第21話 8月9日-2 五木と召喚士
どうもこんにちは。
第21話です。
どうぞよろしくお願いします。
今日、部活動に顔を出せば、次は十七日まで来なくてもいい。それが不可解部のお盆休みだ。
不可解部から解放されても、特にやることはない。それでも五木は、その間くらいは家でゆっくり過ごしたいと思っていた。
その間に召喚士の襲撃がないとも限らないのでまるっきりの油断はできないが。
しばらくは他のメンバーとは会えなくなるので、必ず会っておこうと思い、いつもより早い午前八時、部室の前に到着した。
鍵はかかっていなかった。部室では剣が相も変わらず窓際でボーッとしている。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
いつものやり取り、短い挨拶。これで一人とは会った。あとは風名を待たなくてはならない。
部室備え付けのノートパソコンは主に風名が使用している。資料の収集、リサーチは彼女が得意とするところで、自然とそうなった。
五木が検索したのは悪魔の名、マルコシアスにアスモデウス。悪魔にもWikipediaのページがあるらしい。多少の記述がある。
牛、人、羊、三つの頭を持つ悪魔の絵。見るからに恐ろしい容姿だ。
続いて、火を吹いている翼を持つ狼の絵。マルコシアスだ。
いまだ本体との会敵はないが、分身体の外見はその絵に似ている。本体は火を吹くのだろうか。
戦闘を行う上で知識を蓄えておいて損はないだろう。ゴエティアの悪魔は七十余いる。全部を読むだけでも骨が折れる。
夢中になっているうちに時刻は十三時を過ぎていた。
風名はまだ来ず、剣はまだ窓際だ。
剣がなぜそこを定位置にしているのか、五木はいまだに知らない。おそらく本人にも理由はないのだろう。
「なあ剣」
「なんだい?」
呼びかけると応答する。生きてはいるらしい。
「ちょっと昼を食べに行ってくるから、風名が来たら待っているように伝えておいてくれないかな?」
メッセージでもいいだろうが、一言くらいは話がしたい。
「五木、風名ならもう帰ったよ」
「えっと、俺は八時からいるんだけど見てないぞ?」
「七時半くらいに来て帰ったよ」
今日はずいぶん早く来たらしかった。何か用事でもあったのだろうか。
「へえ、どんな様子だった?」
「うーん、なんか怒っているような、慌てているような」
「用事でもあったのかもな」
あの風名が慌てるとはよほど何かに追われていたらしい。
「うん別に、五木に会いたくなかったとかそんなんじゃないと思うよ」
気になることを剣は言った。わざと口を滑らせたようにも聞こえた。
「なあ、剣」
「うん」
「なんか聞いてる?」
「いや」
剣のことだ、知っていても絶対に口にはしないだろう。風名を怒らせたにしても心当たりのまったくない五木だが。
「僕は帰るよ」
「待ってても来ない、か。じゃあ俺も帰るかな」
「鍵、お願いね。窓も」
「いい夏休みを」
「なにそれ、そっちもね」
剣は窓から身を躍らせた。四階窓からの退出。最初に見た時、五木は驚き、窓へ駆け寄ったが、今では慣れたものだ。
一気に降りるのではなく、途中の窓枠を何回か経ているらしい。侍じゃなくて忍者なのかもしれない。
窓から飛び降りる直前、剣はどこか含みのある笑みを浮かべていた。
風名も去り際に「いい夏休みを」と言っていた。それを思い出していた。
五木は窓へ寄り、眼下を歩き去る剣を確認し窓を閉め施錠する。
部室を出る。施錠も忘れない。
「動かないで」
階段へと体を向けた時、背後から声を掛けられた。
その声の主は若い、少年とも少女ともつかない。伸びた影を見るに背後にいる人間は五木より少し背が低いようだった。
部室棟の廊下はそう人通りが多いわけではない。五木は動きを封じられた。
相手が何をもって脅しているのかわからない状況に大人しく従わざるを得ない。
「えっと、なんでしょうか?」
知らない人間にこんなことをされる覚えはない。もしかしたら今回の案件と関係があるのか。
「私は召喚士。今、騎士団と君たちが追っているその人」
「――君が?」
突如の予期せぬ邂逅。聞きたいことはあったはずだがすべてが吹っ飛んだ。
「それで、僕に一体何の用だ?」
「怪我をしたくなければ手を引け。お前のお仲間も一緒に」
いきなり攻撃を加えない、という点は穏健派だと言った白騎士の話に一致する。
「少し、少し話をしていいか?」
召喚士と話をしてみたかった。どうしてあの未来へ向かってしまうのだろう。五木はそれを知りたかった。
「このまま」
提案は受け入れられた。一度吹っ飛んだ訊きたかったことを拾い集める。
「なぜ召喚士になったんだ?」
「……あなたと同じ。知らないうちに力があった」
「人を襲わないわけには、いかないのか?」
「それは無理だ。あの子たちがかわいそうだ」
召喚士は迷いなく答えを返す。その声は慈しみに満ちていた。
「身勝手な人間の頼みごとに無理な対価を求めたわけじゃない。食事に過ぎない。食事をしなければ、生き物は死んでしまうでしょ」
悪魔を完全に生き物としてみなしている。
白騎士は言っていた、亡霊のようなものだと。どちらが正しいのか五木には判断できなかった。
「あの子たちにも意思がある。それは私たちと何が違う?」
召喚士から呈された質問。五木はすぐに答えることができない。
「それでも――」
「何もしなければあの子たちごと私も死ぬ」
召喚士も死ぬ。五木は息を呑んだ。遮られた言葉に告げられた真実。
その可能性を、考えたことすらなかった。
「知らないだろ。騎士団はそれを隠しているから」
せせら笑うような、どこか自嘲気味に召喚士は言う。誰も、普通の人間ならば人を殺そうとは思わないはずだ。五木はそう信じている。よっぽどの理由がない限り人は人を殺すことができないと。
今まで人を殺したことがない穏健派の召喚士。そんな彼が、召喚士を続ける理由。
悪魔と一蓮托生がゆえの、生存に必要不可欠な行動。
騎士団は教えなかったのではない。当然気づくべきことだったのだろう。自分の察しの悪さに嫌気がさす。悪魔と言われるだけの存在だ。ただで自分だけ死んでくれるわけではなかった。主たる召喚士さえも道連れにすることは想像ができただろう。
「でも」
これは答えになっていないかもしれない。
「僕の手の届く範囲で罪なき人を殺す事は許さない。そして君――あなたも死なせない」
「はっ、おめでたいやつだ。人間誰しも罪を背負っている。あの子たちと同じように生きているだけで罪とみなされるべきだ」
召喚士は笑ってそう言った。
それが合図だったかのようにガラスの割れる音が響く。
何者かが廊下に侵入した。マルコシアスの分身。
「ならお前と仲間もただでは済まない。それだけ忘れるな」
気配が増える。
翼の生えた狼。――後ろにもいる。前に二頭。後ろにも二頭。
挟まれた。退路は窓しかない。
背後の気配は消えていた。振り返っても誰もいない。ただ、淡い光だけが廊下に舞っていた。
牙をむく獣、それらは同時に襲い掛かってきた。
五木は朱雀の力を纏った。
胴に現れた鎧から、翼が広がる。
西洋然とした鎧の翼を広げ回転する。
最大なら六メートルを超える翼を、半分ほどに抑えて展開する。校舎を傷つけないための配慮だ。
刃が備わった翼は二頭を屠り、光の粒へ変えた。
残りの二頭は翼で速度を緩めたらしく。刃の餌食とはならなかった。
校舎の損害は――あった。廊下の壁は貫通はしなかったまでも傷つき、窓ガラスも割れてしまった。
「うわ」
校舎を壊したことに一瞬狼狽えた。
残るは前後一頭ずつ、挟まれている状況は変わらない。胴の鎧を解除し、麒麟の脚装備を纏う。自力で空を駆ける麒麟の脚力。
床を損壊しないよう空中を走り、前方の狼へ向かう。向かってくる牙を左手に顕した玄武の盾で防ぐ。
前腕部分に玄武の甲羅を模したラウンドシールドが付属した左腕全体を覆う鎧。
ドラゴンブレスを防ぐことを期待されている盾だ。悪魔の分身体の牙ごときでは傷一つ付かない。
盾を構えた左手を振り、獣を振り払う。少し後退したその頭を盾の縁で殴りつけた。
光の粒が飛んだ。残り一頭となってしまえば恐れることはなかった。
すべての装備を解除する。手には柳葉刀。初めてこの獣と対峙したときの再現だ。あの時は剣が後ろから斬り捨ててしまった。
走り来る獣、その飛んだ瞬間に刀を振り抜いた。
獣はすべて光となって消えた。
「これ、どうしよ」
割れた窓ガラスに廊下の損傷。そして消えた召喚士とマルコシアスの分身。動く者はこの場に五木一人。
誰がどう見ても彼が一連の破壊を巻き起こしたと考えるだろう。
改めて、戦闘中に誰も来なかったことに胸を撫で下ろした。
部費で賄えるか。それとも弁償――。どう言い訳をするべきか、五木は頭を抱えた。
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次回、異変を感じる黒騎士と青騎士。
「第22話 8月13日- 黒と青」




