交渉、そして決裂
遅くなり申し訳ありません。更新再開します。
「……これで妹になった」
「君、冗談が通じない人って言われない?」
ニルスの言う通りだ。俺は会話を苦手とする。特に初対面の相手とは噛み合わないことが多い。
顔を合わせたことがないとはいえ、血を分けた兄弟であるなら多少は通じ合えるかと思ったが、どうもそういうわけではないらしい。俺だけの問題かもしれないが。
「……わざわざ女に変身するということは、つまり命乞いをしたいという意思表示かな?」
相手から、さっきまでの余裕そうな笑みは消えていた。怒らせたかと思ったが、殺意のようなものは感じない。少しほっとする。
もし敵意を向けられたら戦うことになるが、俺は戦闘慣れしていない。戦うよりは、話し合いや常歩で解決する方が、自分のためになる。
……仮に俺が、本気を出して大魔法を使うとしよう。強い魔法は撃てる。何兆何京のマナを操り、無限に魔法が使える。だが俺が加減を誤ったら。撃った魔法を外したら。最悪の場合は村が吹き飛ぶ。
ヴァヌサと約束した。レギナを連れて村を出ることは許す、だがこれ以上の被害を出さないように協力しろと。もしも裏切るような真似をしたら、"心臓を壊す"と。
フォチュアの家の前であったことを思い返す。俺と言い合いをしたヴァヌサは悩むように言葉を止めたと思ったら、突然ガチャンと弾を込める部分に何かを差し込んで、がんと俺の胸を撃ち抜いた。
当然、倒れた。リーリィがつんざくような悲鳴を上げて俺に駆け寄ってきた。
『お兄ちゃん!!』
『……死ん……でない……』
俺は生きていた。胸から血がどくどくと溢れる感覚はするが、痛みは麻痺したかのようにほとんどなかった。ただ、心臓に何か変なものが張り付いているような感覚がする。
『これは契約よん。貴方の中に小型の爆弾を仕込んだわん』
『爆弾……』
『解除できるのはあたしだけよん』
『……。魔法でそうっと取り出せば、』
『その爆弾は貴方の血で制御されるのよん。無理に体の外へ引きずり出したら、血が失われて爆破するの』
『……どんな仕組みだ……』
『教えるわけないでしょう?』
……というわけで、俺はヴァヌサに命を人質にされた。〈察知〉で自分の体内を探ってみると、魔法が通らないから反魔道具の類だと推測できた。対魔法師用なのは間違いない。
もし村の何処かを焼土にするようなことをしたら、ヴァヌサはキレるだろう。爆弾を解除する知恵も含めて、俺が頼りにできるのはレギナのみ。だがレギナが捕まっているとなれば、俺だけで何とかするしかない。
少なくとも、死ぬわけにはいかない。俺が命を落としたら魔法紋が外れる。それをニルスに奪われたら、もっと最悪な事態を招くかもしれない。ヴァヌサもそれを察していながら、俺に爆弾を打ち込んだのだろうが。
それに、レギナのためにも。俺は魔王であり続けなければならない。
「俺は戦わなくていいなら、戦いたくない」
「……声は男のままなのか」
「声も変えた方がいいかしら(裏声)」
「やめてくれ気持ち悪い」
「……すまない」
ただでさえ交渉は苦手だ。変に機嫌を損ねないようにと下手に出る。
「君の素直さは認めよう。だが魔王としての威厳には欠けるね」
挑発されていると思ったがぐっと我慢する。
「……レギナはあと二人いる」
「ダミースライムのことかい?」
半分雑談のつもり、半分本気の疑問。少し張り詰めた空気を和らげるつもりでこれを聞く。
「同格個体は雄の精液がないとできないと聞いたが」
「それは自己分裂可能な子孫を残すという意味だ。ダミースライムは確かにレギナ・スライムと同じ力を持つけど、分裂はできないし、数時間で死滅するほど脆い」
なるほど、詳しい。
「だが私が捉えたのは本物だ。虫たちは区別がつかないから、手分けしてダミーも追いかけていたけどね」
「証拠はあるのか?」
「ニセモノは匂いでわかる。私も伊達に彼女を追っていたわけじゃない」
「……なるほど変態か……」
「聞き捨てならない言葉が聞こえたね」
「細かいことはわからないが、吸血鬼の能力だろう」
「……うん? よく私が吸血鬼だとわかったね」
知識から来た浅い勘だ。アンデットであり、匂いで相手を嗅ぎ分けることができる魔物といえば、吸血鬼である可能性が一番高い。
「……ということは、俺が妹に化けても意味がないな」
「今更自己解決しているみたいだけどそういうことだよ」
「ならどうして『妹なら助けようと思った』と言った。意図がわからない」
「冗談だと言ったよね?」
ニルスは苛立ったかのような口調だが、相変わらず殺意はない。
「確かに私は女が好きだ。特に処女の血は一番の好物だが、童貞の血は微塵も好きじゃない」
「ど、」
「とてもじゃないけど理解できないな。レシーナはこんな間抜けな男に従っていたのか?」
間抜けさは否定はできない。魔法紋がなければ自身に何もかもが足りていないことも自覚している。レギナが俺に笑いかけながら尽くしてくれるのが不自然で、真意を勘ぐりたくなってしまったくらいだ。
「……その愚かさが哀れになってきたから、一つだけ情報をあげよう。兄上はまだお前を見つけていない。力を振るわずにひっそりと隠れていれば、少しは長生きできるだろうよ」
「……少しとはどれくらいだ」
「二、三年かな? もっと早いかもしれないけどね」
「……」
ニルスは、恋愛的な意味か食料的な意味かはわからないがレギナが好きで、俺から引き離そうとしている。
俺はレギナに恋愛感情を持っているかわからないが、彼女が好きだ。怖がりで弱虫でヘタレな俺は、嫌悪をたくさん受けて我慢している分、ちょっとした好意にはころっと落ちる。惚れっぽい。単純。マシューにも指摘されたから、一応ながら自覚はある。
……もし、俺がもっと”まともなやつ”だったらどう動けるだろうか?
ヒーローらしく戦って彼女を助けられただろうか。俺一人で魔王城に行き、状況を打破する方法を掴もうとしただろうか。この最強の力を使って、二人の兄を迎え撃ち、勝利できただろうか。
だが現実は醜い。有り余る力はまともに振るえない。レギナは捕らわれの身で、俺の会話術では交渉が難航する。自分の命は八方塞がり。俺の手で未来を切り開けるなんて到底思えない。
……その上で諦めるという選択をしないなら、自分の感情に従って、一番やりたいことを目指すしかない。
「……レギナは返してくれ」
「それはできないと言ったはずだけど」
「代わりに何でもしよう」
「うん。そこまで言うなら麗しのお兄様とでも呼んでもらおうかな」
「わかった、麗しのお兄様」
「……いや、だから冗談だって……通じない奴だな本当に」
「この胸を揉んでもいい。甘んじて受ける」
「君は本物の馬鹿のようだね」
ニルスに表情はなかった。得体の知れない生物を睨むような目で俺を見ていた。
「言葉を解さない虫と話す方が何十倍もマシだ。惚けた言葉を話す相手は、腹立たしいことこの上ない」
「腹立たしいのか」
「煽っているのか?」
「そんなわけないだろう、麗しのお兄様」
「……」
ブーンと辺りに羽音が響いた。見ると、ニルスの肩にある巣から黒い虫が出ているようだった。
「……気を落ち着けて欲しい、麗しのお兄様。戦う気はない」
「それはこっちも同じだよ。相手にするのも面倒なくらいだ」
「せめてレギナと話させてくれ」
「断る。お前みたいな奴とレシーナが話していたなんて、想像しただけでゾッとするよ。気高くて弱い者を嫌う彼女が、君みたいな奴をまともに相手にするはずがない」
「……価値観を決めつけるのはどうかと思うが」
「何だって?」
「俺と話すかどうかは、レギナが決めることだ」
「……よくわかったよ。君は人を怒らせる天才のようだね」
「同じことをレギナにも言われた」
「もういい、減らない口は不要だ」
相手を完全に怒らせたと察した。
……交渉決裂。やっぱりダメだったか。ルソールの時はうまくいったんだが。
「影虫よ、奴の血を吸いつくせ」
迫ってくる羽音に対して、俺は簡単な詠唱をした。
「<周囲・着火>」
ぼぼぼぼぼぼ……と、小さな火球がいくつも上がった。火をぶつけるのではなく、虫を発火させたのだ。
「……馬鹿でも魔法師か」
「馬鹿だが魔法師だ」
虫は火に弱い。それにこの影虫は魔力を操作する力がある分、魔法が通りやすい。俺の見込みは正解だったようだ。
ニルスが不愉快そうな顔をしている。そして後退りしている。
……俺の外れやすい勘がぴんと鳴った。
ニルスは戦いが好きじゃないと言ったが、あれはハッタリのつもりかもしれない。
意外と、何やかんやで、魔法師の技を恐れているのだ。
「……」
手の内がわからない以上、油断はできない。だがレギナを奪い返すことくらいはできるんじゃないかと、微かな希望を持った。




