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花は微笑まない  作者: 青空
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状況確認


泉の水面が陽の光を反射してキラキラ輝いている。足をつけるとヒンヤリとして気持ちが良い。身体中に水の魔力が満ちてくる。

私は強張った体の力を抜いて、ふう、と大きく息を吐いた。

「…そういえば昨日倒れたと聞いたが、体は大丈夫なのか?」

ランスが揺れる光のカーテンの模様が映る泉の底を見つめ、ポツリと呟くように尋ねてきた。

「大丈夫よ、ちょっと疲れがたまっていただけみたいだから」

本当は前世の記憶が蘇ってきてその衝撃に耐えられなかったからなのだけれど、そんなことを言ったらまた医者を呼ばれてしまうかもしれないので黙っておいた。

先ほどのことでお互いに口が重く、ふたりして黙って水面を見つめていると。

「フィオッ!」

不意に鋭い声が矢のように走ってきた。と同時に黒い塊が飛び込んでくる。

「えっ?」

「なんだ⁉︎」

ランスがとっさに飛び退き、私も反射的に障壁を出す。

障壁にぶつかった黒い塊がキャンッ!と悲鳴をあげて泉に落ちた。バシャンッと水しぶきが舞い、星屑のように光りながら障壁に落ちてくる。

「冷てぇ…」

泉の中からずぶ濡れの黒い塊が立ち上がる。黒い塊が発した声はここに来る前から聞き慣れたものだった。

「レオン、アンタ何やってんのよ」

わざわざ狼の方の姿にまでなって水に飛び込むなんて、ついに脳が全て筋肉で埋まってしまったのかしら。

呆れながら、パシャリと水を蹴り上げる。

「何ってお前探して…ッ!あの男は⁈」

レオンが水をかき分けてこちらにやって来る。水を多く含んだ毛から滝のように水が流れ、普段はふわふわのその姿を化け物じみたものにさせていた。

剣幕で詰め寄ってくるレオンを見て、私は目を瞬かせた。

「…あの男って、樹のこと?」

尋ねながら、陸地に前足をかけたレオンに魔法をかけた。

「あっちぃ!何すんだよ!」

「毛を乾かしただけよ」

ずぶ濡れのままじゃ触っても気持ちよくないじゃない。

「少しは手加減しろよ!魔法バカ!」

「してるから無傷なんでしょ、剣術オタク」

「なんだってぇえ⁈」

と、レオンはいつものようにギャーギャー騒ぎながらも私の膝に顎を乗せる。なんだかんだ言って定位置に座ったレオンの毛を、私は遠慮なく堪能し始めた。

ふわふわの極上の毛が優しく手を包み込む。ほんのり温かい手は、指を通すと水のようにするりと流れた。

やっぱりレオンの毛並みが一番ね。樹のせいですり減った神経が癒されるわ。

ほっと一息ついていると隣から、

「勇者殿なら、ピナ様に付き添われて黄月棟に居座っている」

と沈んだ声が聞こえた。

そうだ、そういえばレオンは樹がどうとか言って走ってきたのよね。もしかして、私と樹が接触しないようにした?私があの男に操られないように…。

…ありえるわね。ちょうどプリュイさんと話した後だったし。

私が操られる可能性を考えたプリュイさんが、それを阻止しようとレオンを寄越す姿が目に浮かぶ。

「ピナが?…まさか!」

「ああ、ピナ様も操られている。さっきそれを確かめた」

ランスの言葉に私も頷く。

ピナは表面上はあの勇者を慕っているようにも見えたけれど、その実本人の意思を捻じ曲げられてああなっているのだ。

「嘘だろ?あのピナが?」

レオンが信じられないと目を見開く。

それもそうだろう、ピナは妖精の姫だ。

つまり生命の源と言われている世界樹に最も近く、それゆえに加護が強い妖精族の中でもトップクラスの加護を持っているということだ。

そんな子がそうやすやすと操られるはずがない。だから私も最初は操られているのか、本人の意思で樹といるのか確かめに行ったのだ。

「…本当よ。操られているのはわかっているのに、その原因はよくわからないのが悔しいけれど」

「じゃあ元に戻す方法もわかんねぇのか」

レオンが悔しそうに吐き捨てる。

私は泉の底に視線を落とし、レオンの毛並みを梳く手を早めた。

魔法なら私の専門分野なのに、何もわからないことが歯ぎしりするほど悔しい。手も足も出ないとわかっていても手を出さずにはいられないほどもどかしい。

「ああ。妖精の魔法はもちろん、人間の魔法でも人を操る魔法は発明されていないな」

「一応魔道書を当たってみるけれど、あまり期待はできないわ」

自分で言いながら、気分が沈んでいく。再び沈黙が泉を支配した。

「やはり原因がわからないとな。…そういえば、フィオーレは二度もあの男に会っているのだろう?何かおかしな所はないか?」

ランスに尋ねられて、私は小さく首を振った。

「ないわ。ランスやレオンは?」

「僕もない」

「俺もだ」

「…そう」

やっぱり男性は操らない…いえ、操らないのかしら?

だとしたら、私はなんで無事なのかしら?それに、プリュイさんも…。…ん?プリュイさん?

「ねえ、そういえばプリュイさんって今女性なのよね?」

「あ、ああ…。どうやら妖精の粉の効き目がイマイチで、昼は女性、夜は男性のようだが」

ランスの答えには突っ込みどころが多々あるが、それは置いといて。

「プリュイさんも樹に会っているはずなのに、無事よね?ということは私と同じで何か耐性があるんじゃないかしら!」

それがわかれば、精神操作の魔法を解くことができるかもしれないわ!

「その手があったか!」

レオンがパッと目を輝かせる。

そうよ、操られていない女性もいるのだからその共通点を探せば良かったのよ!

いつも魔法の実験でやっていることなのにスッカリ失念していたわ。

「じゃあプリュイさんも含めて、あの男に影響されていない女性に聞き込みもしよう。これはレオンが適任か」

糸のような希望の光にランスの錆色の目がやっと輝き始める。

「ランスもやろうぜ。俺だけじゃ専門的なことはわからねぇし」

「じゃあ私は魔道書を調べてみるわ。それからフォルティスの魔女やクレッシェの精霊使いにも知識を貸してもらうわ!」

「ああ!」

もしかしたらピナたちを取り戻せる方法が見つかるかもしれないと、一生懸命何が必要か考えていると。

「おー、みんな頑張ってるなァ」

という軽薄で能天気な声が響いた。

風が吹き、木々が騒めく。木漏れ日がチラチラと水面に踊る。

振り返ると、フォルティス独自の織り模様が目に飛び込んできた。

たなびく黒いスカーフとチェシャ猫のように細められた赤い瞳が特徴的な小柄な男性と岩のように大きな、紫紺の髪の大男がこっちへと歩いてくる。

「え、ルーナ?ソレイユ⁈」

レオンが驚いたように飛び上がる。そして慌てたように私の膝の上から起き上がり、人型に戻った。

「よお、久しぶりだなガキども!」

豪快な笑い声がお腹に響く。

なんと私たちの前までやって来たのは、フォルティス帝国にいるはずの魔王ソレイユとその腹心ルーナだった。


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