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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●家畜を、育てよう

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第319話 それなに、どんな味




 “不死のエナリア”第13層の裏。もともとは従業員の家族が暮らし、人口密度が最も高い場所だった場所だ。今でも、探索者が来た際には住民たちの避難先として利用されている。


 住民の利便性の観点から商店や医療施設、温浴施設もあって、基本的な生活を送るには不便することがなかったと言われる、その場所で。


「およ、ファイちゃん? 何してるの? あむ……」


 焼き菓子を頬張り、あっけらかんとした様子で出迎えてくれたルゥを見たとき、ファイは静かにその場にしゃがみ込んでしまった。


(ルゥ、良かった……)


 安堵のあまりへたり込まなかったのは、ただの道具としての矜持でしかない。


 第16層で大量の血痕を見つけて、その持ち主がルゥだと推測したファイ。急いでルゥを探しに向かったわけだが、エナリアは広く、ルゥも多忙の身だ。どこに居るのかは定かではない。


 そのためファイはまず、通信室に向かった。第15層にあるその部屋からであれば、表で暮らす住民を含め、このエナリアで暮らすガルン人のおよそ全員と連絡を取ることができるからだ。


 そこから映像通信用の緑ピュレを使ってルゥと連絡を取り、所在を把握。急いで駆けつけてみれば、見ての通り。ファイの第二の主人はお菓子をつまみながら、小首をかしげていた。


 膝を抱えた姿勢のまま、顔を上げるファイ。


 装飾過多な侍女服を着る黒髪の角族の少女に、怪我をした様子は見られない。顔色も良く、血だまりになるような量の血を流したとも思えない。


 ひとまず主人の無事を確認できたファイは、第16層にあった血痕について簡潔に説明した。


「……なるほど。でも、残念。わたしは見ての通りピンピンしております!」

「みたい、だね。でも、じゃああの血は……?」


 ルゥではないとしても、誰かが大怪我をしているのは間違いない。それならば早く怪我人を特定して治療しなければならないのではないか。


 募り始める焦燥感もあって立ち上がるファイに対し、ルゥは暢気なものだ。


「誰かが倒れてた、とかならまだしも、状況を聞く限り大丈夫だと思うな~」


 あるいは何か確信さえあるような口ぶりのルゥに、ファイは素直にどういうことか尋ねる。と、ルゥは頭頂部辺りからひょっこり生えている1本の髪の束を揺らしながら応えてくれた。


「第16層でしょ? ってことは、ファイちゃんも言ってくれたように、お姉ちゃんの階層ってことだよね。だったら多分その血、お姉ちゃんが操作した血だろうから」

「うん? サラの?」


 確かにサラの従者である血の人形が崩れれば、あのような血だまりになるのかもしれない。


 しかし、ファイの記憶では、サラの特殊能力は彼女を中心とした半径1㎞ほどまでしか効力がない。しかも、あくまでもそれはサラの意思に関係なく勝手に動く血の人形が存在できる範囲だ。


 サラが自らの意思で動かせる強力な血の人形となれば、100mほどが限界だとファイは聞かされている。


 ファイが血だまりを見つけたあの場所は、サラの能力の範囲外だったはずだ。


 またしても首をかしげることになったファイに、ルゥは新たに1つ、お手製だろう焼き菓子をまた1つ頬張ってから答える。


「お姉ちゃん。最近、ちょっと能力操作の質が上がってきてるみたいなの。で、自分の分身1体だったら、かなり遠い場所まで遠隔操作ができるようなってるんだって」


 つまりルゥは、ファイが見つけた血だまりはサラが生み出した自身の分身のなれの果てだろうと推測したようだ。


「水たまりになるくらいの量の()流して、平気で動けるの。体格的に考えてフーカちゃんのフィビッチュくらいだと思うし……」


 エナリアの廊下を行き来できる生物の中で一番大きいのは、フーカが移動に使う速鼠(フィビッチュ)だ。が、彼が負傷して移動すれば必ず足跡が残る。そうでなくてもフーカが誰かに知らせることだろう。


 また、裏で働く“人々”に的を絞るのなら、最も体格が大きいのはリーゼということになるだろう。だが、たとえ彼女であっても、血だまりになる量の血を流して空を飛ぶ余力はないだろうとルゥは言う。


「第15層以降にも血痕は無かった。で、血だまりの近くに怪我人も死体もなかった。ミーシャちゃん辺りがチューリをつまみ食いしたにしても、あの子はきれい好きだから絶対に床を拭く」


 他にもチューリが誰かに踏みつぶされたりしたのだとしても血の量が多すぎるし、死体が残らないのもおかしいだろうとルゥは言う。


「だったらやっぱり、お姉ちゃんの分身だって、わたしは思うな~」


 ルゥは医療者だ。事態を軽んじるような人物ではない。しかもファイより知識があって、洞察力も人一倍だ。


 そんな彼女が大丈夫だというのであれば、ファイも納得して引き下がることができる。


「むしろ、お姉ちゃんのじゃないときが最悪かな。エナリアの裏に、たくさん血を流しても大丈夫な体格の人……つまり、わたし達の知らない誰かが入り込んでるってことになるもん」

「そっか、確かに……」

「そそ。だからわたしの方でも確認するし、一応、ニナちゃんにも連絡しとくね。あ~む」


 これをもって、血だまり事件は一件落着だ。憂いも無くなったことだし、第7層を目指そうか。


 足を踏み出そうとしたファイの耳が、サクッ、サクッと。小気味良い音を拾う。いや、拾ってしまう。また、甘味を帯びた香ばしい香りがファイの鼻をくすぐる。


 なんの音なのか。何の匂いなのか。これまでは緊急事態だったために見て見ぬふりをできていたファイだったが、遂に彼女の目はルゥの手元にある焼き菓子へと向いてしまう。


 確か多忙なルゥは、疲労回復のために糖分を常に持ち歩くようにしているのだったか。だから彼女はお菓子作りが得意だし、甘い香りの香水の奥には常にお菓子の匂いを漂わせていた。


「ごくり……」


 本人も知らないところでファイの喉が鳴る。


 実のところ、ファイはここ数日、甘い物を十分に口にできていない。


 これまでファイは、食事にかこつけて大好きな砂糖を水に大量に溶かして摂取していた。また、ルゥやリーゼが趣味でお菓子を作り置きしてくれていた。


 それらを飲んだり食べたりして、砂糖という“幸せ”を享受していた。


 しかし、メレが食事当番になってから、ファイの砂糖摂取量は半分未満になった。


 メレは、ファイの好みをきちんと知ってくれている。麦餅に合わせる果物の砂糖煮や紅茶に入れる砂糖の量は、他の従業員に比べて多めにしてくれている。


 だが、足りない。


 なにせ、ファイがそれまでの食事で口にしていたものは、「湯呑の底に砂糖がたっぷりたまる砂糖水」なのだ。そんな、不健康極まりない飲み物を、メレが出してくれるはずもない。


 メレに「もっと甘くても良い、よ?」と、それとなく砂糖の増量を申し出たこともある。が、「健康に悪いからダメよ」とすげなくあしらわれてしまった。


(私は、道具。だから“健康”も、無い。どれだけお砂糖を食べても、大丈夫、なのに……)


 もちろんそんなはずはないのだが、ともかく。今のファイには糖分が足りないのだ。


 健康な生活を送る上ではきちんと足りているし、何なら少し足が出ているだろう。が、ファイからすれば感覚の問題だ。砂糖を十分にとっていないという感覚が、ファイを狂わせる。


「早速ニナちゃんに連絡、を……って、おやおや~?」


 侍女服の衣嚢からピュレを取り出そうとしていたルゥだったが、ファイの顔と視線を受けて楽しそうな声を漏らす。表情を嗜虐的な笑みに変えた彼女は、焼き菓子を1つ手に取った。


「……ファイちゃん。コレ、欲しい?」

「――う」


 うん。危うく言いかけた言葉をファイが飲み込めたのは、偶然以外の何物でもない。


「ううん。私に欲しいは無い。ルゥは変なこと言う」

「ふぅん、そうなんだ~? じゃあいらないんだね――」

「待ってルゥ私に『要る』がないように『要らない』もないだから焼き菓子が要らないわけでもない」

「――めちゃくちゃ早口だ!? ってか近い! 近いから、ファイちゃん!」


 気づけば焼き菓子を持つルゥの手に吐息が当たる距離に、ファイの顔がある。


 このままでは手ごと食べられてしまうと思ったのだろうか。ルゥが慌ててファイから距離を取るが、金色の視線は焼き菓子に向けられたままだ。


「ルゥ、それ、なに? どんな味?」

「味見作戦だ、小賢しい! ってかファイちゃん。もしかし『~したい』って言わなければ意思表示にならないとか思ってない……?」

「そんなことない。で、ルゥ。それはなに、どんな味」

「怖い怖い! 無表情なのに目ぇキラーンってさせて迫ってくるの、超コワい!」

「そんなことない。で、ルゥ。それはなに、どんな味」

「おかしい! なに言ってもこれの繰り返しだ!?」


 などというやり取りの間も、ファイは無意識・無表情のまま再びルゥににじり寄っている。


「ねぇ、ルゥ。それはなに、どんな味。ねぇルゥ、それはなに、どんな味? それはなに、どんな味?」

「ひぃぃぃ~~~!? 頭おかしくなるっ! ……こうなったら、しゃあない! ファイちゃん……ちょっとたんま!」


 ルゥから下された、確かな“命令”。


 しかし、ファイが止まることは無い。なぜなら彼女は「たんま」が「待て」を意味するガルンの方言の1つであることを知らないからだ。


「ルゥ。それはなに? どんな味?」

「なんで!? ちょ、ファイちゃん聞いてる!? た、ん、まっ!」

「……? だから、それはなに、どんな味? それはなに、どんな味?」

「いや、たんまとお菓子、どっちに対する疑問だ!? ファイちゃんの甘い物への執念、舐めてた……って、ちょっ、まっ……いや、だめ……!」


 ファイをからかおうとしていた余裕の表情はもうどこにもない。恐怖を顔に張り付かせ、目端にはうっすらと涙さえ浮かんでいる。


 それでもどうにか後ずさりしながらファイの「ちょうだい攻撃」をしのいでいたルゥだったが、遂に、廊下の壁に背中をぶつけて退路を断たれてしまう。


 万事休すだった。


「分かった、あげる! 食べて良い……じゃなくて、これ全部食べろ! だから、止まれぇぇぇ~~~~!」

「――分かった」


 涙目のルゥがようやくファイが理解できる単語で命令したことで、ファイはルゥへの追撃の手を止めたのだった。




※いつもご覧いただいて、ありがとうございます。作者の体調不良により、誠に勝手ながら次回の更新はお休みさせていただこうと思います(※次回更新は02/25となります)。少しお時間が空いてしまって申し訳ございませんが、よろしくお願いいたします。

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