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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●家畜を、育てよう

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第320話 そ、そんなことより……




 ルゥの「全部食え!」発言の後、少し冷静になったファイ。甘い物に夢中になるあまり、自分がルゥの命令を正確に聞くことができていなかったことに気づく。


「もぐ、もぐ……ごくん。「たんま」分からなくてごめん、ね、ルゥ」

「お菓子食べながらって、ほんとにこの子は、もう……。ほ~ら、食べかすついてる」


 ファイの頬に着いた焼き菓子のカスを、ルゥが優しい手つきと顔で拭ってくれる。


「わたしの方こそ、だよ。意地悪してごめんね? 全部あげるのはお詫びってことで」


 慰謝料込みで焼き菓子を全部くれると言ってくれたルゥ。だが、悪意に鈍感かつお菓子に夢中だったファイが、ルゥの“意地悪”に気づいているはずもない。


「いじわる……? ルゥ、わたしに意地悪、した?」

「ぐわぁっ! ふぁ、ファイちゃんの純粋さに焼かれる~……! 漂白されちゃう前に、汚いわたしは退散することにします! じゃねっ!」


 などと言って、ルゥは背中から小さな羽を広げ、フヨフヨと飛び去って行く。ファイが見つけた血痕を確認しに行ったのだと思われた。


 そうして手に入れた、たくさんのルゥのお手製焼き菓子。


(ルゥが焼くお菓子、いつも美味しい……!)


 疲労回復も兼ねているからか、ルゥが作るお菓子は砂糖が多めで非常にファイ好みだ。


 しかも「全部」と言っていたように、ルゥは衣嚢の中に潜ませていたもう1袋もファイに渡してくれた。おかげでファイは、心行くまで“甘い物(幸せ)”を味わうことができたのだった。


「最後の一口……(ぱくっ)」


 大切に、大切に。手のひら大の袋に入ったお菓子を食べ終えた頃、ちょうどファイは放牧場があるという第7層にたどり着く。


 名残惜しさのままに、指に着いた食べカスまでペロペロと舐めるファイ。踊り場から左右に続く廊下を見遣る。


(ニナは培養室の反対側って言ってた。で、培養室は右だから、牧場は左……)


 よだれで汚れた指を適当に服で拭いて、歩き出す。教養や品位については、まだまだ勉強中のファイだった。


 第7層は大樹林の階層だ。直径100㎞を超える円筒状の空間の周りに張り巡らされた裏側の通路は、非常に長い。


 まだミーシャがここに来たばかりの頃。文字通り右も左も分からなかった彼女は左右を間違え、数日かけて通路を1周することになったと語っていただろうか。


 意地っ張りで、寂しがり屋な彼女だ。誰にも助けを求めようとせず、涙をこらえて廊下を歩いていただろうことは想像に易い。


(……ミーシャ。元気にしてる、かな)


 癖のある金髪の中でしきりに動く黒毛の耳を思い出しながら、ファイは少しだけ眉尻を下げる。


 ファイたち白髪姉妹が自立する前までは、ミーシャがたびたび世話をしに来てくれていた。


 しかし、ファイとティオが自分たちで身の回りのことができるようになり、食事に関してもメレが全てを担ってくれている。


 そうなると、ウルン人とガルン人、生活様式が違うファイとミーシャでは接点がめっきりと減ることになる。ここひと(ナルン)ほど、ファイはミーシャと顔を合わせていなかった。


 メレやニナにそれとなく聞く限り、元気にはしているらしい。畜産計画について知った今なら、ここしばらく、ミーシャが菜園の管理に心血を注いでいたのだろうことも分かる。


(そう。ミーシャは元気。分かってる。けど“寂しい”……不思議)


 別に離れ離れというわけでもないし、エナリアで働いていればいつかは会えるのだろう。顔を合わせていないという意味ではリーゼとも同じような状況だし、アミスに関しては数ナルン単位で会っていない。


 もちろん彼女たちにも会いたい。が、ミーシャへの想いにはまた別の、いとおしさにも似た郷愁があった。


 自分の心を見て見ないふりをするようにしているファイだ。それぞれに抱く「寂しい」の違いを言語化することも、意識することもない。


 ただ、事実として、ファイがいま会いたいと思う人物はミーシャだ。


「ミーシャ……」


 つい、ファイの口から名前が漏れた、瞬間だった。


「――どうかしたの、ファイ?」


 待ちわびていた少女の声が聞こえて、ファイは弾かれたように振り返る。


「ミーシャ……?」

「なによ、人の名前、何回も呼んで……って、アンタ!」


 もともと吊り上がった目元をさらに鋭くしたミーシャ。耳をピンと立て、毛を逆立ててこちらに歩いてきたかと思うと、ファイの手を取る。


「これ、よだれとお菓子の匂いね……!? つまみ食いでもしたんで――」

「ミーシャ!」

「んにゃぁっ!?」


 恐らくミーシャはファイのはしたない行動を咎めようとしたに違いない。が、砂糖に続いて、最近足りていなかった成分が自ら歩いてきてくれたのだ。


 衝動のまま、ファイはミーシャをひしと抱きしめる。が、そこはファイだ。ミーシャの身体強度を考え、彼女が苦しくない程度の力加減を心掛ける。


 一方のミーシャも、最初こそ混乱で暴れていたが、すぐにファイにされるがままになる。諦めたのか、それとも別の理由があるのか。それはミーシャにしか分からないが、


「な、なにがなんだか分かんないけど……。仕方のないやつね」


 そう言って背中で揺れている黒毛の尻尾は、“ご機嫌♪”の証だ。


 そのまましばらく、主にミーシャが挨拶代わりの軽いパッフを済ませるまで、抱き合っていたファイ達。ミーシャが満足したようなそぶりを見せたところで、ファイもそっとミーシャを解放する。


「ミーシャ。久しぶり」

「……? そう……かしら? まだファイと別れてそれほど立ってない気もするんだけど……」


 眠りが無くなって、時間が途切れることが無くなったからだろうか。少しずつ、ミーシャの時間的な感覚が緩慢になりつつあるようだ。


 もしくはファイがここ最近、ウルンの時間に合わせた生活をしていたからかもしれない。


 いずれにせよ自分とミーシャの間に生まれ始めた時間のズレに、ファイはまたしても少しの寂しさを感じることになった。


「で? ファイ。アンタなんでこんなトコ居るのよ。第10層であの陰険(ガルル)と、それはもう楽しそうに色結晶の採掘してたじゃない」

「あ、うん。ユアと、エリュと、色結晶掘ってた。けど、終わった」


 だからこれから畜産の準備をするのだ、と。ロゥナ、ルゥに続いて本日三度目となる説明をするファイ。面倒くさがって説明を端折ったりしないところが、ファイの真面目さの表れだろう。


「そう。つまりこの階層であの子たちの厩舎(きゅうしゃ)を作るのね?」

「あの子、が、ブルなら、そう。あと、飼料……第4層の草を持って来て、植える予定。ミーシャは?」

「んにゃ? アタシ? アタシはニナに、作物の収穫量の報告書を出しに行くところね」


 第4層にある菜園からの報告書をニナの所へ持っていく予定だったらしい。


 そう言われて気づいたが、今のミーシャの髪型は馬尻尾。彼女が何か作業をしている最中という証でもある。また、何より、ミーシャの細い腕には数枚の紙が抱えられていた。


 ニナの執務室からまっすぐ登ってきたファイと、ニナの所に向かおうとしていたミーシャ。移動中で2人が合うのも、さもありなんと言ったところだろう。


「でも、ミーシャ。私が何してるか知ってたんだ、ね?」

「にゃっ!?」


 てっきりミーシャに忘れられたものだとばかり思っていたファイ。それだけに、ミーシャがファイの仕事を知っていた嬉しさはひとしおだ。


「ばっ……べっ、別にアタシの方から聞いたとかじゃないわ! ニナとか……あとメレとか! アイツらが勝手に言ってきただけなんだから!」

「そうなんだ? でも、じゃあなんで“楽しそうに”が、分かった?」

「にゃんっ!?」


 先ほどミーシャは「楽しそうに採掘作業をしていた」と言っていた。それこそまるで――。


「もしかして見に来てくれた、の?」


 実はミーシャも寂しいと思ってくれていて、秘かに会いに来てくれていたのではないか。ほんのわずかな希望も込めたファイの推論は、しかし。


「は、はぁ!? そんなわけないでしょ! アタシがいつでもファイのお尻を追うような、発情期のメスだって思わないでよね!」


 牙を見せて憤慨するミーシャによって、きっぱりと否定される。その勢いはものすごく、ファイもつい肩を跳ねさせてしまった。


「あぅ……。ご、ごめんね? ミーシャは、猫じゃない、のに……ごめんなさい」

「あっ、うにゃ……。アタシ、また……」


 ファイが謝罪をすると、なぜかミーシャがうつむいて悔しそうに唇をかみしめている。


(ミーシャ……?)


 もしかして、ミーシャが発した言葉のいずれかが“反対言葉”だったのだろうか。あるいは、強い物言いをしてしまったことに、ミーシャが引け目を感じているのかもしれない。


 いずれにせよ、優しいミーシャがファイのことを思って落ち込むなどということは、あってはならない。


 ファイは、人ではなくて道具なのだ。


 ミーシャにどれだけ強く当たられようと、反対言葉を言われようと、道具であるはずのファイが傷つくことは無い。毅然とした態度でミーシャを受け止めてあげれば良いだけなのだ。


 ファイとしても、久しぶりのミーシャとの再会を、こんな微妙な空気感で過ごしたくはない。


「そ、そんなことより、ミーシャ」


 あからさまに、不器用に。話題と空気を変えようと声を上げたファイの言葉に、ミーシャがちらりと緑色の瞳を向けてくる。


 こちらの様子をうかがう、試すような視線。それを真正面から受け止めたファイは、今度こそミーシャに向き直って話を続ける。


「ミーシャは畜産について、何か知ってる? もし助言があったら聞きたい……な?」


 ミーシャにどんなことをどんなふうに言われようと、ファイは受け入れる。だから道具のことなんて気にせず、ありのままのミーシャで居て欲しい。


 そんな万感の想いを、残念ながらファイは言葉にできない。だから視線で、態度で、あり方で、ミーシャに示さなければならない。


 ファイとしてももどかしいが、これが自分自身で選んだ道――道具として生きる人生だ。


 ――私には道具でいることしかできないから。


 ミーシャへの想いと道具としての覚悟を胸に、不安に揺れる緑色の瞳をまっすぐに見つめるファイ。すると、ファイの視線に宿る熱に温められるように、ミーシャの瞳から震えが取れていく。


 なおもファイが「ジィー……」と見つめ続けていると、今度は余剰の熱がミーシャの頬や耳に朱色となって現れ始める。さらにさらにファイが見つめ続けていれば、遂にミーシャが根負けしたらしい。


「ふ、ふんっ! 仕方ないから教えてあげるわ! ほんと、アタシが居ないとファイはダメダメなんだから!」


 腕を組んでそっぽを向き、そんなことを言う。声や表情は面倒くさそうにしているが、やはり尻尾はごまかせない。嬉しそうに左右に揺れる尻尾に見て見ぬふりをして、ファイはぺこりと頭を下げる。


「うん。ありがとう」

「任せなさい! そ、それと、アタシも、その……」


 ごめんなさい。頭上でそんな言葉が聞こえた気がして、ハッと顔を上げるファイ。だが、その時にはもうミーシャはファイに背中を向け、放牧場がある方に向けて歩き出していた。




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