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第13話 この契約を破棄しよう




  時は一週間前に遡る。


 私は大司教に脅されて、公爵様と来週も晩酌することを約束した。そのまま部屋に戻ろうとしたのだが、公爵様は、私の手を掴んで引き留めてきた。彼はなかなか手を離そうとせず、私は部屋に戻ることが出来なくなってしまった。


「どうしたんですか、公爵様」

「君は様子がおかしい」

「……いつもと変わりませんよ」

「いいや。いつもと違う」

「具体的にどこが違うって言うんですか?」


 早く公爵様から離れたくて、少し意地悪な聞き方をしてしまった。言い淀むだろうと思っていたのだが、彼は自信満々にキッパリと答えた。


「酒の話をしているのに、全然嬉しそうじゃない」

「判断基準そこなんですか⁉」


 公爵様の中の私のイメージって、一体どうなっているんだろうか。まさか酒好きの“飲んだくれ”とか思ってないよね。私はいつだって適量を適切に飲んでいるのに!


「ちょっと飲み過ぎてしまっただけですよ。来週は気をつけるので、また晩酌して下さいね」


 ちょっと釈然としない思いを抱えながらも、早口で告げる。そして、今度こそ、部屋に戻ろうと公爵様に背中を向けたのだが。


「ジゼル、俺は君の契約相手であると同時に、庇護者でもある」

「……」

「困ったことがあれば、何でも話して欲しい」


 諭すような優しい声で、公爵様が語りかけてくる。

 そうだよね。私一人で解決しようとしても、どうにもならない。それに、前世では仕事における「報連相」が大事だって覚えたはずなのに。

 大司教と話したことで、冷静な判断が出来ていなかったみたいだ。

 でも、玄関先では誰が聞いているか分からないから、ここで相談することは出来ない。


「話したくありません」

「分かった。話す気になったら、いつでも言ってくれ」

「大丈夫ですよ。それより、次の晩酌で使う用に買っていただきたいものがあるんですけど」

「なんだ?」

「少し多いので、メモにして渡しますね」


 そう言って、私はペンと紙を取り出して、「助けて欲しいです。他の人が寝静まった頃に、話に行きます」と書いた。メモを見た公爵様は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにいつも通りの表情に戻った。


「分かった」

「よろしくお願いします」


 という会話をして、その場では公爵様と別れた。

 そして、誰もいないことを確認してから公爵様の部屋を訪ねた私は、大司教から脅されたこと、人質に取られている孤児たちのことなどを全て話した。

 もちろん誰にも聞かれないように、鍵を閉めることの出来る個室に移動して。


 事情を話し終えると、私の話を黙って聞いていた公爵様は、「なるほどな」と呟いた。


「孤児達が人質に取られている以上、強制的に調査することも、大司教の主張を無視するわけにもいかないよな」

「そうなんですよね」

「何か決定的な証拠でもあればいいんだが……」


 二人で頭を悩ます。


「あの、少し考えてみたんですけど。私が囮になって大司教を釣るのはどうでしょうか?」

「は?」

「偽の許可証を餌に、彼の悪事を洗いざらい話させれば、それを証拠に大司教を捕まえることが出来るんじゃないでしょうか」


 うん。それが最善策な気がしてきた。大司教を引きつけておけば、孤児達を救い出すことも容易になるだろう。


「それは、ジゼルの負担が大きいだろう」

「そうですか?」

「それに危険だ。何をされるか分からないぞ」


 確かに、大司教は罪悪感なく孤児を人質に取るような人間だ。まったく危険がないとは言えないだろう。

 しかし、それ以上に私は大司教を許せなかったし、危険を冒してでも大司教の罪を明らかにしたかった。


「私は大丈夫です」

「だが……」

「それよりも、早く大司教をぶちのめしたいんです」


 私がそう言うと、目を丸くさせた公爵様が吹き出した。


「ぶちのめしたい、か」

「ちょっと笑わないで下さい」


 だって、大司教に対して段々と腹が立ってきたのだ。私たちを教会の所有物として扱って、コントロールしようとしていることに。

 そもそも、自白剤をお酒に入れさせようとすることだって、お酒への冒涜でしかない。味が劣化してしまったら、どう責任を取ってくれるつもりなのだろうか。


「いつものジゼルが戻ってきたな」


 公爵様は呆れたように笑う。そして、危険を感じたら、すぐに身の安全を確保することを公爵様と約束した。


「よし。どうせなら、大司教が言い逃れ出来ないように、王宮からも協力も仰ごう」

「王宮からですか?」

「ああ。公爵家の人間以外にも証人をつくって、徹底的に大司教を追い詰める」


 許可証を渡した時点で、王宮はこちら側に味方することを決定していたらしい。多少強引な作戦でも、王宮の騎士団数人は借りられるだろうとのことだった。


 こうして、私が囮になって大司教から話を聞き出すための作戦が決行されたのだ。



 公爵様から全ての経緯を聞いた大司教は、獰猛な獣のように低く唸り、叫んだ。


「貴様、ジゼル! 教会を騙すということが、どういうことか分かっているのか! 神への冒涜であり、お前には罰が……」

「黙れ」


 公爵様はすっと目を細めて大司教を睨みつけた。彼の視線は、どこまでも冷徹無慈悲。「冷徹公爵」の名に恥じない視線に、私は出会ったばかりの頃の彼を思い出した。


「さて、大司教」

「ヒッ」


 公爵様は大司教の体の横に、剣を突き刺す。大司教は怯えた声を出すが、体を押さえつけられているために、後ずさることも出来ないようだった。


「ジゼルを脅し、公爵家にあった証書を盗もうとした現行犯だ。王宮の騎士団員たちも見ている。言い逃れは出来ないぞ」

「私は、何も知らない。ジゼルが勝手にやっただけです。その小娘のことを信じるのですか」

「ジゼルとは信頼関係を結んできたんだ。信じるに決まってるだろう。……さあ、さっさと吐け」

「な、なにを」

「しらばっくれるんじゃない。工場で行われていること、教会で行われた非人道的な行いの数々、すべてだ。それから、稼いだ金もどこかに隠してあるだろう。その在処も吐け」

「いや……」


 大司教が首を横に振ると、公爵様はガンッと剣を突き立てた。


「嫌じゃない。これまで教会孤児を苦しめてきた罪、領地に瘴気を増やした罪。それから、公爵家の妻に手を出した罪。全て償ってもらう」

「ひいいいいいいい」


 大司教はガクガクと震えて、情けない叫び声をあげた。その後、数時間にわたる尋問が「冷徹公爵」によって行われることとなった。


 しばらく大司教が尋問されている光景を見ていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、そこにはレンドール君がいた。彼は今日の作戦に協力してくれていたのだ。


「ジゼル様、子供達の安全の確保が出来ました」

「レンドール君、協力してくれてありがとう」

「いえ」


 私がお礼を言うと、彼は気まずそうに曖昧に首を振った。彼らしくない態度を不思議に思っていると、彼は決心したように口を開いた。


「あの、今までの態度、すみませんでした」

「今までのって?」

「ジゼル様を疑ったり、キツく当たっていたことです。今回の一件で、僕が間違っていたんだと痛感しました」

「そうなの?」

「はい。僕は、ずっとジゼル様が公爵家を裏切るんじゃないかと疑っていたんです」


 チーズフォンデュを食べた時に、私が聖女という立場を利用してお金を使い込んでいるという誤解は解けた。けれど、今まで教会に騙されてきた彼は、どうしても私に対する不信感が拭えなかったそうなのだ。


「けれど、僕が間違ってました。ジゼル様は公爵家に来てから、いつだって領地のために最善を尽くしていたのに」

「買い被りすぎだよ」

「いいえ、そんなことはありません。それに、子供達を助けるために、危険を顧みずに大司教に立ち向かっていくジゼル様の姿は……」


 彼は顔を赤らめて、目を逸らす。


「か、かっこよかった……ですから」


 気付けば、私は彼の頭を撫でていた。


「ちょ、なんなんですか⁉」

「可愛いなって思って」


 彼が抵抗しないのをいいことに、私は無心で彼の頭を撫で続けた。彼の中の私が若干、美化されているような気がするけど、まあいいや。可愛いから。

 しばらくして羞恥に耐えきれなくなったのだろう。レンドール君は顔を真っ赤にして、私の手から逃れた。

 彼は咳払いをして、話を変える。


「ところで、あんな光景を見ていて、何が楽しいんですか? 公爵様は、相変わらずかっこいいですけど」


 彼が「あんな光景」と指差す先には、公爵様に尋問される大司教の姿が。

 レンドール君が来るまで、私は彼らの姿をじっと見ていたので、疑問に思ったのだろう。確かに彼の言う通り、大司教が尋問されているところなんて、見てて楽しいものではないかもしれない。

 けれど、今まで散々子供達をいいように使ってきた大司教が、脅されて震えている姿を見ているのは……。


「この光景を酒の肴にしたいなって思ってた」

「いいですね。僕もしたいです。まだお酒は飲めませんけど」


 私たちはニヤリと笑い合う。お互い教会に利用されてきた者同士、意見が合うのだ。

 その後も大司教の叫び声は続き、私たちの溜飲はすっかり下がった。



 その後は、教会内部の正式な調査が行われ、教会のトップである大司教は捕らえられた。余罪はまだまだあるそうで、王家によって徹底的に調べ上げられているところだ。

富と権力に固執した大司教は、全てを失い、今は牢屋で孤独に過ごし、キツイ取り調べも待っているそうだ。

 そして、教会所有の工場は全て閉鎖され、そこで働かされていた孤児達はすべて保護された。

 行き場のない子供達の面倒を、どこの組織が見ることになるかは、これから決めていくことになりそうだ。



 そして、後日。私は公爵様と向かい合って座っていた。私たちがいるのは、初めて契約を交わした部屋だ。私は真剣な面持ちで、手を掲げた。そして……


「それでは、瘴気の原因解明と大司教を捕らえた記念に、乾杯!」

「乾杯」


 私は公爵様とビールの入ったグラスをぶつけた。初めて契約を結んだ部屋で、私たちはささやかな祝杯をあげていた。

 もちろん祝杯の理由は、大司教が捕まったことで、今までのこと全てに決着がついたためである。

 つい最近も「お疲れ様の晩酌」と称してお酒を飲んだばかりな気がするけど、飲む理由が多い分には困らないよね。

 乾杯を終えて、さっそく冷たいビールを飲み干す。ゴクゴクとお酒が喉を通り過ぎ、ほわっと体が熱くなるのを感じた。


「ん〜っ、やっぱり何かを達成した後のビールは最高ですねぇ」

「ん、そうだな」


 大司教に自白剤を入れるように脅された時に飲んだお酒は、緊張であんまり味わえなかったんだよね。

 あの時は見張られていたから、私は公爵様を騙す演技をして、公爵様も自白剤を飲まされた演技をして緊張していたのだ。

 正直、あまりに緊張しすぎて、途中でちょっと笑いそうになっていた。


「それにしても、今回の作戦が上手くいってよかったです」

「ああ。けど、冷や冷やした場面は沢山あったよな」


 例えば、お酒を飲んだ公爵様が、本当にちょっと酔っていたとか。

 例えば、私が大司教を引きつけている間、騎士団員達は人質にされている子供を探し出すことに時間がかかっていたとか。

 例えば、大司教が元々私をスパイにするために公爵家に送り込んでいたことを知って、私自身結構ショックを受けて動揺したとか。

 こう考えると、かなり色々と危なかった気がする。誰に見られているか分からないから、公爵様と何度も作戦を練ることが出来なかったしね。

 本当によく成功したなと思う。


「私が公爵家に送られたことに、大司教の思惑があったなんて思いもしませんでした」

「俺は元々、君を介して教会が何かを仕掛けてくるだろうことは予想していたぞ」

「え?」


 聖女は非常に珍しい存在であり、教会が簡単に手放すはずがない。公爵様は、何か裏があると見て、私のことを警戒していたらしい。

 だから最初に「これは契約結婚だ」などと突き放すような言葉を敢えて言ったのだ。


「それなのに、君は予想外のことを言ってきただろう?」

「えーと、私は確か……」


 前世を思い出して、誰かと一緒に飲みたかった私はこう言った。『契約の条件に晩酌もつけて下さい』と。

 公爵様は、ふっと笑いを漏らす。


「最初は、新手の罠なのかと思った」

「そんなに変なことでしたか?」

「……いや」

「そこで目を逸らさないで下さいよ、公爵様」


 公爵様は咳払いをして、話を続けた。


「晩酌中に何かを仕掛けてくるのかと思ったら、そんなこともない。最初の晩酌の時は、レンドールも俺も、何が目的なのかと疑っていたんだ」

「じゃあ、最初の晩酌の日に酔っていたのも演技っていうことですか?」

「……いや」


 公爵様は再び、そっと目を逸らす。

 ああ、本当に酔っていたらしい。彼のために忘れてあげよう。


「まあ、君と話しているうちに、ジゼルがただの酒好きの聖女ってことが分かったから、俺は安心していたけどな」

「うっ、間違ってないから否定しづらい……」

「まあ、流石にそれは冗談だが。一緒に仕事して、晩酌を共にしているうちに、ジゼルが優しいってことは分かったから、疑ってなかったよ」


 そこで、公爵様は表情を硬くして、私に正面から向き合った。


「ジゼル。今回の一件で、君の役割は終わった」


 瘴気の浄化と原因究明をするために私は公爵様と契約を結んだ。それが解決した今、彼の言葉通り、私の役目は既に終わっているのだ。

 私は契約終了を言い渡されることを覚悟したんだけど、続いた公爵様の言葉は予想外のものだった。


「けれど、俺はまだ君と公爵家で共に晩酌をしたい。駄目か?」

「……私の役目は終わったのに、いいんですか?」

「君が浄化をした地域では作物がよく育つらしいから、引き続き領地を回って欲しいと思ってる。領民から、聖女様にまた来て欲しいと要望が絶えないんだ」

「……!」


 私は、これまでの浄化作業の中で、感謝の気持ちを伝えてくれた領民の顔を思い出す。あの時、私は確かなやりがいを感じていたように思う。

 そして、その後に飲んだお酒が格別に美味しかったことも覚えている。


「私で、いいんですか?」

「俺が君と仕事がしたいんだ。それに何より、また晩酌もしたいと思っている」


 私はどうしたいのかと、改めて気持ちを問われる。公爵家に来てからの日々は楽しくて、充実していた。「どうしたいか」なんて答えはとっくに決まっている。


 私は公爵様に頭を下げた。


「私でよければ、やらせて下さい」

「なら契約成立だな」

「はい」


 話がまとまった。契約更新に、嬉しくて顔がにやけてしまいそうだ。上機嫌にビールに口をつけると、やっぱり美味しい。


「せっかくですし、何か簡単なおつまみ持ってきますね!」


 私はおつまみを作りに立ち上がったが、部屋を出て行く直前に振り返った。


「公爵様。今回のこと、助けてくださって、ありがとうございます」

「大したことはしていないぞ?」

「でも、私一人だったら、解決できませんでした。公爵様のおかげです」

「いや、当たり前のことをしただけだ。俺にとって、君は大切な……」


 公爵様の真剣なまなざしに、ドキリと心臓がはねた。


「大切な?」


 その後に続く言葉に期待して、胸の奥が締め付けられる感覚がした。

 公爵様の次に続く言葉を待つが……



「……大切な飲み友達、なんだからな」



 しばしの沈黙。それを打ち破るかのように、部屋にレンドール君が入ってきた。


「公爵様、確認してもらいたい資料があるのですが。お邪魔でしたか?」

「あ。じゃあ、私はおつまみを取ってきますね」

「そうだな。うん。そうしてくれ」


 しどろもどろになりながら、私は部屋を出ていく。


 びっくりした。本当に、びっくりした。


 一体、私は、「大切な」の言葉の後に何を期待していたんだろうか。


新たな契約を交わし、ジゼルが出ていった直後。


レンドール「公爵様」

公爵様「なんだ?」

レンドール「ヘタレですか?」

公爵様「‥‥‥うるさい」



ブクマ・評価など、本当にありがとうございます!

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