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こちらも理不尽な対応をさせていただきます  作者: わらびもち


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さようなら

「マクスにとって、アタシってその程度の存在だったの? 一生傍にいたいって言ってくれたのも、アタシだけを愛しているって言ったのも嘘だったの?」


 酷い事を言われようとまだ信じられなかった。あれほど愛してくれた人がぽっと出の女に心惹かれたことも、あっさりと自分を捨てようとしていることも。


 だって長年共にいて愛し合った相手だ。夫婦にはなれなくともこのままずっと生涯共にいるものだと信じていた。離れるなんて考えたくない。


「ジェシカのことは確かに愛していたよ……。でも、考えてみてほしい。君が原因で僕は様々なものを失ってしまった。他貴族との交流も、跡継ぎを設ける機会も、そして使用人達が辞職してしまったのも、全ては君のせいだと思わないか?」

「は…………? なに、言ってんの……?」


 またもや意味の分からないことを言われ、ジェシカは一瞬言葉に詰まった。


 他貴族との交流やら跡継ぎを設ける機会を失った、と言うがそれは必ずしも全てジェシカのせいだとは限らない。だってそれを選んだのは侯爵自身なのだから。


「それが本当に嫌だったなら、どうして最初からアタシを愛人として囲わなかったの? お貴族様がよくやるように外に家を用意してそこで囲えば何も問題なかったんじゃないの?」

「外に囲う!? 君は僕がそんな不誠実な男だと思うのか!」

「不誠実って………………」


 その言葉に呆れてしまった。他の男と婚約していたジェシカを『攫う』という多方面に不誠実な方法で手に入れた人間の言うことじゃない。それに誠実な男は他の女に心奪われたりしない。ましてや相手に責任を擦り付けて罪悪感を植え付けたうえで別れるなどという卑怯な真似はしない。どの口がそれを言っているのかと心底呆れた。


「それに使用人が辞めたことがなんでアタシのせいなの? 他に原因があるかもしれないじゃない」

「何を言うんだ、今までの使用人達は皆『平民に仕えるなど無理です』と言って辞めていったじゃないか? 今回だってそうに違いない」

「今まではこんな風に多くの使用人が一斉に辞めていったことなんてないじゃない! 絶対他に理由があるでしょう…………」


 そこまで言ってジェシカはハッと思い出した。

 確かアリッサは侯爵が原因で使用人が辞めていったようなことを言っていたはず。


(ちょっと待って、使用人達がいきなり辞めていったのって……もしかしてこの屋敷にいると危険だと知ったから? じゃあ……あの女の言っていることって本当なの? 王宮の騎士が来るって……)


 それまでは半ば嘘だと思っていたアリッサの話が、使用人の大量辞職という現象によって一気に真実味が増した。だとすると、こんなことでもたついている場合ではない。


「ねえ、マクス。こんな話をしている場合じゃ…………」


 別れ話をされたとしても、何もかもをジェシカのせいだと言われようともまだ彼に対する情は残っていた。だからジェシカはアリッサから言われた事を伝えようとしたが、侯爵によってそれは遮られた。


「ジェシカ、悪いが……僕はもう君を愛していない。愛してもいない相手とこれ以上一緒にいても苦痛だと思わないか? そんなのはお互いの為にならない。そうだろう?」

「なっ……! ひ、ひどい! ひどいわ! そんなことよくも言えたものね!? 最低! 最低よ!!」


 未だ彼の身を案じているジェシカの心の内など知らず、突き放すような発言を平気で放つ。愛していない、と言われたジェシカはたまらず涙を流して抗議した。


「だって、仕方ないだろう? 愛していたから一緒にいたんだ。なら、愛していないならもう一緒にいない方がいい、そうだろう?」


 自分勝手で傲慢な物言いにジェシカの僅かながら残っていた情が完全に消え失せた。愛した男は自分の気分一つで愛した女を平気で捨てるような最低な屑だったのか……。それを理解した途端体中の力が抜け、眩暈を覚えた。


(信じられない……。何年も傍にいたアタシをこんなあっさりと捨てるなんて……! しかも全部アタシが悪いような言い方……最低、卑怯よ! 心変わりしたアンタが全部悪いに決まっているじゃない……!)


 理不尽な別れを告げられたことによる怒り、愛していないと告げられたことに対する悲しみ、そしてこんな傲慢で自分さえ良ければいいという自己中私的な男を選んでしまった事に対する後悔。それらの感情が混じり合いジェシカの体中を駆け巡る。


 悲しくて、辛くて、苦しくて、どうにかなってしまいそうだ。

 叫びだしたい衝動に駆られるのに、ショックのあまり声が出ない。


 悔しい、悔しい……。

 平気な顔で愛した相手を傷つけるこの男に制裁を加えてやりたい。

 こちらを傷つけた以上に傷つけてやりたい。


 愛した男は憎しみの対象となった。もう、この男には情もない。

 あるのはどうにかして制裁を加えてやりたいというどす黒い感情だけ。


(アタシを捨てるなんて……許せない、絶対に……)


 この行き場の無い感情は、こうさせた張本人に報復をしないことには鎮まりそうもない。大切な人だから助けようというジェシカの真心をこの男は踏みにじった。それがどうしても許せない。


 そこでジェシカはハッとあることを思いついた。


「……分かったわ、そんなに言うのだったら別れてあげる」

「本当かい!? ありがとう、ジェシカ!」


 嬉しそうに言う男にますます殺意が募った。

 別れることがそんなに嬉しいのか、ジェシカはその反応に悲しくなった。

心の中で「別れたとしてもあの女はあんたなんかに靡かない」と悪態をつくことでなんとかこの行き場の無い感情をやり過ごす。


(アタシがこのまま何も言わずにここを出て行ったら……マクスはもう終わりね)


 アリッサの言ったことが本当なら、近いうちに王家の騎士団が派遣され侯爵は捕縛されるだろう。情があったからそれを防ごうと思っていたのに、情の無くなった今はむしろそういう目に遭ってほしいとすら思う。


 そう考えたジェシカは黙って自分の荷物を纏め、服を着替えた。

 我ながら早い行動だと思うが、裏切った男の傍にいつまでもいたくはない。

 自分でも着られそうな簡単なワンピースを身につけ、鞄一つ分に纏めた荷物を持って侯爵に別れを告げる。


「最後に聞くけど、貴方、本当に後悔しないわね……?」


 これが最後の情けだ。もしここで引き留めてくれたのなら彼にこれから降りかかるであろう災難を教えてあげるのに、とジェシカは少しだけ侯爵に期待した。だが……


「勿論さ! 僕は自分の選択を後悔したことなどないよ。どうかジェシカも元気で過ごしてくれ」


 最後の情けと差し出した手はあっさりと払いのけられた。

 もういい。自分を裏切った男なんてこちらから捨ててやる。

 ジェシカは若い女との新婚生活を妄想し、鼻の下を伸ばす元恋人に冷めた目を向けた。しかし彼は捨てた恋人のことなど見ていない。もう怒りを通り越して憐みすら浮かんできた。


「さようなら……マクス」


 永遠に、と小声で付け加えてジェシカは彼の元を去った。


 吹っ切れた顔で彼女が向かう先は、恋敵であるアリッサのいる部屋である。


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