4.14
「落ち着いて聞いてくれ、マリーナとの婚約が破棄されることになった。彼女は帝国へと嫁に出すことにしたそうだ」
意味が分からず、今まで得たすべてのことが一瞬でデリートされた感覚になった。
「帝国との国交を正常化させる為に国王は婚姻によってそれを成そうというつもりらしい」
父上はため息交じりで憤りを押し殺して言葉を続ける。
「まったく、今までの歴史をどう考えているのか分からんが、それを全てマリーナを送ることによってどうにかなると本気で思っているようだ。歴史的にとても大きなことではあると言えるが、長年の積み重ねを一人の人間を生贄に差し出してどうにかしようなど、あまりにも軽率な考えだろうに」
父は今回のことを良くは思っていないことに少し安心して、正気を取り戻し、質問した。
「これはもう、変更することは出来ない状況でしょうか?」
「いや、国王がそういう腹積もりでいるから、何も言いたいことが無ければ従えと言って来た段階だ。確かにこちらも中々話を進めることができなかった落ち度があることで、言い返しにくいことではあるのだが、報告ではお前は今回の騎士試験に無事合格したのだろ?だからこの話を出来ないと伝えるつもりではあるが、それによってもし帝国が今後仕掛けてくるようなことがあれば、戦費などでこちらの負担が増える可能性が出て来た。他の領主たちもこの話を知るだろうから、あの時マリーナを差し出す決断をしていれば・・・と非難する輩が出ないとも限らない。・・・はぁ・・・よりによって、こんなタイミングで言ってくるのだから、新たな国王は間が悪いというか、なんというか」
「では、父上は状況が変わったことを理由に異議を唱えようとしていらっしゃるのですね。であれば、私や、マリーナは何もせずとも問題ないのでしょうか?」
「これから私は状況が変わっている旨の手紙をしたため、先に送り、報告するために王都に向かう。歴史を伝え、人の心の在り方を伝え、国交を結びたいと思うのであれば、他の有効な手段を伝える。主君を諫めるには色々と回りくどいことが必要になるものだ」
「・・・・なるほど。・・・であれば、もしよろしければ、私も一緒に連れて行ってもらえませんでしょうか。どの道お一人では色々と根回しをしていくのは大変でしょうから、ある程度顔が利き、推し進める人が多いことに越したことは無いと思いますから」
「ふむ、・・・そうだな・・・。お前をここに残すことである程度領の仕事を身に付けて欲しいとも思ったが、確かに、まだそれほど知っている訳でもない見習いがいても足を引っ張るだけかもしれんな。人が減る時期に学べというのも色々な所にしわ寄せがいってしまうだろうから。連れて行った方が私も助かるし、他の残る者も助かるか。うむ、いい案だ。・・・それに、マリーナとも一緒に居られるしな」
最後ニヤリと笑って言われ、顔が熱くなってくる感じを無視して毅然とした態度で、話を戻す。
「そばにいることだけが、彼女の心に寄り添う事ではないと思いますが、今自分にできることをすることが、全てに沿っていると思うのです」
「ここ数日で、また成長したものだな。出発は明日の朝行くことにする、準備を怠るな」
そういわれ、辞去の挨拶を交わし、部屋を出た。
先程入れ替わりに出て行ったマリーナの様子が、気になったので、話をしたい旨を伝えてみた。
幸いすぐに時間が取れたので、着替えを済ませて早速向かった。
「レオナルド様、騎士試験合格おめでとうございます」
廊下でチラリと見た時の青ざめた表情とは違い、心の底から喜んでいるように見えて、嬉しくなる。
やっぱりマリーナ、可愛いな。
「ありがとう。マリーナのお陰もあって、無事に帰ってくることができたようです」
謙遜でも、建て前でもなく、本当にそう思っている。
自分の体に備わったDNAや父上をはじめ、お爺様にも助言をいただいた。勿論マリーナの存在も自分を支えていただろう。
そういったすべてがあったから、合格ができたのだ。
自分の力で何かを掴むなんてことは、いつであっても本当には人生ではないのかもしれないと思ったくらいなのだから。
「ふふ、やっぱり変わられましたね。レオナルド様、以前から見たら、ずっと大人びているように感じます」
「でへ、そうかな。さっき、父上にも言われたんだよね」
「あらあら。また戻ってしまいましたわ、ふふ」
「はは、マリーナ様も少し元気を取り戻したようで、嬉しいです。先程、父上の執務室から出てくるときに、様子がおかしいように思ったので」
「え、ああ、そうですね。私は臆病で、良くない事ばかり考えてしまう癖があるからかもしれません。お兄様の嫌なところを思い出し、また自分をとんでもない目に合わせようと画策しているんじゃないかとか、大臣や宰相が兄に入れ知恵をしたり欲望を刺激して、唆しているのではないかとか、色々他人を疑ってしまっていたのだと思います。実際、今回、わたくしを帝国に引き渡そうなどと言い出したのは新たに国王になったお兄様だろうと思いますから、妄想でもないかもしれませんが」
「私はまだお兄様である国王と面識がありませんから教えて欲しいのですが、マリーナから見て国王はどういったお人柄でしたか?」
「兄は小さい頃から威張り散らしていたように思います。わたくしは良くいじられて、からかわれていました。歳も離れているから、一緒に遊んだ思い出はほとんどありませんが、偶に一緒にお茶などをするとニヤニヤと笑いながら、お菓子を取り上げたりしたのです。・・・でも今思えば、兄にとってあの家族だけの時間は大切な唯一の緩められる時間で、それ以外は帝王学というか様々な事を学ばなければならない境遇で、息が詰まってしまっていたのかもしれませんね。・・・色々不満もあっただろうし。そう考えると悪い人ではないのかもしれませんが、この度の提言は私には荷が重い話であるに変わりありません。意地悪で無く、この国の為だとするにしても、すぐに頷けるものではありませんから。私に何を期待しているのでしょうね」
「今まで連絡などは取っていないのでしょ、であれば、期待しているというよりは、自分にできそうなことを考えて発したものだったのかもしれません。まだ、自分の御立場の大きさが理解できていないことも考えられます。明日私も一緒に王都に向かう予定になりましたから、道中に色々と父上とも対策を立てつつ面談に向かいましょう。私が立てた誓いは覚えておられますか?」
「え。ええ、勿論です」
「私はいついかなる時も、絶対にあなたの味方であることは忘れないでください」
王都までは通常約半月かかるが、今回は国王への提言や撤回を求める必要も含め、急を要するということで馬を急がせ10日足らずで到着した。
それでも長い移動だったと思うが、その間も手紙のやり取りを主体に、手を尽くして仲間になってくれるような根回しをした。
とはいえ、やれることはやったという思いもあり、父上も含め悲壮感は全くなく、終始笑顔の絶えない旅程であった。
人数はそれほど多くなく、父の側近含め10名程度。だが、騎士の試験に合格しているような文官である。
身のこなしも含めテキパキと仕事をこなすやり手ぞろいであった。
王都到着から数時間で国王と、そして大臣との面談予約まで済ませてくれた。
マリーナも実家への里帰りの様なものであるのだが、引き離されて帰えしてもらえないようなことは本意ではないので、挨拶を交わす程度で長居をしないことにしていた。
翌日早速国王への面談に向かう。
面談には父上と自分とマリーナの三名で臨んだ。
ペイジの時に何度か入ったことがある、物語でもよく見た、高い天井に赤い絨毯がレッドカーペットの様な通り道を作った玉座のある謁見の間といわれるところだった。
「遠い所よくぞ参った。面を上げよ」
「手紙でもご報告を上げた通り、先日頂いた御言葉の中にある状況が変わってしまったことに対し、お詫びとご報告することがあり、参りました。この度、無事騎士試験に愚息であるレオナルドが合格出来ましたことで、先王の命令通りに婚姻を結ぶ段になりました。その為国王より頂いた話の中にあった言葉を実行できない状況になりましたこと、お詫び申し上げます」
先王からの命令通り事を運ぶことになるので、あなたの言う通りにはできませんと柔らかく伝えた。
ここには先王から国王を拝命しているあなたも言葉通り行ったのだから、王となったからと言って、あなたの言葉よりも先王の言葉を優先してもさしあたりないと思っていますという意味も含まれている。
だから言葉を引っ込めて欲しいという思いも入っているのだが、全てを引っ込めさせると新国王の面目を丸潰しにしてしまうことになりかねない。
そこで次のことを加える。
「御心の大変美しい想い、我らも共感するところはございます。ですので、帝国との窓口となる地を作り、まずはそこで交易を重ねていくようにして頂いたらいかがでしょうか。赤子に黄金を渡したところで、使いどころもないと存じます。ましてや姫を送るのは時期を見てから考えていただいても遅くはありません。急いては事を仕損じるとも言いますし、両国の歴史を考えても今はまだ実りの時期ではない様に思います。故にまずは親交を深める階段を一歩ずつ進めるべきと存じます」
「ふむ、確かにな。先王の話を無碍にする訳にはいかないのも分かる」
国王が認めると同時にこちらに視線を送り目が合ったように思った。
「・・・タダな、しかしだ、黄金はお前の愚息に相応しいと思うか?今までの体たらくを考えると、それもまたもったいないのではないかと思うのだ。どうだ、連れてきているのであれば、ここでその技量を見せてくれんか」
意表を突いた言葉ではあったが、父上は間髪入れずに「畏まりました」と同意してしまった。
全く心配すらしていないと言わんばかりの父上の態度に応えるしかない。
父上の了承の言葉に国王は右を振り向き「ではここにいるセイン騎士団長と手合わせしてもらおう」と指名した。
進み出た奴の顔にどこかで見覚えがあると思っていたが、昔、手合わせして怪我させられた相手だ。
騎士団長か、出世したな。
騎士団長は高位貴族でない者がなれる一番位の高い役職だ。実務上では近衛隊隊長の方が上にはなる。
それにしても昔と比べたら体の大きさは迫っているといえるが、それでも相手の方が異様にデカい。頭一つ分の身長差以上に肩幅や胸板の厚さがあって、あの頃と変わらない威圧感を感じた。
「時間も惜しい。今ここでどうだろうか」
「畏まりました。レオナルド頼んだぞ」
え?ここで?今すぐに?
謁見の間では我々は武装はすべて外さなければならない。しかし相手はばっちり武装している。
これは負けイベ再来ですか?
いや、そんな訳がない。これは勝たなければいけないヤツだ。
「参ったと言った方の負けでいいか、では、はじめてくれ」
セインが前に躍り出て、それ以外の者がサッと脇に離れ、すぐに合図が出され開始が告げられた。
え?みんな、俺抜きで口裏合わせていないよね?物わかり良すぎないですか?
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
大変うれしく思います。
読者の皆様が幸多からんことをお祈り申し上げます。
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