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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●家畜を、育てよう

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第324話 ニナに、食べられたい




 “不死のエナリア”第7層の裏。出入り口から部屋の奥まで3㎞以上ある、広大な放牧場。


 風の魔法で宙に浮かぶファイの眼下には、火の海が広がっている。放牧場に生い茂っていた背の高い下草たちが燃えているのだ。


 そして、のどかな放牧場を火事場に変えた張本人もまた、ファイだった。


(モゥブル達の餌の肥料になって、ね)


 植物の灰が次に芽を出す植物たちの肥料になることを、菜園作りで学んだファイ。


 のびのび育っていた草木を燃やすことに思うところが無いわけではない。が、放牧場の整備は他でもない、ニナのためだ。


 大好きで大切な主人のためであれば、ファイは躊躇なく“命の優先順位”をつけることができる。


 命は巡る。ファイも道具であるとはいえ、命ある生物でもある。いつかは使い潰されて、壊れる時が来るのだろう。


 その時、果たして自分はどのようにして“命の巡り”に還るのか。眼下で延焼する火を眺めながら、ファイは考える。


 もしも病気などで死ねば、燃えている草木同様、大地の肥やしになるのだろう。あるいはキノコなどの宿主になって、彼らが元気に胞子を飛ばす手伝いをするのかもしれない。


 自身の死んだ場所に、草や木、キノコ、花が咲き乱れる。次の命の種になれることを想像すると、わずかにファイの口角も上がるというものだ。


 だが、ファイが思う自身の使用用途――主に戦闘――の都合上、最も可能性が高いのは魔物に殺されることだろう。


 そうなれば、ファイの死体は魔物たちに美味しく頂かれてしまうに違いない。


 巨大な魔素供給器官を持つファイだ。魔物が笑顔で自分に(むさぼ)り付き、自身の力を強めるための糧にしてくれる。そんな未来でも、ファイは心から喜んで受け入れることができる。


(けど……。私を食べる、は、ニナが良い……な)


 願わくは、大好きなニナに自分を食べて欲しいというのがファイ本音だ。


 人間族であるニナは、あまり進化欲がないという。ただ、ガルン人である以上、やはりファイに食としての魅力を感じていることには違いないだろう。


 自分の魔素供給器官を美味しそうに頬張って、もりもり力を付けるニナ。そうして身に着けた力で夢に向かって邁進する主人の姿を思うだけで、ファイの身体は歓喜で震える。


 ただ、ファイが目指すのはニナのために尽くす“優秀な道具”だ。


 死んだ後に誰か――理想はニナ――に、“食事”という形で死体を再利用されることは、ファイにとって前提条件でしかない。


 そのうえで、優秀な道具を目指す彼女は、生きている間にどれだけニナに尽くすことができるのかを追求しなければならないのだ。


(簡単に死ぬはダメって、ニナは言ってた。だから頑張って良い道具にならないと……!)


 見えない椅子に座るような姿勢のまま「ふすっ」とやる気に満ちた鼻息を漏らすファイ。


 ニナのために生きて、生きて、生きて、生きて。最後に食べられる。そう考えたとき、ファイは、自身もまた家畜であるモゥブル達と同じ未来を辿るのだと察する。


 遠く。出入り口の方を見て見れば、のんびりと草を食むモゥブル達が居る。


 彼らの周りでも火の手が上がり始めているのだが、モゥブルが居る辺り一帯は、見えない壁に阻まれているかのように火と煙の影響を受けていない。


(あれが、幽霊族の特殊能力……「領域」)


 建物群の方へ顔を向けたファイは、そこで物珍しそうに焼け野原を見渡している骸骨へと目を向ける。


 大切なもの達を守る、見えない壁。それを作り出している張本人こそが骸骨もとい、ノインだ。


 彼女はエナリアの各所にある設備の運用や、死んでしまった探索者たちの死体の処理。そして、記憶処理の業務を担当している。


 どの業務も欠かすことのできない業務で、かつ、誰にも替えが効かない大切な仕事だ。


 だというのにノインは、ニナとの業務連絡のたび、自身にまつわる記憶をニナから消しているという。


 どうして関わった人物、特に、密に連携を図るニナの記憶を消してしまうのか。誰からも覚えてもらえず、見てももらえない。そんな生活は寂しくないのか。


 ファイが尋ねてみたところ、ノインは「仕事だから」と答えた。


 自身に与えられた役割を実行するためであれば、誰からも覚えていられなくてもいい。


 孤独に対する恐怖――感情を克服し、与えられた役割を全うする。そう語ったノインはある種、ファイの目指す形だ。


『ボクは、ニナが生まれる前から彼女のことを知ってる。ミアもリーゼも自分がニナの母親だって言うけど、ボクだって同じ気持ちだ。我が子同然のニナと、ニナが大切にするものを守ってあげたい』


 その言葉は、ファイがほめそやした後にノインが言っていた言葉だ。


『でも。だったらやっぱり、一緒の方が良い、ような……?』


 ニナに笑顔を向けてもらえること。賞賛してもらえること。認めてもらえること。それらの報酬を、ファイはいつも受け取っている。


 また、過去、給料の話になった際、ニナは労働には対等な対価が必要だとも言っていた。


 苦労と功績に見合う“ご褒美”――ファイにとってはお金ではなく、ニナの「すごいですわ!」「さすがですわ!」――を、ノインも受け取るべきではないか。


 不公平という概念を知らないファイ。それでも適切な単語を探しながら言葉にした彼女に、骸骨がゆっくりと首を横に振る。


『船で言うと、ボクは加減速装置。ニナが間違っていれば止めてあげないといけない。それに、もしニナが正しい道を進んでても、ボクが速度を間違えれば簡単にこの船は座礁して、沈んじゃうんだ』


 ニナと同じくエナリアを船で例えながら、改めて自身の役割について語ったノイン。


 絶対に間違えてはならない。だからこそ大切なニナから距離を取り、常に冷静な判断ができるように心がけている。


 その言葉も含め、ノインの声は固く真面目なものだった。だからこそ――


 ――これこそがボクなりの、ニナの守り方なんだ。


 そんなノインの固い意思が、ありありと感じられたファイだ。


『褒めて欲しいわけじゃない。見て欲しいわけでもない。たった1つ。あの子が……ニナが笑っていてくれれば、ボクとしては十分なんだ』


 ファイもすでに知っている通り、ニナは“奇跡の子”である代償として、エナリアの外では厳しい行動制限を受ける。エナリア以外に、彼女が安住できる場所は無いのだ。


 ニナの居場所を守ってあげたい。


 ニナの幸福を願うだけで、十数年にわたる孤独など気にならない。そう語ったノインは、孤独という恐怖を克服した“強者”ともいえる。ファイが憧れる道具としての在り方に、非常に近い。


 自然、今もこうしてノインを見下ろすファイの瞳には“尊敬”の念が浮かんでいた。


 そんなノインの特殊能力も借りて進む、野焼き作業。


 当初、建物やモゥブル達の安全が確保できなければ、地道に草刈りをする予定だったファイ。


 だがノインは、髪の毛がある特定の狭い範囲を自身の領域に指定し、火の手から守るくらいはできるのだという。


 ゆえにファイは予定通り野焼きを決行。上空から火を観察し、必要に応じて風の魔法で延焼の手助けをする。また、激しく立ち上る白い煙を放牧場の奥へと追いやっていたのだった。


 そうして野焼きを続けること、数時間。一面緑色だった地面が黒く染まり、プスプスと白煙を上げるようになる。


(ん。そろそろ大丈夫、かな……)


 身体を浮かせる〈フュール・エステマ〉を使い続けていたファイ。体内の魔素がわずかになった際に感じる倦怠感を覚えるファイが、地上に降り立とうと高度を下げていた時だ。


「ファイー!」


 足元から聞き慣れた声が聞こえてくる。見てみれば、ミーシャだ。黒く燃えた地面を背景として、上空に浮かぶファイに手を振っている。


 どうやらニナへの報告を済ませ、約束通り様子を見に来てくれたようだ。


「ミーシャ。お帰り。……ふぅ」


 言いながら地面に降り立ったファイのもとへ、ミーシャが金色の馬尻尾を揺らしながら駆けてきた。


「はぁ、はぁ……ふぅ……。なによこれ、どういう状況?」


 周囲。見晴らしがよくなった放牧場を見渡しながら状況説明を求めてくるミーシャ。


 第20層からかなり急いで駆けつけてくれたらしく、額には玉の汗が光っている。ファイとしては嬉しい反面、心配をかけてしまったことが申し訳なくもあった。


 「ありがとう」を言うべきか、「ごめんね」を言うべきか。悩むより先に、ファイはひとまず聞かれたことに答えることにする。


「えっと。草を燃やした」

「そんなの見れば分かるわ、まったく……。どうせ魔法なんでしょうけど、もしあの子たちや建物に火が点いたらどうするつもりだったのよ」


 入り口近くのモゥブルと、ファイの背後にある建物群。2つを順に見て言ったミーシャ。


 まさかファイ以外に従業員が居るとは思っていないのだろう。あご先に溜まった汗を手拭いで拭っている彼女に、ファイは正直に打ち明ける。


「ん。魔法は便利。でも、モゥブルと建物が無事、なのは。ノインのおかげ」


 手柄を独り占めするという考え方は、ファイにはない。安全な野焼きの立役者は別にいると打ち明けた彼女に、しかし。


 なぜかミーシャはじっとりとした目を向けてきた。


「ファイ。アンタ、また知らない(ヤツ)引っかけたのね……。で、誰よ、ノインって……にゃっ!?」


 言葉の途中、突如としてその場から飛び退いたミーシャ。ピンと立てた耳をしきりに動かし、辺りを警戒している。


「ど、どうしたの、ミーシャ?」

「い、今、アタシの耳元で誰か……にゃぃんっ!?」


 今度は全身をピンと硬直させるミーシャ。頭を振って辺りを見回す彼女の耳はぺたんとしおれ、尻尾は足に絡みついている。いうまでもなく、恐怖の表れだ。


 それでも背中の腰辺りに差してある短剣に手を添えて戦う姿勢を見せるあたり。やはりミーシャはすごい、と、ファイはわずかに目を細める。


「誰よ!? こそこそ隠れて卑怯じゃない! そっちがやる気なら、アタシだって――ふにゃんっ!?」


 またしても頭の先から尻尾の先までピンと震わせたミーシャ。


 これで三度目。勇敢ではあるが、臆病でもあるミーシャだ。正体不明の“敵”による三度の攻撃は、彼女の中にある臆病風を呼び起こすには十分だったらしい。


「ふぁ、ファイ~……!」

「わっ」


 急に飛び込んできたミーシャの身体を、ファイは優しく抱き留める。


 何が起きているのかにわかに理解できなかったファイだが、最初にミーシャが言った「声」という単語からすぐに状況を察する。


「――ノイン。ミーシャを怖がらせる、は、ダメ」


 ミーシャの頭を撫でながら虚空に向かってファイが言うと、


「あははっ! さすがにもうバレちゃうかぁ~」


 楽しそうなノインの声が返ってくる。予想通り、ノインがミーシャにちょっかいをかけていたようだった。




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