12話 「碧眼」
「どぉーおー? 全然動かせないでしょーおー?」
ちっぽけなナイフを振り回しながら、少女は尋ねかける。
彼女の言う通り、全く身体が動かせなかった。
ナイフに神経を麻痺させる毒でも仕込んでいたのだろうか。
致命傷を与えるには小さすぎるナイフが、その可能性を濃厚にする。
「俺を動けなくして、そのナイフで切り刻むのか?」
「えっ、なに? わたしに切り刻まれたいの?」
クスクスと笑う少女は、ナイフで遊びながら、目の前のおっさんを弄ぶ。
「でも残念。わたしにそんな趣味はないし、今はただ、おっさんを足止めするだけでいいの」
「おっさんおっさんって……なんか傷つくなぁ……そんなトシに見える?」
八崎の質問に、彼女は首を縦に振った。
「だらしないカッコウだし、わたしのお父さんの方がよっぽど若いもん」
「なるほどねー……で、君はどうして金城の仲間になってんの? 見た感じ、幽霊だよね?」
少女は、皮と肉が削ぎ落され、白骨化しているわけもなく、人間と同じような風貌なので、疑問に思って、尋ねかけた。
彼女が幽霊であるのに、悪魔である彼らに協力していることに、多少の違和感は確かにあったが、その答えを聞くよりも、八崎が重要視していたのは、この状況を、打開する方法を考えることだ。
彼女と対話する間に、自分を動けなくしている、何らかの彼女の能力を分析すること。それが、今、最優先でするべきことなのだ。
ナイフを持った幽霊の方は、ここで足止めをするだけでいいのかもしれないが、高校教師はそうはいかない。
生徒が数で、圧倒的不利な状況で戦っているのに、そこに向かえない人物は、教師ではなく、ただのおっさんということになってしまいかねない。
(いつもはだらしないおっさんでも、生徒の前では立派な先生でいてえからな……)
顔の左半分の傷の痛みを、気にしている余裕など、一秒たりともない。
「どうしてって、金城さまの考えに賛同してるからに決まってんじゃん? 幽霊だからって彼の考えが理解できないはずはないでしょ? だって、元々おんなじ人間なんだからさあ!」
「大量殺人に賛成って、頭いかれてるぞ?」
「みんな死んじゃえばいいのよ! どうせ、わたしにヒドイことばっかりしてくるんだから! わたしは人間なんて大っ嫌いなんだよ!!」
彼女は正真正銘の幽霊で、生前に人の道を外れるようなことはしていないということ。
生きているうちにはできなかったから、今になって反抗しているのかは知らないが、鎧を着ていた時とは違って、まともに会話ができそうで、安心する。
「じゃあ、俺も嫌いってこと? ヒドイことされてるのは、俺の方なのになぁ……」
「それは……! そうだけど……」
根もそんなに悪い風には思えず、このまま引き下がってくれればいいのだが。
「ただ金城に利用されてるだけなんじゃないの? 俺や君の能力は、貴重だしね」
少女は、八崎の言葉に、段々と暗い表情になっていく。
「『助けて』っていうのが、君の本音なんじゃ……?」
その発言と同時に、八崎は自らの身体を動かせるようになり、少女は、目に涙を溢れさせながら、その場に崩れ落ちるように、座りこんだ。
ふぅーっと息を吐いて、泣いている彼女に近づくと、その目元から大量の滴が零れ落ち、タガが外れたように泣きじゃくった。
彼女は、ただのか弱い女の子で、八崎は、その背中をそっと擦ってあげる。
「ひっぐ……わたし、逮捕されちゃうのかな……?」
「金城に加担したのは、事実だし、事情を聴かれるとは思う……それからどうなるかは、分かんないかな」
「いやだぁあああああああ――!!」
せっかく落ち着いてきていたのに、八崎の一言で、また取り乱してしまう。
彼女を宥め終わるまでは、傍にいないといけないのか、服の袖口をぎゅっと掴まれていた。
早く生徒たちのところへ向かわないといけないのに、そう簡単には行かせてもらえそうもなかった。
「どうすっかなぁ……」
目の前の景色が、一瞬にして真っ青に染まる。
それはまるで、青い透明な下敷きを通して、世界を見ているかのようだった。
変わったのは見ている光景ではなく、良自身の眼の色が、黒から青へと変化していた。
金城による銃に撃たれた傷も、見る見るうちに塞がっていく。
手足の動きを妨げていた拘束具も、力を入れると簡単に外れてしまった。
どういうわけか確かめるために、手元を見てみると、拘束具は、高温で熱せられたようにドロドロと、溶け出していた。
碧いオーラのようなものが、彼の身体を包み込んでおり、その熱によって、拘束具は溶かされたらしいが、景色の全てが青く染まってしまった彼には、熱を帯びたモヤモヤなものが、纏わりついているようにしか見えない。
自由に動かせるようになった身体を起こして、ゆっくりと立ち上がるが、痛みは感じず、傷も完全に癒えているようだった。
彼が立ち上がるのと同時に、彼が目を通して見ている風景も、徐々に色を取り戻していき、碧いオーラのようなものも消え失せる。
しかし、彼の瞳は未だに碧いままだった。
「アヤネ……」
金城を早く追わなければ、見失ってしまう、とは思わなかった。
何故なら、金城と彩音が今どこにいるのか、今の彼には魔力で分かるようになっていたからだ。
すぐに追いつけると判断した彼は、彩音を助け出す前に、シャーロットの加勢をするべきだと思った。
数百もの骸骨を、一人で相手にしているシャーロットは、得意な氷の魔法で彼らを凍らせる。
しかし、凍らせたとしても、周りにいる数人の外国の炎の魔法により、それを融かされてしまっていた。
融かされる前に、打撃を与えて、粉々にしても、数が多すぎて、対応できない。
何度凍らせようとも、また、襲ってくる骸骨に彼女の疲労は溜まっていく。
「キリがない……!」
彼女がそう呟くのと同時に、背後から骸骨が襲い掛かる。
気づくのが一瞬遅れて、地面に倒れこんでしまった彼女に、複数の骸骨たちが圧し掛かった。
「いい肉だなぁ、こいつはぁ」
彼女に馬乗りになった骸骨の一人が、口を大きく開けて、そう呟く。
手足を抑え込まれ、抵抗もできない中、迫ってくる複数の髑髏は、彼女にとっての恐怖のなにものでもなかった。
「いい肉だァァアアアアアアアア!!!!」
「いやあああああああ……――――」
シャーロットは、目に涙を浮かべながら、悲鳴を上げた。
そんな大きな声を上げたのは、彼女の人生の中で、赤ん坊の時に挙げた泣き声以外では、初めてのことであろう。
するとその瞬間、彼女の周りにいた骸骨たちが、一瞬のうちに粉々になって、土へと還る。
「やっ……さん……?」
八崎が戻ってきて、自分を助けに来てくれたのかと思った。
敵を切り刻んで倒したところも、そう思った要因だった。
「大丈夫か?」
しかし、そう言って、目に涙を浮かばせている彼女に、手を差し伸べたのは、八崎ではなく、瀬口良だった。
先ほどまで重症だった彼が、平気そうに目の前に立っていることに対して、多少の疑問は抱いたが、それよりも、目につく相違点が一つあった。
良の瞳が黒ではなく、碧くなっていることだ。
部室で彼と戦った際にも、一瞬、彼の眼が碧く見えた事があったが、今回ははっきりと、碧眼になっていると分かる。
「その眼……?」
「ああ。これ? まあ、色々と面倒くさい事になっててだなぁ……てか、あんなおっきな声で叫ぶんだなぁ……」
「う、うるさい! さっきの事は忘れてください!」
差し伸べられた手を、彼女は自らの手で弾いて、自分の力で立ち上がる。
それに対して、良は、人の弱みを握ったかのような、不気味な笑みを浮かべてみせる。
「ふーん……」
「な、なんですか!? それよりも今は、やることがあるでしょう!?」
彼女の言う通り、数百人の内の数人の骸骨を倒しただけであって、未だに数では此方が圧倒的不利な状況なのは変わりなく、全ての骸骨を始末した上で、金城を追わなければならない。
焦っているシャーロットとは裏腹に、良は悠長に、右手に持った黒い刀を構えようともしない。
助けてくれた時は、一瞬、頼りになるかと思ったが、今では見る影もなく、「自分がしっかりしないと」と、戦闘態勢に移る。
その刹那、横にいた男子高校生は居合の要領で、黒刀を振るった。
急な出来事であったことと、あまりの速さで刀身が移動したことから、彼女は反射的に目を瞑ってしまう。
そして、目を開けると、数百の悪魔の全てが斬られており、同時に、森の木々も倒されていた。
「やることって?」
「そ、それは……」
衝撃的な光景に返す言葉もない。
「まあ、そんな冗談は置いといて」
そう言いながら、良は学ランを脱いで、彼女の方にそれを投げつける。
学ランは大量の血がしみ込んでいるようで、普通のものよりも重く感じた。
白いカッターシャツには、いくつもの銃痕が刻まれており、そこから滲みだしたであろう血液によって、赤く染まっていた。
「あなた……ケガは……?」
そうだ。彼は、金城に何度も銃で撃たれ、瀕死の状態であったのに、こんなに動けるはずもない。
ゾンビでも見ているかのような、驚きの表情で、彼を見つめるが、平気そうに言葉を返した。
「大丈夫みたいだ。それより、アヤネを追わないと、な」
その瞬間、シャーロットの目の前から、血だらけの高校生が消えた。
八崎のように空間移動したわけでも、陸上選手並みの速度で走ったわけでもなく、地球の重力に逆らうように、地面と平行にして、飛んで行った。
残されたシャーロットの髪が衝撃で乱れ、それが元に戻る頃には、既に良は、彩音を担いで、この場を離れようとする金城の姿を、その目で捉えていた。
「見つけた」
彼が呟くのと同時に、二人の距離はゼロになり、彼の右手が、金城の頭を鷲掴みにする。
頭がもげてしまうくらいの衝撃が、金城には加わっていたであろうが、首は体と頭をちゃんと繋ぎ止めたまま、その身体は地面に激しく叩きつけられる。
金城の手から離れた彩音は、良によって抱きかかえられ、地面に降り立った彼の手で、そっと寝かされる。
ふぅーっと息を吐いて、前を見ると、既に骸骨は地面から起き上がっていた。
「なんだ、その眼は?」
「さあ? それより、今は自分の心配をした方が良い――――Drows miny hdan」
ここに来る途中に落とした黒い刀を再度、作り出し、一瞬にして金城との間合いを詰めにかかった。
しかし、剣を出現させる魔法を使った時点で、距離を詰めに来ることは、予想ができていたようで、振るわれた刃をしゃがんで交わす。
間髪入れずに、金城の身体を蹴り飛ばそうとするが、逆にそれを受け止められてしまった。
このままでは投げ飛ばされると咄嗟に地面に黒い刀を突き立てたが、立ち上がった金城に、刀ごと蹴り飛ばされてしまう。
「心配するのは貴様の身だ――――Beul masfel」
地面に落ちた刀を拾いながら、立ち上がり、金城に向けて構える。
するとその瞬間、金城の両手は青い炎を纏った。
『気を付けろ』
頭の中で少女の声が響き、その姿も、目に浮かぶ。
白色ですらっと伸びた髪の毛に白い肌。白いワンピースを着た少女は目だけが碧く、際立っている。
『あの青い炎はその黒い刀でさえも、融かしてしまうほどの熱を帯びている。このままでは太刀打ちできない。流石、懸賞金をかけられるほどの手練れといったところだな。私ほどではないが』
だったら、どうしろと言うのだ。このまま、黙ってやられてしまえばいいのか?
『そんな事は言っていないよ。目には目を。青い炎には青い炎で、応じれば良い。その黒い刀に青い炎を纏えば良いんだよ。想像してみろ。君ならばできるはずだ』
彼女の言われるがまま、黒い刀に青い炎が纏わりついていくのを想像する。
すると、自然と頭の中に詠唱が浮かんできた。
「Beul masfel」
金城と同様の詠唱を口にすると、手にしていた黒い刀に青い炎が纏われる。
そして、良の体力も一気に、その炎に奪われてしまった。
「なにこれ……きつくね……?」
『それはそうだろう。青い炎は、炎系の魔法の中でも最上級に位置しているものだ。その分、魔力の消費も激しいに決まっておろう』
一気にかたをつけなければならないようだ。
それは金城の方も同じようで、先に動いたのは炎を手に纏った骸骨だった。
刀を振るわせないように、距離を一気に詰めて、青い拳を振るっていく。
良はそれを黒い刀で受ける事しかできず、形勢は完全に金城に傾いていた。
前へ前へと詰め寄ってくる髑髏の顔に、一歩一歩退いて対応するしかない。
加えて、自分は刀が一本なのに対して、金城は両拳を存分に使って、襲い掛かってくる。
このままではやばいと、思っていた時、下から振るわれた右拳が、良の腹を貫いた。
「ぐぶっ……!?」
大量の血を吐き出しながら、両手で握っていた刀が、右手だけに支えられて、切っ先が地面に向く。
「小僧にしてはよくやったが、ここまでのようだな?」
残った左拳でけりをつけようとした金城だったが、良の顔を見ると、右手を引き抜いて、後ろに退いた。
良は、にやりと口を歪めて、金城を睨みつけていた。
彼に対して、何かしらの恐怖を覚えたのは、否定はできない。
碧い瞳が、恐怖の対象だったのか、それともその表情だったのかは定かではないが、確実に先ほどの場面で、殺すべきだった。
「Drows miny hdan. Beul masfel」
腹部と口から血を出しながら、詠唱をして、左手にもう一本の青い炎を纏った黒刀を作り出す。
そして、次の瞬間には、碧眼の勇者が骸骨に向けて走り出していた。
彼が二刀流になってから、数の優劣はなく、一方的に良が刀を振るい続け、金城はそれを受け流したり、避けたりするしかない。
だが、そんな状態も長くは続かず、金城の両手が切り落とされる。
「見事だ」
髑髏の頭が顎を動かして、呟くと、一秒も経たずに、その頭は宙を舞った。
「それは君も同じだ。髑髏の悪魔よ。実に見事な戦いであった」




