二人の戦士
太陽が土の曝け出した荒地とそこにいる生き物たちをジリジリと照りつける。
茶色い地面は黒々としたサラマンダーと呼ばれる亜竜やオーガという鬼の大群が埋め尽くされ、草木は魔物達によって踏み潰されていく。その異様な雰囲気に鳥も虫も息を潜め、草陰に隠れている。
魔物の大群の中にはひとつだけ開けた場所があり、そこには二人の人間が静かな闘志を瞳に宿して立っていた。
黒曜石のような瞳を爛々と輝かせる少年と白銀の髪を風に遊ばせる少女だ。
「フィオーレ!こっちは俺がやる!そっちは任せた!」
少年がスラリと黒光りする剣を抜き、少女の返事も待たずに駆け出す。その先にいるのはオーガの中でも一際身体が大きく、理知的な光を瞳に宿すオーガの群れのボスだ。
少女もまた返事をせずに静かにサラマンダーの大群を見つめた。少女の見つめる先、サラマンダーの奥には翼を持つ本物の火竜がいた。
「あの脳筋ジジイ…!面倒くさい方を押し付けたわね!」
悪態をつきながら少女は透明な魔法石が取り付けられた銀の杖に飛び乗った。
ふわりと少女の体が浮き上がり、ひとつにまとめられた銀糸がベールのように靡く。
ふたりの少年少女が、まるで流星のように黒々とした魔物の大群を貫いた。
「何あんなのにやられそうになってんだよ」
「アンタだって背中をバッサリやられてるじゃない」
「うるせえ!」
ギャンギャン喚く脳筋ジジイ、もとい同じ王に仕える仲間であり幼なじみでもあるレオンの背中を見て私は小さくため息をついた。
レオンの背中は文字通りスッパリと斬られていて、破いた服か何かで止血は施されているものの布の上まで血が滲んでいた。
それにレオンはなんだかんだ言って私の肩に腕を回して体重を預けている。きっと背中の傷からの出血が酷いのだろう。
いつもは血色の良い褐色の肌も今日は白く見えた。
「ほら、治してあげるからさっさと後ろ向きなさい」
手をヒラヒラさせると、レオンは不満げな顔をしながらも素直に私に背中を向けた。
「布、外すわよ」
一応許可を取って布に手をかけると、
「丁寧にやれよ」
と注文が飛んできた。
失礼ね、私はいつだって丁寧に手当てしているわよ。
布を外そうと魔法できつく結んである結び目を解くと、布をそっと外していく。膠のようになった血が布を傷にべったりと貼り付けていて剥がし辛いことこの上なかった。
「いっ…つ!」
呻きながらも、暴れずに歯を噛み締めて耐えてくれているレオンに感謝しつつ布を取り終える。すると布の下から真っ直ぐに斬られた跡が出てきた。
「綺麗な傷跡ね」
傷に触らない場所にそっと手を沿わせ、残り少ない魔力で少しずつ洗浄していく。
「…早くしろよ!」
「すぐに終わらせるわよ」
手当てをされていてもうるさい幼なじみにそう返し、傷の洗浄、消毒を終える。そして残りの使える魔力を全て苦手な治癒の魔法に注ぎ込んだ。
傷が淡い光に包まれてゆっくりと塞がっていく。
「…後は戻ってからね。ちゃんとお医者さんに診てもらった方が良いわ」
「ああ、そうする。ありがとな」
幼なじみはそう言って立ち上がる。その足取りがしっかりしたものであることを確認して私も立ち上がった。
「それにしてもピナ、遅いわね…」
森の方をチラリと見て合流するはずの仲間の名前を呟くと、レオンが、
「あっちも囲まれてんじゃねぇか」
と返してきた。
その可能性もあり得るわよね。
まぁ、あの子たちなら大丈夫だと思うのだけれど。
「こうも魔物が増えちまうと碌に休んでられねぇよな」
レオンの言葉に私は深く頷いた。
ここ最近こうやって魔物の大群が現れることが多々あって、十分に魔力を回復する時間がないのだ。
「そうよね。…やっぱり、魔女王の復活が…」
その次の言葉を紡ぐことはできなかった。
口に出して仕舞えば、不吉な予想が本当になってしまいそうだったから。
「あー、やっぱ勇者サマって奴に頼んなきゃなんねぇのか」
レオンがガシガシと頭の後ろを掻く。
「そうしなきゃならないのでしょうね。…自分の世界のことくらい、自分たちで解決できればいいのだけれど」
仲間たち全員が思っていて、だけれどどうしても叶えられない夢を呟いた。
言葉は続かない。
沈黙が落ちる。
私たちはお互いに支えあうようにして身を寄せ合い、疲労した体を引きずり王宮を目指す。
「…なぁ、フィオーレ」
「ん?なに?」
ポツリと落とされた言葉。聞き返すと、レオンは目線を落としたまま続きを口にした。
「酒飲みたい」
「…は?」
いきなり真剣な顔をして私の名前を呼ぶから何かと思えば。
「そんなこと言っている暇があったらさっさと歩きなさいよ」
お酒なんてこんな場所にはないわよ。
「んなこととは何だよ!大事なことだろ!」
「耳元で叫ばないでよ。アンタ背中に大きな傷あるんだから、どうせ今日は禁酒よ」
ぐぬぬ、とレオンが悔しそうに私を見る。
ふふん、言い返せないでしょう?お酒飲んで傷が開いたら困るものね。
「…早く帰るぞ!」
誤魔化すように叫ばれた言葉にはいはいと返事をして、先ほどよりは足取り軽く荒野の真ん中を歩いていくのだった。