1.6
何とかその日を無事乗り切った夜に、兄たちと一緒にお母様の部屋に呼ばれた。
「あなた達も今日は大変驚いたでしょ。メイドたちの話ではうまくその場を収めたと聞いていますよ。よくやりました。中でもアントニオは雰囲気を戻すために奮闘したと聞いていますよ。本当にありがとうね」
「あ、いや、私はそんな、皆がそっちの話で盛り上がる前に遊びたいと駄々を捏ねたようなものですから」
「フフ、いつもあなたはそういって。まあ、いいでしょう。レオナルドも、ステファンも子供とはいえ我が家のお客様を楽しませることを忘れないでいてくれて嬉しいわ。ありがとう」
そういって褒めてくれたが、私はお地蔵様に扮していただけだ。
ごめんよ、ママン。
「あれは叔父様が連れてきた商人がちょっと問題があっただけだそうだから、そこまで気にする必要はないでしょう。あなた達は普段通り、過ごしなさい。他の人に聞かれても、商人が問題を起こしたのだと聞いただけになさい。深入りさせないようになさい」
「口をつぐむようにいたしますが、全容を教えていただけないのでしょうか」
「知れば、話してしまうかもしれませんからね。知らないことは話せないのだから、躱し易いでしょ。心配しなくても今回の会が終われば、いづれ話はあるはずよ」
「分かりました」
レオナルドが渋々納得したような顔をした。
次の日は同じように大人の多くは社交に精を出すが、ご婦人や子供は少し趣が変わり、領内の知識人といえる人を招いて講演を聞く、要はサロンと言われるものである。
いつも教えてくれている家庭教師のコンテと穏やかそうな70オーバーなご老人がパネルディスカッションのような形式で話をして、それを聞くという感じである。
主催はお婆様のアメリア辺境伯夫人である。
「皆さまようこそ。本日はダニオ・コンテ、ファビオ・カルダーラ両名によるディスカッションです。二人は主に自然科学、歴史、哲学を専門にしています。それ以外も大変博識でいらっしゃいます。あとで質問も場も設けますので楽しみにしてくださいな。それではまず初めにお二人の中心思想を話していただけますでしょうか」
「はい、ではまず私が」と若いコンテが立ち上がり、歌い上げるように皆に語り出した「我々はなぜ生きているのか、なぜ生きねばならんのかを中心に思索を重ねています。それは自然との関り、精霊との関係から我々が生きる意味というものが見えてくるのです。植物は種を飛ばし、そして根の張る場所を偶然辿り着き、そこで育ち、花をつけ、実を付けまた種を残し、飛ばします。それに対して人は人を選び、その者と愛を育むことで、子孫を残しています。この愛するものというのが植物でいうところの場所になる。それが故郷といってもいい。この地に生まれた意味がそこにあり、そして生きる意味にも含まれる。だから我々はこの地に身を捧げ、助け合い生きることが人の生きる意味につながるのです。精霊は友であると言われています。それは助け合う人と変わらない位置づけを望んでいるのです。神と崇められることよりも、精霊は土地を愛し繋がりを持っているといえるでしょう。つまり、土地に神がおり、人を精霊を植物を助けてくれている。そう私は考えます。だから我々はこの地の為に生きるのです」
今度は老人が立ち上がりカルダーラが低い声で途切れ途切れに話す。
「私は、人が生まれたのは、・・・・・間違いだったと。思っています。誤解しないでください。すべての人をそう思っている訳ではありません。でも人の性を見ると。とても醜い。・・・人の中には、文句を言い、人の悪口、陰口を、また嘘を吐き、とんでもないことまで実行する奴もいる。とても。同じ人かと疑いたくなる。食事をし、寝て、性欲を満たす。これは動物と変わらない。人と動物の違いは何かと考えると。それはこの思考と呼ばれるものを持っていることだと思うのです。そしてそれは己を比べ、普遍的な己と個別的な己を比べることにより、恥じることが、恥じて改めることが、人が動物とは違うところである。と思っています。ここまで生きて、色々観て、感じてきたが、人と呼べる、そんな人ばかりではないのが人間で、私は己をいつも反省している。だから今でも高く手を伸ばし続けなければならないと思いここまで生きてきました。絶対止まってはならない、止めてはならないと思っています。おそらくご先祖様も皆そう思って生きてきたのだと思います。それを止めた時の醜い人間が、欲望を満たすだけの愚か者が増えてきているのがとても気持ち悪く思います。恥じない人間は、行動を正当化させることだけ考える人間は、もう人ではなくなるのだと思っております。だから人間が生きる意味を持つかどうかは、分からないのです。その人個別の問題のように思っております」
「カルダーラ様、そんな近視眼的な見方ではなく、もっと構造的に考えてみたらいかがでしょう。もっと視野を広げるのです。そこで見る世界はきっともっと美しいものですよ」
「・・・・そうかもしれん。だがな、私は美しく見えることは美しいからそう見える訳ではないと思うのだ。逆に美しくないモノは本当は美しいもので出来ているのかもと思う。山や森、湖を見てみろ。遠くから見るのと近くで見るのは印象が変わる。手を取り合うのは勝手だが、その取り合った手を離すことない絶対の信念にせねば、裏切ることをしないのであれば、意味が在る。だが時や場合でそれが崩れてしまうのだ、それが、私は人が醜いと思う根源でもある。つまり、表面上、手を取る姿でいつ裏切るか分からないという状態よりも、いがみ合いながらも、互いに敬意を払った関係の方が美しいと思うという事だ」
「そうでしょうか、私は表面上の平和が続いた方が、いつか来る裏切りを警戒し続ける方が理にかなっていると思いますが。だって事が起こるまでは互いに利益を受け取れるのですから」
「そうかもしれん。だが、それは経済活動で利益を受け取るやつが言える、利己的な考えだ。奪われ、むしられる自然環境まで考えておらん。人間だけの考えといえる」
「つまり経済活動は控えた方が良いという事ですか」
「いや、分からない。ただ、欲望を膨らませ続ける人間が最近多いと、それが気がかりに思えるのだ。先ほど言った恥じることない、貪り続ける人間だ。個別にというか、己で律し、克己心を持たねば人間の生きる意味は立たないと思う」
「確かに大きく見ているだけでは、腐り出した部分は見えませんね、まあ私もおおむね賛成です。それでも私は人間には生まれて来ただけで意味が在ると思うのですが」
「それは私も一緒だ。必ず意味が在る。様々な偶然の上にできる産物は奇跡といえるのだから。奇跡はいわば神秘だ。神の現れだ。神が起こしていると言えば、必要だからといえる。不要なことをする、不完全なものが神であるはずがない」
「では今ある問題も必要だから在るのではないですか」
「そうだ。だがな。今ある問題をそのままにしていいと思うのは間違いだ。考え思考することは人間だけに与えられたものだ。放っておくのは動物のやり方だ。我らは今の現状に対して何かするために生まれている。現状に満足だけするだけならば、他の動物で十分だったはずだ。その我らが、己の恥も感じないモノが増えている。それは我らの動物化、または滅びを神が望まれているからなっているのではないかと思ったのだ。つまり、我らはそれを受け入れるか、変わるかの瀬戸際という事だ。まだ考えることができているのだ。ここにいる者はそれができる人たちだと思う。だから今変わるという選択をすべきだと思って居る」
「素晴らしい話ありがとうございました。この辺で一旦休憩をはさみましょか」
とお婆様が言うまで時間が経ったことさえ忘れるほど皆聞き入っていた。
私は別の世界でも生き、ここでもう一度生まれている。
私だけではなく、ここには少なくとも他に2人いる。
そこには意味が在ると。そしてそれは貪り続ける為ではないはずだと言われた気がした。
おそらく同じように感じたのだろう。休憩後の質問を許されて、アントニオは「我らは何をしたらいいですか」と尋ねた。
カルダーラ様が「それは分からん」と子供に対してちょっと厳しい表情で言った後に真剣に言葉をつなぐ「だがな、昔から生まれた役割を全うしろと言われいる。つまりそれぞれの親や家の仕事をやれという事だ。まあ、勉強し、己を磨き、来る仕事を厭わずやるという事かな。全身全霊ですべてに隠さずぶつかる。それが一番だとわしは考えとる。ここは三万年から続く歴史の上にあるのだ、それを信じなさい。・・・と言っておこうかの」
少し最後和らげたのは、子供に伝える為か、それとも複雑に考えすぎない方が良いと言っているのか、ハッキリさせて決めつけないことに意味が在るともとれる言葉に感じた。
最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。
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