104話
ハリーポッターに出てくるような大ホールに、コレでもかと言わんばかりに生徒が詰め込まれている。
そしてメイドさんたちが忙しく移動しており、食事を並べている最中である。
俺は正式な学生じゃないので外れの方へと行かされ、そこでクラインやカティア、ヘラと一緒にノンビリとしていた。
「――では、祈ろうではないか。かつて同じ学び舎の園にいた生徒達の安寧を、学園を去った生徒達の未来を」
学園長の長い話は、俺にとってはもはや眠りの呪文に近かった。
こんな長い話を聞いていてよく全員眠くならないなと思いながら、俺は半睡眠状態で起きたフリをして過ごす。
要所要所で周囲に取り残されないように意識だけは起したままにし、耳から入る情報で何とか多くをやり過ごしてきた。
これに関しては観閲式等で偉い人が来る際に、沢山の祝辞等を述べられたりするために必須になる技能である。
鉄パチを深く被り、整列休めのままに頭をあげながら全身の力を緩める事無く眠る……。
あまり慣れすぎると今度は緊張感がなくなりガチ睡眠をしてしまうので、良い子は真似しちゃダメですよ?
黙祷が暫く続き、俺も一応倣って置く。
別に逆らったところで変に反感を買うだけだし、郷に入っては郷に従えとも言う。
カトリックでもあるので、こういった事に反感を抱く事もない。
それに――名前も知らない死んだ連中の為に祈ったところで、何も損をしないのだ。
「さあ、長い話もこれでしまいにしよう。少し変則的になったが最後の学期が始まる。泣いても笑ってもしてきた事が試される時期になる。試験で笑うも泣くも己次第――では、乾杯!!!」
その声でようやく話が終わったのだなと、俺は理解した。
腕時計を見るとこのホールに入り、学園長の有り難いお話とやらが始まって一時間も経過している。
低血圧な奴が居たら大変だなと思いながら、俺は乾杯の音頭に乗ってアルコールを手に取った。
「乾杯」
「乾杯です!」
「かんぱ~い」
カティア、ヘラ、クラインと杯を重ねると俺は一息にグラスを全て空にする。
普段から大ジョッキだので飲んできたので、お行儀良くコップ以下の容量でチビチビ飲む
のは面倒極まりなかった。
そしてこれに関してはクラインも同じだったらしく、俺の飲みっぷりを見ると真似して一息で呷ってしまう。
「こういう事を毎回やるんだね。ちょっと楽しみになってきたなあ……」
「そうか? 俺は毎回やるのかと思うと憂鬱で仕方が無いんだけど」
「それはヤクモはいきなり放り込まれたのに対して、僕はみんなと同じ一年生から入って関係を構築すると言う違いがあるからだと思うよ」
「それは、あるな」
「其処に関しては僕は恵まれたし、君は不幸だと思う。間違いなくね。けど、君は別の意味で一方的に有名になってるみたいだし、同情はするかな」
学園長、触れざるを得なかったとは言えやはり魔物の襲撃の件を語ってきた。
しかもそれで嘆かわしいだとか、決意を新たにするとか言っておけば良いものの、俺にまで飛び火させてきた。
半睡眠状態だったとは言え、立つように促されてしまっては無視するわけにはいかない。
少なくとも一年生から六年生までの目線が降り注ぎ、一瞬精神科の先生に書き殴った絵を思い出してしまう。
沢山の人型、沢山のどこにでも向く騙し絵的な仮面。
直ぐに「それは過去のことだ」と言い聞かせ、座って良いと言われて即座に座った。
「下らねー。英雄が誕生した事を祝って誤魔化すなっての」
「結局、大きく生徒達の行動が制限されるわけじゃないしね」
学園側が規則を変えたとか言って居たが、単純に「外出する際に行き先と帰園時間を明示する事」と言っただけだった。
しかも今の所罰則を言っていないので、対策しましたアピールをしたに過ぎなかった。
「さて、と。ちょっと知り合いのところに挨拶してくるよ。二人とも、待ってて」
「んぅ、いってらっひゃい」
「行ってらっしゃいませ~」
俺は空になったグラスを手にしながら、久しぶりに見かけた生徒の所にまで向かった。
途中でメイドが「お飲み物は如何ですか?」と言って来たので、ありがたく頂戴した。
暫く歩いていくと、二人がようやく見つかった。
それまでに変な”御紹介”とやらに預かってしまったが為に歩いているだけでも注目されてしまう。
ミラノが「一応持っていきなさい」と言ったので剣を帯びているが、それが相まって余計に見られてる気もした。
「よっ、久しぶり」
俺は、出来る限りフランクさを演出したつもりで声をかける。
慣れてきたら「う~っす」とか「よっ」程度で良いのだが、それは少し憚られた。
ミナセとヒュウガと言う二人の男子生徒がそこに居て、仲良さそうに話をしている最中だった。
二人は俺を見ると、快く反応してくれる。
「っと、噂をすれば影だ」
「久しぶりだね」
「ミナセもヒュウガも久しぶり。元気してた?」
「俺もリョウも元気にしてたよ。座るかい?」
「座る座る」
因みに、この二人は学年のオチコボレと言われており、アルバートはミナセを虐めていたし、ミラノでさえ「人付き合いの相手は選びなさい」と言ってくる始末だ。
実際どれくらいオチコボレなのかは片鱗しか見ていないが、二人とも魔法に関して致命的な問題を抱えているのだ。
ミナセに関しては魔法を上手く行使できない、ヒュウガは自身から切り離すような魔法を使え無いと言うものだ。
神が追い詰められた人類に反撃の武器として魔法を与え、その魔法を持って十二名の英雄が人類を救ったとされるこの世界では、魔法をどれくらい上手く扱えるかで評価が大きく変わってしまう所が有る。
しかし、この二人が来たとされるツアル皇国は気さくであり貴族だの特別階級だのといった物を感じさせない親しみやすさや気安さがあった。
だから俺はこの二人を気に入っているし、これに関してはミラノやアルバート達には無い良い所だ。
「休みは何してたの?」
「俺はミナセの家に行ったよ。言ったっけ? 俺って幼少期にミナセが拾ってくれたんだって」
「初耳、だな」
「まあ、そう言うわけでミナセの家に行ってミッチリ訓練と稽古をしてきたんだ。ミナセはミナセで大変だったらしいけど――それより、面白い事を聞いたんだ」
「面白い事?」
「うちの国にさ、二人の英霊が居るのって知ってるかな? タケルとファムって言うんだけど。神聖フランツ帝国まで行って戻ってきたんだけど、その時にとある人物の話をしてたらしくてさ」
「――なんか、ヤな感じがするけど、どうぞ?」
「英霊に対して変に謙ったりせず、かといって不遜でもなくて。船が沈んだ時から暫く一緒だったらしいけど、同行を許してくれたり料理を作ったり――果てには、一緒に戦ったりした良い奴が居たってさ」
それって、俺のことじゃねぇかぁぁぁあああああッ!!!!!
ギリリと歯を食いしばって「ん゛!」と堪えたが、どうやらヒュウガは許すつもりが無いらしい。
「いや~、そんな人が居るだなんて思いもしなかったよ。俺たちの国では英霊といったら先陣切って魔物に突っ込んでいくだけじゃなくて、指揮や指示といった細やかな事をやる――将軍? みたいな感じなんだよね。そんな人と肩を並べられるって、すごいな~なんて――」
「分かった、降参。はいはい、そうですよ。一緒でしたよ。だから止めよう?」
「良いなあ。英霊って言ったら、俺たちにとっては憧れの的なんだ。武の極み、っていうのかな? いつかああいう風に自分も戦えたらな~、って思ってるのにさ。ついこの間やってきたと思った相手が、休みの間に知らない場所でその憧れの相手と肩を並べて戦った上に、良い様に言われてる。正直、嫉妬するね」
「勘弁してくれ……」
「そこらへんは、後で聞くとして。リョウに使い魔が出来たんだ。そう言う話の方が楽しいかな?」
「お、マジで?」
「あ~、うん。使い魔、といえば、使い魔……なのかな?」
話を振られたミナセは歯切れ悪くそう言う。
なんなのだろうかと思っていると、ミナセは周囲を見た。
そして机の下を見ると「足元」と言う。
見れば、俺の足に身体をこすり付けている黒い猫が居る。
大分小さな子猫で、確か……以前にも、厨房の裏で見かけたような。
「召喚自体は大分前に、ヤクモが来た時くらいにしたんだよ。けどさ、主従契約を受け付けてくれなくて。それができたのが休みの間なんだ」
「あ、じゃあもしかしたら厨房の裏の井戸で何度か見かけた奴か、コイツ」
「会ってたの?」
「トウカが何度か牛乳や食べ物をあげてるのを見た事がある。そっか、あの時の奴か」
「――……、」
歩くのも若干ヨタヨタしているが、人懐っこさはあるみたいだ。
机の下から出してやると、猫と目を合わせる。
カティアより幾らか小さいが、綺麗な黒猫だ。
白と黒、並べたら似合いそうだがカティアは若干気高いというか気難しいからな……。
会って速攻で頭の上に前足とか置いてそうである。
「あれ、大人しいね……。僕が同じ事すると直ぐに手に噛み付くのに」
「厨房裏でご飯上げたことを覚えてるんじゃないかな。ご飯くれた良い人みたいに思ってるんじゃないかな」
「どう、なのかな?」
机の上に猫を置くと、その猫はヨタヨタと此方に歩み寄ってきた。
そして一度だけ「にぃ」とか細く泣き、手を近寄せると身体をこすりつける。
「ほら、懐いてくれてる。ご飯とかちゃんと上げてるか?」
「いや、その……。今まで逃げられてばかりだったし、今回の規制でファム様が猫とお喋りしてから言う事聞くようになったから――」
「じゃあ、一緒に過ごさないと。出来るだけ一緒に過ごす時間を増やして、繋がりを作らないとな~」
そう言いながら、子猫の頭を撫でる。
人懐っこいと思ったが、タケルが手を近づけたらガブリと噛んでいた。
人見知りするのか狭量なのか……。
あるいは、まだ小さいが故に恐ろしい事が多くて何でも敵に見えるのかもしれない。
「そうだ。休み前にさ、アルバートと対戦をするって話をしたと思うんだけど、覚えてるか? もし良ければ~、なんだけど。まだ引き受けてくれるって言って貰えると、私としても有り難く存じ上げますが……」
「俺はいいけど、ミナセは?」
「僕は……。前も行ったと思うけど、アルバート君に敵うかな――」
「一応猶予を互いに設けて、決められた日付までに連携だとか訓練だとかをやろうかなって思ってるんだけど。これが考えてる訓練内容」
「へえ、考えてるんだ。どれどれ……」
メモ帳に、念の為にこの世界の文字で書いた訓練内容を見せた。
それは自衛官候補生や曹候補生の時にやってきた内容を一部抜粋しており、前期の基本基礎や慣熟訓練に近いものだ。
最初は緩く、徐々に厳しい訓練内容にしていくつもりだ。
「アルバートに言われて思い出してさ。前に考えていた物をさっき教室で簡単に纏めた物」
「これ……僕にも出来るのかな……? なんか、ついていけない気がするんだけど――」
「これはあくまで参考にする為に書き出した奴だから、実際にはやらせてみたのを確認して、毎日修正するんでご心配なく。俺の駒として参加するのが二人にカティアでしょ? あとマルコ、なん……だけど――」
周囲を見るが、長机だし周囲で僅かに酒が入った生徒達が楽しげに話をしているのでざわめいて探し出す事は難しい。
見ればミラノとアリアが様々な生徒に話しかけられており、アルバートも傍に居るが――少しだけ、楽しそうに見える。
「――教室では見かけたんだから、後で声をかけるかな」
「ヤクモも、こういう事したの?」
「俺がやった事を、幾らか弄ってるだけ。今も大体似たような事をしてるし……前にも言ったでしょ? 魔法を使って身体能力を上げようが上げまいが、基礎身体能力は大事だって」
「魔法は俺たちからっきしだけど、こういった訓練なら家でも散々やってきただろ? それに、アルバートと手合わせをしたときに言われたじゃないか。アルバートは魔法を使って身体能力を上げると強いけど、素の身体能力ではリョウの方が上だって。なら、魔法が使えない分を補えば良いだろ?」
「タケルは前向きで良いな~……。今からもうお腹が痛くなりそう――」
「手加減はするから」
「加減が必要なの!?」
「いや、むしろ余裕が無いけどギリギリついてこられる物」
自衛隊とは、ある程度平均した能力に合わせた訓練をする。
ただ、余りにも平均であわせると付いていけないものと余裕になりすぎて訓練にならない連中も出てくる。
それを掬い上げるために本来であれば複数の班長、指導教官をつけることで平均の上ランクと平均の下ランクでまた教官を設定して追い込んでいく。
当然、それで余裕な奴をのさばらせたり、付いていけない奴をそのままにはしない。
”それぞれに”追い込んで成長させるのだ。
たま~に、脂肪タップリふくよかな奴も居るが、そう言う奴でも前期の三ヶ月でゴリッゴリに脂肪が削れ落ちていくし、後期教育では「ちょっと脂肪分があるかな?」程度にまでなってしまうので恐ろしい話である。
逆に、中隊に入ってしまってから太る奴も居るのだが……。
「俺も一緒にやるし、やらせるだけじゃないから安心して良い」
「どういう風に安心すればいいのさ……」
「一緒にやれば心の負担が幾らか軽くなるし、俺が考えながらやるから途中で倒れても適切に簡易的な処置くらい出来る。色々魔法も覚えてきたんだ、疲れ以外は何でも治すぞ」
「生き生きしてるね」
「やっとノンビリ出来るんだから、そりゃ生き生きもするさ」
「あれ、休みは……?」
「――なかったんだよ」
俺がそう言うと、二人は暫く信じられないと言った様相だった。
仕方が無いのでどんな日常を送ったのかをざっくばらんに、適当に誤魔化す場所は誤魔化しながら語ると肩に手を置かれる。
「――俺たちも大変だったけど、それに比べたら……ね?」
「ね、ねえ。僕……その訓練内容大丈夫? 本当についていける? ヤクモみたいになれたら良いなとは思うけど――」
「加減するからミナセは安心しなさい。ヒュウガは――何をしてたのさ」
「え? 前線勤務を少しばかり手伝ってきたよ。居候ってのも良くないし、そう言ったのを多少やらせてくれるんだ。英霊の二人が若い人が帰ってくると、そういった事に触れさせるようにって進言してくれてさ、今回ようやく後ろでの手伝いじゃなくて魔物と実際に戦えたんだよ」
「ミナセは?」
「僕は……家の人に、ひたすら護身術を――」
「ミナセの家は……まあ、ちょっと特殊でさ。懐刀みたいなもので、アルバートとグリムが居るだろ? あれのグリムの役割を担ってる」
「酷いんだよ? 僕が前回、気を失ってて倒れてたって話したら『情けない』の一点張りで、ずっと訓練ばかりさせられたんだ!」
「あぁ~、そりゃ……お疲れさん」
ミナセとヒュウガは、メイフェンの要請で探しに言った時には既に窮地だった。
ミナセは気絶していたし、ヒュウガだけが魔物と対峙していたのを覚えている。
あの時俺やメイフェンが通り掛からなければ、二人とも死んでいただろう。
ただ、それで「情けない」ってのもある意味――逆方向へ振れてる気がしないでもない。
「成果は?」
「俺もまだ見てないけど、相当肉体的に虐められたみたいだ。けど、やっぱり厳しくても親は親なんだろうね。使い魔が言う事を聞かないってのもあったし、俺が居てもあの様だったから護衛を一人つけたんだ」
「護衛?」
「来年からは正式に学生として入ってくるらしいけど、多分教室で俺たちのことを見たのなら気付いたと思う。十二歳の小さな子なんだけどね?」
「……それ、護衛って言えるの?」
「甘く見ない方が良いよ。言動は年齢通りだけど、強さだけで行くと俺たちよりは上だから」
「うん、強い……強いよ。たぶん、ヤクモと同じ来客・来賓の席に居たと思うけど――」
俺は腰を浮かせてそちらを見る。
……クラインの周りに、幾らか生徒たちが集っている。
カティアやヘラも囲まれているが、その中に多分二人の言っている十二歳の子とやらも居るみたいだ。
女の子、に見えるけど……。
「油断しない方が良いよ。ヤクモがやるような、相手が武器を持っていても奪ったり、武器ごと相手を投げ飛ばしたりと容赦無いし、小回りを生かした素早さで股の間を抜けて背中や首筋に肘とか――とにかく凄い」
「……まあ、事を構える事が無い事を祈るよ」
「ま、とりあえず再会出来た事を乾杯しよう。すみません、お代わり!」
ヒュウガがそう言い、俺も急いで杯を空にした。
メイドが新たに次いでくれたコップを手に、三人で軽く重ねあう。
「色々有ったけど、それを踏まえてここで再会出来た事を――武運長久、百錬成鋼と悠々閑適を祈って!」
「あ、えっと?」
「つまり、これからの成功や成長、それで居て穏やかで健康を祈ってという事」
「「祈って!!!」」
俺とミナセは、難しい四字熟語の理解を放棄した。
ヒュウガは俺たちがさっさと切り離したのを理解して、仕方が無いなと肩を竦めながらも高くコップを掲げる。
そしてそれを飲んで、机に置いた。
一息吐くと、傍から「乾杯」と言う声が聞こえ、俺が置いた空の盃に当てる。
少しばかり、脳が理解を拒みかけた。
しかし、その聞き覚えのある声に――俺はゆっくりとそちらを見る。
「初めまして、英雄さん」
息を呑み、喜びに浮かれかけていた脳が麻痺した。
いや――その可能性は十二分に有ったはずなのだ。
ただ、何故このタイミングで? と思ってしまう。
……妹に似た子が、俺を見ながら笑っていたのだから。
「あぁ、えっと……? 失礼、もしお邪魔なら――直ぐ退くので」
「ううん、私が用があるのは貴方だから、間違いじゃないわ」
間違いであって欲しかったし、出来れば俺との関わりで有って欲しくは無かった。
前回は神聖フランツ帝国で父親似の枢機卿に言いくるめられかけ、危うく破滅の未来に足を突っ込む所だったのだ。
洗脳されていたとは言え、実の父親とまるっきり一緒の相手に地獄に叩き込まれるとか、シムシティの身内ですらやらない所業である。
「――場所を変えても?」
「構わないけど」
「それじゃ、よろしくな二人とも」
俺はそう言って、妹に似た誰かさんと共にその場を離れる。
途中で酒をどうするか迷ったが、彼女は「頂くわ」といって俺の分まで注がせた。
其処に選択権は無く、「はい」と言って差し出されたものを受け取るしかない。
大ホールを出ると別の広間があり、二階に登るための段数が多すぎる階段が存在する。
殺し間としても機能してるのだろうなと、俺はその間取りに少しばっかり関心した。
ここがかつて偉い人が集っていたというのが納得できるし、最悪南門と北門の二箇所から雪崩れ込まれても、普段授業や学業をしている建物とこの中心部で迎え撃てるのだ。
勉学の場としてだけではなく、軍事的な拠点としても考えられてるのだろうと、改めて再認識する。
大ホールでは長机や長椅子で大分埋まっているが、其処を出れば立ちながらちょっとした社交が出来るようにもなっている。
ミラノが言うには「年に一度、ここで踊ったりもするの」と言うことらしい。
ダンスパーティーのようなものなのかも知れず、そう言ったものも貴族や特別階級である彼等には必要な事だろう。
学園を出れば、卒業すればその中の大半は貴族などとして様々な事に関わるようになる。
多少踊れて、多少話せて、多少腹の探りあいが出来るくらいが良い。
そう言ったことの養成もしているのだろうなと、俺は思った。
「さて、と。ここらへんで良いかな」
「あ~……。もうちょっと、隅の方に行かない? こんな場所に居るの、落ち着かなくてさ」
「落ち着かない、ね」
「他人や大勢の注目を浴びる真似が嫌いなんだ」
そう言って、俺は彼女が立ち止まった広間の中心部ではなく、隅っこにまで移動した。
窓の近く、壁に背を預けられる場所、殺し間の効果の一面を無効に出来る箇所。
ついこの前まで死ぬか生きるかを体験してしまったので、尚更そちらの方面でも落ち着かないのである。
「――まあ、こっちの事を知ってるだろうけど自己紹介をあえてさせてもらいますわ。ヤクモと言う名を主人に頂いた、記憶喪失の者です。この周辺での事に関してはトンと疎く、分からない事の方が多いので、無知・無教養は平にご容赦いただきたい」
「そこらへんは知ってるけど、自己紹介あんがと。私はユリア・フリードリヒ・シャニーナ。貴方の事は同志達から良く聞いているわ」
「同志、ね」
その単語に関しては、ゲーム的に言えば好意的だし、現実的に言えば潜在敵意のような物がある。
ゲームでは有名な『レズノフ』だの『チェルノフ』が居て、彼らの言う”同志”と言う言葉はまさに”仲間よ”という響きがあった。
しかし、現実に帰れば国内国外関係無しにアカの脅威がある。
米軍基地や平和団体だのが法を犯した活動をしてまで自国力を低下させようとしているのを見て、好ましく思う人は皆無だろうと思っている。
ユリア……妹の”洗礼名”と同じ名の彼女は、コートのポケットからメモ帳のようなものを取り出す。
ページを捲る前にペロリと指を舐める癖が、実の妹と被ってしまいどうしようもない。
声も姿も背格好も同じなのだから、どうしても意識してしまうのだが――。
だからこそ、彼女の口から”同志”だなんていう言葉は聞きたくなかった。
「一月と二週、それと……一日前にミラノ・ダーク・フォン・デルブルグに召喚されて、その時から記憶喪失とされている。当初英霊なのかと噂されるも、直ぐにその噂は消えてる。アルバート・ダークフォン・ヴァレリオが、好意を抱いている相手の傍にあなたが来た事で邪魔に思って何度か嫌がらせをしたけど、最終的にあなたは勝負をして横槍が入ったもののほぼ勝利した。それ以降敵対したはずのアルバートと従者のグリムとも親しくしてる――と」
そう言って、彼女はペラペラと、俺ですら「何日前の事だ?」と思ってしまうようなことをどんどん羅列し出す。
中でも驚くのは、神聖フランツ帝国に向かった事や、船が沈んだ事、何かしらの騒動があって軟禁状態にあったことや、ヘラを使い魔にして戻ってきた事――それらの日付まで細かく把握していた事だ。
ヘラの時は洗脳状態だった国民達の情報を共有していたので、ヘラ本人がいなくても常に情報収集していたようなものだが……。
ただ、前にも言ったように「詮索される」と言うのが嫌いなのだ。
自分が言った事や周囲が知っている事を再確認されるのは、別に構わない。
しかし、表向き秘匿されている事柄をヴィスコンティを挟んで反対側に位置するユニオン共和国の連中が知っているというのは気に入らない。
「よく、ご存知で」
「必要なら痕跡や、去った後の店や宿からも追跡するし? こんな物、諜報でも何でもない。流石に神聖フランツ帝国で何があったのか、何でヘラ様を従えてるのかまでは知る事が出来なかったけど」
「城の中は宗教で頭が一杯だろうし、そう容易く口を滑らすとは思わないね」
「それは同感。――ただ、無知だけど馬鹿じゃないってのは確かかな」
なんだそりゃ。
妹と同じ外見をしてるせいで、むしろ「馬鹿、ば~か!」と言われた記憶しか引き出せずに居る。
彼女は今まで目にしていた俺の情報をアッサリとゴミのように握りつぶすと、何でもないように言う。
「私の名前を聞いて、何ら反応しないし。もしかして、自分の”ゴシュジンサマ”が仕える国の王の名も知らないんじゃない?」
「――……、」
「ユニオン共和国の指導者の娘の名前を聞いて、何の反応も示さなかったもんね。不敬罪でしょっ引かれたい?」
「――ご冗談を。それに、迂闊に手を出せば今では外交問題になる事をお忘れなく。下手な事をしてヘラ様まで死なせた場合、そちらにとって大きな不利益を被ると思いますが、いかがか」
即座に意識を切り替え、敵寄りの相手のように扱う。
確かに箸にも棒にも引っかからないような下っ端だが、だからと言って好きかってされては堪らない。
なら、神聖フランツ帝国を巻き添えに、英霊の存在も盾にするしかない。
ヴィスコンティの公爵家に属している、そんな相手に好き勝手出来るかな? と。
まあ、ヴィスコンティの国王の名前すら知らないのは事実だ、国王の一人娘の名前しか聞いておらん。
暫く言葉も無く、俺も瞬きすら忘れて相手を凝視した。
目を逸らしたら負けだし、それで今後の関係を決められては堪らない。
数秒という時間が長く感じられたが、彼女が笑いながら目を逸らした。
「あはは、じょーだんだって。他国でそんな真似する訳無いでしょ? それと、あなたの言葉遣いさっきの方が良いや。身を守るために武装してるみたいに感じるし」
「――……、」
「も~、信じてよ~。試すような前したのは悪かったし、圧力加えたのは謝るからさ」
一応、警戒は解かずにいた。
……弟と妹がどのような人物だったかを思い出し、それを当て嵌めれば自分の弱点が見えてくる。
弟は勉学優秀で大学を出ているエンジニアだ。
コマンドだのソースだのと難しい事を言っていたが、それが魔法と上手く絡んでいるのだろう。
妹は頭も良い上に社交性が優れている。
日本では馴染めなかったが、海外では上手くいっているし結婚までして順風満帆だった。
となると、対人スキル――それも、俺とは違う意味で人を使うとか、嘘をつくとか、騙すのが得意な可能性が否めなかった。
俺が警戒を解けず、何も言わないでいると彼女は困ったようであった。
それが演技なのかそれとも素なのか今の俺には判断すら付かなかったが――。
「声をかけた理由を話すから、それで許してくれる?」
「――内容による」
「んじゃ、大丈夫だ」
何が大丈夫なのか。
そう思いながらも、下手に出るくせに強気な所とかも妹そっくりで困る。
計算高いとか、或いは対人経験の豊富さから導き出す「こうすると良い」という最適解を持っているに違いない。
俺もな~、そう言った対人スキル欲しかったけどな~……。
「えっと。うちにいる英霊の一人が、ど~もヴィスコンティとかこの学園とかに執着してて。理由は分からないけど英霊の言葉だから情報とか集めとか無いとな~と思って。まあ、そうしたらさ、二人に反応したんだよね。あなたと、あなたに似てるもう一人の故人だと思われてた人」
「――……、」
「まあ、それだけ。ただね、もう一つ気になる物があるんだよね~」
「気になる物、ね」
「んっと、あなたが使っている武器と――階級を耳にしたって聞いたんだよね」
一瞬、心が震える。
ユニオン共和国は、魔力を封じ込める結晶を用いた銃を研究・開発しているという。
その程度がどうかは分からないが、戦列歩兵とマスケット銃程度のものだと聞いている。
オルバと言うヴィスコンティ国の姫の教育係をしている弟似の男がいるが、あちらは魔法ではなくこの世界では伸びる事が無かった科学の銃を研究・開発中だとか。
それと――ユニオン共和国は階級が存在する。
爵位ではなく、伍長だの軍曹だのと呼び合ってるのを見て居るので、俺の階級も一部引っかかりはするのだろう。
「気のせいじゃないか?」
「気のせいか~、そっか~。――ざけんな、フカすにしても自分が何したのか思い出してから喋れや」
彼女は顔を寄せると、凄みを利かせた表情でボソリとそう言った。
本当であれば怖いのだろうが、残念ながらもっと怖い経験をしてくるとこれじゃ怖くないのである。
むしろ怖いのは手足が出る、仲間であるはずの上官や先輩の怒声と罵声だ。
レンジャー支援で教育を目の当たりにしたが、俺には敵では無い――むしろ、ちょっと前まで同じ中隊の仲間から「お前が居なくなってな、部隊の皆は清々してるってよ!」とか「お前みたいな野郎の○○から出たもんで生まれた子供が可哀相だよなぁ! 玉無しなオヤジを持っちまってよぉ!」とか言ってるのでションベンちびりそうである。
そう言うのを見てしまうと、目の前の奴が国の指導者の娘さんだとしても別に怖くなかった。
「あのさ、闘技場で戦った時に使ってるでしょうが。あんな沢山の人に見られてて誤魔化そうとか、馬鹿?」
「――……、」
「それに、魔物が襲撃をかけて来た時も使ったでしょうが。ほら、これ」
そう言って、彼女は布で来るんだ何かを出す。
それを俺の目の前に弾き、金属音が甲高く響き渡る。
――5.56mm弾、八九小銃に使った弾丸である。
小銃に飽きるほど触れてきたし、散々射撃で触れてきたから撃発で多少歪もうともその大きさを見ればどちらかくらい分かる。
それを拾い上げ、鼻に近づけた。
香ばしい火薬の匂いがまだ残っており、当事の事を今でも思い出せそうだ。
「英霊の一件とは別に、あなたには嫌疑がかかってる。私達の国で研究。開発しているものを――その発想を盗んだってね」
「さっき自分が丸めた紙はまだ持ってるか? もう一度見直した方が良いんじゃないか? Fuck……じゃなくて、ミラノに召喚されてそれからずっと学園に居た。一週間程度で魔物の襲撃があってそんな余裕があったと思うか? 召喚前に関しても――」
「記憶が無いんじゃなかった? なら、召還される前にウチの国に居たと言う事なら、一応辻褄はあいそうだと思わない?」
「無茶苦茶だし、こじ付けが過ぎる。大体、記憶が無かったとして、ソッチの武器は魔力結晶を用いた物で全く違うし、そもそも――はっ、オタクの銃、俺の持ってるのと違うし」
「そう? 発想さえあれば、ヴィスコンティで少し吹き込めばやってくれそうな人が居るはずだけど? オルバ・ライラント……。違うか、オルバ・ダーク・フォン・ライラントだったかな。魔法に頼らない方向で、似たようなものを作ってる。私達の発想、そのオルバって人の技術を混ぜ合わせたら――出来ると思うじゃん?」
「よし、なら――これを、研究してくれ? 多分オルバも両手を上げて降参するぞ。前装式で、しかも火薬だの火種だの旧いんだよ、タコ」
そう言って、俺は撃ち空薬莢を押し付けた。
馬鹿だね、みんな。
弾丸って、これその物が『大砲と同じ』だって何で気付かない?
3Dプリンターの時も「これが有ると日本で犯罪が増えませんか?」なんていってる奴が居たが、てんで見当違いな事を言ってる。
弾丸とは、これその物が”砲塔”であり”火薬”であり”弾”なのだ。
3Dプリンターで銃を作れたとしても、弾丸を販売していない日本では危険でも何でもないのだ。
薬莢の仕組み、弾の仕組みとその作り方、火薬に使われている物質の分配や配分量が分かるやつがいたら教えてくれ?
俺は絶対に声が五月蝿い連中が言うやり方では、弾と言う「銃の本来の役割を担っている物」を作ろうとは思わないが。
「俺の持ってるもんは、間違いなくユニオン共和国のものとは違う」
「へ~、強気だね」
「強気? あのさ――ここに来る前、俺が元居た国で何年これを使ってたと思ってるんだ? 誰かが偽りの記憶でも植えつけない限り、この銃を持って走り回り、国のため国民のために費やした時間は誰にも偽らせないし、嘘だとは言わせない」
自信の無い俺に自身が有るとすれば、それは自衛隊での生活――六年という年月で自分のしてきた事だけだ。
三か月の武山での前期教育、練馬での後期教育――計半年。
その後、中隊に配属されて、災害派遣や一般との交流、防衛出動や様々な活動をしてきている。
普通科とは言え、一緒に練馬に来た仲間は十名と少なく、一個班のみでの編成だったが――。
だからこそ、忘れたり風化させることの出来ない記憶がある。
「俺はあの銃を持って最初の三ヶ月、基礎的なことを叩き込まれた。次の三ヶ月で、新型の銃を渡されて歩兵としての訓練をひたすらねじ込まれた。そして五年と半年、俺は部隊で生活をしてきた。この銃は、俺にとっての人生だ、俺にとって一番誇らしかった頃の記憶に連なるものだ。それを? オタクらの銃と? 同じ? 笑わせんなよ。あの銃を持ちながら、俺は国の為に尽くしてきた。あの銃と共に苦い記憶と辛い訓練をねじ込まれながら、その体力と経験で国民を実際に救ってきた。もしオタクらがその記憶と一緒に、俺を盗人呼ばわりするのなら――それは俺と言う個人に喧嘩を売ってるって認識をして良いんだよな? あんた等は俺の誇るべき後輩と、頼もしい先輩と、立派な上官達全員を侮辱して――その上、俺の所属していた部隊そのものを馬鹿にしたんだからな」
キレてな~い、キレてない……。ハズ。
ただ、声を荒げたり語気を強めたりしてないので、キレてたとしても静かな怒りだ。
俺にはレンジャー教官のように顔を真っ赤にしてまで怒声を上げるだなんて、経験した事も無いので難しい話しだ。
ただ――長台詞だったので息が若干荒い。
感情的になったかのように呼吸は平静じゃないし、あからさまに「怒ったぞ?」となってしまった。
ユリアは、舌を鳴らすと俺に手を伸ばして閉じたり開いたりしている。
それが何の意味なのか分からずにいたが「見せろ」と言う言葉が飛んで来る。
「あなたの使った銃を見せろって言ってんの。そこまで言うんだし、逆に”違うと納得できるもの”を私に見せなきゃダメでしょ~が」
「――……、」
「それとも、否定をするだけして自分は何もしないとか? それはちょっと卑怯すぎない?」
そう言われてしまっては仕方が無い。
俺は「触れるなよ」と言って、ストレージから銃を出す。
奪われないように三点スリングで体に固定し、後は好きに見てくださいというものだ。
触らせなければ想像するしかないだろうし、奪われなければライフリングや機構を知る事もないだろう。
当然だが、弾倉はつけてないので、俺が強弁しようと思えば「これライフル銃だから」と言えてしまう。
暫く彼女は八九小銃を見ていたが、降参とばかりに両手を上げる。
「――これと似たようなものはウチには無い、か。残念」
「残念とか、俺にとっては厄介な言い掛かりにしか過ぎないね」
「で、階級は?」
「軍曹だよ」
実際はただの営門三曹である。
けれども、伍長……プリドゥエンと言う旧世界のロボットが居るし、少しでも相手に威圧感が与えられればいいかなと嘘をつく。
実際には教育を受けてなった三曹ですらないので、中身はポンコツ士長でなんちゃって三曹と言われるのだろうが。
しかし――彼女は笑った。
「ひっく!」
「低かないわい!!!」
「だって私、中尉だし」
中尉、ちゅうい、チュウイ……。
自衛隊で言えば二尉であり、バリバリの幹部である。
防衛大学を出た人でも曹長から暫くして三尉になるので、俺にとっては同じ中隊内でもエリートレベルの凄い人だという認識が強い。
実際、幹部レンジャーに行ってる人も少なくなく、ダイヤ徽章を胸につけて小隊長だの小隊陸曹だのをやっている。
士はアルバイト、曹でようやく平社員と言われているくらいなので、尉になったらどうなるのか想像もつかない。
ただ、偉くなると自分で小銃を持つのではなく指揮する側になってしまうので、俺としては出来れば前線で動いてる方が性にあうのだが――。
「あぁ、ソウデスカ。チュウイドノであられますか……。自分は最前線で仲間と一緒に戦うのが仕事で、部隊の運用・運営等は興味ないんで……」
というか、戦列歩兵時代の中尉……士官って言うのは、基本的に「支配階級」だからなれて当然なんじゃないですかね?
まだ軍事教育や教練もそこまで発達してないだろうし、ドラ息子ですら前進と後退がさせられれば士官――尉官以上として座れるのでは無いだろうか?
そう考えると、しこたまねじ込まれてきた俺の方がまだ勝ってるような気もしてきた。
ただ、ユリアは俺の反応が気に入らないのかふくれっ面だ。
「こんな反抗的な奴見た事無い……」
「そもそも帰属する部隊が違えば、在り方も違うんで。階級に敬意は払いますよ? 当然。けど、階級にぶら下がってるのか、階級がぶら下がってるのかを履き違えると偉い目に会うんで」
地位、身分、階級――。
何でもそうだけれども、偉くなれば立派になると言うのは大いなる勘違いである。
偉くなれば立派だというのなら、犬に”将軍”って階級をつければ誰でも拝むのか? と言う話になる。
逆だ、立派な事をし続けた奴が”結果として”偉くなるだけの話である。
階級にぶら下がるな、階級をぶら下げろというのが副班長からのお言葉だ。
自衛隊と言う組織ですらそう言う事を理解している連中が居るのに、社会って奴は肩書きばかりに惑わされて鵜呑みにする連中が居る。
嘆かわしい事だ。
「それじゃ、用事も終わっただろうし。自分戻りますんで」
銃などを全部ストレージに引っ込める。
英霊を直に見て居るからだろう、英霊達のように物を消したり出したりしても驚かない。
ただ、そうやって去ろうとした俺を再び彼女は呼び止めた。
「まだなにか?」
「う~ん、そうだな~……。階級、幾つ上げたらウチに来る?」
「あのですね……」
「曹長」
「さっきの話――」
「少尉」
「――聞いて」
「中尉?」
「まし……」
「大尉――」
「た、か……」
「少佐、わたしに出せるのはここまでかな」
「ね?」
あの、営門三曹なんちゃって伍長がいきなり少佐とか……むしろ「馬鹿にしてるの?」って話だ。
俺はその”雲の上”に対して、一笑に付した。
「階級なんて、桜と上向き二つの線で十分なんで。それに、階級を上げてもらった所で自分はそれに見合う訓練も勉強もしてないし、前線勤務の方が好きなんですわ。分かんないでしょ? 共に戦場を歩いて、共に苦労を背負って、共にくたばりかねない立場ってのが。数字じゃなく、数ではなく、個として兵を認識出来るってのが好きだし――ゲームじゃないんだ。人の生き死にを後ろで支持してやばけりゃ逃げるって立場は、好きじゃない」
階級が高くなると言う事は、指や手、足と言う末端の部分から眼球や内蔵、脳という大事な器官になることだ。
そして重要なのは、軍隊における末端とは斬り捨てられたり傷ついたりしても再生するし、なんなら埋め合わせがされる物だ。
上になればなるほど、末端の兵の事など考えなくなる。
認識すべき対象の最小単位が上がり、班ではなく分隊になり、分隊から小隊になり、小隊から中隊になり、中隊から大隊になり――。
そこまでになると、一人や二人死んだとしても上は「○人死んだか」位にしかならないだろう。
もしそれを俺にやらせるというのなら、最初から防衛大学に入れるべきだ。
そうじゃないから、俺は○○二士だの、○○一士だの、○○士長だのといった連中を……大事に思う。
「俺が欲しいのは、階級じゃない。俺は――」
俺は……そこまで言って、口から出かけた”家族”と言う言葉。
中隊長が散々言ってきた「私達は家族だからね」という言葉。
家族全員が居なくなり、俺は自衛隊と言う組織の中で第二の家族を――居場所を、作った。
同じ営内、五人で生活を共にする。
部屋を出れば同じ中隊の営内者が沢山居る。
最初は不慣れでも、徐々に――それこそ家族のように思えるようになる。
一緒に山で行軍し、一緒に駐屯地で走り回り、一緒に観閲式で行進をし、一緒に競技会に出場する。
どんな立派な先輩でも、レンジャー上がりの上官でも、格闘徽章をつけた怖い人でも――富士の演習地で夜の天幕では皆で乾杯をする。
同じ人間で、ただ自分らよりも生きた年数と歩んできた道が違うだけの人なのだ。
そう言った人たちを知って、数のように命令を下して自分だけ安全な場所に居るだなんて、堪えられない。
一緒に苦しんで、一緒に汗を流して、一緒に事に望み、一緒に助け合い、一緒に”生きる”。
本当の家族みたいな、あんな空間があれば……ああいう、居場所が――欲しいんだよな。
言葉にしかけて、俺は飲み込んだ。
そんな事を下手に口にすれば、誰が耳にするかは分からない。
だから、俺と言う存在から出さなければそれは知られようがなくなる。
飲み込んだ言葉を「まあ、うん」と濁した。
「階級でも、金でもない。地位や身分、それこそ――女でもない。だから、お誘いは有り難いけど、断る」
「ふ~ん、そっか。まあ、それも報告どおりかな~」
そう言って彼女はアッサリと解放してくれた。
そしてもう行って良いと言わんばかりに手を振る。
「とりあえず、話はそんだけ。ま、暫くは居るからよろしくぅ~。それと、やっぱ変に態度や口調改めなくて良いから。私から言っとくし、なんかめんどい」
「そうかい」
……妹は嫌いじゃないが、やりにくいのは確かだ。
自分の中でせめぎあうものを感じ、それが上手く殺しきれずに曖昧な態度になってしまう。
グラスを空にし、空のグラスを下げたままに大ホールへと戻っていく。
戻ると既に大騒ぎで、これなら前学期の襲撃と言うショックをある程度ごまかせているのでは無いかと思えた。
「おぉ、ヤクモ。貴様……何処に行っていたのだ!」
戻るとアルバートが酔っており、肩を組んできた。
そして俺のグラスが空なのを見て、すぐにお代わりをさせてくる。
グラスを重ね、一息で互いに酒を呷った。
「見えるか、ヤクモ。この状況。皆、必死に見えるな」
「うん?」
「以前の出来事を、闇を、恐れを少しでも消そうと酒に酔いしれ、騒ぎ、普段よりも――幾らか違う。我のみならず、ミラノにまで話しかける生徒が居る。その話の内容は何であれ、感情に突き刺さる物が欲しいのであろうな。不満や怒りに充足させる薪を、或いは希望や理想と言うものがどれくらい強いのか――。ミラノとアリアは、貴様の事で先ほどから喋りっぱなしだ。貴様が不当な輩であって欲しい、或いは強く立派であって欲しいと願い、それを確認して誰もが安心したいのだ。話とは、容易く自らを満たせるものなのでな。我等と同じように、強くなろうとするでもなく、家に篭るでもない連中は――それが、一番手っ取り早く己を満たすものになる」
「お前酔ってるのか?」
「さて、な。やも知れぬ。我とて、学園に戻ればあの時の事を思い出して怖くなる。だが、貴様は出来る事をすると言った、そして受け入れる受け入れないに関わらずどこが優れ、どこが悪いかを口にし、何をしたら良いかを言ってくれる。どこまでが努力であり、どこからが才能なのかは分からぬが――それらの集大成が貴様と言う一個の人なのだ。なら、見え居ている答えを追えば、あの時貴様に声をかけられるまで周囲だけでなく己も見えなくなっていた自分からも逃れる事が出来ると……そう思うのだ」
「だめだ、酔ってるな。仕方ない……」
グリムが居ないなと見てみれば、彼女も既に酔いつぶれかけていた。
近寄って確認したが、酒は飲んでいない。
にも拘らず酔っていると言う事は、匂いだけで酔ったという事かも知れない。
今日はもう授業なども無いので、二人に「休むか?」と確認してそれぞれの部屋にまで運んでやる。
宴会で酔いつぶれた後輩や同期をこうやって運んだなと思いながら、俺は懐かしさをかみ締めていた。
――☆――
ヤクモが去った後、ユリアは近くの窓を叩いた。
すると、そこから一人の生徒が出てくる。
「お疲れ。上の皆にも声をかけて、戻るように伝えて」
「はっ」
そう言われた生徒は窓の外から消え、出入り口から入って二階へと登っていく。
すると、両サイドから複数の生徒たちが姿を現し、会談を下って大ホールへと戻っていった。
それを見てから、彼女は当初自分が立ち止まった位置まで歩んでいく。
殺し間、彼女が立ち止まった場所は二階の部分から半包囲される位置で、何かあった場合に即座に対処できないような配置になっている。
接近するには階段を登らなければならず、それまでに左右の人員が魔法等を好きに浴びせかけられる――そう言う位置だった。
「察知……じゃないなあ、危険を避けたがる傾向があるのかな」
ヤクモは壁際に行くといったが、窓に背を向けたり姿を露出させたりはしなかった。
あくまで窓の近くの壁際に立ち、殺し間の一方の意味を殺した上で直ぐに窓から飛び出して逃げられるようにもしていた。
彼女は自分に押し付けられた空薬莢が、気が付けば無い事に気が付く。
ポケットに入れた所までは彼女の記憶にあったが、そこに無いのだ。
「――手癖も悪い、と」
いつ、どのようにしたかは分からない。
けれども彼女はその可能性が濃いのは、八九小銃と言う見たこともない武器を目にした前後あたりだろうと推測する。
触るなと言われ、けれども出来る限り見ようとすれば身を寄せるしかない。
接近してきた際に、素早く回収したのだろうと考える。
「考えてる、と」
薬莢を押し付けたので、彼にとってはもはや知りえぬ事だ。
表向きはそうなっており、無い! と叫んだ所で「私は知りませんよ」と白を切られてしまえばおしまいなのだ。
……ここで彼女が、ロット番号と言う「弾に刻まれた番号」に気が付いていれば、まだ幾らか追求できたかも知れないが。
「あ~、も~。英霊様……私に何を求めてるんだろ――」
そう言って、彼女は自国に居る英霊を――。
英霊だと言い張っている、一人の”龍”を思い浮かべた。
人の姿をしながらも、人ならざる羽根と尾を持つ人物を。
ユリアは壁に背を預け、ゆっくりとその場にしゃがみこんだ。
直ぐにユニオン共和国の生徒が、彼女を”偉い人”として駆け寄ろうとする。
上下関係を徹底的に叩き込まれた生徒は、自分より身位の高い相手を支え、助けるようにといわれ続けたからだ。
だが、彼女はそれを手で制して「一人にして」と言うと、文句すら言わずその通りに去って行った。
「……はぁ、めんどくさ」
英霊がなぜ固執しているのか分からず、その理由や相手を見定めた上での価値とつりあわない現状に彼女は溜息を吐く。
集めてきた情報や、休暇中の出来事など――様々な事を可能な限り先ほどの相手を知ろうとはした。
名前を知らない、ここ近隣の者では無いだろう相手が召喚されてから成し遂げた事を聞けば、確かに一目置く必要はあると彼女は理解したが――。
だが、英霊が、なぜ?
世界を救ったはずの人物が、何故当時まだ何も成し遂げて居なかった人物に興味を持つのか。
彼女は、それだけが不可解であり、理解できない。
しかし、英霊によって国が動かされ、その結果本来であれば烏合の衆と言われても仕方の無い連合が一つの国として成り立っている。
ただ、その英霊は一つの強い感情のみによって行動し続けていた。
――魔物が憎い……そんな純な感情を抱く事すら、許されんのかの?――
「ま、上手く行けば万々歳。失敗すれば諸共、か」
そう彼女は呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
それから、彼女はスカートを捲り腿に括り付けたものを手にする。
……魔力を弾とし、それで敵を倒すという”単一の目的のみに絞り、詠唱等を捨てた武器”である。
まだ彼女達の国では拳銃サイズの銃ですら研究・開発に難を極めており、一握りの上流階級しか持って居ないものだった。
逆にマスケット銃のようなものは安定が見られ、兵士達に配布できるようになっている。
「――……、」
彼女は何がダメだったのだろう、何がいけなかったのだろうと友好的な接触に失敗した事を思い出した。
階級とはそのまま地位であり、地位が高いものは発言力や身分が保証されている世界だった。
偉くなれば前線で死ぬ事はなくなる、偉くなれば従う立場から従える立場になる。
多くの人がそのために国では努力し、好き勝手にされる立場から好き勝手に振舞える立場になろうともがいている。
それを子供の頃から叩き込まれ、大人になるまで階級社会の虜である事が当然だったのだ。
だからこそ――階級保有者として、敬意を払ったり従ったり、或いは多くの人のように偉くなる事を望んでいるのかと思ったら……逆に呆れた反応をされたのが、彼女には気になった。
「ヤクモを取り押さえろ、かぁ……。出来るのかな、本当に――」
彼女は、英霊の言葉を一人零していた。




