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第17話


 リリィの様子がおかしい。

 いやまぁ最初から変わった子ではあるのだが、最近の様子は明らかにおかしい。


「……じぃ」


 今も、バレているとは気づいていないのか、今朝からずっと俺の後ろを付いてきて物陰から監視している。

 ここ数日あんな感じだ。思い返せば先日リリィがカジノの現場に付いてきてからで、やはりネココとなにかあったのだろうかと思う。


(ネココさんも気が強いからなぁ。なんか言われたのかな)


 心配だ。リリィはあれで箱入り王女だから、他人からガツンと言われる経験は皆無だろう。対してネココはたとえ王族相手だろうと容赦はなさそうだ。


「はぁ」


 よく言えば二人の女の子が俺のために争ってくれている。夢にまで見たシチュエーションだ。ただ、現実はどこまでも複雑で、経験値0の俺にはどうすればよいか皆目見当もつかない。


「えっと……リリィ?」

「!?」


 弱った顔で振り向けば、壁から顔を覗かせていたリリィが驚いたように身を跳ねさせていた。

 あわあわと動揺し、さも偶然居合わせたかのように取り繕う。


「あ、あらテッペー偶然ね。今日はカジノには行かないの?」

「今日は現場は定休日だよ。休むのも大事だからね」


 現状を考えれば一日でも早く完成させたいところではあるが、それで焦ってしまえば本末転倒だ。ブラック労働の行く末を、自分は嫌というほど日本という国で学んでいる。

 きちんとした休暇と給与。それが出来てこその公共事業というものだ。


 俺の話を聞いた途端、リリィの顔がパッと華やいだ。


「貧民に休みをあげるなんて、やっぱりテッペーは優しいわね」


 ふふんと、どこか満足そうに胸を張るリリィ。


「いや、当たり前だと思うけど。というか今までが厳しすぎだよ」


 魔界では奴隷制度は何代か前に禁止になったらしいが、それでもその名残が各所に残っている。というか中途半端に奴隷制度を廃止したせいで、資産価値をなくした労働者への待遇が以前よりも悪くなった感じだ。


 それは国営の事業でも顕著で、この辺りのブラック化は魔界も日本も同じだなと俺はため息を吐いた。


「貧民なんて働かせるだけ働かせて、ダメになったら取り替えたらいいのよ」

「はは、耳が痛い話だよほんと」


 そんなことをやってきて、大事になった国を俺は知っている。まぁ俺の故郷なんだけど。

 今や魔界も売り手市場。カジノの人手を募るのに苦労したように、街の人たちの王家に対する疑念は積もっている。


 そういう風潮の是正も今回のカジノの大事な役割というわけだ。


「待遇良くしてみんなのやる気あげて、そうやっていい人雇って仕事して貰わないと」


 懐事情は厳しいが、ここでケチっても仕方がない。競争相手は国内にもいて、貴族や豪商との勝負に負ければ待っているのは王家の破滅だ。

 経済なんて素人な俺だが、なんとか聞きかじりの知識で頑張るしかない。


「……リリィ?」


 不安に押しつぶされそうになっていると、リリィがぷるぷると震えていた。

 不思議に思い声をかけると、よろよろと俺から距離を取って指を指す。


「そ、そうやってお金でみんなを釣って……骨の髄までしゃぶり尽くす気ね! 高給と休暇を餌に、禁止された奴隷制度を復活させるつもりなんだわ! お父様でもそこまではしなかったのに!」

「いやいやいや! 話ちゃんと聞いてた!?」


 ガクガクと足を震わせて怖がるリリィを見て、俺はなんでそうなるんだと仰天する。

 トラウマ王女さまをなんとか落ち着けるために、どう説明したもんかと俺は頭を悩ませるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「へぇ……ちゃんと考えてんのねぇ。テッペーのくせに」

「俺をなんだと思ってたの?」


 数刻後、ようやく納得してもらえたのか、リリィは「ほへー」とした顔を俺に向けていた。

 魔王城の廊下を歩きつつ、俺は見上げてくるリリィに苦笑する。


「だって、あんた確実に外れだったじゃない。なんか今のあんただと割と当たりだった気がしてくるわ」

「うーん、それならいいんだけど」


 ありがたい話だが、それでも俺である必要はない。なんだかんだで腕っ節が弱いのは魔界では不利な要素で、今でもそういう意味では現場のおっちゃんからは子供扱いだ。


 今はまだ平和そのものな仕事しかないからやっていけているが、有事の際はなにもできないだろうと不安になる。


「ま、なんか荒事があったらリチャードを頼りなさい。ああ見えて結構強いのよ」

「リチャードさんかぁ、覚えておくよ」


 リリィの言うとおり、現状頼りになるのはリチャードだが。……大丈夫だろうかと俺はモノクルの老紳士を思い浮かべた。いい人ではあるのだが、荒くれのおっちゃん達を収められるかというとちょっと不安だ。


「それに、いざとなったら私がぶん殴ってやるから! いじめられたら言いなさい!」

「え? あ、うん」


 さすがにいじめられてリリィに泣きついたら終わりだが、まぁ最終手段としては魔王候補の地位を使うしかない。一応頭に止めつつも、俺はリリィにお礼を言った。


「ありがとうねリリィ」

「……! と、当然よ!」


 シュッシュと拳を突き出して、リリィは嬉しそうにファイティングポーズを取った。どうも機嫌も直ったようで、ホッと胸をなで下ろす。


「早くテッペーいじめられないかしら!」

「えぇ……」


 本末転倒どころの騒ぎではない。ただ、笑顔ではしゃぐリリィを眺めながら、まぁいいかと俺は窓から魔界の空を見上げるのだった。


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