、貴族家の子女であると認められる条件……それはすなわち陛下のご承認を得るか否かにございます。いくらその家の血を受け継ぐと主張しようとも、陛下にお認め頂けぬ場合はその家の子女ではない。つまりは陛下にお認め頂き、正式に登録を受けて初めてその家の子女となる。そうではありませんか?」
「う、うん……? まあ、そうであるな……」
当たり前のことを回りくどく言っているだけの発言に陛下は目に見えて戸惑っている。それはそうだろう。ようは出生の届け出の流れを仰々しく言っているだけなのだから。
この国の貴族家では子が産まれると王宮に出生届を出し、最終的に国王陛下がそれを認める旨の署名をすることで正式にその家の子として認められる。
「であれば、『フロンティア子爵家の娘』とは偉大なる国王陛下がお認めになった令嬢を指す……ということになりますね。当家に生まれた娘ではなく、あくまでも陛下がお認めになった存在こそが『フロンティア子爵家の娘』だと」
「其方は何が言いたい……? まさか……自分が嫁ぎたくないからと、どこぞの娘を身代わりにするつもりか? しかもそれを余に認めろというのではなかろうな?」
赤の他人を自分の身代わりにするつもりか、と陛下は怒りを声に滲ませる。
しかし私は笑ってそれを否定した。
「いいえ? 何の罪も無い人を犠牲にするなど……そのような卑怯な真似は致しません。我が父のように、何の罪も無い娘を犠牲にするような真似など、私の矜持に反しますもの」
さりげなく口撃すると、父は分かり易く項垂れた。
ふん、本当のことでしょうが。何、被害者ぶってんのよ?
「私も『フロンティア子爵家の娘』としてバーティ侯爵閣下の元へと参ります。しかしながら、どちらを選ぶかは侯爵閣下ご本人に決めていただくようにして頂きたいのです」
「どちらかだと? まさかフロンティア子爵には其方以外に娘がいたのか?」
王家に登録しているフロンティア子爵令嬢は私だけだ。
陛下もそれをご存じかもしれないが、もしや愛人に産ませた子か正妻が産んだが何かしらの理由で出生届が出されなかった娘でもいるのかと疑っている。
「いいえ? おりません。ですが、これから出来る予定です。最も……それを陛下がお認めになれば、の話ですが……」
私がにっこりと笑うと何故か陛下は怯えたような表情を見せた。
あらやだ、乙女に向かって失礼しちゃう。
「考えたのですよ。一番責任を取らねばならないのは誰なのか……。少なくともそれは私ではないはず。であれば、私だけがまるで罰のように嫁ぐのは道理が通らない。そうですよね……?」
「そ……そう、だな。その通りだ……」
「ご同意を賜り、恐悦至極にございます。というわけで……ここにおります三十年前の騒動の原因、我が父ヴィンセント・フロンティア子爵にも私と同様の扱いを求めます」
「同様の扱い……? それは、つまりどういうことだ……」
私はもう一度陛下としっかり視線を合わせ、はっきりと告げた。
「つまり、私と同様に『フロンティア子爵家の娘』としてバーティ侯爵の花嫁候補となってほしいということです」
その瞬間、謁見の間に静寂が訪れる。
そこにいる面々は母を除いて皆、ただ唖然とするばかりであった。




