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花は微笑まない  作者: 青空
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対峙


「失礼します、王様戻ってきてますか?」

ドアをノックし執務室に入ると、王様が椅子に縛り付けられていた。その隣には目尻を釣り上げる仕事の鬼…もといプリュイさんが自分の書類を片付けながら、

「ほら、サボらないでください」

と檄を飛ばしている。

「プリュイさん、いいっすか?」

そんな入り込みにくい空気を物ともせず堂々と突入する勇者…もといレオンが部屋に足を踏み入れる。

すると、もれなくプリュイさんにギロリと睨まれた。

「何か用ですか?」

地を這うような声に思わず後ずさりしてしまう。

王様がまた仕事サボって抜け出したものね。それはプリュイさんも起こるはずだわ。

魔女王の封印が終わったら、本格的にストレス軽減グッズを作るのも良いかもしれないわね。

「いやー、実は勇者の所業の件に関してオイラたちに案があってね」

ルーナをはじめとして私たちが概要をさらりと説明する。幸い、プリュイさんも王様も相槌を打ちながら聞いてくれた。そして、

「確かに、現状は目に余る。解決できるならそれに越したことはないな」

「そうですね。…フィオーレは特に、この王宮から出たほうが良いかもしれません」

と色良い返事を貰えた。

どうやらこのまま話を進めれば許可は貰えそうね。私とレオン、ルーナなら魔物と戦う戦力的にも、移動の速さ的にも問題はないし。

「なら、行ってもいいっすか?」

「ああ、気をつけて行くんだぞ」

レオンの確認に王様が大きく頷く。

第一関門は抜けたわね。

ほっと力を抜き、肩をなでおろしたのもつかの間。

「…花、どこに行くの?」

ゾワリと鳥肌が立つ。

気づいたら声が聞こえたほうに障壁を張り、愛用の杖を握りこんでいた。

隣でレオンが剣の柄に手を置く。まるで敵に遭遇した時のように、スッと目が細められる。

まるで最初からそこにいたかのように現れたのは、私の前世の幼なじみの樹だった。

「そんなに警戒しなくても良いじゃないか。幼なじみだろ」

彼は前世で穏やかと評された笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

けど、その穏やかな笑顔を浮かべているのは表面だけで、胸中では大嵐が吹き荒れていることを私は知っている。だてに前世で幼なじみやっていないもの。

「あなたがピナたちを元に戻してくれるならこんなことはしないわ」

「ピナ?…ああ、あの金髪の子か。君の友達なら、なおさら開放はしてあげられないな」

…名前さえ把握していなかったなんて。しかも、私の友達だから、なんて。

「…人質ということか」

隣から低く唸る声が聞こえた。一瞥すると、そこには狼の耳と尻尾が生えた…半獣化したレオンがいた。

どうやらレオンも相当樹が気に入らないらしい。

私も自制していなかったら、今すぐにでも魔法を打ち込んでいるところだ。

一応勇者として呼び出してしまったのだから、と遠慮していたのに。

「僕と花の話に割り込まないでくれるか?」

「ッ…!」

樹がレオンを睨みつける。それだけでレオンは息を飲み苦悶の表情を浮かべた。

レオンの目が虚ろになり、その場にドサリと倒れこむ。

「何をするの⁉︎」

慌ててしゃがみこみ、幼なじみの首に手を当てる。

…脈はある。どうやら即死の魔法ではないみたいね。

「ちょっと黙ってもらっただけさ。それより、君はこの僕を置いてどこに行く気なの?」

「…答える義理はないわ」

樹を睨みつけ、レオンに魔法解除の術をかけてみる。

ポタリとレオンのこめかみから脂汗が流れ落ちた。顔が真っ赤だ。

早くしなくちゃ。この魔法、たぶん人を殺すためのものだわ。

呼吸まで止まったら、いくら頑丈なレオンでも数分と保たない。

術式を…かけられた魔法の反対の式を計算する時間がもどかしい。

魔法解除はかけられた魔法の逆効果の魔法をかけること。魔法を発動させる上で必要となってくる自然界への命令を担っているのが術式だ。そしてその命令を行使させる力が魔力である。

この際魔力でごり押しして…いや、ダメね。下手したら魔力の少ないレオンが魔力過多に耐えきれずに死ぬわ。

この魔法はたぶん、生体に働きかけるもの。精神を操るものじゃないから、解けるはずだわ!

身体活動を正常に戻す術式を計算し、編み込み、間違いがないかさらう。

「解除!」

囁くと青い光がカーテンのように広がり、レオンを包み込んだ。

「…ッハア!ハッ…ゴホっ!」

「ゆっくり息しなさい」

レオンの背中をさすりながら、魔法解除が成功したことにほっと胸をなでおろした。

危なかったわ…。

「あーあ、残念。魔法、解けちゃったか」

樹が悪気もなさそうに嘯く。その軽さが無性に苛ついた。

「人殺しは犯罪よ。もちろん、殺人未遂も」

緊張の糸が、触れたらはち切れそうなほど張り詰める。静まり返った部屋が恐ろしく感じた。

「君はどうやら僕の言いつけを忘れたみたいだね。素直に行き先を教えてくれれば、少しは彼女たちの開放も考えてあげるのに」

上から目線が無性に腹がたつ。胸の中をかきむしられているかのような悔しさに唇を噛んだ。

恐らく人を操ることに関しては、あちらの方が上ね。なんで科学が発達した世界から来たくせに、この世界の古の魔法を使えるのよ。

「…フォルティスよ」

「へえ、なら僕も付いて行こうかな」

なんでそうなるのよ。あなたが付いてきたら意味がないじゃない!

思わず頭を抱えたくなった。

ああ、なんで私はこの男を召喚してしまったのかしら。過去に戻れるなら、なんとしてでもこの男の召喚を止めるのに!

「うーん、それは困るなァ」

不意に目の前に黒いスカーフがたなびいた。

「何、君も操られたいの?」

「血の気が多いね。別にオイラ、野郎に良いようにされる物好きじゃないんだ」

美人のお姉さんなら良いんだけどね、と戯けるルーナに樹が眉をひそめた。

「なら邪魔するなよ」

「…君さぁ、ストーカーもほどほどにしなよ。うちのキョーダイ困らせないでくれる?」

ルーナはいつものように軽い口調で告げ、黒猫のようにしなやかに、そして目にも留まらぬ速さで樹の後ろに回り込む。

「なっ…⁉︎」

その残像すら見えなかった。気づけばルーナら樹の首に短刀を突きつけていた。

普段は忘れているけれど、ルーナってフォルティスで二番目の実力者で、私たちよりも百歳は年上なのよね。だからなのか、昔から私たちのことを本当の妹、弟のように可愛がってくれた。

ちなみに一番は当たり前かも知れないけれど、魔王のソレイユさんだ。フォルティスは実力社会だから、魔王が家臣より弱いんてことがあるはずがないのである。

とまあ、そんなフォルティス事情は置いといて。

「君のことなんて、オイラは簡単に殺せちゃうんだよ?優しいキョーダイたちと違って、オイラは他人への慈悲なんて持ち合わせてないんだよね」

氷よりも冷たい目をしてルーナは笑う。

「僕が死んだら、花の友達は狂うよ」

「そこら辺はフィオーレがどうにかするさ。オイラのキョーダイは優秀だからね」

ね、とルーナが私に笑いかける。

「そうね」

なんとしてでも正気に戻すわ。

だけれど、このタイミングで話を振って欲しくなかった。

「…!花は僕が死んでも良いと言うの⁉︎」

ヒステリックに叫ぶ様は前世のまま。これで私が鎖にでも繋がれていて、みんなもいなかったらきっとあの時のように暴力を振るわれていたのだろう。

「死んでくれた方が世のため人のためかもしれないわね。…ルーナ、もうちょっと押さえててくれるかしら」

「りょーかい!」

樹が悔しげに舌打ちして、ギラリとした目で私を見つめる。私は構わずに、樹の前に歩みでた。

「フィ、フィオ!」

ゴホゴホと咳き込むレオンが、上半身を起こして剣を握る。

「大丈夫よ。…樹」

名前を呼べば、樹が目を丸くした。それからその瞳に歓喜の光が宿る。

けど、残念ね。

「汝、人を殺すことなかれ。尊厳をふみにじることなかれ。破れば罰を与えん」

紡ぐのは契約の魔法。術者の何かと引き換えに、どんな魔法でも本人以外が破ることのできない唯一の魔法だ。

「契約!」

私の叫んだ言葉にその場にいた人たちが目を見開く。

差し出すのは私の前世の記憶。元々この世界で生きていくのに百害あって一利なしの、邪魔な記憶だ。

「フィオーレ、君って子は…!」

青い光がプリュイさんの声をかき消す。

光の渦の中で、驚愕に目を見開く樹に私が浮かべられる最大の笑みを向けた。

「私たちについて来るなら、最低限度の制限は必要でしょう?」


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