105話
学園での生活は、幾らか雰囲気が変わった。
一つ、学園に駐留する兵士が増員された。
これに関してはユニオン共和国が申し出たらしく、学園も既に受け入れたらしい。
ヴィスコンティが騒ぐのでは無いだろうかと思ったが、この学園はどこの国にも属さない中立地帯なのだ。
逆を言えば、何か問題があった場合にそれらしい理由であればどこの国も介入できるという話でもある。
今までは兵士に関してはヴィスコンティが受け持ち、学園や都市に関しては神聖フランツ帝国の人が聖職者などで治め、ツアル皇国は現状魔物との戦闘をしているが為にその負担を免じられ、ユニオン共和国は大小の国を一纏めにそう呼称しているだけで、実際にどこが負担するのか、責任を持つのかと言うことで今まで回避されてきたようだ。
しかし、今では今までよりも増えた異色の兵士達がちらほらと見え、その背中にはマスケット銃のような物が背負われているのも気になった。
甲冑などでは無く簡単な胸当てや脛当て等と言った現代戦に近い装備で、ヴィスコンティの甲冑などとは違って目だって見えてしまう。
まあ、良いだろう。
この学園とその都市の防衛に兵力を割いて当事者になる、そこに何ら文句は無い。
むしろ「やっとか」と思わないでもなく、マトモな人が居たのだなと少しだけ頷けた。
だが――。
「ウス、暫くここで武技の訓練を見させてもらうアイアスだ。特に多くは語らなくても良いよな? んじゃ、宜しく」
「よろしゅ~」
……なんなんだ? これは。
確かに教師が入れ替わったり、新たに来るとは言っていたが――それがアイアスやロビンだとは想像だにしなかった。
「武器を手にした戦い方はオレんおとこに来い。弓や純粋な体術はロビンとこだ。んで、刀剣や武器を使った魔法戦闘はタケルんとこいけ」
「はは、宜しく」
ツアル皇国はどうしたと突っ込みたくなったが、どうやらタケルとファムまで来ている様であった。
ただ、ファムに関しては戦闘訓練の教師役にはならないらしく、連中曰く「暴れさせたら闘技場が壊れる」との事だった。
じゃあファムは何をしているのだろうかと思ったら、なんとメイドをやっているらしい。アホな。
実際には料理を覚えたり、或いは彼女なりに「簡単な医療・手当て・看護」を覚えようとしているらしい。
英霊がメイドとか聞く人が聞いたらぶっ倒れそうではあるが、それは仕方の無い事だろう。
英霊が大集結してる中、マリーはどうしているのだろうかと思ったら――。
「一年生に教える詠唱術式はそのまま、二年生で学ぶ詠唱に用いる語句や文脈に関してはこれを一度目を通しておいて。三年生になったら複合魔法を学ぶと思うけど、その時に用いる単語の見直しがこれ。四年生が――」
どうやら、マリーは教師ではなくその補佐役として来たらしい。
人前に立ちたく無いと言う本人の意向がすりあわさった結果「生徒は入んな」と言う、本来であれば教師が研究及び待機する個室に居座るようにしたらしい。
まあ、ほぼ全身に詠唱を省略し、破棄し、魔力の伝導率を高め、即座に魔法を行使できるように刻印だらけにしたから人前に立ちたく無いと言うのは理解できる。
それ以前に、口が悪いし態度も悪いしで生徒受けが良く無さそうだというのもあるのだが。
学園での生活が、尋常じゃないくらいに変化していた。
当初「英霊の基準で教えるとか大丈夫かな」と、俺だけじゃなく他の生徒達も思ったようだ。
しかし、彼らは上手くやった。
今まで完全にお遊びの時間だった武技稽古の時間を即座に纏め、有意義なものへと変えてしまった。
ただ、その革新は決して賛成ばかりではなかった。
なぜなら、彼らがやらせているのは”指揮官”としての技術ではなく”兵士”としての物が多かったからだ。
特殊階級、貴族、人を支配し率いる立場の連中が煌びやかな決闘を想像している傍らで、彼らは即座に汗と泥と疲労に塗れる時間を提供した。
これに関して一番反発したのがまさかのヴィスコンティの学生であり、その他の国の生徒達は比較的反発が少なかったのも印象的だった。
んで、穏やかな学園生活を求めていた俺は無関係に引きずり出される事になる。
アイアスが「おい、ヤクモ。ちょっとこっち来て手本になれ」と言って、手本とは名ばかりの手合わせもさせられた。
ロビンも「ちょっと、こっち、くる」と言って呼びつけ、体術……それこそ格闘や受身などを含めた素手での身のこなしなどもやらされる。
タケルは……まさか、俺を呼びつけたりはしないよな?
そう思っていたのも束の間で、直ぐに「ヤクモ。悪いんだけどさ、ちょっと来てよ」と呼び出された。
本来であればアルバートやミナセ、ヒュウガなどの「やる気がある連中」に対して、俺は自分の持てる知識などを提供する――それだけの時間だったはずだ。
なのに、彼らは「学生である君らは、将来国に戻れば率いる立場になる~」と、立派なお題目で俺の平穏や平和を蹴り出してしまった。
アルバートはアイアスに捕まってしまったし、グリムはロビンの所で体術や格闘などを教わっている。
ヒュウガとミナセもタケルの所に行ってしまい、俺は暇――かと思えば、完全に使い倒される駒である。
自衛隊と同じで「はい、展示説明」と言われて呼び出され、皆の前で「こういう風にやる」という展示品のために俺は三人から散々に呼び倒された。
休暇でアイアスとは一度手合わせをしたが、どうやら俺と戦うなと言う命令は解除されているらしく死を覚悟した手合わせになった。
ロビンは格闘に関して「みがまえる」と言って即座に足を払ったり突き飛ばしたりしてきたし、少しでも気を抜くと関節を極めたり腕を極めたりしてくる。
タケルは「それじゃ、防御宜しく」とか言って遠慮なく魔法特技だか奥義をぶっ放してきて俺はほぼ死に掛けである。
それでも――裏を返せば嬉しさもあった。
英霊に「こいつは大丈夫」と思われて使われてるのだと、それくらい親しくなれたのだと考えれば嫌気はささない。
だが……負担がでかすぎて完全に自衛官候補生時代のようにしごかれている気分だ。
「お疲れさま」
「無理、死ぬ。疲れた――」
連中は素で強いが、俺は皆のように「プラスで身体能力を強化」してやらないとアイアスと同等の戦いができないのだ。
身体能力を強化しても、今度は近接戦闘と言う読みあいでの戦闘経験も実戦経験も浅く、目も追いつかない。
それでも何とか――何とかいい勝負を演じられるようになったのは、肌で、空気で――かつて、人類が滅ぶはずだった世界を体験したからだろう。
集中すれば理解と反応が追いついてきて、アイアスの槍捌きや手足の動きも若干予想できるくらいには見えてくる。
目が追いつき、細かい動作が見えて、対処できるようになるのだが……。
それでも、大分加減されているだろう事は理解できた。
ヘトヘトになった俺が闘技場からはなれると、見学に来ているクラインがそう声をかけてくれる。
汗だらけになるだろうからと、一応運動に即した格好にはしていたが汗を吸った服が張り付いて邪魔苦しい。
上着を脱ぎ、Yシャツのボタンも外すと速乾シャツが出る。
速乾シャツが汗を吸って肌に張り付いているが、上着を着ているよりは不愉快ではなくなった。
「僕もヤゴやザカリアスと手合わせをしてたけど、あそこまでになるとついて行けるか不安になるなあ……。けれども、君にも出来てるんだ、僕にだって出来るはずだ」
「や、まあ……。頑張って? 俺は……休む」
生徒達は本格的に行われている”訓練”だの”教育”でテンテコマイなようだ。
アルバートはアイアスに「腰ぃ入れろ!」とケツを蹴られているし、ヒュウガはミナセと二人がかりでタケルに仕掛けながらも素手なのにいなされている。
ロビンは全生徒を相手に「すきに、かかってこ~い」とか言って、グリム含めた全員を投げ飛ばしている。
鬼である。
「くそ、強いな……」
「――強い、か。弱い、じゃないんだ」
「? いや、強いだろ」
クラインが何を言っているのか分からず、俺は疑問視か抱けなかった。
彼は「なんでもない」と言って、直ぐに話を打ち切る。
何なのだろうかと思っていたら、今度は後ろから冷たい何かを首筋に当てられる。
「おっつかっれじゃ~ん。あなたの居た国では、それくらい強いのが当たり前なの?」
見れば、妹――に良く似た、ユリアがそこに居る。
見れば氷で出来たコップのようなものに、水が入っている。
「なに、それ」
「え? 水だけど」
「指を鳴らすだけで水は飲めるんだよね」
そう言って、俺は受け取らない事にした。
なんだか、何が入っているのか分からない物を飲むのは流石に躊躇われる。
神聖フランツ帝国では英霊たちが一緒だったので、俺に何か有れば英霊達から不興を買うだろうと言う考えがあったので多少は安心できた。
しかし、今は学園には居るがユニオン共和国の兵が入り込んでいるので安心出来ない。
遅効性の薬物とかが入っていて、麻痺や睡眠で倒れている隙に連れ浚われるとか考えてしまうと口には出来なかった。
……現実の話、買い物に出かけて戻ったら家を潰されていたと言う隣の大国の話を思い出してしまう。
アカい国を連想すると、出来る限り距離を置きたいと言うのが俺の考えである。
彼女は俺が魔法で水を出してそのまま飲むのを見ると、あまり残念そうにはしなかった。
自分でその氷の容器へと口をつけると、安全だとでも言わんばかりにおいしそうにしている。
「ぷはーっ! 雪は解ければ冷たい水になるし、魔法を上手く使えばこんな便利な事が出来るんだけどな~。けど、必要ないか。だって、詠唱も無しに水を飲んでるし」
「ごめんね? ユリアさん。ヤクモさ、最近までちょ~っと色々あって、まだその時の気が抜けてないみたいでさ。疑心暗鬼になってるみたいで」
「へ~。何があったんだろう?」
「――少なくとも、ヘラや神聖フランツ帝国が沈黙を貫いてるのに喋る事が出来る内容では無いわな」
俺はそう言って、会話をきる。
クラインは俺の見せた敵意にちかい排除的な態度に少しばかり以外だと思ったようだが、ユリアは上手く入り込めなかった事に舌打ちをした。
口を滑らせることを期待したのかもしれないが、それを期待するには相手が悪かったとしか言えない。
「態度わる~っ!」
「人様の事を調べ上げて、隙あらば探りを入れる奴に好意的になる事はまずありえませんっての」
「けどさ、馬鹿みたい。学園を出たらみんなは兵士じゃなくて指揮する立場になるのに、こんな訓練して何の意味があるんだか」
「――兵士じゃないからこそ、意味があると思うんだけどなあ」
俺はそう漏らした。
実際、現場を知らないのに命令をするだけして、失敗すれば兵士の責任で成功したら自分の指示のおかげだと言うような奴になって欲しく無いと言うのが俺の思いだ。
兵士がどのようなものか、現場がどんな感じなのかを理解した人物が上に付く、これに勝る幸福な事は無い。
必要な時には無茶をさせなければならないし、無茶をしなきゃいけないとは分かっている。
だが、その分普段はどのように扱うか、どのような辛さや苦しみがあるのか等を理解して欲しい。
常に無理飲茶を言う奴は、見棄てられるか仲間に殺される。
そう言う世界だと俺は思っている。
「ま、現場の人なんでそうとしか言えんわな。銃って物がどういうものか、もう一度良く考えた方がいいよ」
そう言って、俺は目蓋を閉ざして呼吸を整える。
暫くそうやって休むと、再び立ち上がって訓練に混じりに行く。
英霊直々の指導と鞭撻である、こんな機会を逃して溜まるか。
そして魔法の座学は、マリーが裏に混じってから幾らか授業の形態が変わったようだ。
今まではミラノがかつて披露した様な、どれだけ言葉を美しく並べるかという、無駄な所に労力を費やしていた。
しかし、マリーが介入してからは、そのような”無駄”は徹底して省かれた。
一年生と二年生で学んだ事で、最低限必要な物は何かを抑えている。
それらをこのように用いると詠唱は短くて済むと言う、セーフティーを幾つか取っ払ったものを披露した。
これに関しても、ヴィスコンティの生徒が嫌った。
今まで習って来た詠唱は、立派であれば長くなり、長ければ費やす語彙力を試されるので「長く、綺麗な文章を書ける方が良い」と思っているらしい。
馬鹿じゃねえのと、マリーじゃないけれども「そんな悠長な事をしていて生き残れるんかい」と思ってしまった。
ただ、これに関してはミラノとアリアが成果を出す。
この休暇の間、二人とも魔法に関しては相当研究してきた。
本来であれば四年生である彼女達はまだ複合魔法の数を増やしているくらいで、来年くらいから紙に色々書き込んで魔法を簡易に発動するなどを学ぶ――筈だった。
しかし、だ。
マリーは屋敷で散々書き殴ってきた魔導書を持ち込み、誰よりも詠唱を素早く終わらせる。
アリアは今まで長文の詠唱が出来なかったが、今ではミラノと一緒に頑張ったおかげでアレンジされた詠唱で早めに詠唱を終わらせる事を学んだ。
その結果――俺はマリーに呼び出しを受ける羽目に。
「ねえ、何であの二人あんな真似してんの」
「さ、さあ……」
「さあじゃ済まされないのよ、分かる? ねえ、私がどんな覚悟して自分の身体彫ったか、判って無いでしょ?」
マリーはとてもお怒りであった。
彼女に胸倉を掴まれ、揺さぶられる俺はまるで強請り集りをチンピラに受けている学生のようだ。
彼女は、実の所結婚願望があって、刻印を身体に入れたのも出来ればやりたくなかったと言っていた。
「魔法とは認識であり、使い手の想像が喚起するものであれば何でも良いなんて、随分舐めた新説ぶっこんでくれたじゃない。明日からアンタが教職やる?」
「面倒臭いの嫌なんですけど……」
「じゃああの二人のやった事全部吐け、私にも判るように言え」
旅の最中、マリーはマリーなりに色々考えたりしていた。
その結果「空中炸裂の榴弾」のような魔法を生み出していたし、決して無能ではないのだ。
ただ、この世界の魔法と言うのはかつて存在していた人類が、絶望的な世界環境になった事や変異した生物などから身を守ったりするために生み出したものなのだ。
つまり、詠唱なんて本当は要らなかったらしいが、それがどう変わったのかなんて分からない。
なので俺は「詠唱しなくても、自分が何をしたいのか分かってりゃ良いじゃん」という考えを打ち立て、それらを元にミラノとアリアが成功を収めたと言って良い。
魔法の詠唱を文章に書き起こすと言う事で、必要なキーワードを告げるだけで魔法が使える。
そしてその文章に使う文字を『漢字』という、”象形文字”をミラノが使っているとか――全部説明した。
アリアに至っては「雷が、まっすぐ突き刺さる」とか、適当詠唱で上手くいっていたりするので、そちらも説明するが――。
「返せッ……! 私の、綺麗な身体を返して!!!」
「俺のせいじゃないし、誤解を招くような事を言うんじゃねぇぇええええッ!?」
「想像してする? 自分が分かってればいい? ”しょーけーもじ”? ……馬鹿にしやがってぇぇぇえええええ……!!!!!」
マリーはそう言って俺の胸倉を手放さなかったが、話を聞いた伍長が「では、漢字を現代語に翻訳した辞典と一緒にお渡しすれば宜しいですかな?」といったことで助けられた。
そして直ぐに「色々やるから出てけ!」とつまみ出されてしまい、待ってくれていたミラノ達が唖然としていたのを覚えている。
そうやって、最初の一週間は新隊員のような怒涛なる速さで終わってしまった……。
三学期目にして急な学園生活の変化に多くの生徒たちが悲鳴をあげ、置いてけぼりになり、そして戸惑いながらも何とかやっている感じだ。
男子生徒は戦闘訓練の時間が来ると「おい、早めにいって身体を温めておこうぜ……」とか言って足早に闘技場へと向かっていく。
完全に新隊員教育隊であり、女子生徒達に比べると学園中の半数の生徒がくたばっている。
「ばぁぁあああっ、疲れたぁぁむぉぉおおおん……」
週末、本来であれば金曜日の夕方以降から日曜日の夕方まで外出が出来る。
自衛隊で言う”普通外出”や”週末外出”に該当する事が出来て、外で息抜きが出来るのだが――。
その余裕が、生徒達から失われていた。
今までは”遊び場”のような場所だったが、英霊たちがそれらを全て蹴飛ばしてくれた。
ただ、今度は忙しくなりすぎな気もするが――。
「――死ぬ、死……シ――」
食堂で、飯が来るまでの時間アルバートと共に机に突っ伏して休む。
一週間と言う間で、ここまで肉体的にも虐められたのは久しぶりかも知れない。
いつもならミラノが咳払いをして行儀の悪さをたしなめたり、それこそ怒ったりするのだろうが――。
今となっては、俺とアルバートが机に突っ伏してぶっ倒れていても「大勢の内の一人」にしかならなかった。
男子生徒は例外なく机にぶっ倒れており、女子生徒は一部を除きピンピンしている。
一週間も経過すればその理由が噂や事実として広く認識され、誰もが深くは追求しなかった。
男子生徒は武技、女子生徒はお裁縫や花のお勉強って……マジ――。
「グリム? お~い、グリム?」
アルバートの隣に座っているグリムも、疲弊しきっているらしい。
なんだか返事も反応も無いなと思って呼びかけると、ビクリと反応した。
「――寝てた」
「う、うむ。気をつけるが良い、グリム」
「──気をつける」
グリムもグリムで疲弊しているらしく、目を開けたまま意識が飛んでいたようである。
周囲では席を立とうとしている生徒が「いたっ」だの「ひぃ……」だのとうめく声が響き、しごかれてるなと思った。
「しかし、貴様に比べれば我らのして居る事は……まだまだ、幼稚な事だ。このような事で一々疲れていては──」
「あ~、俺は……ほら。一応兵士してたし、毎日が訓練日和の中で色々やったからまだ付いていけてるだけで……」
実際は、最盛期である自衛官時代の肉体+人の数倍の身体能力、それとステータス補正を受けているだけである。
本来の二十八歳と言う年齢、片足を事故で引きずり、筋肉が脂肪に変わった肉体では最初の数秒で死んでてもおかしくなかった。
そう言う意味では、この世界に来る前に若返らせてもらったりチート能力を貰って正解だったが……。
ただ、俺の立ち位置が学園の生徒と英霊と言う二極の存在が居る空間で、異常だという事がここ一週間で理解できた。
英霊とは人類を救った物凄い連中であり、今の人たちからして見れば「凄い人」と言う認識である。
戦闘経験豊富、それらに付随する知識や発想も豊富で、ここの学園の生徒からして見ればそれこそ”神に愛された連中”と言えるだろう。
敵う訳が無い、追いつける訳が無い、神に見初められた連中に自分らが太刀打ちできるわけが無い──。
それが一般的な認識だったらしい。
しかし、だ。
そこに、中間の立場に位置する俺が現れた。
生身の人間でありながら、英霊に追い縋る存在──。
アルバートやミラノ達のような”無力”でもないし、かといって英霊連中のように”強い”訳でもない。
「で、どうなのだ」
「んぁ、何がよ……」
「この休暇の間、ヘラ殿と戦う事になり勝利した結果使役する事になったと言う噂は。どこまでが事実なのだ?」
「またその話か……」
そして、その結果「ヘラと言う英霊を使い魔にした」という事実と「何かあったのだろうけど、それを本人たちが隠している」と言うことから、様々な噂が流れた。
その中でも有力なのが「ヘラと勝負をし、勝ったので相手を従えた」と言う噂である。
他には「だまし討ちにした」とか「弱みを握った」とかもあったが、そこらへんはこの一週間の内で隅に追いやられ、下火となった。
ヘラを使い魔にしているのは事実だが、俺は最大限の自由と言う名の放任をしている。
彼女に行動制限も、それどころか主従契約によって命令すらしていない。
ヘラは一応夕方に毎度外の教会に赴き、神聖フランツ帝国に縁の在る場所でお祈りを捧げるようにしている。
そこで無事である事や、自分が去った後の国の事なども聞いているらしく、俺は出来る限りそこら変も配慮しているつもりだった。
「──何度も言うけど、それに関してはヘラも神聖フランツ帝国も何も言ってない。それを俺が口を滑らしたりはしない」
「強情な奴よな。いや、義理堅いのか? ツアル皇国の連中とよく似ている。しかし、貴様が英霊相手に戦い、勝ったと言う噂が流れて居るのでな。事実が何であれ、貴様は──あのクソ爺を含めた皆に気に入られているように見える。だからこそ、消える事のない噂になっているのだ」
英霊達は、ある種俺を”特別扱い”した。
多くの生徒が畏敬や若干の恐怖、或いは羨望などで距離を置く中、俺だけが名指しで何度も何度も声をかけられ、個人として認識されている。
アイアスは「おし、それじゃあ実際に戦うとどうなるか見とけ」とか言って、時に俺を相手に見取り稽古を生徒達にさせる。
ロビンは俺を相手にして「すででも、こ~ゆうことができる」とか言って格闘や関節技などを披露したり、素手同士での見取り稽古をさせた。
タケルは「魔法を使った武芸をお互いに行使すると、こうなる」とか言って、ヘラに結界を張らせるとお互いに遠慮のない魔法を交えた戦闘を見せ付ける。
俺がアルバート達と別の意味でヘトヘトなのは、英霊と同じ事をさせられているからだ。
生徒達は新兵教育のような事をしているのに、俺だけ訓練隊や実戦想定の演習をさせられているのだ。
分かりやすい喩えをするなら、アルバート達は「それじゃ十Kgの背嚢背負って八Km歩くぞ~」とやっているのに対し、俺だけ「防弾チョッキ、背嚢四十Kg、LAMと89小銃、弾帯に装填した弾倉や携帯エンピ、水筒満水で装備、六十Km行軍な」と現役ン年目のような事をさせられてるようなものだ。
やった事が無い、不慣れで疲れているアルバート達とは違い、単純に”オーバーワークで疲れてる”という状態である。
「貴様ぐらいだ、英霊と直に遠慮なくぶつかり合ってるのは。羨望や嫉妬で色々言われるのは当然であろう」
「俺はそう言うのは求めてないんだけどなぁ……」
「なら断れば良い。だが、貴様はそうしないだろうが」
そういわれると弱い。
俺は未だに自分の取り柄を「自衛官だった事」にしか見出していない。
誰かの為、国の為、国民の為に訓練をし、武器を手にし、盾となり死んでいくことしか出来ないと──そう思っているのだ。
戦う事以外で何が出来るのかを問われたら首を傾げ、多分死ぬまで分からないままだと思う。
逆を言えば、戦いに絡む事柄にしか取り柄が無いからこそ、アイアスたちに呼び出されてホイホイと色々やることに忌避感を覚えない所か、むしろ望む所だと受け入れているとも言えるのだが。
「──自分がどこまで行けるか分からないけど、高みに登る機会が有るのに食いつかない訳が無い。なら、英霊たちが俺に好意的で、それで学び成長できると言うのなら振り落とされるまでは齧り付いてやるさ」
「──そうか」
アルバートはそれ以上何も言わず、運ばれてきた食事を食べ始める。
今まではグリムがアルバートの世話を焼いていたが、今の所逆転現象でアルバートがグリムの世話を焼いている。
……いい主従関係だなとは以前から思っていたが、やはり尊大な喋りをしているがアルバートは根っこ自体は悪い奴じゃないのだろう。
ただ二人の兄弟が居て焦っていて、その結果色々な事が許せなくなっていただけで……。
「英霊の皆と仲が良い、大変結構。だけどね、私はやっぱり気に入らない」
ただ、今度は主人であるミラノが狭量になっている。なんでや。
ミラノは英霊の一人、マリーとの相性が極端に悪い。
以前屋敷で魔法に関して色々聞こうと思ったらしいが、それをマリーがぼろ糞に貶したせいで以降喧嘩をするような間柄になっている。
それに、休暇中の別れ際にマリーは姉のヘラを救ってくれたお礼としてキスをしてきた。
その結果さらに関係は悪化し、時折マリーニ呼び出されて魔法に関して色々聞かれている事も気に入らないようである。
「アンタは自分に何が出来るか分からないって言ったのに、結局また戦う事ばっか鍛えてるのも気に入らない」
「けど、英霊が召喚されたって事は、人類の危機が迫ってるってことなんだろ? それが何時なのかは知らないにしても、備えておいて悪い事じゃ無いと思うんだけどな……」
「だとしても、アンタが一人で背負い込む必要は無いの。まるで、アンタに英霊の皆と同じ──」
「同じ?」
ミラノが何を言いかけたのか分からないが、彼女は口を抑えて考え込んでしまう。
代わりにアリアがその言葉を引き継いだ。
「皆さんと同じように、率いる者か単独での戦力かは別にしても……同じくらいにしてしまおうって考えてるんじゃないでしょうか。それか、ヤクモさんを見て──可能性に見立ててるか」
「可能性……なるほど。人でありながら英霊に追いつける可能性の人って事か」
「英霊の方々がただ『やれ』と言っても、皆さんはきっと無理だと思うでしょうね。けど、ヤクモさんが無理じゃないと言う事を証明しているので、英霊の教えを受けながらヤクモさんの背中を見る事になる──。と言うのが、私の考えです」
アリアが代弁したのに、ミラノは無反応だ。
違うのか、或いは大正解なのかも分からない。
ただ、アリアの言っている事も正しいと思えた。
人類に危機が訪れた時、英霊は矢面に立つ事になるだろう。
ただ、アイアスが一度零していた「今の連中も当事者である事を自覚してもらいたい」って言葉も忘れていない。
つまり、英霊連中は出来栄えはどうであれ今の人類にも英霊にその多くを丸投げさせるのではなく、多少なりとも英霊に準じた連中を増やして戦力にしておきたいと言う考えがあるに違いない。
そうでもなければ、人嫌いのマリーが出張ってくる理由も分からなかった。
「兎に角、アンタは英霊のように強くも立派にならなくていいし、私も守られるだけの存在なんて真っ平ごめんなの。それに、あの根暗がアンタを特別扱いするのも気に入らない。英霊なんだから自分で全部解決しろっての……」
「──……、」
マリーはやはり不満タラタラで、俺は苦笑するしかないが──。
「ご主人様を取られるのが嫌なのね」
カティアがサラリと、そんな超弩級の爆弾を降らせた。
その瞬間、ミラノの額に青筋が浮き怒りを見せる。
俺は出来る限り急いで飯をかき込む事にした。
「──カティ。ごめん、ちょ~っとよく聞き取れなかった。もう一度言ってくれる?」
「ご主人様を取られるのが嫌なんでしょ?」
「もう一回」
「ご主人様──」
「ちっがぁぁああああうっ!!!!!」
ミラノの叫び声、叩きつけられる手が皿を回転させながら宙を舞う。
通り掛かったファムがそれに反応して、皿に盛られた食事を受け取るようにキャッチする。
まるで曲芸のような物に俺は唖然としてしまうが、ファムは皿を机にコッソリ戻すとそのままスルリと去ってしまう。
忍者か何かか、或いは仕える者としてのレベルが高くなると必要な時に気がつけば現れ、用が済むと消えるように居なくなるのかも知れない。
何にしても怖いのは確かだが。
「私が? コイツを? ハッ……冗談も休み休み言いなさいよね。気に入らないのは──」
「気に入らないのは……何かしら、ミラノ様?」
「──そう、私の下僕を好き勝手にしているという事実に我慢ならないの! だいたいね? 主人である私にまずお伺いを立てたり、その返事を聞いてからと言うのが筋じゃないの?」
「ではミラノ様。マリー様が貸してと言ったら、貸すのかしら?」
「ぜっ、たい、いや!!!」
「じゃあ、許可を取らなくても仕方の無い話じゃない?」
ミラノはカティアに言い包められている。
カティア……一応猫としての歴史も浅いし、一年未満の年なのに言い包められる十四歳ってどうなんだろうか。
しかし、カティアの言葉は至極真っ当であり、二人の関係を踏まえた上で「正攻法でダメだと分かってるからそうしないんでしょ」と言ったのだ。
女神のアーニャが、俺の知識などをベースに色々突っ込んでると言ってたけれども、その影響が小さくないみたいだ。
「うぐぐ……」
まあ、ミラノも悔しいだろうな。
マリーが嫌いとは言え、やっている事は人類の為に知識の供与をしているのだから。
そして俺は俺で新しい発想や彼女達の考えの外にある考え方を提案し、それが通用するかをマリーは試し、次の授業までには知識の更新をして生徒達に提供させる。
魔法の授業を受け持っているメイフェンですら少しばかり「ん~……」と、理解が追いついていないときもあるが、そこでミラノとアリアがサポートをする形で何とか授業が成り立っている。
……それで良いのだろうかと思わないでもないが、仕方が無い。
「しかし、各国もよく英霊を学園に寄越すなんて決めたよなぁ……」
「この前の出来事と、英霊達からの働きかけでこうなったとか聞いたけど」
「だとしても、ツアル皇国だって魔物と戦闘中なんだろ? 前線から戦力を引き抜くってのが、賢い選択だとは思えないけどな……」
「ツアル皇国で、冬に入ったから魔物の動きが弱まってきてるの。そうじゃなくても魔物ってその大半が冬に入ると行動が大人しくなるから、一番落ち着ける時期とも言えるんだけど」
冬季攻勢をしない、と言う考えでいいのだろうか。
ただ、例外もちゃんと居るみたいなので全くの安全と言うわけでも無さそうだが。
「──と、時間があまり無いな」
「ん? なに? もしかしてあの女のところに行くの?」
「違うよ。アイアスとかタケルとかが呼んでるんだよ。この一週間でどうだったか~って、生徒目線で色々聞きたいってさっき言われてさ」
「生徒目線、生徒目線……ね。アンタ、生徒じゃないでしょうが」
「確かにお金払って正式に在学してませんけどね?」
「生徒じゃないし身分もひっくいけど、多分──戦闘能力と魔法に関しては六年生にも負けないんじゃない? そんな人の意見を聞いて参考になるの?」
ミラノの指摘ももっともだったが、それに関しても進言しておこうと思った。
何せチート持ちで中間に位置している俺は、英霊サイドでもなく、生徒サイドの人間でもないのだから。
「で、何処でやるの?」
「え? マリーが居る部屋」
俺はそう言うと、戦術的撤退を敢行した。
後が怖いなと思いながら、ローディーランで速度と回避を優先しながら食堂を突っ切っていく。
幸いな事に、食堂の中で魔法をぶちかますほどミラノは短慮でも浅慮でもなかった。
ただ、後で何を言われるか分からないので、その覚悟だけはしておこうと決めた。
食堂から急いでマリーが寝泊りと研究をしている部屋まで向かう。
ミラノが以前説明してくれたが、本来はこういった教師の部屋と言うのは不許可で入ると魔法に関するスパイと思われても仕方が無いのだと言う。
魔法の知識や技術等が全ての国で共有されなくなっているらしく、この学園に通う教師と言うのはそれだけで様々な事柄で長けていると見做されるらしく、最悪生徒であっても衛兵に突き出されたりするとか。
マリーの居る部屋の前にたどり着いた俺はドアノブに手をかけるが、その瞬間に様々なエラーが発生する。
──精神汚染・幻覚を検知しました──
──状態異常・認識力の低下を検知しました──
──状態異常・虚脱を検知しました──
──状態異常・意識の混濁を検知しました──
様々な状態異常が発生し、即座に魔力防御を張り巡らせる。
一瞬、自分の周囲の世界が溶けて悪夢へと変貌した。
五感が生きたままに自分の好まざる物が……沢山の死体や、色の無い世界が広がるが──それらが直ぐに消えうせる。
──抵抗に成功、状態異常の解除を確認──
そのシステムメッセージと音声が聞こえ、助かった事を理解した。
マリーの魔法は恐ろしいと理解していても、まさか条件を設定して勝手に発動すると言うトラップタイプの魔法も使えるとは思わなかった。
滲んだ嫌な汗を拭うと、その扉が内側から開かれる。
「あぁ、やっぱアンタか」
「アンタか、じゃねえ! なんだこの扉ぁ!」
「どう? 今までの魔法とアンタの発想を全部交えてみたの。っと、扉の裏を見てくれれば分かると思うけど」
そういわれ、俺は部屋の中に入って扉の裏を見る。
そこには詠唱の描かれた御札が貼られており、その御札の周囲に簡単な魔法陣が描かれ、それらからケーブルのように二本の線がドアノブへと延びていた。
「相手が触れると、相手の魔力を検知してその魔力で発動する罠みたいのものなの。それに、アンタの教えてくれた漢字って奴を使ってみたんだけど、これは凄い使えるわ」
「あの~、それをずっと貼ってるの? 扉に? 誰が来るかも分からないのに?」
「アンタが来るから貼って試しただけ。こんなの生徒が間違って触れたら大変でしょうに」
言葉にならない叫びが喉の奥でうなって消えた。
俺だったら良いのか? 俺以外だったらやらないってのか?
マリーの俺に対する扱いが酷すぎて涙が出そうだ。
溜息を吐くと「よう」と言う声が聞こえた。
そしてそちらをみると、ワインボトルが飛んで来る。
何とか眼前で受け止め、それを投げたアイアスに呆れてしまう。
「お前ら、ちょっとやりすぎじゃねえ……?」
「はは。まあ、許してくれや。ようやく人らしい生活に戻れたんだ。それに、やっぱ自分のした事が気になるから待ちわびたってのもあるしな。ホラ、乾杯だ」
「あぁ、乾杯……」
ロビンがコルク抜きを渡してくれたので、それで栓を抜いてボトルをグラスのように重ねて直接飲む。
この連中、元々は良い所の育ちだとか言ってたけど、普通にボトルのまま直飲みで酒とか呷るから良く分からなくなる。
けれども、変にマナーだの体裁だのを気にしないで言いと言う意味では気さくな付き合いができて良いと思う。
「ヘラは?」
「ヘラは、教会でお祈りを捧げてから来るってさ」
「マメだねぇ……。まあ、良いや。さて、坊。一つ週を終えた所だが、どうだったよ?」
「俺は別に楽しいし、学ぶ所が多いから良いけど……。あの坊ちゃん達が──失礼?──ボンボン連中が付いてこられるとは思わない」
「へえ?」
俺の言葉を聞いたアイアスは、どこか挑戦的な表情をした。
タケルは顎に手をやって「ふむ?」とか言っているし、マリーやロビンは黙って聞いているだけだ。
俺は新たにもう一口分酒を飲んでから、頭のギアを上げて舌も滑らせる。
「連中は徴発された兵士でもなければ、それこそ志願制の兵士でも何でもない。ついこの前まで入学して、六年間無難に勉学をして出るだけのお遊びの場に近かった。それを──」
そこまで喋った所で、バン! という大きな音が聞こえる。
何だろうかと見ると、マリーが窓枠を叩いた音だった。
何だろうかと思っていたが「何でもないから続けて」と言われ、俺は言葉を続ける。
「それを、いきなり『お前らや人類の為になるからやれ』って言っても、意味が無い。アイアス、人って言うのはそう簡単に変われない」
「……そうか」
「だから、俺はこうしたら良いんじゃないかって提案はするけど、お勧めはしない」
そう前置きしてから、俺はメモ帳でアイアス達が武技の訓練中にしてきた事や、それに対する生徒の反応、どれくらいの割合が付いて来られていて、どれくらいの錬度を全員が保有しているのかをざっくばらんに書き刻んだ物を出す。
本来であればこういうのは候補生を”指導する側”になった時に必要な物で、俺にはその立場にたつ事が無かったが故にただの荒削りな発想でしかない。
それでも、英霊である彼らには人手が無いので俺がこういう時に気づいた事を提供するしかない。
何故そう言う事をするか?
自分の役に立つかも知れないからだ。
人は自分に関係が無いと思った事には無関心だが、興味を持てば色々な事が気になる。
そしてこういった事は、自衛官だった俺には興味の有ることで、カティアと言う使い魔を持つ俺には必要な事でもあった。
「授業では、基礎や基本のみに留めておく。ただし連中が互いに競い合うように勝ち抜け方式の、個人戦や集団戦を取り入れた競技を行う。これによって爵位とかは関係なく、ただ強い奴が勝ち、弱ければ負けるという形式が成り立つ。そうすると──どうなると思う?」
「──そうか、成る程な。勝つと言う事は、それだけ自信や地位や評価に繋がる上に、物凄い単純で満たしやすい自尊心にも繋がる。勝てばチヤホヤされ、負ければ嘲笑されかねない。だが、それだけじゃ──」
「だから、負担がでかくなると言っただろ? 授業中はそう言った基本・基礎しか教えない。けれども──そうだな、マリーの所みたいに『基本基礎を教えるのは今の人に投げる』と言うことで、やりたい連中だけお前らが受け持って、そいつらの力量に合わせながら虐めてやればいい。やりたくない連中は今まで通りの事を繰り返す、けれども自分から来た連中は強制された訳じゃないから言い訳も出来ない」
意地悪く、俺は両者負担の道を提示する。
自衛官と同じで、自分から来たのだから泣き言も言い訳も許さないと言うスタイルだ。
中には当然両親に入れられたとか、そう言った連中も居るだろうが──そんなものは無視する。
「爵位が低かろうと、強ければ認められる。逆に爵位が高かろうと負ければゴミのように惨めになる。楽しいだろ? 面白いだろ? それでも良いって奴は最初から見込みが無いが、爵位が低かろうが高かろうが負けるのが嫌で、或いは勝ちたいと思うのなら、願うのであればそいつらは育てる価値が有る。あとは、そうだな……。授業外の時間、学園と調整してやりたい奴を集めた授業外時間学習や訓練をやっても良い。そう──自分の時間を差し出しても良いって奴は、間違いなく来るし、そいつらが強くなっていって授業でも一際目立つ存在になれば、無視できなくなる。大きな野望も小さな一歩から、それを活かすも殺すも──」
「オレら次第、ってか? はっ、よくもまあそんな欲を突くようなことを思いつくな」
「人類が明日滅ぶかどうかって言う共通の目標すらない連中を纏めようとするのなら、こっちが誘導するしかない。言う事を聞かせるか、言う事を聞いてもらうか、相手を導くか、相手を動かすか──。先の先、先の後、後の先、後の後。戦闘と若干同じだと思うし、部隊の進撃・急襲・反撃・応戦とかと同じだと思うんだけどな」
結局、戦いだろうと対人関係だろうと根っこに有るのは”欲”だ。
願望、目的、欲望──それらを満たす為に人は行動するので、それをどう調理するかだ。
俺は書き殴ったメモ帳を何度も捲り、連中を説得するかのように様々な情報を提供する。
ある国の生徒は名声や名誉の為、ある国は誇りや信義の為、ある国は信仰と歴史の為、ある国は──たぶん、強さと信念の為。
俺が学園生活の中で見てきた生徒達の発言や行動原理などを分析し、羅列した物を証拠品のように叩き付けた。
「──成る程な。言われてみりゃ、オレ達は全員共通の目的を持った仲間しか居なかった。だから、全員別の方向を向いている人ってのがどういうものかを……考えた事も無かったな」
「考えなかった、とはちょっと違うよ。そうなるように仕向けていた人が居るのを、支えてくれていた人を──俺たちは忘れちゃいけない」
「アイツか」
「そう、あいつだよ」
英雄殺し、かつて彼らの仲間だった一人で──表舞台には立つ事の無かった人物。
本人の言葉が確かなら、英雄殺しは邪魔な人を排除し、或いは脅迫し、時には篭絡をしてきたらしい。
その結果、居なければ統率が図れなかっただろうに──その存在を、何時しか歴史から消し去られてしまった。
そのような人物は不用だと言わんばかりに、汚物や異端だと言わんばかりに。
しかし、俺は英雄殺しのしたであろう事を否定できない。
抗命罪や辱職罪と言う物が何故存在するか?
それは統制や統率を維持するために、軍の法律と明確な罰を与える為の物である。
少し過激な物になると「私は敗北主義者です」と、路上裁判で処刑され吊るし上げられるのだが。
「うし、坊。テメエの考え、もうちょっと寄越しな。どこまでやれるかは分からねぇが、オレたちにはそう言った別の観点からの考えって奴が必要だ」
「それじゃあ、始めようか──」
負け戦を最初からやるつもりは無く、俺は臆病ゆえに用意周到と言わんばかりに材料と準備を揃える。
メモ帳を幾つか並べ、沢山の情報と材料を並べながら話を進めて行く。
これは、別に英霊達を言い負かすとか、屈服させるとか──そう言うものではない。
彼らは俺に対して「どうだった?」と聞いてきたので、それに応じた反応を返した。
その反応を聞いてあっちが踏み込んできたので、根拠や論拠を提示しながら話を展開しただけだ。
ゲームと同じで、対人ゲームと同じだ。
読み合い、騙し合い、化かし合う。
信じてもらおうとすると、善人で居ようとすると、嫌われたくないと思うと胃が痛くなるが──。
こちらは、俺にとって大分慣れた遊び場だった。
~ ☆ ~
ヤクモが英霊達と話し合いをしている傍ら、雪が静かに降る景色を眺めながらユリアは宛がわれた部屋でノンビリしていた。
一階の部屋で暖炉で温かい部屋の中、彼女は本を読んでいる。
その本のタイトルは『富める者は貧しきものに施し、貧しき物は富を生み出し循環す』と言った、半ば思想本といえるようなものであった。
彼女の属するユニオン共和国とは、大小の国を一纏めにしてそう呼ばれているだけで、その中身は決して一つの国などではない。
西にはヴィスコンティ、東には不毛の大地と情報の無い世界が広がっている中──それぞれが自らの持たぬ物を他国に求め、争ってばかりいた。
しかし、数年前に英霊が召喚され、英霊の指示の元に争いを全て平定し中には統合された国もあったりはしたが──その内の一つが台頭し、取り纏めるに至った。
それぞれ別の国ではあるが、半ば強制的に介入しつつ丸で自らの国であるかのように物資や人を移動させていった。
その結果、一つの国であるかのように纏まりが出来、不足していた物を他国から奪うのではなく再分配すると言う方法で今のユニオン共和国になるに至る。
英霊は不毛な地で算出される石を神聖フランツ帝国で算出している魔力石といい、それを用いた武器を発案し──今に至る。
しかし、大小の国が全て纏まった所で食料や算出される物は決して豊かとは言えず、その結果──隣国等にそれらの供出を求め、それが満たされないと知ると英霊の導き出した結論は単純だった。
──貰えぬと言うのなら、奪えば良い。奪うのが悪いのであれば、自国にしてしまえば良い──
単純すぎる言葉に、現場には即座に緘口令が敷かれた。
英霊の言葉とは言え隣国を攻めるような言葉を他国に漏らせば危ういと判断し、それを決行するにしてもしないにしても知られない方が良いと考えたからだ。
しかし、指導者の娘であるユリアは国の現状をよく理解していた。
ユニオン共和国となる前、隣国を攻撃し奪うと言う野蛮ながらも単純な解決法は人口を抑制し、支出を抑えると言う意味では効果が有った。
けれども、英霊の名の下に一蓮托生となった今、増え続ける人口に対して国土が貧弱すぎたのだ。
英霊は軍事的な意味では優れてはいたが、内政的では無かった。
ユリアは──このままでは国が人口に対して餓え衰えて行き、再び争いの時代が来るだろうと見ていた。
彼女がそっと溜息を吐くと、静かに窓が叩かれる。
その窓に近寄り僅かにばかり開くと、そこに一人の生徒が立っている。
その生徒は折りたたんだ小さな紙片を私、二~三言何かを言うとユリアに「下がって良い」と言われ、直ぐに立ち去った。
窓を閉ざし、彼女はその紙片の中身を見ると直ぐに握りつぶす。
内容は単純で、ヤクモを追跡し何を話していたかを盗み聞きしようとしたが魔法によって音が遮断されてしまった事。
その結果どうやっても話の内容は聞き取れなかったが、それまでに聞いた話題は英霊による授業の内容がどうであったかと言うものに対して感想を述べていた、と言うことであった。
「英霊との関係も良好で、酒を飲み交わし対等な立場で話をする……と。これは英霊様からの話とも一致するかな~……」
英霊から聞いた情報によると、ヤクモと言う人物は相手が許せば敬語も何もかもを抜きにして接する傾向があるという。
話の内容もそうだが、英霊側からの信頼もそれなりにあるのだろうなとユリアは理解を深めた。
「──ま、いっか。どうせ来るとか言ってたし、英霊様に判断してもらおっと」
そう言って、ユリアは寒い寒いと言いながら窓際から離れていった。
暖炉の前で手をかざし、当たり前のように暖を取る──。
そうやって身体を温める彼女は、恵まれた学園を……他国と自国を比べてしまった。
水源に恵まれず、森林にも恵まれず、土壌にも恵まれず、寒暖を黙って受け入れるしかなかった。
暑さに倒れ死んでいく人が居て、寒さに凍えて死ぬ人が居る。
餓えて死ぬ人が居た、他国では充実している薬草や医療の術を持たぬが故に死ぬ人も居た。
自国に居る英霊の言葉が、どれだけ馬鹿げているか分かっていても──彼女は「全員で死ぬか、生き延びる術を手に入れるか」の二つの選択肢の内、どちらを選ぶべきかは分かっていた。
「母さん……」
遠い日に失った母の事を彼女は思い出す。
薬も無く、寒さに震えながら実の母が亡くなった。
それを思えば、平和に自分たちが死ぬだなんて事は”ありえない”と、彼女は思った。




