表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

エピローグ

本編の重要なネタばれを含みます。未読の方、ご注意下さい。

 爽やかに晴れた午後だった。

 アリステア王家の墓所を訪れた2つの人影が、白く輝く墓石の前で止まる。咲き誇る花々で囲まれたそれは、墓というには華やかすぎる程に彩られ、小さくとも目を引いた。

 陽光を跳ね返す墓石の表面には丁寧に文字が刻まれ、今はっきりとその形を浮かび上がらせている。


「ヨーゼフ王最愛の妃、アイリス姫…」


 墓標を読みあげると、少女は穏やかに微笑んだ。その白い頬に、彼女の長い金色の髪が風に煽られ纏わりつく。

 伏し目がちに俯く顔には僅かに影が落ち、その美しい顔立ちを更に大人びて映していた。

 隣で立つ青年の視線も、少女と同じ場所へと注がれている。

 ふと自分を振り仰いだ少女に、青年は優しく声を掛けた。


「どうぞ、ゆっくり話していいよ。報告することがあるんだろ?」

「…キースもあるでしょ?」

「俺はいいよ…」

「どうして?」

「姉さんはどうせもう知ってる」


 少女は笑みを零すと、改めて彼女の母の眠る場所へと向き直った。その隣には更に大きく立派な、父の墓も並んでいる。

 少女は膝を折り、墓石の前で屈み込んだ。

 そっと目を閉じれば、まな裏に懐かしい母の面影が浮かび上がる。


―――お母様…。


 胸の奥で呼び掛けると、記憶の中の母が優しい微笑みで応えてくれた。



 お母様、遅くなってごめんね。

 やっと会いにこれたよ。

 お母様は今、お父様と一緒に居るの?

 絶対、一緒だよね。お父様が、お母様を迎えに来ないわけがないもん。

 今頃またベタベタしてるんでしょ?想像つくんだから。

 もう邪魔しないから、ゆっくり2人で仲良くしてください。


 私はね、15歳になりました。お母様が、お父様と結婚した歳だよ。

 大人になったでしょ?

 あのね、私、結婚するんだよ。……知ってた?


 旦那様はアーロンっていって、とっても素敵な人なの。

 優しくて、温かくて…少し、お父様に似てるかもしれない。あ、でも、お父様よりちょっとかっこいいかな…なんて。

 

 紹介したかったな。

 会ったらきっとお母様も好きになってくれたと思うんだ。

 お父様は…分からないけど。


 キースもね、結婚するんだって。すごく綺麗なお姫様なの。

 いつどうやって出会ったんだろう。キースは聞いても教えてくれないんだもん…。

 アリステアのことは心配しないでね。色々あったけど、もう大丈夫だから。

 新しい国王様はローランドを治めていた人で、キースが言うにはすごい人みたいなんだ。私はまだあまりお話したことがないけど、キースが言うなら間違いないよね。

 その人がキースの新しいお父さんになるんだよ。


 ――お母様、お話したいことが沢山ありすぎて、まとまらない。


 本当に本当に色々あったんだから。

 直接話したかったよ。生きていてほしかったよ。…なんて、言っちゃいけないね…。

 ごめんなさい。

 私は幸せだから。心配しないで、お父様と仲良くしてね。

 もう離れないでね―――。


 お父様、お母様のことお願いね…。



 リンティアは閉じていた目をそっと開いた。また穏やかに微笑み、キースを振り仰ぐ。そして明るい笑顔で言葉を交わすと、全て終えたというように立ち上がった。


「行こうか」


 キースの言葉にリンティアが頷く。

 そして歩き出しかけて、――息を呑んだ。


「…どうした?」


 呆然とするリンティアに、キースが不思議そうに問いかけた。みるみるうちに、翡翠色の瞳が涙で濡れる。


「…お母様の香りがした」


 リンティアは震える声で小さく呟くと、両手で顔を覆った。キースの手が、そっとその頭に触れる。


「傍に、居るのかもしれない」

「うん…」


 ふとキースは慌てて駆け寄って来る赤毛の男の存在に気付いて顔をしかめた。彼はリンティアの傍に辿り着くと、その顔を覗き込むようにして声を掛けた。


「リン…?」

「呼んだ覚えはないぞ」


 キースが素っ気無く言い放つと、アーロンもムッとして「お前のために来てねーよ」と言い返す。

 そんなやりとりに、リンティアは顔を覆いながらもプッと吹き出した。


「リン…」

「違うの…大丈夫」


 涙を拭き、リンティアは心配そうな彼に笑顔を見せて言った。


「なんだか幸せすぎて、泣けちゃったの」


 その笑顔に、アーロンも安堵したように微笑む。リンティアの頬に触れ、その涙を指で拭った。

 見つめあう2人を前に、キースはうんざりだというようにため息をもらした。


「そろそろ城に戻ろう」


 そう言って踵を返す。2人もそれに次いでゆっくりとその場を離れた。キースは少し離れた場所で待っていた黒髪の女性のもとへ行くと、連れだって歩き出す。その後から、アーロンとリンティアも並んで付いていく。

 やがて2組の恋人達の姿は、墓地から遠ざかって消えて行った。



「……私には一言だけか」


 彼等の背中を見送ったヨーゼフは、苦笑しつつ不平を洩らした。

 隣の妻からは何の応答も無い。

 そちらを見遣り、ヨーゼフは眉を下げて笑みを浮かべる。

 アイリスの顔は痛々しい程に、涙で濡れていた。それでもまだ止まらず、次から次へと溢れ出す涙を震えながら拭っている。


―――まったく、こんなに泣かせないでほしいな…。


 ヨーゼフはアイリスを抱き寄せると、宥めるように背中を叩いた。そしてその髪を撫でながら囁く。


「幸せだって、言ってたよ…」


 アイリスは泣きながらもこくりと頷いた。


「こうなる気はしてたけど、改めて報告されると嫌な気分だ。アーロンのどこが私に似てるんだ?しかも私よりいい男だって本当かい?」


 ヨーゼフのおどけた問いかけに、アイリスがぷっと吹き出す。

 笑ってくれたことに安堵しつつ、ヨーゼフはアイリスの髪に口付けた。


「キースも、良かったな…」

「どうせ知ってるって言われちゃった…」

「よく分かってるじゃないか」


 自分達に語りかける2人の声は、どこに居たって届いてくる。

 こちらの声が彼等に届けられないのが、歯痒いが。


「戻ろうか」


 ヨーゼフの言葉にアイリスが頷く。

 だが動き出そうとした時、アイリスはふと何かに気付いたように振り返った。


「どうした?」

「声が聞こえる…」

「声?」

「うん、赤ちゃんの…」


 アイリスが誘われるように動き出す。ヨーゼフは慌ててその後を追った。

 そのうちヨーゼフの耳にも赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。それが”こちらの世界”の者の声であることはすぐに分かる。


「迷ってるんだわ…」


 アイリスはきょろきょろとその姿を探して動いた。やがて2人の目は、ぷかぷかと浮かびながら泣いている赤ん坊の姿を捉えた。


「居た…!」


 アイリスはほっとしたようにそう言って、赤ん坊の傍に寄った。

 それはまだお座りがやっとの黒髪の赤子だった。

 声を限りに、母を呼ぶように泣いている。

 ヨーゼフは動けなかった。

 ただ呆然と、その場に佇んだ。

 そんな姿なのに、なぜか分かってしまう。――それが誰なのか。


 アイリスの手が触れると、赤ん坊はハッとしたように泣き止んだ。


「こんな小さいのに…」


 痛ましげに呟きながら、アイリスは赤ん坊を抱き寄せる。

 泣いていた赤ん坊は驚いたように真っ黒のつぶらな瞳で暫くアイリスを映していたが、その腕の中に包まれると、こてんと胸に頭を預けた。


「もう大丈夫よ」


 アイリスは優しく囁きながら、その小さな体を撫でて慰めた。

 赤ん坊はまだぐずりながらも、大人しく身を委ねている。

 くすんくすんと泣いて甘える赤ん坊の姿は、声も無く佇むヨーゼフに、苦しいほどの痛みを植え付ける。


―――ジーク…。


 お前はまだ、こんなにも小さかったんだな…。


 気付くことができなかった。

 お前は何も言わなかったけど、お前の心は生まれた時から育つこともできず、ずっと愛を求めて泣いていたのに。


 ジークフリードがアイリスに求めたものが何なのか、ヨーゼフには分かっていた。

 多分、自分と同じもの。

 でもそれはもっと前に、自分が与えてあげるべきものだった。

 目の前にしたら言いたい文句が山ほどあったはずなのに、何も言えそうにない。

 そんな姿を、見せられたら。


 アイリスの腕の中でジークフリードは目を閉じている。その小さな頭に手を延ばし、そっと撫でた。

 もっと早くにそうしてやればよかったと、悔みながら。


 赤ん坊はやがて泣き止み、眠りについたようだった。

 アイリスはヨーゼフに目を向けると「連れて行きましょう」と言った。


「うん…」


 不意にジークの体は明るい光に包まれた。それに攫われるように霞んでいく。


「あ…」


 徐々に薄くなり、やがて完全に消えてしまうまで見守り、アイリスは呆然と瞬きを繰り返した。

 ()いてしまった両手を下ろし、空を仰ぐ。


「…1人で行っちゃったの…?」

「そうだね…」

「大丈夫かしら…」


 心配そうに呟くアイリスの横顔を見詰めながら、ヨーゼフは息子のために祈った。

 もし叶うなら、あの子に来世があるのなら、次はアイリスの子として産まれてこれるといい。

 それはつまりまた自分の子供になるということだけれど…。

 申し訳ないが、そこはちょっと譲れない。それでもいいと言ってくれるなら…また会おう。

 ――そして今度こそ…。


 ヨーゼフはふぅっと吐息を洩らすと、アイリスの背中に手を添えた。


「行こうか」

「うん」


 アイリスも、ヨーゼフに身を寄せる。


「また来ましょう。今度は結婚式ね」

「キースの?」

「2人ともよ」

「リンティアの結婚式は見たくないな」

「…じゃぁ、私1人で行くわ」

「…分かったよ。行くよ」


 諦めたように呟くヨーゼフに、アイリスは楽しそうに笑う。

 眩しい光に迎えられながら、やがてその姿も消えていく。


 ――後には懐かしい庭園を思わせる、花の香りだけが残されていた。


 <完>

完結致しました!

ここまで読んで下さった方々、途中何度か滞りながらの連載にお付き合い頂いた方々、本当に有難うございました!


そしてもし万が一本編を知らずにこの作品に足を踏み入れて下さった方がいらっしゃいましたら……この場を借りて深くお詫び申し上げます。最後、ヒーローもヒロインも死んでるじゃん!!!……ももも申し訳ありません。orz


この物語の主人公ヨーゼフ王は本編ではいきなり故人です。

15歳の子を後宮に引っ張り込んで子供まで産ませて、挙句早死にかと(汗)全くいいところ無しの王様で、本編を書いている時には私の中に彼の具体的な人物像はありませんでした。

ただ15歳で引っ張り込まれた(繰り返すな)アイリスが、愛の無い結婚だったなんてあんまりだと思って、親子ほど歳の離れた2人でしたがちゃんと愛し合っておりました…とそういう設定にしたわけです(ちょっと無理があるかしらと思いつつw)。

そして本編を終えてから改めて「リンのパパはどんな人だったんだろう」と妄想した結果生まれたのがこのお話でした。


本編でいきなり死んでる人を主人公にする必要があるのだろうかと自問しながらも、降ってくると書かずにいられないタチで、連載を始めた時には「なんでヨーゼフ?!」とお友達から突っ込みを頂いたものです。

でも本人は、とても楽しく書かせて頂きました。^^


ヨーゼフはアイリスの目から見れば大人で優しくて包容力があって頼もしくて(キラキラ)となるのでしょうが、そこはあえて王様視点で彼の本質を書いてみました。

ヨーゼフは結局のところ王様ですね。彼の鈍感力も王者に必要な素質なのかもしれません(笑)

カーラやジーク、そして他の側妃様のことを考えれば、彼は自分本位な生き方を貫いたとも思えます。

政治とアイリスのことで頭イッパイで、その他大勢は眼中に無い。結果ジークのような子が育ってしまったのだということを気付かせたくて、あんなラストになりました。


と、客観的な見解も述べつつ、私自身はヨーゼフが可愛くて仕方ありませんでした(笑)

彼目線でアイリスに恋をし、必死でご機嫌をとり(笑)、彼女の一挙一動に一喜一憂の日々…。楽しかったです(笑)

皆様にもこのヘタレな王様を微笑ましく受け入れて頂けることを願いつつ…。


最後まで読んで頂き、本当に有難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ