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元自衛官、異世界に赴任する  作者: 旗本蔵屋敷
7章 元自衛官、学園生活を満喫す
103/182

103話

 何事にも節目と言うものがあり、そういった時に再確認や認識の徹底と言う事で再度何かをいう事がある。

 それは幕舎の設営計画や、任務及び作戦行動、自部隊の目標と仲間が居る場合の自己の役割等々。

 友軍双撃を避けるだけでなく、不必要な被害や時間の喪失、戦力の集中や分散を避ける意味もある。

 どう足掻いても二人しか通れないドア枠に、一スタック四名全員で突撃しても意味が無いのと同じだ。

 だから、必要な事は徹底するように言う事に意味が無いとは言わせない。


 ……などと、自衛官らしいことを言ってはみたものの、やる事は俺と言う個人の情報である。

 俺の名前はヤクモで、ネット小説や携帯小説でもはや手垢の付き捲った異世界とやらに呼ばれた元自衛官の……ニートである。

 酒の飲みすぎやカフェインの摂取のしすぎでボロボロになり、秋の寒さでポックリと逝ってしまった。

 あぁ、これで終わりなんだなと思っていたら神様が「人口増えすぎて魂のロンダリングが終わらない」と言うことで、女神のアーニャによってこの剣と魔法の世界にやってきた。

 様々なチート能力を授かりはしたものの、その多くを活かせてない気さえする。

 心残りが多く、幸せになりたいなとは思ったが――チート能力ではどうしようもない”対人関係”等と言った要素にぶつかりつつある。


 俺を召喚したのはミラノと言う少女で、公爵家の長女である。

 当初は使い魔として彼女を主人としていたが、魔物が都市を襲撃した際に彼女達を守り果てに一度死んだ。

 女神によって生き返らせてもらったが、死んだ事で主従契約は消え、今では名誉階級の騎士になった事も踏まえて彼女の付き人……のようなものをしている。

 

 さて、別に一度だけのハプニングなら別に良い。

 しかしだ、どうやら俺の不幸と言う奴はあちらからブリーチングをしてやってくるようだ。

 休暇に入って一息つけるかと思ったが、今度はかつて世界を救った英雄同士での殺し合いに遭遇して結果的にマリーと言う女性を救う事に。

 そして神聖フランツ帝国に呼び出されてホイホイ向かったら国丸ごと操られていて、危うく脳みそと眼球だけにされる所だった。


 マリーの姉である英霊のヘラを洗脳から解放する為に何とか頑張ったものの、彼女は敗北を察すると自害してしまう。

 それを救うために主従契約を結んだのだが――今度は英霊を従えた人間と言う厄介な存在になってしまった。

 英霊とはかつて世界を救った人物達なのだが、人類の危機が訪れると召還されるのだとか。

 人類を救い、今の世界の礎となった人物を従えていると言う事で、どんな反発があるか分かった物じゃない。


 なんにせよ、面倒な事になったのは確かだ。


「朝~、朝でっすよ~!」

「うぃい……」

「朝ごはん食べて、今日も一日頑張りますよ~!」


 ユサユサと揺さぶられる感覚と声で意識が引きずり出される。

 長い休暇が終わり、学園に戻って来て数日。

 今日から三学期なのだが、前倒し休暇だったせいで窓の外には雪が見える。

 深々と降り積もっていく雪は、かつては見せてくれていた青や緑の自然を冬一色に染め上げる。

 寒くなってくると南米人の俺にとっては死ぬほど辛く、さらには自衛隊での記憶まで蘇ってきてベッドから抜け出せなくなる。


「ほらほら、暖炉ついてますよ? 暖かいですよ~」


 そう言って俺の被っていた布団を引っぺがしたのは、俺の使い魔になった英霊のヘラである。

 十歳かどうかも疑わしい小さな背格好ながら、やる事は成人と同じである。

 俺をさっさとベッドから追い出した彼女は、背中を押して暖炉前に俺を追いやる。

 そしてベッドを簡単ながらメイキングをしてしまい、寝るのはおしまいと言わんばかりに整えてしまった。


「冬なんて嫌いだ……」

「まあま、そう言わずに。私は雪が好きですよ? 痛くないですし」

「そりゃ、ヘラの居た時代の雪が変だっただけだって」


 人類滅亡の危機、彼女たちが英雄となった時代の雪は――触れると肌を焼き、溶かし、爛れさせ、痺れさせるような有害なものだった。

 風は人の肌を容易く切り裂き、傷口を自然治癒させてはくれない。

 そんな雪と比べれば、冷たいだけで基本無害であり、触れすぎると冷えすぎる事に気をつければ遊び倒せる優しいものだ。


 ヘラはまるで科学の実験道具のような器具を持ち出すと、それに水を注ぎお湯を作り始める。

 魔法で水を出し、魔法でその水を温めて何処でもお茶が飲める代物である。

 余り浸透しては居ないみたいだが、ミラノやアリアは好んで使っていた。

 一々メイドを呼びつけてやらせるのが手間だとか。


「お茶で身体を温めたら、ミラノさんの部屋に行かないと行けませんね」

「食事は皆で一緒に、だからなあ」


 朝起きたらまずお茶を飲み、その後で主人であるミラノの所に行く。

 そうしたらアリアと合流し、食堂まで行って皆で食事を取るのだ。

 かつては使い魔という人権すら存在しない待遇だったので床で残飯を食べていたが、今は一応同じように席で温かい食事を口にする事が出来る。

 一応申請すれば室内喫食が可能だが、それは土日や体調不良に限っている。

 ……ミラノが、そう制限をかけてきたので従うしかないのだ。


 本来であればヘラの方が功績的にも認知的にも評価的にも上なのだが……彼女は前回洗脳されていたとは言え様々な事をしでかしてしまった。

 その為生きている事を放棄しようとしたが、俺が色々言ったがために……こうやって生きている。

 罪を贖う、贖罪の為に生きているのだから――それを幾らか満たしてやらないと、俺の言葉が嘘になってしまう。


「……ま、なるようにしかならないか」

「ですよですよ? なるようにしかなりませんとも」


 ヘラに出してもらったお茶を飲み、身体を温めると直ぐに部屋を出る。

 自動点灯式の暖炉や明かりってのは便利だ、これらが電気やセンサーではなく魔法で出来ているから不思議なものだ。

 ミラノの部屋に向かうと、カティアが手伝いながら身支度を整えている。

 冬仕様となった制服は、今までよりも着込むのが手間らしく、それに関しては俺《男》にはどうしようもない。


「お早う、ご主人様」


 そう言ったのはカティアで、俺がこの世界に来る時に頼んだ正式な俺の使い魔だ。

 元は猫で、俺が空腹で死にそうになっていた幼い野良猫に食べ物を恵んだのだ。

 俺はそのあと急死し、カティアもどうやら亡くなったみたいで、そのまま俺の使い魔として色々役に立ってくれている。


 カティアはミラノの着替えを手伝っており、俺がついた頃にはどうやらその大半が終わっているようであった。

 見れば既に二人とも起床後のお茶は飲んだ後らしく、俺はそれを片付ける事にする。


「今日からまた学園生活だけど、頭の切り替えはできてる?」

「まあ、一応。あとは実際に今までとどう生活が変わるかを感じ取っていかないと何とも言えないかなぁ……」

「前も言ったと思うけど。喧嘩をしない、デルブルグ家の名に恥じるような事をしない。アンタ自身なんか色々ゴチャゴチャしてるけど、私が主人でアリアがその次に偉いと言う事を再度認識する事。調子に乗らない、勝手なことをしない、どこかに行く時は必ず許可を取ったり、物事によっては誰かに伝えてからいく事」

「ん、了解」

「まあ、基本的に他人と関わらなきゃアンタは何処にも行かないからそこらへん心配してないけど、さっき言ったように自分の境遇が難しい物になったのを思い出すように。変なちょっかい出されないとも言えないし、上手く受け答えして私から離れないで」


 ミラノは慌てず、けれども的確に身嗜みを整えた。

 寝起きに顔を洗って髪型をチョロリと整えるだけの俺とは全く違う。

 上着を脱いで寒くない程度の下着姿にジーンズでそのまま寝起きしていて、起きたら直ぐに数枚上を着ればおしまいなのだ。

 ……警衛とかとは違い、半長靴とベストと装具だけを脱いでそのまま眠るよりは手間をかけてると思いたい。


「そこらへん頼りにしてるよ。戦い以外では、どうも役に立て無さそうだし」

「出来れば、戦い以外で役に立てるようになってくれる? もうそっちはいいから」

「あは~、朝から大変ですね~」


 ヘラがそうにこやかに言い、ミラノはヘラを見て毒気を抜かれた様子であった。

 しかし、そのままに表情を怪訝なものへと変えていく。

 一瞬、朝から何かやらかしたかなと身構えてしまう。


「――ねえ、まだ何も言ってないんだけど?」

「あぁ、うん。また怒られるのかなって、防御態勢?」

「私がそんなに怒ってると……? そうじゃなくて、アリアが遅いなと思っただけだから安心しなさい」

「あぁ、そう……。けど――そう、だな」


 腕時計を見る。

 貴族達は学生とは言ってはいるが、その日常は大分緩やかだ。

 全寮制の学園で、生徒は必ずここで暮らす事になっている。

 六時に起きても食堂は八時の授業開始まで開いているし、寝起きにお茶を飲んで少しノンビリしてから行こうが、ギリギリまで寝てから食堂に行って、そのまま教室と言う生活も可能だ。

 だが――ミラノ達はお茶を飲んで必要な支度をしたら食堂に向かい、授業までの時間を再び部屋で過ごしている。

 なのでそろそろアリアが来ないといけないのだが……。


「もしかして、何か有ったのかな」

「――元気になったばかりだし、そう言う見落としもあるかも」

「様子を見に行った方が良いよな」

「アンタが? 一人で?」


 そう言われると、俺は現在の状況を思い出す。

 俺は女子寮に何故か済んでいる野郎であり、迂闊に出歩けば沢山の女子生徒たちに威圧感を与えてしまう。

 結局、全員でアリアの部屋に向かう事になり、俺はチンマリと小さくなりながら後をついていく。

 アリアは穏やかな性格をしてはいるが、別に時間やルールにルーズと言う事は無い。

 だからこそ気になったのだが――。


「アリア?」

「姉、さん……?」

「大丈夫? 何か有った?」

「その……ちょっと」


 ちょっと、なんだろうか?

 ミラノが俺たちの顔を見てから、特に起きられないだとか体調が悪いという事は無さそうだと判断する。


「入るわ」

「あ、ちょっと待――」


 ガチャリと、ミラノは何の躊躇いもなく扉を開いた。

 そして開かれた扉の向こう側に存在する惨劇を見て、全員で唖然としてしまう。

 ……部屋の中、アリアは呆然とベッドの上にへたり込んでいた。

 そして部屋の中、クローゼットから引き出されたであろう服たちが無残にも床に散らばっている。

 見れば下着なども散らかっており、その全てが”使用できない状況”になっていた。

 

 まるで強引に引っ張ったかのように千切れ、或いは破けていたのだ。

 何をどうしたらこんな事になるのだと考え込んでしまったが――。

 ちょっと待てよと。

 下着”も”着られない状況になってるわけでしょ?

 じゃあ、アリアは何してるのよ、と言うことになるわけですよね?


 床から顔を上げると、俺は――見てしまった。

 一糸纏わぬアリアが座っている事も、桜色の――様々な箇所も。

 それを脳が認識した瞬間に、顎下からの衝撃で脳がノックダウン寸前にまで陥る。


――経験値が溜まったので、Endurance《耐久力》が上昇しました――


 そんなメッセージが視界に映りながら、クルリと反転して部屋に背を向けて廊下へと離脱した。

 部屋の中からカティアの「フカーッ!」という威嚇の声が聞こえてきて、彼女が顎下にロケット頭突きをしてきたのだと理解した。


「ヤクモさんは、ちょっと待っててくださいね~」


 ヘラも部屋の中に入り、俺は戸が閉ざされて締め出されてしまう。

 少しすると部屋の中からの声が聞こえなくなり、部屋に備わっている防音が発動したのだと理解した。

 

「あぁ、そういや……。なんだか、力が強くなったとか言ってたっけ……」


 アーニャに頼んで治療薬を作ってもらったのだが、今までかけられていた負担の分だけ身体が強くなってしまったようだ。

 以前カップの取っ手を上手く掴めずに指だけで握りつぶしてしまったし、相当に強くなってしまったのだろう。

 その結果、着替えようとして衣類を丁寧に扱えず――破ってしまったと。


「――そっか、屋敷に居たときはカティアがずっと面倒見てたんだった」


 薬を飲んでから、負担がかかっていた分だけ寝込んでしまった。

 その世話をずっとカティアがしていたので、自分で着替えてこなかったのだろう。

 しかし、衣類を破くか……。


 俺もチート能力の影響で補正的な意味で物の取り扱いには慎重になっているが、衣類を破いた経験は無い。

 ……或いは、病弱だった頃の勢いで服を取り扱ったら破けたという認識でも良いのだろうが。


「ままならないなあ……」

「あ、ヤクモ様――お早う御座います」


 部屋の前で待っていると、そそくさと関わらないように過ぎ去る女子生徒とは別に足を止めた生徒がいた。

 マーガレットと言う子で、辺境伯の一人娘だ。

 自分でもどう扱えば良いのか困っているが、一応……俺にきた見合い相手です。

 

 これに関しては複雑な事情も有るのだが、最初は俺を利用するつもりで言い寄ってきたらしい。

 だが、彼女は色覚に異常があったのでそれを治したりしたら、少しその気になってしまったらしい。

 因みに本来の目的は睡眠中に見る夢が未来視……らしく、自分が死ぬ夢を見るので、その夢の中に俺が出てくるから俺に近づいたのだとか。

 まあ、今では「卒業までに返事を考えるからちょっと待ってね」状態なのだが。

 我ながら……人として、男として最低な事をしている自覚はある。


「お早う、マーガレット。寒いけど、調子はどうかな?」

「はい、気を使っていただいて有難う御座います。寒いですが、父様が色々くれたので助かってます」

「へえ……」


 マーボー神父のような爬虫類のような目と、冷徹な表情で笑みを浮かべている奴がそんな事を……。

 見かけによらないというのだろうか? それとも、奥さんが帰ってきたから?

 そこらへんは出来れば藪を突いて蛇を出すような真似をしたくないので触れないでおく。

 これ以上辺境伯の薄ら笑いと人を食ったような物言いで翻弄されたくは無いのだ。


「それと――また、有難う御座いました。母様が帰って来て、短い間でしたが……一緒に居られて良かったです」

「え゛……。み、短い間……?」


 いやいやいやいや、伍長……ロボットAIの助けを得てクローン設備の設定は適切にしたはずだ。

 それとも、クローンしたとしても死を免れる事は出来ないということなのだろうか?

 色々な可能性を考え込んでしまうが、俺の表情を見たマーガレットが直ぐに慌てて手を振った。


「あ、いえ。休みが終わるので、数日しか一緒に居られなかったんです。父様から、またヤクモ様が色々して下さったと教えて下さいました。もう、どう感謝して良いか――」


 ……滅茶苦茶言いにくいんだけど、君の親父さんは伝説の無系統を使える奴を浚ってでも奥さん蘇らせようとしてたんだよなぁ。

 これに関してはガチで善意ではなく、俺が引き受けなければミラノや兄のクラインが誘拐されかねず、それを防ぐ為に俺が引き受けただけの話だ。

 

「ただ、母様は今まで昏睡状態だったと言ってましたが、私を産んだ時の若さだと皆さん言うのですが、どういうことなのでしょうか」


 それもね、君のお母さんは本等に死んで骨壷で灰になってたからだよ?

 それを俺の頭脳では理解できないようなハイテクなクローン設備で複製したから、死んだ当事の若さなんだよと言いたかった。

 まあ、言ったら後に辺境伯に殺されかねないので言えないのだが。


「あぁ、そうだ。神聖フランツ帝国に行ってたんだけど、その時に買った物があるから今日の授業が終わったら渡すよ」

「わあ、本当ですか? 私は幸せ者ですね――」


 待って待って、勝手に好感度を高めていかないで!?

 話をそらそうとしただけなんです、そんな立派な考えなんかちっともしてないんです!

 しかし、俺の焦りや戸惑いを他所にマーガレットは勝手に好感度上げてるらしく、俺としては心が死にそうになる。

 

「それじゃあ、また宜しく。ちょっと――ミラノの機嫌が悪くてさ。早めに行った方がいいよ」

「そうなんですか? では、ご一緒するのは止めておいた方が良さそうですね。それでは、また宜しくお願いします」

「ん」


 マーガレットを送り出して彼女の姿が階段へと消えるとほぼ同時に部屋の扉が開き、心臓が飛び跳ねる。

 悪い事をしていた訳じゃないけれども、変な後ろめたさがあるのもまた事実だ。

 しかし、自衛官は何があっても平素を見せる!

 辛くても辛くないフリをする、笑いそうでも心の中で笑って鉄面皮を維持する!


「ちゃんと待ってるわね」

「待ってなかったら食事にもいけないんですけどね? と言うか、何が?」

「ん~、力加減が出来なくて服を着られなかったんだって。カティにはまた明日からアリアが慣れるまでお願いしたけど、いいわよね」

「事後承諾だと思うけど、俺は特には……」


 別にカティアに身の回りの世話をさせるつもりは無い。

 十二歳程度の子供にお茶出し、脱ぎ捨てた服の片付け、部屋の整理、身嗜みの世話をさせるとか――。

 確かに少しはそう言うものに憧れがあるといえば有るが、それはそれで堕落しきってしまう自分も見えている。

 ……俺、ヤダよ?

 毎朝「ほらほら、おきてご主人様」って布団を引っぺがされて「はい、ご飯はもう出来てるわ」と席で朝食貪ってる傍らで部屋の掃除だのをされ、食後に「はい動かないで」って寝癖とか全部直してもらって「良いんじゃない?」って朝の準備全てされるのとか。

 個人としては大いに有りだ! だが、人としては大いにダメである。

 脳裏では夜にベッドに入った後で子守唄まで歌っているカティアが想像出来てしまって、しかも彼女はそれを引き受けてやってしまいかねない。

 彼女もまた役に立ちたがっており、俺が彼女に何もさせられてないのが問題なのだが――。


「あ~、ふ~ん。ご主人様って、ペド――」

「違う!」

「だったら私じゃなくても良いじゃない! ほら、後輩もできたし、むしろヘラにアリア様のお世話をさせるとかもあるでしょ!」

「ちょ、おまっ!」


 カティアがヘラを呼び捨てにしており、俺は慌てて彼女の口を塞いだ。

 口を塞がれたカティアが抵抗するが、それ所じゃないのだ。

 ヘラが英霊である事を知っている人は少なくないし、学園の生徒の中には神聖フランツ帝国から来ている人も居るのだ。


「やめて? ヘラを呼び捨てにしないで? 今日帰ったら扉がブリーチクリア《爆破突入》されてて、部屋の中が台風のように引っ掻き回されて、ベッドの中にミミズがうねってるとか虐めが始まっちゃうから!」


 学園の生徒の大半が帰省していたのだから、事の顛末を耳に挟んでいる連中は多いと思う。

 一部の”意気溢れる連中”がこういった事を聞いたらどうなるか?

 俺はまだジャンヌダルクになりたくないとしか言えない。

 

「私は構いませんよ~? むしろ、そう言った事なら私の方がお教えしやすいと思いますし」

「え?」

「忘れてませんか? 私も力持ちさんなんですよ~?」


 そう言ってヘラは手をグッパグッパと握り締めたり開いたりをした。

 そのプニプニと柔らかそうな手や指を見るととてもそうは思えないだろうが……。

 ヘラは、こう見えて馬鹿力である。

 マリーと言う妹の英霊も居るのだが、彼女に言わせれば「大猩々《ゴリラ》」だそうだ。

 手のみで居合いのようにスパンと誰かを殴れるし、それこそ壁すら壊してしまう有様だ。


「それに、カティアちゃんとミラノさんの組み合わせの方が多分良いでしょうし。となると、お引越ししないとですね~」

「そんな、悪いですよヘラ様!」

「あは~、やらせて下さいよアリアさん。私にも何かさせてくださいよ~」

「ですが……」


 数秒、俺だって迷ってしまう。

 だが――直ぐに俺はアリアに頼んだ。


「ごめん、アリア。やらせてあげてくれないかな」

「あは~、ヤクモさん分かってますね~。大好きです」


 ヘラがそう言ったが、俺はそれに反応しなかった。

 カティアがキレかけていたが、俺が至極真面目な表情を維持しているのを見ると直ぐに消沈する。

 ……ヘラは、罪滅ぼしの為に生きている。

 なら、何かさせないのは彼女を悪戯に苦しめるだけだ。


「力が強いと言うことで共通点もあるしさ、俺が同室で居るよりは周囲の環境も良くなると思うし」

「私は良いんですけどね~。けど、その方が良いと言うのなら、多分そうなんでしょうね。ほんっとう、人間ってのは面倒臭いです」

「聖職者がそう言う事を言う?」

「私は別に聖職者を気取りたいのではなくて、この服装だと傷ついたりこの世を去る人の為に着はじめただけですし。今となってはむしろ重荷でしかないのですよ」

「――分かりました。では、申し訳有りませんがヘラ様、色々と教えていただけると助かります」

「まっかせてください! さてさて、あの娘は何処にいますかねぇ……」

「あ~、いいいい。俺が伝えとくから」


 流れでは有るが、同室住まいだったヘラが速攻でアリアの部屋に転入。

 逆に今までアリアの部屋に住んでいたカティアがミラノの部屋に移動。

 これで二人とも世話をしてくれる人が出来たわけだ。

 って、あれ……。


「……おかしいな。俺の使い魔なのに、俺だけ一人ぽっち?」

「あ~、ん~、まあ。大丈夫。アンタの使い魔だって事は忘れないようにするから。ただ、やっぱり、ね?」

「同性である、と言うのは小さくないですもんね」


 そう言うものか? そういうものだよな……。

 女子寮を出ると、若干プルプル震えているアルバートとグリムと遭遇する。

 どうやら出てくるのを待っていたらしく、かつての横暴な公爵家三男坊という印象は何処へやらだ。


「お、遅かったではないか……」

「別に待ち合わせして無いでしょ、アルバート」

「しっ、て、なくとも! 我に、は、理由がある!」

「あ~、はいはい。鼻水拭きなさいよきちゃない……。まあ、居ないよりは居る方がマシか」


 そう言ってミラノは俺を見た。

 その言葉の意味と今の目線の意味が理解は出来ないが、何かを求めてるのだろう。

 アルバートに対してか、或いは俺に対して。

 食堂に向かって食事を取るのだが、食堂の内部は入ると暖房でも利いているのかと言わんばかりに温かかった。

 

 さて、このアルバート。ミラノと同じ公爵家の子であり、バカだが偉い。

 戦闘面に関しては”学園内において”はとりあえず優秀であり、俺が来た時には学園一位だったくらいだ。

 アイアスと言う槍使いの英霊が居り多分だがその一族だ。

 アルバートも「槍の一族」と言っているし、アイアスも「槍の一族」という言い回しをしている。

 まあ、なんでそんな奴と仲良くしてるかと言えば、横槍入れられたとはいえ一応は引き分けたからだと思っている。

 

 アルバートは俺の対になるように席を取ると、食事が来るまで震えたままだった。


「あぁ、うむ……。温かいと助かるな」

「――アル、鼻水」

「すまぬ」


 アルバートにハンカチを差し出すのはグリムで、アルバートの従者だ。

 侯爵家で、代々アルバート達ヴァレリオ家に仕えてきた一族だとか。

 彼女は弓に長けていて、その雰囲気等は英霊のロビンに似ている。

 違う点があるとすれば、グリムは表情が平坦で、ロビンは感情が平坦と言う点だろうか。

 弓を使うと言う点も、ナイフを使ったり体術に優れているのも似ているが。


「しかし、やっぱり慣れないな」

「ふむ、何がだ?」

「ちょっと前までは犬のような扱いだったのに、今じゃ人の隅っこ程度の扱いをされてて。学園での生活だってまだ慣れ親しむ前に前倒し休暇だったのもあるし、色々心配なんだよ」

「気にしすぎだ、馬鹿め。大半は噂話をするだけで、特に気にも留めては居らん。それよりも、我との約束を覚えているだろうな?」

「……どれ?」

「休みに入る前! 指揮とやらで争うと決めたであろうが!」


 あぁ、そう言えばそんな約束をしたなと思い出してしまう。

 魔物の襲撃による不安から前倒し休暇に入ってしまい、生徒達は可能な限りさっさと帰ってしまったから後回しにしたのを思い出す。

 メモ帳を取り出すとミラノが窘めるように咳払いをしたが、俺はメモ帳を机の影に隠しながら食事の合間合間に確認する。


 そうだ、そう言えば命令をする、指示をすると言う事で競い合うと言う約束をしたんだ。

 メンバーにカティア、ミナセ、ヒュウガ、マルコの四名が入っている。

 アルバートの方はグリムを入れるとか言っていたのも思い出した。


「そうだった……」

「生徒が居なくなってしまったしな、もし問題がなければやりたいと思うのだが」

「俺もやりたいとは思うけど、声をかけた連中がどうしてるか確認しないとなあ」

「では、とりあえずお互いに目的を果たせるかどうかを考えてみる、と言うことで良いな」

「異議無し」


 頭の中で即座に声をかけた相手のことを思い出し、それから今まですっぽかしていた訓練要綱の内容を考えないとな、などと意識を切り替える。

 メモ帳を手にし、ペンを取り出すと再びミラノが咳払いしてきて、それを見てから直ぐに取りやめる。

 部屋の中では無いので、食事中は食事のみに集中しろと言う事なのだろう。

 ……家では食事をしながらノートを見たり、魔導書の作成に精を出していた人物と同一人物だとは思えない。

 

「自分の分野だと周囲が見えなくなるのを止めなさい」

「――怒られてる」

「怒られるんだよ。まあ、怒られるだけ有り難い話だけどさ」

「怒られるの、有り難い?」

「怒られないって事は、どうしようもないくらいに見棄てられてるって事だろうし。怒られるって事は、まだ見棄てられてない事だから」


 グリムが俺の言葉に首をかしげた。

 人の上に立つ身分だと、そうそう怒られるという事が決してマイナスの面しか無いと言う認識は出来ないのかも知れない。

 むしろプライドだの面子だのの話になるだろうから、俺は直ぐに付け足す。


「まあ、兵士としてやってた時はそう言う感じだったから」


 と、自衛隊での事なんだよと遠まわしに言った。

 自衛隊と言う組織を説明しようとしても「え、攻められない軍隊って何?」となってしまう。

 それに、まだ”世界が狭い”ので国際社会だとかそう言う物が無いので自警団と言った方が伝わりやすいだろうが、それだと一気にランクダウンしすぎてしまう。

 しかし、兵士といえば何と無く伝わってくれるだけ有り難い。

 グリムは納得してくれたようで、直ぐに頷いた。


「――向上心は、大事。前向き、えらいえらい」

「偉いかねえ……。成長した結果怒られないようになれたらいいとは思うし、怒られてないと寂しいとかそう言うのはさっさと抜け出さないといけないしなあ」

「だいじょ~ぶ。ヤクモ、結果出してる。ただ、別の分野なだけ。なら、他の事も出来る」

「かな」

「――と、思う」

「一気に曖昧になったな……」


 まあ、今までが性急な事柄だらけだっただけだ。

 これからはまたノンビリと、時間をかけて何かを成す時間になったと言うだけだ。

 言うなれば”準備期間”とも”平和期間”ともいうやつだ。

 休むにしても、前後の事柄からやる事を見定めて労力を投じるにしても重要な時間といえる。


「学園に居るからには好き勝手はさせないから大丈夫。今まで自由気ままにした分、首輪を引き締めないと」

「あは~、ヤクモさん飼い犬ですねえ」


 ヘラがそんな事をにこやかに言いながら、浮いている足をパタパタさせている。

 くそう、ヒエラルキーの差が酷い。

 一応一国や英霊を救ったりしたのにな、おかしいよな……。


 何と無く食堂の中を見回してみたが、見た範囲でミナセやヒュウガは見当たらない。

 ……もしかしたら、最悪前回の魔物による襲撃で学園を辞めてしまったと言う可能性も有りうる。

 今俺が寝泊りしているミラノの隣室だって、本来は女子生徒が居たが辞めてしまったらしい。

 義務教育では無いのでそこらへん自由なのだろうが、もしそうだとしたら寂しいなと思った。


 朝食を終えた俺たちは一度部屋に戻ると授業の開始まで暫く待つ。

 ……と言うか、授業と言うか学期初めだから実際には半ドンなのだが。


「みんな、久しぶり。学園に戻ってきた事を私は嬉しく思う」


 メイフェン先生が、授業ホールの中心で机に手を突いて生徒達を見回していた。

 ただ、それは俺が見ても「減ったな」と幾らか思わされる。

 大量に学園を去った訳じゃないだろうが、それでも以前の賑わいや教室の満員具合を思い出せば気にはなる。

 そもそも、あの事件で幾らか生徒は死んでいるのだ。

 親としても安全に関して疑問視するだろうし、自分たちから遠い地にやるのが余計心配になったと言う事もあるだろう。

 メイフェンは頬を搔いたが、直ぐに気を取り直す。


「色々有って、学園を去った生徒も居るけど。それでも、以前と変わらずに授業はちゃんとやるつもりだから。学園の規則も幾らか変更があるけど、それはこの後の学園長からのお話で聞くこと。私もも色々と慣れない所はあるけど、そこはみんなと同じだから。ただ、生徒が減ったからって甘やかすだなんて事もないので、授業は授業でちゃんと受ける事」


 そう言って、彼女は教室を見回す。

 幸いな事に、ヒュウガやミナセは学園に残ったようである。

 ただ、ミナセの傍に見慣れぬ女の子が机にしがみ付くようにして座っているのが気になったが……。

 なんにせよ、良かったなと思った。


「あと、やっぱりね? 視察に来るって言う人が居るから、学園の生徒としても恥ずかしい真似をしないように。色々有ったから学園の安全状態とかを確認したいって言う人も居て、授業とかにお邪魔するかもしれないけど、みんなは普段通り授業を受けてくれればいいからね」


 視察と言うのは初耳だけれども、たぶんその関係だろう。

 一人……明らかに「お前生徒じゃないだろ」と言う奴が混じっていて、真面目に話を聞いている。

 外見や背格好に至る全てが俺と同じで、声や思考、性格も大分似通っている人物がそこに居る。

 ……クラインである。

 ミラノとアリアの兄であり、デルブルグ家の長男だ。

 ワケありで今まで伏せっていたが、回復したので学園を見に来たのだ。

 来年からは学園の生徒であり、二人の妹達からは飛び級で卒業までに追いつくだろうと余計な負荷をかけられている人物でもある。

 

 一応優秀だとは思うけれども、勉学面でどれくらいいけるのかは未知数である。

 ただ、なんだろう。

 産まれや育ちが違うと扱いがこうまでも違うのだろうか?

 俺はなんだか粗野な野蛮人で、クラインは知的で高貴なお方みたいな差がある気がする。

 まあ、実際高貴なんだが。


「あと、一部の授業については担当する教師が変わるから気をつけてね」


 教師も変わるのか。

 戦闘ストレスやトラウマ、変な責任感や追及、嫌がらせなどで居なくなったのかもしれない。

 そこらへんは生徒ですらない俺がとやかく言うようなものでも無いだろう。

 メイフェンが教師として、軽いお話を終わらせると手を叩いた。


「さ、私のお話はここまで。後は学園長のお話まで教室の中で休んでてね」

「何かあるのかな」

「学期毎に本来なら祝宴みたいな物をやるの。一日目と、最後の日にそれぞれやるんだけど、学園長がなっがいお話をして、皆で食べたり飲んだりするだけ。全学年揃うから凄いんだけどね」

「そんなに?」

「アンタは入った事無かったわね。私達が授業を受けてる場所って、鳥で言うと翼に位置する場所なの。胴体、両腕の中心部に建物があるのは知ってるでしょ? 大きな催し物や行事がある時にあそこに行くの」


 ミラノに手招きされ、窓から身を乗り出して確認する。

 何度か授業で入っている二つの建物に挟まれる位置に、大きな建物がドデンと鎮座している。

 今まで立ち寄った事もないが、その大きさは二つの学業練を合わせたとしても足りないだろう。


「一年が終わった時や始まった時に、成績が優秀な生徒を様々な分野で表彰したり、新しく入ってきた生徒を出迎えたり、歓迎したりもするのね。他にも偉い人が来る時とか、昔はそこで全国の偉い人が集まって会合してた事もあるみたいだけど」

「へぇ~」


 実際、偉い人が手勢を率いて集まっても問題なさそうな大きさに見える。

 基本的に一日四つの授業しか受けないし、滞在期間も一週間チョイしかなかったのでこれからに期待するとしよう。


 時間が来るまでとりあえずは大人しくしておく。

 周囲からチクチクと目線を感じるのは気のせいではないのだろう。

 そこらへん神聖フランツ帝国の連中よりも下手糞で、隠せているつもりなのだろう。

 あるいは、そう言った政争を交えた世界――大人ではなく、子供であると言う事なのだろうが。


 その理由は理解できているし、そうなる理由も明らかなのだ。

 教室に入り、席に座った俺の膝の上の座る小さな存在が原因である。


「んっと、えっと。そうですね~……。『ネコさんネコさん、お招き下さい。素敵なお茶会、鏡の向こう。行きては戻らん、行かずば飲めない美味しいお茶たち。銀色液体、帽子を浸す。男の人は怒りんぼ。あちらと此方、隔つ境界はなあにかな』」


 ヘラが、俺の膝の上に座りながら……なんだっけ? 鏡の国のアリス? 違うな、一個前の不思議の国のアリスからしい事を呟いている。

 その呟きを一生懸命に小さな手で羽ペンを動かしながら、紙に認めていた。


「……イマイチですね」


 しかも、それを速攻で丸めてしまった。

 俺はそれを受け取りながら、改めて見てみる。

 何とか判読出来るが、これが詠唱呪文か何かに成るのだろうか?


「あの~、ヘラさん? 俺の膝の上で魔法研究は止めてくれませんかね」

「あは~、お邪魔でしたか?」

「いや、邪魔って程でもないけど……。因みに、どんな魔法?」

「えっとですね~。マリーは魔法を魔法で掴んで投げ返すと言う事をしてましたけど、アレを結界……鏡みたいにできないかな~と思いましてですね? ただ、今までだと味方や仲間、敵の状況を見て消したり出したりしてたので、詠唱の手間が酷くてですね? 流石に、今は正気なのでそろそろ手がけないとまずいかな~と、ですね?」

「あぁ、なるほどね」

「それか、何か良い考えとか有ります?」


 そんな事を問われても、俺はヘラの魔法をそう多くは知らない。

 マリー達のように一緒に旅をしたわけでもないし、一緒に戦ったわけでもないのだ。

 俺が戸惑っているのを見て、ヘラは小さく頷く。


「そう言えば、どういう事が出来るかお教えしませんでしたもんね。マリーとは一緒に戦ったりしてましたし、理解度の差って奴がありますよね~」

「そこらへんは今度頼む。今は――っと」

「おとと?」


 ヘラを抱き上げ、空いている隣の席に下ろす。

 それとほぼ同時に、先ほどから滑っていた生暖かい物がついに滴り始めた。


「フ~ッ……」


 頭上に、猫状態のカティアがいて、俺の頭に爪を立てながら牙も立てている。

 本来であれば彼女も座らせてあげたいのだが、以前まではアリアの使い魔として彼女の肩に座っていたりした。

 学期が変わってどうなるか分からないので、授業中は今でも猫なままである。

 ただ、違う点があるとすれば、アリアの肩ではなく俺の頭の上に陣取り始めた事位だろうが。


「ごめんな~、カティア。出来ればお前にも普通に授業受けさせてやりたいけど、使い魔の使い魔とかそう言った事例が無いからどうしようもなくてな~」


 謝罪をすると、暫くギリギリと牙を立てていたが、許してくれたのか牙を抜き傷口を舐める。

 血液は不衛生の元になるからやめなさいと、彼女を膝の上におろした。

 先ほどまでの怒りは何処へか、随分と大人しくなった。


「――そういや、アリアの席も近くなったなあ」


 別に席は固定ではなく、教室に来た時に空いていれば好きに座っていいのだ。

 だが、これもある程度のヒエラルキーがあり、便利な場所や身分が上の人物が好んで座っている場所は空ける様になっている。

 ミラノやアルバートなどは公爵家の者なので基本的に最上級の人間である。

 俺やグリム等も、付き従うものとして近い認識をされているのか、アルバートとミラノの近くは基本的に空いていた。

 それでも――アリアは今まで病弱であった事を踏まえてヒエラルキーは低かったらしく、ミラノの近くには座っていなかった。

 声をかけられるほどに近い場所に居るのはコレが初めてかもしれない。

 

 なお、アルバートは近からず遠からずの位置に居る。

 今までは窓際だったが、寒くなってからは部屋の中心近くに座り出したようである。


「規則が変わったとか、視察があるとか言ってたね」


 教師やその他の生徒との話を終えたクラインが此方に混ざってきた。

 一応最後列に座っていたクラインだが、今は授業では無いためにこちらに来たようである。


「視察かあ……。関係の無い事ならいいんだけどな~」

「難しいんじゃないかなあ――」

「そうね、多分また幾らか注目を浴びるかもね」

「なんで?」

「だって、内容によっては前の事件に関係する事になるじゃない? そしたら、アンタの名前は絶対挙がるでしょうね」

「うへぇ……」


 あんまり想像したくない事だった。

 あの時だって結構無我夢中だったし、結果として人を助けただけであってそれは個人として褒められる事でも何でもない。

 自衛隊が人命救助をしたとして、一般人が名指しで誰かを褒め称えるだろうか?

 褒められたり有り難がられるのは組織だから、俺の認識や意識とずれた事になっていてピンとこないのだ。

 

「それに、神聖フランツ帝国の人が来たらヘラ様にも触れなきゃだし、諦めて今の内から色々考えときなさい」

「家柄じゃなくて、自分のした事で有名になるだなんて凄いね」

「こういうのは悪目立ちっていって、良い事でも何でもないんだよなぁ……」


 周囲の目線で胃に穴が開きそうだ。

 命をかけたり戦いになるよりも嫌いなのは、敵でも味方でもない連中から無思慮な目線を向けられる事である。

 対人恐怖症と言うか、鬱と言うか、コミュ症と言うか……。

 パーソナルスペースでもいいが、大丈夫な相手とは会話できるけれども、そうじゃない連中から注目されまくると緊張しすぎて死にそうになる。


「ただ、聞いたんだけどさ。どうやらユニオン共和国から姫様が来るらしいんだよね」

「……共和国なのに、姫?」

「実際の身分とかは知らないけど、そう言う愛称なんじゃないかな? 他にも教師として有名な人が来るとかも聞いててさ、こういう時客身分だと色々聞けて便利だね」


 クラインがそんな事を言うが、俺としてはあまり興味のある話ではなかった。

 そもそも姫と言えば、この国の姫も若干放置気味じゃないだろうか?

 それ以前に、ヘラを連れて来たことである種国そのものに喧嘩を売ったようなものだし、今更姫が来ても「そう……」と、無関心になるしかない。


「ま、色々体験してるとそうなっちゃうか。けどさ、ユニオン共和国って大小さまざまな地域があって、それを纏めてる主要な国が有るわけでしょ? 其処の姫って言ったら、相当偉いんじゃないかな」

「だとして、何で姫がここに? 来るとしたら普通国王だとか王じゃないの?」

「あまりあっちの国の情報って、隣接してても入ってこないんだよね……。封鎖社会と言うか、秘密主義と言うか」


 なにその「下手な事を言った奴は抹消されてる」的な国。

 そんな国と関わりたくないんですけど。

 

 クラインとそんなやり取りをしていると、メイフェンがやって来て移動を告げる。

 教室の生徒達は全員教室を後にし、学園長が話をするとされる場所にまで向かった。


 

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