貴殿の仕業だろう!
アリッサと子爵が山積みの書類を片付けている頃、バーティ侯爵はジェシカと共にとある屋敷を訪れていた。
「これはこれはバーティ侯爵閣下、お久しぶりでございます。本日はどうされましたか?」
人のよさそうな笑みを浮かべた老人が侯爵を迎える。
老人は侯爵の隣にいるジェシカを目にすると一瞬だけ顔を歪めた。
「……どうもこうもないぞ、ヘブンズ伯爵! 話が違うじゃないか⁉ この状況をどうしてくれるんだ!
」
いきなり理不尽に怒鳴りつける侯爵に老人―ヘブンズ伯爵は首を傾げた。
「はて? いったい何の話です? 説明も無しにいきなり怒鳴られても……儂には何が何だか分かりませぬが?」
「僕だって同じだ! もう自分に何が起きているのかさっぱり分からない!」
「侯爵閣下? 落ち着いて下され。何をそんなに怒っていらっしゃるのです?」
「うるさい! 貴殿は僕を騙そうとしているのだろう⁉ 陛下まで巻き込んで何が目的だ!」
「騙す……? 儂が、侯爵閣下を? 一体何のことで……?」
「白々しい……! 僕の『お飾りの妻』のことだ! 貴殿はこう言ったよな? どう扱っても構わない立場の娘が来ると!」
「はあ……そうですな。なにせ、儂の娘を死に追いやった罪人の娘です。多少酷く扱ってやらないと贖罪にならぬというもの……。名ばかりの妻にしたとしても何も問題はありません」
「そう聞いたからてっきり立場を弁えた大人しい娘が来るのかと思ったのに……なんだアレは⁉ あんな頭のイカレた娘は初めてだ!」
「ほお……そんなに酷い娘なのですか?」
ヘブンズ伯爵は憎き仇であるフロンティア子爵の娘がひどいと聞き歪んだ笑みを浮かべた。
それはひどく不気味で、同席していたジェシカがその顔を見た途端「ひっ……」と小さな悲鳴をあげるほどだった。
「そうですか……。ヴィンセントの娘がそんなにも……醜く教養のなっていない女だなんて……」
続く言葉にジェシカは違和感を覚えた。
こちらはあの娘のことを『醜く教養も無い』とは一言も言っていない。
なんだか様子がおかしい。ジェシカは目の前の老人に何とも言えない気味の悪さを感じた。
「醜い? いや、顔はものすごく綺麗で……」
恋人がそんな気味の悪さを感じているなど気づきもしない侯爵は空気の読めない発言をかます。
自分がいるのに他の女を褒めた彼にジェシカは鋭い眼光を浴びせた。
「ちょっと……マクス。今、何て言ったの……?」
「あっ……ち、ちがうんだ、ジェシカ……その……」
「アタシ以外の女は目に入らないって言ったのに……嘘つき!」
不味い、ジェシカを怒らせてしまった。
迂闊な発言で恋人の地雷を踏みぬいてしまい、焦った侯爵は話を逸らそうと伯爵へと叫ぶ。
「と、とにかく! 貴殿が言い出したことなのだから貴殿が何とかしてくれ!」
「何とかと申されましても……別に『お飾り』なのですから、多少頭がおかしくともよろしいのではありませんか? 籍だけ入れて後は別邸にでも閉じこめればよろしいでしょう」
アリッサの尊厳を無視するような発言を伯爵は平然と述べた。
その行為は愛娘のサラが嫁ぎ先でされていた事であり、その原因となった男の娘を同じ目に遭わせてやりたいという気持ちが透けて見える。
「それが出来ないから困っているんだ! それを出来るのは女装した中年男だけだ! 貴殿は籍だけと申すが……女装した中年男が妻なんて耐えられるか!」
「は……? 女装した中年男? え? 何の話です……?」
いきなり訳の分からない事を言われて伯爵は唖然とした表情で固まった。
先程までフロンティア子爵家の令嬢の話をしていたはずなのに、何処から女装した中年男という単語が出てきたのか。
「ええい白々しい! 貴殿の仕業だろう!? 貴殿が陛下を唆して女装した中年男を『フロンティア子爵家の娘』だと認めさせたんだろう? 僕に何の恨みがあってそんな真似をしたんだ!」
「え? フロンティア子爵家の娘が女装した中年男……? どういうことですか?」
自分に訪れた不幸の原因が全てヘブンズ伯爵の策略だと決めつける侯爵と、言っている意味が分からな過ぎて話が全く理解できない伯爵。その場は完全に混沌と化していた。




