第10話 確定申告は異世界でも必要
魔王城の城門は、開いていた。
罠かもしれない。だが、鮫島は構わず歩いた。カイルが半歩後ろにつく。
城内は広大だった。黒曜石の壁、紫色の松明、天井から垂れ下がる鎖。異世界のファンタジーを凝縮したような空間だが、鮫島の目に映ったのは別のものだった。
「この内装、金かかってるな。黒曜石の壁材に紫炎の照明設備。施工費だけで相当だぞ」
「警部、今それを気にするんですか」
「職業病だ」
玉座の間に着いた。
巨大な空間の奥に、黒い玉座がある。その上に、真王冴理が座っていた。
スーツは脱いでいた。
代わりに漆黒のローブと、肩にかかる銀の装飾。
額には暗い光を放つ冠。
日本で被っていた経営者の仮面を脱ぎ、魔王としての本来の姿に戻っていた。
その足元に、鎖で繋がれた少女がいた。
レオンの妹だ。怯えた目でカイルを見上げている。
「よく来たな、人間の警察官」
真王の声が玉座の間に反響した。
日本語ではなかった。異世界の古い王の言葉。
だが鮫島にも意味は伝わった。声に込められた威圧が、言語の壁を超えて肌を刺す。
「私はこの世界の王だ。ここでは日本の法律など紙屑に等しい。お前たちに、私を捕らえる力はない」
真王が右手を掲げると、玉座の間の空気が震えた。
黒い炎が柱のように立ち上り、壁の松明が一斉に爆ぜる。
魔力の圧力で、鮫島の足元の石畳に亀裂が走った。
カイルが前に出ようとした。
鮫島がその肩を押さえた。
「待て。まだ俺の仕事が終わってない」
鮫島はトレンチコートの内ポケットから、二通の書類を取り出した。
一通目。
「逮捕状。被疑者、真王冴理。罪名、組織犯罪処罰法違反、法人税法違反、電磁的公正証書原本不実記録。東京地方裁判所裁判官発付。お前が何者だろうと、日本で犯した罪は日本の法律で裁く」
真王は鼻で笑った。
「ここは日本ではない」
「犯罪地は日本だ。お前がどこに逃げようと管轄は変わらない。刑事訴訟法第一条だ」
二通目。
「東京地方裁判所による破産手続開始決定通知書。株式会社マオウ・ホールディングスは債務超過により破産手続が開始された。代表者であるお前の個人保証分を含め、日本国内の全資産は破産財団に組み入れ済みだ」
鮫島は書類をひらりと振った。
「この城の建設資金も、日本で稼いだ金だろ? マネーロンダリングで得た収益を異世界に持ち出して城を建てた。つまりこの城も破産財団の対象になり得る。管財人が来たら大変だぞ、差し押さえの赤紙貼られるかもな」
真王の表情が、初めて歪んだ。
怒りだった。純粋な、圧倒的な怒りだった。
「たかが紙切れで、魔王を辱めるか」
真王が立ち上がった。
両手から黒い炎が溢れ、玉座の間全体が暗黒の魔力で満たされる。
空気が燃え、石壁が軋み、天井から破片が落ちてくる。
「この世界では、力こそが法だ。お前たちの尊ぶ法律は、ここでは何の意味もない」
黒い炎が鮫島に向かって放たれた。
カイルが飛び出した。
警棒を両手で構え、炎の前に立ちはだかる。聖剣ではない。魔力を帯びてもいない。ただの金属の棒だ。
だが、それを握る手に迷いはなかった。
炎がカイルを包んだ。熱い。スーツの袖が焦げる。だが、聖騎士として鍛えた身体が、致命的なダメージだけは防いでいた。
カイルは炎の中を一歩、また一歩と前に進んだ。
「あなたを倒すのに、聖剣は要りません。……いや、ちがう」
真王の目が見開かれた。
「日本の法律が、あなたを追い詰め、あなたをたおす、僕が探していた聖剣です」
カイルが炎を突き抜けた。
警棒の一撃が、真王の手首を打った。冠が飛び、ローブが裂け、魔王が膝をついた。
カイルは真王の背後に回り、両腕を拘束した。何百回と繰り返した逮捕術の手順。聖騎士の技ではなく、警察学校で学んだ技術で。
チャキッ。
鮫島が手錠をかけた。
「真王冴理。お前を組織犯罪処罰法違反、法人税法違反その他の容疑で逮捕する。黙秘権がある。言いたくないことは言わなくていい。弁護士を呼ぶ権利もある。まあ、異世界に弁護士事務所があるかは知らんけど」
真王は沈黙していた。黒い炎は消え、玉座の間に静寂が戻っていた。
カイルが鎖に繋がれた少女のもとへ走った。鎖の錠前を警棒の一撃で砕く。
「大丈夫ですか。お兄さんのレオンさんが、日本で待っています」
少女の目から涙が溢れた。
◇ ◇ ◇
次元門を通り、三人と一人が東京に帰還したのは、派遣から十九時間後だった。
署に着いたのは深夜二時。
取調室。
鮫島が向かいに座り、カイルが横に立つ。いつもの配置だ。
真王冴理は手錠をかけられたまま、テーブルを見つめていた。漆黒のローブは没収され、代わりに署の灰色のジャージを着ている。魔王の威厳は、もうなかった。
鮫島がテーブルの上に、それを置いた。
カツ丼。
蓋を開けると、出汁と卵の甘い香りが取調室に広がった。
「食え、うまいぞ」
真王が顔を上げた。
「……毒か」
「カツ丼だよ。この国では、どんな容疑者にもカツ丼を出すんだ」
真王は数秒間それを見つめた後、箸を取り、一口食べた。
咀嚼する。飲み込む。
そしてもう一口。
何の感想も言わなかった。だが、箸は止まらなかった。
鮫島は火のついていないタバコを咥え、にやりと笑った。
「さて、真王さん。腹ごしらえが済んだところで、確定申告の話をしようか。異世界に持ち出した資産の件もあるし、過去三期分の修正申告が必要だと思うんだよね。国税の宮内って男がすごく張り切ってるからさ」
真王は無言でカツ丼をかき込んでいた。
鮫島はそれを眺めながら、携帯灰皿をポケットにしまった。タバコに火をつけるつもりは、今日もなかった。
三日後。
署のデスクで、カイルが報告書を書いていた。
「被疑者真王冴理の身柄を東京地検に送致。起訴の見込み。被害者の少女は兄のレオンと再会し、現在は入国管理局の保護施設にて在留資格の手続き中。闇市場の元構成員については、カイル巡査の仲介により、在留特別許可の申請を支援中――」
デスクの電話が鳴った。
カイルが取る。
「はい、警視庁異世界生活安全課です」
電話の向こうで、興奮した声が叫んでいた。
「渋谷のスクランブル交差点の上空にドラゴンが飛んでます! でっかい赤いやつです!」
カイルは受話器を手で押さえ、鮫島を見た。
鮫島はカツ丼の出前を食べている最中だった。
「警部。渋谷にドラゴンだそうです」
「航空法違反だな。飛行禁止区域の無許可飛行。あと、あのサイズだと落下物で道路交通法違反の可能性もある」
鮫島は残りのカツ丼を一気にかき込み、味噌汁を啜り、トレンチコートに袖を通した。
「行くぞカイル」
「はい、警部」
カイルは受話器を置き、胸ポケットの警察手帳を確認した。金色の桜の代紋。聖剣ガラティーンより、ずっと頼りになる相棒。
異世界生活安全課、本日も通常業務。
六法全書とカツ丼を武器に、今日も東京の平和を守る。
全10話、最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
聖剣より六法全書が強い国で、カツ丼に魂を売った元聖騎士と無精髭の警部が、魔王を税務調査で詰ませる物語、いかがでしたか。
鮫島とカイル、この凸凹バディをもっと書きたいと思っています。
渋谷のドラゴン(航空法違反)を皮切りに、オムニバス形式の長期連載として「いせあん」を続けていく構想があります。
もし、この物語を読んで
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「鮫島とカイルの次の事件も読みたい!」
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また、同じ「異世界テンプレを現代日本の法律で粉砕する」シリーズとして、以下の作品もございます。お気に召しましたらぜひ。
★全10話・完結済★
『【全10話・完結済・リーガルざまぁ】婚約破棄された令嬢ですが、弁護士資格を取りました。「首を洗って待っていてください」〜六法全書という名の鈍器で、浮気男と自称ヒロインを社会的に抹殺するお話〜』
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『【リーガルざまぁ】現行法でタコ殴り!異世界テンプレに泣く、どん底令嬢を救います〜魔王お嬢様弁護士の事件簿〜』
https://ncode.syosetu.com/n4144lz/
それでは、またどこかの法廷……もとい、交番でお会いしましょう。
いせあん、本日をもって通常業務終了。
次回出動まで、しばしお待ちを。




