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宣告

034


 俺は少々乱暴に身を投げ出すかのように椅子に座った。相変わらずふかふかのクッションが座ったときの衝撃を受け止めて、木製の椅子の骨組みがギィと軋んだ。俺は深い溜息と共に張りつめていた緊張をほぐした。


「お疲れのご様子ですね!」

「のわぁ!」


 俺以外誰もいないはずの部屋で、元気の良いよく通る声がした。俺は驚きのあまり椅子から転げ落ちると声のした方を見た。


 先ほどの紹介のときにいた同年代の少年騎士だ。よくいる快活そうな印象を受けるが、俺にはない優雅さというか、社交性を持っていた。彼もまたこの国の貴族の子息なのだろう。俺は安堵しつつ、椅子に座り直した。


「ビックリした、一体何なんだ!」

「改めてご挨拶させて頂きます! フィン・ライヒシュタインです。是非、フィンとお呼びください! この度、私はカグヤマ様の身辺警護を任されたので、何なりとお申し付け下さい!」


 右手でガシャンと音を立てて、左胸を叩いた。


「や、やめて。堅苦しいの慣れていないから、さ。頼むから敬語は止めてくれない? 俺より1、2歳くらい年上だろ? な? 気楽にいこうぜ」


 ここに来る使用人達にも同じことを言ったことが何度もあるが、彼らは一度も取り合うことがなかった。しかし彼らは、遠慮をしているわけではないみたいだ。時に言い訳をして、時に困り顔で、俺の頼みを断った。やはり俺が勇者候補だからなのかは分からない。こいつも同じことを言うかもしれないが、年が近いし一応言っておこう、ということを思いながら遠慮がちに言った。


「......そう? 俺もそっちの方が助かるぜ!」


 フィンはこちらをじっと数秒見ると、頭を掻きながら、破顔した。


「俺は勇人だ。これからよろしくな」

「よろしく!」


 どちらからともなく握手をした。

 この世界に来て初めて誰かと親しくなったように感じた。


◇◇◇


 俺は午前中にフィンと剣術を、午後に魔術の勉強をして日々を過ごしていた。剣術は一緒にやる奴もいるので楽しかった。魔術の方は最初の頃こそ分からなくてつまらなかったが、なんとか一つ覚えて初めて魔術を行使したときの達成感や嬉しさを味わってから、俺は魔術の勉強の時間が楽しくて仕方がなかった。俺はド派手な魔法を使いながら剣を振り回す、昔見た漫画の主人公を目指していることをフィンに話すと


「なんだそれは。そんな規模の魔術は、魔術に特化した奴が前衛に守られてながらでもないと、実践じゃ使えない。 前衛の奴は精々、距離詰めるときの牽制用の目くらましが関の山だ。そんなことやってる暇があったら、身体保護の魔術を使った方が身のためだ。決めるのはユート、お前だけどよ。悪いことは言わないから止めておけ? な?」


 そんなことを丁寧に物わかりの悪い子供に言い聞かせる言い方で言われたのが、非常に腹が立ったので、その他の方法がないか調べていたところ、戦闘中でも魔力を流し込めば発動する魔導具でなら似たようなことができるかもしれないと思い立ち、その頃から俺はだんだん魔導具作りに重きを置いていった。


 そんな充実した生活を送って最初の頃は多少はあった郷愁の念がすっかり消えた頃。俺たちが呼び出されてから6年が経ったある日のことだ。


 その日はフィンと対魔物用の魔道具の調整をしていた。


「なぁ、ユート。いつも思うんだけどよ。その魔導爆弾の威力抑えてくれないか? たまに俺にも当たってるんだよ」

「え? 大半は避けてるし、当たったときもいつもケロッとしてるじゃないか。別にいいだろ」

「よくねぇんだよ! それのせいで折角使った防御系の魔術が軒並み吹っ飛ぶんだよ! 頼むよ、なんども装備を新調しないといけないこっちの身にもなってくれ......父上と専属の鍛冶師が良い顔しないんだよ......」

「わ、悪かったな。俺の支給されている金も使っていいからさ」

「そうじゃねぇ!」


 フィンが頭を掻き毟りながら叫ぶのを見て笑い転げていた刹那、体全身に響くような声がどこからともなく聞こえた。


『力を求めし者よ。大いなる力の源流を目指せ。最も尊き御方の手の届くところまで。世界を脅かす、遍く統べるものを打ち滅ぼす力が与えられよう。終に約束の地は開かれた。最も猛き者に、神は微笑む』


「なん......だ? 今のは」

「どうしたよ。ユート。腹でも痛いのか?」


 フィンは固まって動けなくなっている俺の肩に手を置きながらそう言った。今さっきのが聞こえていればそんな阿保なことを言うはずがない。こいつには聞こえなかったのだ。さっきのは勿論のこと魔導具の類ではない。

 そのとき俺は確信した。ずっと待ち望んでいたことがようやく始まったのだと。高ぶる気持ちを、荒い呼吸を、震える体を抑え、俺は努めて冷静に声を出した。


「......『宣告』だ。勇者の、選定が、遂に......遂に始まったんだ!」

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