223話 ティタインと暁〈アカツキ〉
―― Titain and the Burning Dawn ――
「なんか変な魔力感じるし、なにこれ」
「気づかなかったか?」
門へと目を向ける。
紅の牛が、こちらを見据えていた。
「À l’aube, alors. Enchanté.」 ――暁にて行こう。よろしく頼む。
今の今まで、暁の能力はさらされてこなかった。
彼の能力は、“秘密”という砦の奥深くへ格納されたまま、誰にも知られていない。
紅牛の暁。
彼が“暁”たる所以。
夜明け前のような、薄暗く燃ゆる炎。
めらめらと、その身体を包み込んでいる。
「Surveillant de l’examen. Deux contre unでも構わないな。」 ――試験監督よ。二人でも構わないな。
「構わんし」
ここにて。
界十戒の暁。
変加護の黒塩〈ブラックソルト〉。
そして天王子、“分割〈ディヴィジョン〉”のティタイン。
三者による試験が始められようとしていた。
一方その頃。
ユニムは、そんなことなど露知らず。
エレナと共に、これから先について語り合っていた。
ティタインが動く。
彼女の背後に、大きな影が現れた。
もしや……天使か?
いや、違う。
あの黒い翼は――
烏のものに違いなかった。
バサバサと大きく羽ばたくたび、ところどころに金色が混じる巨大な翼が庭園を覆う。
「Prépare-toi, Black Salt.」 ――構えろ、ブラックソルト。
「どうしたんすか?」
黒塩は、呆気に取られていた。
現在、四元力は均衡していない。
正直に言えば、黒塩がティタインへ挑むなど、無謀に近い。
だが。
ブラックソルトの無鉄砲さは、かつてアルキメデス魔法学校で言葉を交わした“彼女”によく似ていた。
だからこそ、暁は腹を括っていた。
「Si nous sommes du même rang, tu connais sûrement où se trouve Unim.」 ――同じ階級なら、ユニムの居場所を知っているはずだ。
「Le journal disait que ton classement avait monté. Réponds. Où est-il ?」 ――新聞によれば、ランキングは上がっているらしいな。答えろ。どこにいる?
「答えられんし。機密情報だし」
「Alors, battons-nous jusqu’au bout.」 ――ならば、戦うまで。
ティタインは、ようやく理解した。
なぜ彼が終始“その言語”を使っていたのかを。
「Viens.」 ――かかってこい。
炎纏。
暁の身体が、炎に包まれていく。
神秘的ですらあるその光景は、同時に異質でもあった。
彼は界十戒。
ならば、なぜ炎纏が使える?
疑問は増えるばかりだ。
単純な力の衝突ならば、暁が優勢だろう。
だが、この遊戯にはティタインの仕掛けた“罠”が存在していた。
「おいブタ、面白いし。ちょっと借りるし」
ブラックソルトの能力――“無効化”。
それを己のものとして奪い取り、炎を消してみせた。
暁の放った火球が、霞のように霧散する。
暁は面食らった。
底が見えない。
その力には、いつも“勇者”の片鱗を感じる。
皆、勇者の子孫なのではないか。
そう思わせるほど、強者ばかりだった。
家系も、血統も、優れた者ばかり。
アリスも。
コレ=ドレ、ソレ=ドレも。
天王子ではないが、かつて拳を交わしたヴェクターもまた、優秀な家柄の生まれだった。
――俺は、ただの喋る牛。
だからこそ。
今、この劣等感を否定しなくてはならない。
暁は言う。
「Que se passe-t-il si nous combattons sans magie ?」 ――魔力を使わなかったらどうなる?
重い拳が炸裂する。
だが、ティタインには効いていない様子だった。
ティタインの身体が異形へ変貌していく。
竜辰か?
――いや、違う。
鰐だ。
ワニの鱗が、その身を覆っている。
「序章に過ぎないし」
「試験中に来るとは、いい度胸だし」
「居場所なら教えるし。フォーチュリトス王国のサンタンジェロにおるし」
「Compris.」 ――わかった。
「Black Salt, on y va.」 ――ブラックソルト、行くぞ。
「わかったっす」
「なぜ、スーペリア語を終始話してたんすか?」
「Tu ne l’avais pas remarqué ?」 ――気づかなかったのか?
「え?」
「Ils ne sont pas seulement trois. Il y en a d’autres.」 ――三匹だけじゃない。他にもいる。
「マジっすか……」
驚きを隠せない黒塩〈ブラックソルト〉。
そして、常に危機を察知していた暁。
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ティタインは、不思議に思っていた。
暁のスーペリア語には、訛りがない。
どこで覚えたのだろう。
なぜ、そこまで自然に扱えるのか。
「……まさか、だし」
ティタインは静かに呟き、庭園へと足を踏み入れていった。




