瑠璃の指輪
「忘れ形見……? 弟……? ということは……まさか、父はサラ嬢に手を出していたのか⁉ 馬鹿な……親子ほど年が離れているのだぞ! しかも子供まで……! ……いつだ? いったい、いつから父上はサラ嬢に手を出していたんだ!?」
「彼の年齢から逆算すると、サラ嬢が妊娠されたのは輿入れより前ですね」
「輿入れ前だと!? おい、ヘブンズ伯爵! 其方は自分の娘が妊娠していたことを知っていたのか!?」
混乱した頭でヘブンズ伯爵に詰め寄ると、彼は青白い顔のまま首を横に振る。
「……知りませんでした! 娘が妊娠していたことも、先王陛下とそういう関係になったことも! 儂が知ったのはつい先ほどです。ここへ来る道中でシーグラス翁にこの青年……サラの忘れ形見に会わせて頂き、先ほどの話を知ったのです! 先王陛下が若い娘を殊更好んでいたことは知っておりましたが……まさか、サラにまで手を出すとは……!」
見ればヘブンズ伯爵の目からは涙が溢れていた。
それは親友ともいえる先王に騙されていたことによる悔しさなのか、娘が妊娠していたことを知らなかった情けなさなのか、娘の本当の死因を知らされず嘘を伝えられていたことなのか。おそらく全てだ。
国王も亡くなった自分の父親に酷い嫌悪感を覚え、気持ち悪さで吐きそうになる。
父が若い下女やメイドに手を出していたことは知っていたが、まさか親友の娘にまで手を出すほど節操が無かったとは思わなかった。未婚の令嬢を傷物にしておいて責任もとらない男だったとは……。
「何故父上はサラ嬢を側妃として召し上げなかった……? 伯爵令嬢ならば資格は十分にあるはずだ。それにサラ嬢の夫は自分の花嫁が他の男の子を孕んでいたことを知っていたのか?」
何もかもが分からない。理解出来そうにもない。
先王がサラと男女の関係にあったのか、それとも無理やり手籠めにしたのか。
貴族令嬢を傷物にしたのに何故責任をとらなかったのか。
ヘブンズ伯爵は娘の妊娠も先王との関係について何故気づかなかったのか。
サラの夫は自分の妻が別の男の子供を孕んでいたことを知っていたのか。
そして、何故シーグラス翁はこの青年をここへ連れてきたのか。
いや、そもそも先程の話では屋敷の住人は全員亡くなったそうではないか。ならどうしてこの青年は無事だったのか。
もう何もかもが分からず頭がぐちゃぐちゃだ。
頭を抱える国王に対し、彼に瓜二つの青年が遠慮がちに声をかけた。
「〇&%$…………」
「……は? 今、何と申した?」
青年が発する言語を国王は理解出来なかった。
大陸共通で使用されている言語ではなく、どこかの国特有と思われる言語。
こんな時に何だ、と苛つきを隠せず些か乱暴に返すとすぐに皇子が間に入ってくれた。
「陛下、異母弟君は共通語を話せません。彼の国の言語しか話せないので私が通訳致します」
さりげなく能力の高さを見せつけてくる皇子にイラッとした。
劣等感を刺激されている場合ではないのだが、共通言語しか習得できなかった国王にとっては自分よりも若い皇子が自分よりも優れた言語能力を持っていることは耐えがたかった。
「……ふむ、どうやら彼は陛下にお渡したいものがあるそうです」
「なに? 渡したいものだと……?」
皇子が青年より古びた箱を受け取り、それを国王の眼前で開く。
箱にはすっかり色褪せてしまった紙がいくつも収められていた。
「何だこれは……手紙?」
よくよく見るとそれは手紙の束だった。
保管状況が悪かったのか、それとも相当古いものなのか、端の方がボロボロになりすえた匂いがする。
このような汚れた物に触れた経験などない温室育ちの国王は箱に収められているとはいえそれを受け取るのを躊躇った。よく見れば箱も元の色が何だったか分からないほど黒ずんでいる。
しかし、帝国の皇子が直に差し出しているものを受け取らないわけにもいかず嫌々ながらもそれに手を伸ばす。すると箱の中に何か光る物を見つけた。
「これは……瑠璃か? こんなにも大きい物は珍しいな……。ん? いや……そういえば以前どこかでこれと同じものを見たような……」
光るそれは指輪だった。大粒の瑠璃がはめ込まれており、リングの内側に何やら文字が刻まれている。
それにしても実に見事な宝石だ。こんな薄汚い箱に入れておくなど勿体ない。
しかしこれと同じ物を何処かで見たような……。何処だったか……。
(……思い出した! 確か父がこれと同じものを身に着けていたはずだ……)
そういえば生前の父はいつもこれに似た指輪を身に着けていた。
こんなにも大粒の瑠璃は滅多に手に入るものじゃないから、形見分けとして貰おうと思っていたのに母が勝手に父の棺に入れてしまったのを思い出す。
(そうだ……。そのことで母に苦言を呈したら、鬼の形相で怒り出した……)
淑やかな母が初めて見せた鬼の形相がひどく恐ろしく、それ以上何も言えなかった。あの時は故人の宝石を狙うなんて卑しいという意味かと思ったが……考えてみると貴金属の類は大抵形見分けとして遺族に配分されるものだ。実の息子がそれを欲したところで別に卑しいなんてことはない。
嫌な予感がして指輪に目を凝らし、リングに刻まれた文字を辿る。
そこには共通語で『愛しのサラへ』と刻まれていたのだった。
「この指輪……まさか其方の母君のものか?」
国王が青年に問いかけるが、言葉が分からない彼は皇子の方へと困った視線を送る。すると皇子は青年と同じ言語でひとつふたつ会話を交わした。
「そのようです。ちなみに彼は最近まで実の母のことも、自分の出自についてもご存じなかったそうで、いきなり出てきた大粒の瑠璃を所持していることが怖かったそうですよ」
「は? いきなり出てきた?」
「彼を赤子のうちから育てた養母が実の母君であるサラ嬢のことを隠していたからです。ちなみに彼が惨劇を逃れたのは、単に生まれてすぐ屋敷から出されたからだそうで。しかし養母も年老い、死ぬ前に真実を伝えておこうと隠していたその箱を彼に渡したと」
「養母? 生まれてすぐ屋敷から出された? サラ嬢は自分の子を手放したということか……?」
「そのようで。ちなみに彼は貴族としてではなく農夫として育ってきました。いきなり自分に本当の親がいて、それが王侯貴族だったことにひどく戸惑っているそうです」
「王族の子が農夫として…………」
目の前の青年を弟として認めたくはないが、尊き王の血を引く子が農夫として育てられたことにひどくショックを受けた。よく見ると顔は日に焼けていて、手も荒れている。それは働き者の証なのだが、温室育ちの王は自分と同じ血を引く者の境遇に憐みを覚えるのだった。
「ということは、この手紙は……」
「お察しの通り、彼の本当の御父君が御母君にあてて送った手紙だそうです」
父上がサラ嬢に送った手紙……。
国王は意を決して汚れたその手紙を手に取った。




