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元魔王の碧眼勇者  作者: 刹那END
第1章 「碧眼の勇者」
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13話 「獣王」

「いってぇ……」


 腹部の痛みと共に、一瞬だけ飛んでいた意識を取り戻した、瀬口(つかさ)は、目の前に落ちてくる、髑髏の頭を最初に目にすることとなる。

 いつの間にか、金城の両手と頭を切り落としており、意識が飛んでいた最中に、誰かがやってくれたらしい。

 その誰かというのも粗方の見当はついていた。両手で持っていた一本の刀が、右手と左手に一本ずつの、計二本になっていることからも分かる。

 金城を倒したのは、他の誰でもない、自分自身だった。

 意識が無かった間に、自分の身体を操って、金城と戦闘を行なった人物がいる。


『君が頼りないから、私が出てきたまでだ。あんな場面で気を失われては、此方としても困るからな』


 頭の中から自分ではない誰かの声が響く。それは、自称魔王の碧眼白髪の少女の声だった。

 高くて綺麗なその音を聞いた途端に、面倒くさそうに頭を掻いてみせる。

 金城に撃たれ、血だらけで死にそうな自分に、彼女がなんて声を掛けてきたのか、咄嗟に思い出してしまったからだ。


「お前の望みは……一体、何なんだ?」


 これまでの事を自分にしてくれた意図を知りたかった。

 無償の愛なのか、有償の愛なのか。


『私は――――――――。ただ、それだけでいい』


 彼女の要求は、簡単なようで難しいものだった。

 この世に永遠なんてないように、その要求にも終わりは存在していた。

 しかし、無理難題を押し付けられるよりも、遥かに易しい問題であることは明白だったので、良も頷いて、それを了承することにした。



「……あれ? リョーオー?」


 出会った時からずっと、間違った名前で呼び続けている、女子高生の声が聞こえ、ふと振り返ってみると、目を覚ましたであろう彼女が、大きな欠伸と共に伸びをしている姿が見えた。

 まだ眠たそうに、目をこすりながら此方を見ると、彼女は笑ってみせる。


「なにそれー! カラコン? へんなのー!」


 彼女に指摘されたのはいいが、自分の眼を見ることは鏡でもない限り、確認できないので、眼の色が変わっていることなど、気づきもしなかった。


「青い眼ってシャーロットみたいだけど、色はリョウの方が少し明るい感じだぁ」


 彼女は、小走りで近づいてくると、人の顔をジロジロと見てくる。


「あれ? なんでこんなに血だらけなの?」

「まあ、ちょっと色々と……」

「そう言えば、私なんで寝てたんだっけ?」


 自分の今いる状況を理解していない彼女に、説明して分かってもらうのは、面倒くさいので、誰か代わりに説明してくれないかと、助けを求めるが、周りには二人以外の誰もいない。

 シャーロットはそう遠くないところにいるとして、八崎は一体どこへ行ってしまったのか。

 まさか、あの軍勢を前にして、逃げ出したのではなかろうか。

 いつもの、けだるそうにしている感じだと、あり得ない話ではない。


「ねえ! 教えてよー!」


 説明を要求されるが、やはり面倒くさいので、誰かの助けを待ちたいところだったが、彼女はそうはさせてくれないようで、怪我人の肩を掴んで、前後左右に揺らす。

 そんな事をしても、絶対に口を開かないという意志を察したのか、揺するのをやめるが、それはただ、もう一人の、事情を知る人物を見つけたからに過ぎなかった。


「あっ! シャーロットだ! おーい! こっち、こっちー!」


 彼女が呼びかける方向を振り返ると、金髪の女子高生が、此方に向かって、歩いてきているのが見えた。

 そして、その美少女が二人の元に辿り着くのと、ほぼ同時に、八崎も姿を現した。

 八崎の顔の左側には、鋭い刃物で切られたであろう、一筋の傷が刻み込まれていた。


「えっ!? やっさん大丈夫!?」


 心配する声を上げる彩音だが、良も、真っ白なシャツを、血で染め上げてしまうくらいの、傷を負っていたのに、そんな心配する言葉を、かけてはくれなかった。

 不満そうな表情をしていると、心の内を察したのか、彼女は口を開いた。


「だって、リョウは平気そうだったでしょ? それに比べて、やっさんは苦しそうにしてるし」

「くそ……」


 汚い言葉を零す八崎は、奥歯を噛み鳴らしてみせる。


「苦しそうっていうか、なんか悔しそうじゃね?」

「それは、そうかも……なんかあった? やっさん?」

「ちょっとな……いや、俺の話は後だ。それより、金城を拘束するのが先だ」


 八崎の言う通り、今回の作戦は金城を捕らえることが目的であって、それが達成されれば、作戦終了。現実世界に帰ることができる。

 しかし、八崎が焦っている理由は、それだけではなかった。

 良は、帰れると思った瞬間、安心したのか、体中の力が一気に抜けて、地面に倒れこんだ。


「おい、大丈夫か!」

「やっさん。金城の姿が……――――」


 薄れゆく意識の中、最後に見たのは、慌てる様子のシャーロットの姿だった。

 それからどうやって、魔界を後にしたのかは、覚えていない。








 八崎が彩音と良の前に現れる十数分前。

 彼は、一人の泣きじゃくる少女に付き合って、白い地面に真っ黒な空という異様な空間に居続けていた。

 金城を捕まえる事が今回の作戦であるはずなのに、あの中で一番の大人である彼が、こんなところで足止めを食っていて、良いわけがない。

 なんとかして、少女を説得して、向かわなければと思い、どれくらいの時間が経ったのか、見当もつかない。

 そろそろ本腰を入れて、空間移動の魔法で、生徒の元へ帰ろうかと考えていた時、少女の様子が変わった。

 わんわん泣いていた彼女は、一瞬で真剣な表情に戻って、難しそうな表情で黙りこくる。


「どうか……した……?」


 顔色を窺うように、尋ねかけると、彼女は、にこりと笑ってみせた。


「金城が倒されたみたいだよ」

「……へ?」


 彼女が何を言っているのか、一瞬理解できなかったが、理解したころにはもう遅かった。

 既に、八崎の身体は一ミリも動かなくなっていた。


「ちょっとがっかりだなぁ。霊類と獣類の戦争が見られると思ったのにー。わたしの努力、無駄になっちゃったぁ」


 口を動かせず、声も出せない。動かせるのは、瞼と眼球と、内臓だけで、話せない様子に気が付いた彼女は、ひゅいっと指を動かしてみせる。


「これでしゃべれるんじゃない?」

「あ……」


 彼女の言う通り、話はできるようになったが、身体は全く動かない。


「さっきまでのは、演技……?」

「女の子の涙なんて、信用しちゃいけないよ、おじちゃん。こうやって、おじちゃんの身体を操作し続けるのも、結構疲れるからさぁ。魔法使わないで、足止めする上手い方法だったでしょー? あーでも、女の子の涙は、魔法とおんなじようなものなのかなぁ?」


 少女の態度は、完全に泣く前と同じものになっていた。

 彼女の演技に気付けなかった自分が腹立たしい。

 たとえ少女でも、早くに拘束するべきだったのだ。


「今度こそ、殺す気か?」

「それもいいけど、ここで勇者に借り作っとくのもいいかなー、なんて」

「こんなもんは、借りにならない……お前は一体、何者だ……?」


 その場から立ち去ろうとしていた彼女に、問いかけると、足を止めて、振り返った。


「魔王……だったりして?」


 人をからかうような表情で、答えると、少女はその場から姿を消した。

 身体が自由に動かせるようになるまでに、数分くらいの時間を要し、空間移動の魔法で、良たちの元へと戻る頃には、既に金城の姿はなかった。








 それはやはり、悪魔と呼ぶにふさわしい生物であった。

 両腕をもがれ、頭と体を切り離されても尚、それは生きていた。

 そして、その存在は目を覚ますと、真っ暗で何も見えない一室にいた。

 勇者に倒され、拘束され、現実世界に連れてこられたのかと、そう思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 暗いその部屋で、コツコツと足音だけが近づいて、来ているのが分かる。


『人間ごときに負けた気分は、どうだ?』


 金城にとって、その声は聞き覚えのあるものだった。

 いや、そんな生易しいものではない。一度聞いたら、見たら、忘れることは叶わないモノの声だった。

 しかし、動揺する素振りを相手に見せるわけもなく、淡々と応じる。


「ごとき……? あれが人間の力だと、そう思ったのか?」

『人間ごとき、となめてかかったのは、貴様の方ではないか? その結果がこの様だろう?』


 的を射ている発言に、金城も言葉を返すことができない。

 その間に、目が慣れてきたようで、部屋の中のほぼ全てを、把握することができた。

 同時に、目の前に、白い毛むくじゃらの生物を捉える。


「もふ!」


 気づいた自分に向けて、挨拶でもするかのように、鳴き声を上げる、その生物を金城は一度、目にしていた。

 忘れるはずもない。自分を倒した男と初めて会った時にいた、生物だったからだ。

 しかも、その生物は、凶悪な長い尻尾で、自分を吹っ飛ばしたのだ。

 それが何故、今ここにいるのか、一瞬で金城は理解する。


「あの人間……お前の差し金ということか……?」

『違うな。この白い獣は、俺の使い魔で、それが偶々(たまたま)、あの人間と一緒にいた、というだけの話だ』

「偶然だと?」


 その言葉に違和感しか覚えない。

 放った使い魔が、偶然、一緒にいた人間が、あんなにも異常な存在である可能性は、高くないだろう。

 つまりは、初めからマークしていたと考えた方が、妥当である。


「まあいい。だったら、あの存在はなんだ? ただの人間では、済まされないぞ」

『貴様が知ってどうする? これから、人間に捕まる貴様に』

「……? だったら、助けなければ良かったのではないか? こんなもの、要らぬ手間だ」


 男の行動の真意が、一切読めない。

 だが、金城は自分を助けてくれたのが、目の前の男ではない、ということを忘れていた。


『コミュニケーションエラーという奴だ。貴様がどうなろうと、どうでもよかったが、彼女は、そうは思わなかったらしい』


 すると、一人の少女が、二人と一匹のいる部屋に入ってくる。

 それは、八崎と同じ空間移動の魔法を有する、金城を助けた少女であった。


「うわ……こんな暗い部屋で話してたの? きもーい。それになんか、わたしのせいみたいになってるしー。うざー」

「怪しい、とは思っていたが、お前が、この男と繋がりがあったとはな」

「別に、ない、とは言ってないしー。嫌な女みたいな言い方、やめてよぉ」


 特別な魔法を使える彼女が、自分に近づいた理由が、なんとなく分かった金城は、溜息を吐きながら、目の前の化け物を睨みつける。

 威圧感の塊である、その存在の思惑が、その時点で、蠢いていたのだ。


「全て計画通り、か? 桜彩音を捕まえさせるように命令しておいて、本当は、碧眼になった小僧と俺が、戦う様を、貴様は見たかったのではないか――――獣王」


 その瞬間、部屋の壁に取り付けてあった燭台の蠟燭に一斉に火が灯って、部屋全体を明るく照らし出す。

 そして、金城の目の前にいた人物の姿がはっきりと、彼のがらんどうの(まなこ)に映し出された。


 黒いスーツに黒いネクタイをしたその姿は、人間のようだが、首から上は、人ではなく、羊の頭だった。

 それは、山羊の頭を持った悪魔であるバフォメットのような風貌であった。

 金城は、この化け物のことを獣王、つまりは、魔界にいる獣類の王と称した。


「碧眼……と言えば、龍王が魔界の玉座に着く前は、確か、碧眼の獣王が魔王だったな。それまでは、ずっと獣王が魔界の王であったと聞いたが、貴様が何故、王となり得なかったのか。それは、貴様に王たる器が無かったからではないか? 貴様の器では、魔界が零れ落ちてしまうほど、小さなものだった。違うか?」

『人間ごときが図に乗るなよ?』


 獣王が語気を強めた途端、金城は上から押しつぶされるように床に、突っ伏した。


『王たる器? そんなもの、今の龍王にも無い。歴代の魔王にも無い。あるのは……――もしや、動揺させて、情報を引き出そうとしたか? 小賢しいことを』


 金城の狙いが、話が核心へと向かう前にバレて、それ以上の情報を引き出せなくなる。

 このまま、大人しく、人間に捕まるわけにはいかないと、脱出する方法を考えるも思いつかず、ただ、じっと獣王の手のひらの上で、弄ばれていたことに、悔しさを覚える。

 一矢報いようと、人間に情報を漏らし、獣王の状況を不利にしようという考えも潰されてしまった。

 これ以上は、何もできないと、じたばたもがくことをやめる。


「早く人間に渡したらどうだ?」

『そうさせてもらうとしよう。ああ、一つ言い忘れていたことがある。貴様が彼女を使って奪わせた、龍王の卵だが――――人間の手に渡してしまったよ』

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