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第7話 公爵家の食卓と戸籍係

 支給停止の翌日、公爵家の食堂には文句より先に湯気が上がった。


 マルタと私は、配給対象を実在世帯に絞った新しい食札を作り、余っていた豆と干し肉で煮込みを用意した。数字を直すだけでは、人はついてこない。口に入るものが変われば、台帳の意味も伝わる。


「戸籍係様、腕まくりが似合うじゃない」


 マルタが笑う。初日に比べれば、声の硬さがやわらいでいた。


「台帳だけ眺めている人間だと思われていたなら心外です」


「まだ思ってる人もいるわよ」


 その一人だったはずの衛兵たちも、食堂に並ぶ頃には上機嫌だった。二度盛りを求める三十四歳の隊長ディーターをマルタが追い払う。全員成人、全員よく働く。辺境は人手が命だ。


 夜、クラウスがいつもの執務室ではなく食堂の端に座った。銀の食器ではなく木皿を前にしても、妙に様になる男だ。


「公爵がここで食べるのですか」


「婚約者が厨房に籠もるのなら、私も一度は確認すべきだろう」


 彼は煮込みを一口食べ、静かに言った。


「うまい」


 たったそれだけで、周囲の空気が少し明るくなる。普段どれだけ無口なのかがよくわかった。


「台帳も、食堂も、数字は嘘をつきません」


「だが人間は嘘をつく」


「だから私は書類を疑うんです」


 そう返すと、クラウスはほんの少しだけ笑った。


「なら私も疑ってくれ。信じる価値があるかどうか」


 奇妙な言葉だった。冷徹公爵と噂される男が、自分を試せと言う。


 食後、彼は私の手元の食札を見た。


「リーゼロッテ。明日からは私の前でも敬称は要らない」


「では、クラウス公爵」


「公爵も要らない」


 私は少し考えてから頷いた。


「わかりました、クラウス」


 王都で失ったものは多い。けれど辺境の食卓には、取り戻せるものもありそうだった。


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