第14話 8月6日-4 滅びの予知夢
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部室には七人もいるというのに、誰一人として椅子に座ろうとしなかった。互いに警戒しているのもあるだろうが、この部室には椅子が足りない。不可解部側としても遠慮せざるを得ない。部費が許すのなら、そのうち椅子を増やしておこう。五木は思った。
「では黒騎士、説明を」
促したのは白騎士。
黒騎士はホワイトボードに近づくと、風名から差し出されたマーカーを受け取った。
「えっと、我々の目的はこの国の召喚士の討伐及び、ジョルジュ・ランペールの予知夢を覆す事です。予知夢の内容は、山からの攻撃により壊滅状態に陥る街でした。その映像からここ、逸美原市であることを特定し、我々が派遣されたのです」
「その予知夢の信憑性は?」
剣が質問を挟む。ちなみに黒騎士はマーカーを受け取ったものの、すぐには何も書かなかった。
「九割。残りの一割は、誰かの介入で未来が変わった場合だけ」
「ということは何もしなければ必ずこうなるってことだね」
「その通り、理解が早くて助かる。切れるのはその刀だけじゃないみたいね」
「それはどうも」
剣はそこで発言をやめた。
「そしてその予知夢には悪魔の姿があった」
「その特定は?」
説明を続ける黒騎士に、悪魔マルコシアスを看破していたらしい風名が訊いた。
「もちろんできてる。その名は恐らくアスモデウス。七つの大罪、色欲に当てはめられる大物」
アスモデウス。七二の軍団を率る龍に跨った姿の悪魔。
正直、感想に困る絵(トカゲとそれに跨る何者か)を黒騎士はホワイトボードに描いた。絵には不釣り合いな綺麗な字でAsmodeusと書いてあることから、アスモデウスを示しているのだろう。
五木も剣も、悪魔に関して明るくはなかった。アスモデウスという名前を耳にしても何も思うところはない。風名だけが反応しているあたり、やはり魔法使いとしての知識なのだろうか。
青騎士こと本殿橋獅子だ。彼は四ツ橋を破門になった人間だと明かしている。ということは必ずしも魔法使いではないということだろう。
現に青騎士も「アスモデウスとは何なのな?」と言いたげな表情をしていた。
「ただ召喚士のレベルがわからないの。アスモデウスを使うということは低くはない。けれど、一体の姿しか予知夢には表れていないから」
「他の悪魔もいると厄介、ということです。マルコシアスにアスモデウス。おそらくソロモン……『ゴエティア』の召喚士でしょうからそれなりの力はあるでしょう」
白騎士は説明を加えた。やっと聞き覚えのある固有名詞が出てきたと思ったら、またよくわからない単語が出てきた。
ソロモン王については中学時代、歴史の授業でも軽く触れたはずだ。世界史は二年生からの履修なのでそこまで詳しくは知らない。知っている、聞いたことがある、その程度だ。
敵の戦力がわからない以上、騎士団も準備に手間取っているようだ。
黒騎士はつぶれた犬のような絵を描いた。Marchosias。マルコシアスのことなのだろう。
「ちなみにアスモデウスのみの場合、勝算は?」
「四騎士全員で余裕、青騎士以外の三人だと一人死ぬ。……もちろん赤騎士ね」
風名の問いに、黒騎士が答えた。「ひでえや!」と言った赤騎士の抗議は無視された。
「空席だった青騎士を現地の本殿橋君に担ってもらうことにしました。丁度獣もつれていますし。おかげで対アスモデウスに関しては心配ありません」
騎士団は人材を現地調達したらしい。だから風名の把握していない日本人がいたのだろう。
「……僕たちも騎士団のメンバーになれということですか?」
「いえいえ、そこまでは望んでいません。そうなればとても良いと思いますけどね」
一安心だ。騎士団に入れと脅されないか五木は危惧していた。
「今は空席もありません。……もっとも、必要なら新設できますが」
「遠慮しておくよ」
何の恐れもなくバッサリと切り捨てたのは剣だった。
「現状において我々四人と一人の協力者の計五人で十分悪魔討伐は可能です」
それならば不可解部の協力は必要ないのではないだろうか。五木がそう訊こうとしたときに白騎士が続けて言った。
「――ですが、その戦力だけでは一般の方々に死者が出ます」
五木の眼差しが変わった。風名も視線を動かす。剣はほんの少し足の位置を変えた。それぞれが反応を示した。
異常な存在が陰で動く分には構わない。だが、何も知らない人間を巻き込むのはご法度だろう。そのことは多少違えども不可解部三名の共通認識だ。
「アスモデウスが騎乗する龍のブレスを防ぐ術を、我々は持ち合わせていません。避けるだけです。できても黒騎士の天秤と魔法を駆使し、二度、いや一度きりでしょう」
白騎士は補足する。自分たちが何をできないのかを。そして――。
「五行五木、君の玄武の盾があれば防げるのな」
話者が変わる。青騎士だ。そのまま続けて言った。
「玄武の盾はラウンドシールド、角度を付ければドラゴンブレスを受け、逸らすことができるのな」
「その通り、ドラゴンブレスは炎というよりは現代風に言うとビーム、つまりエネルギー光線ね」
黒騎士が解説を加える。不可解部に何を求めているのかを明確に示して見せた。
玄武の盾。それがどの程度の防御力を持っているのかは五木自身にもわからない。テストをしたことはない。確かに思い返してみれば、どの戦いにおいても打ち負けることなく、身を守ってくれていたのだから、相当な強度だろう。
白虎の爪にも、朱雀の鉤爪にも、麒麟の蹴り脚にも、青龍の牙にも耐えてみせた。
「守れるんですか?」
「ええ、守れます」
五木の眼は決意をたたえていた。やはりこの力は、誰かを守るために使うべきだ。改めてそう確信した。それでも、危険な目に遭うのは自分だけで十分ではないだろうか。盾が欲しいのなら、二人を巻き込む必要はないだろう。五木は決意を固め、隣の二人を見た。
「……二人はどうだ」
五木の心は協力する方へ既に決まっていた。反対されても一人で加わるつもりだ。
「僕は参加するよ。この部の活動方針に殉じる」
「私も。五木だけじゃ心配だし、ブレーキ役がいないとね」
二人とも、剣と風名も参戦の意思を示した。ブレーキ役を名乗る風名が一番暴走しがちだが、それは黙っておこう。
戦う意思は生まれた。あとは一つ、考えていたことを確認しなければならない。
「白騎士……さん、召喚士と話し合いで解決する道はありませんか?」
平和的解決の方法をこの会談では最初から破棄されていたように感じていた。
「あー、そうですね。召喚士について説明しておきましょうか。召喚士は、今回の者のように悪魔や魔神を使役します」
「それはだいたい……」
「召喚士は悪魔・魔神を従僕にしてしまった人間です。望むとも望まざれどもある対価が生じます。悪魔に生命力を吸われ、やがて死に至ります」
対価は命。白騎士は続ける。
「――それに悪魔や魔神は人を食べてこそ、最大の力を発揮することができます。ほかの動物ではただ生き永らえるだけです」
五木は続きを待つ。
「例えるなら、ずっとインフルエンザにかかった状態で生きているようなものた、と聞いています。十全な力を保つには、人間を少しでも摂取しなければならない」
「だからマルコシアスは、血を」
一昨日、男性が襲われていた光景を五木は思い出した。
「その通り。血でも肉片でもほんの少しでいいのです。それらをエネルギーへ変換しています」
マルコシアスの分身に人間の血液を体表に付着または飲み込み変換することで他の悪魔へ分配していたということらしかった。
「今回の召喚士は、少なくとも、まだ誰も殺していない穏健派のようです」
白騎士はそう言うとさらに続ける。
「それが、どうしてあの予知夢になるのか全く私にはわかりませんが」
穏健派でも結果は大量殺戮だ。五木は予知夢の信憑性を疑いたくなった。風名や黒騎士の話を聞く限り、起きる可能性の高いものらしい。
「防ぐ、しかないということですね」
「その通り、召喚士捕縛がベストですが、殺害も選択肢に入れなければなりません。少なくとも悪魔は殺す事になるでしょうが」
ゴールデンウィークの事件が五木の頭をよぎる。幕引きには陰陽五行の死亡を伴った。それは苦い記憶だった。できることなら悪魔でさえも殺したくはない。
「そもそも悪魔って」
「元々は人間に外法を授ける存在です。もともと人間だったとも、人の思いから生まれたともいわれています。先ほど言ったように、素晴らしい知識を与えてくれますが。人間を食べなければ存在を維持できません」
話に聞く大量虐殺の未来を変える。それには犠牲が伴う。
「こう考えてください。悪魔はそこにいますが、亡霊です。生き物ではありません」
一拍の間を置く。
「だから元の場所へ還すのです」
五木の心情を察したように白騎士は言った。
「悪魔を殺せば、召喚士の無力化につながる。召喚士がどれほどの力かはわからないけど、私たちは無力化させて捕えるつもりだから」
黒騎士はそう言った。神を冒涜するものを許さない。そうまで言う集団だが、進んで人殺しになろうとしない。
「わかりました。召喚士の無力化。それを目指します」
五木の決意は固まった。仲間もそれに同意した。あとは、その日が来るのを待つだけだった。
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次回、会談を終えた白騎士と赤騎士。
「第15話 8月6日- 白と赤」




