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第40話 北辺に増えた家族の名

春祭りの日、ノルトハイムの中央広場には新しい学舎の看板が立っていた。


 補助金が戻り、街道費も確定し、銀鉱町と北門町を結ぶ道の舗装工事が始まる。人の数を正しく数えた結果、ようやく街の未来が形になった。


 私は民政館の臨時窓口を広場へ出し、祭りの合間に新規登録を受け付けていた。婚姻届、出生届、住替届、就学届。今日はどれも顔つきが明るい。


「奥様、学舎の名簿です」


 教師が差し出した新学期一覧には、四百二十八名の子どもたちの名が並んでいる。エーミールも、一番上の列にいた。


 ハンナは焼き菓子を抱えて現れ、深々と頭を下げた。


「この先、あの子が大人になっても、今日のことは忘れません」


「忘れるなら、幸せなことで上書きしたあとにしてください」


 私がそう返すと、エーミールが少し大人びた顔で言う。


「僕、将来は記録係になります。消されたら困る名前、いっぱい見たから」


 いい志望動機だ。私は胸の奥でそっと笑う。


 祭りの喧騒の向こうでは、クラウスが子どもたちに囲まれていた。冷徹公爵と呼ばれた男が、今は学舎の椅子の数を真面目に数えている。人は変わる。正しく数えられた時ほど、よく変わる。


 夕暮れ、祭りが終わる前に私は最後の届書を台帳へ移した。新しく北辺へ移り住む鍛冶屋夫婦と、その養女一人。続柄欄へ迷いなく『長女』と書く。


 頁を閉じる前、私は今日一日で増えた名を見渡した。


 誰かが奪おうとした名前。戻ってきた名前。これから初めて書かれる名前。


 クラウスが後ろから声をかける。


「終わったか」


「いいえ」


 私は振り返って微笑んだ。


「戸籍は、まだまだ続きます」


 そうして最後の署名欄へ、自分の名を書く。


 リーゼロッテ・リヒター。


 消されない名で、増えていく家族の名を見守る。それが今の私の仕事で、幸せだった。


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