11話 「八つ裂き」
「変なこと考えてません? 変態さん」
シャーロットは、手に持った縄を使って、良の両手足を拘束する。
拘束とは言っても結び方もゆるく、力を入れるとすぐに外れてしまった。
「ちょっと……わざと外れるようにしているんですから、外さないでくれます?」
その発言で、やっと彼女が今やっている事の意味を理解する。
魔界の幽霊の地域を守る、治安維持局。そこに潜んでいるであろう内通者は、傍受される可能性がある機械ではなく、魔法で金城と連絡を取っていると思われる。
だから、魔力量の多い少ないを確かめ、八崎の勘も併せて、内通者の特定をしようとした。
結果として、三人に絞られ、その三人の内の誰かに、金城に連絡してもらう。
その内容はこうだ。
『良と彩音が局に訪れた。他の局員に見つかる前に、拘束して眠らせてある。引き取りに来てくれないか』
そこで、引き取りに来た金城を捕まえる。
これが理想的な作戦だった。
作戦の通りに物事が進むとも限らないので、いくつかのイレギュラーな事態を予想して、八崎は説明していた。
だが、良の頭の中に最終的に残ったのは、理想の作戦だけだった。
「ホントに眠らされんの?」
「聞いてなかったのですか? ただ、眠っているフリをすればいいんです」
「そうかー……」
本当にそんな簡単にいくのかという疑問をシャーロットにぶつけても意味がないので、口を閉じる。
金城という悪魔を目にした時の事を思い出す。
低い声で淡々と話をする髑髏の姿は、彼の不安を煽った。
「シャーロットは金城見たことあんの?」
「無いわ」
八崎も見た事があるのだろうか。いや、聞いたことがあるのだろうか。悪寒が走るくらいに、人の恐怖を引き出す、金城の声を。
背筋を凍らせるような低い声を聞けば、作戦もこんな囮だけでは駄目だと気づくはずだ。
「もうちょっと作戦を――」
「――考え直した方が」と続けようとした時、タイミング悪く、八崎と内通者と疑われた三人が急に目の前に現れる。
「こいつらは三人とも内通者だった。それに、金城が彩音を狙ってる理由も白状したよ」
どのように白状させたのかは、聞かない方が良さそうだ。
何も聞かない方が、平和でいられる気がする。
「金城は、獣王からの指示を受けて、彩音を捕まえようとしている。指示の詳細までは知らされていないらしいが」
彩音も縄で拘束しようとしていたシャーロットも手を止めて、 訝しげな表情で八崎を見る。
「どういうことでしょう? 何故、獣王が彩音さんを捕まえるのですか?」
「彼女が霊類……いや、霊王にとっての最重要人物だからだよ」
彩音の方を見ると、彼女はぎこちなく微笑んだ。
「私……実はね――――霊王の実の娘なんだぁー」
一瞬、その場の空気が凍り付くのが分かった。と言っても凍り付いたのは、シャーロットと自分だけだが。
霊類の中の一番上が霊王。その霊王の娘が、今ここにいる桜彩音。
「ってことは、お前人間じゃないの……?」
「人間だよ! お父さんも元は人間だし! 死んで幽霊になっただけ!」
人が死んで、魔界で幽霊として生きて、霊王になるというのはどのくらいすごい事なのだろうか。
いまいちピンと来ないが、霊王の娘が獣王に捕まると、どのような事態を招くのかは粗方の想像はつく。
「もし、彩音が捕まったら、霊王が黙っちゃいない。霊類と獣類で戦争が起こる可能性もある。戦争が起きれば、劣勢に立たされるのは確実に霊類だ。魔界の力バランスも崩れかねないし、絶対に阻止しなきゃいけない」
「王なら自分の種族を守る方を選ぶんじゃ……?」
つまりは、彩音を見捨てて、霊類を守る選択もあるはずだと言いたかった。
しかし、これに対して、彩音が自らの首を横に振ってみせた。
「それはないと思う。私が人質に取られたんなら、霊王は霊類を見捨ててでも私を助けようとするよ。だってあいつ……すっげー親バカだからさぁー」
「えへへ」と言いながら、彼女は頭を掻く。
娘の為なら戦争だって起こしてしまうくらいの父親がいると聞いて、彼女への軽い態度を改めようと思った。此方も彼女をからかっただけで、殺されたくはない。
「まあ、彩音を狙ってる理由も分かったことだし、さっさと金城を捕まえるか! おー!」
一人、天に拳を突き上げる八崎。
良と彩音は縄で軽く拘束されていて、腕を上げられない。シャーロットは完全にスルー。
一人取り残されて、寂しそうな八崎だったが、切り替えて、作戦に移る。
内通者の一人に金城と連絡を取らせる。
良と彩音を拘束し、薬で眠らせているから引き取りに来てほしい、という内容を伝えさせる。
何の抵抗もせずに三人は、八崎の言う通りに事を進めていた。
いくらなんでも、スムーズに進みすぎていないかとも思ったが、八崎は特段気にする様子を見せなかった。
良と彩音は、縄で拘束された状態で床に寝転んでいた。
勿論、薬なんて飲んでいないので、眠らされているフリをしている。
二人の寝ている部屋には、三人の内通者の内の一人がいて、八崎とシャーロットと残りの内通者二人は別の部屋にいた。
良と彩音の部屋はカメラによって撮影され、八崎の目の前の画面に鮮明に映し出されている。
「もうすぐ、約束の時間だけど、金城はどうやってこっちに来る?」
「前回と同じような方法だと思います」
具体的な方法は多分知らされてはいないのだろう。
霊類の土地に獣類が踏み込むのは、端とはいえ、容易ではないはずだ。
ならば、八崎と同じような能力で来る可能性もある。
まさかと思ったその瞬間、直前まで画面に映っていた三人の人物が画面から消える。
「……あれ……?」
瞼を閉じていても、伝わっていた光が急になくなり、目を開けると、部屋は真っ暗だった。
「停電……? おーい。やっさ――――」
縄を自力で外してその場に立ち上がった良だったが、鈍器で硬いものを殴りつけたような鈍い音を聞く。
それは自らの後頭部を殴られた音だった。
身体は前のめりになって、倒れこみ、そのまま気を失った。
白い地面に真っ黒な空。
その他には何もない空間で、八崎は得体の知れないナニカと対峙していた。
「お前が空間移動の魔法で、金城に協力してたヤツか……」
黒い鎧騎士のような恰好をした、目の前の存在。顔面は完全に金属の塊で覆われていて、中に誰が入っているのかを確認することは難しい。
自分と同じように、空間移動の魔法が使えるということは、必ずしもそうではないが、思考に似ている部分があるということだ。
(俺はこんなヤツと似てんのか……まあ、そうなのかもなぁー……)
見るからに、周りとは距離を置きたいタイプの人物だ。
「俺も人との付き合いは、苦手なタイプだ。お互い、この世界では一人になりてえよなぁ?」
鎧と八崎がいる世界は、魔界でも、人間界でもない、現実世界の狭間に位置する場所だった。
この空間を経由すれば、二つの世界のどこにだって行くことができる。
同じ魔法の使える者にしか、この空間への出入り口を作ることはできない。
八崎は、目の前の鎧騎士を無視できない理由があった。逆に鎧騎士の方も八崎を倒さなければならない。
何故なら、空間移動の魔法を阻止できる者が、それぞれ目の前にいるからだ。
誰かを連れて魔法を使おうとしても、同じ魔法で止められてしまう。
「一つ質問いいかな? どうして、霊類でも人間でも無さそうなお前が、霊類のエリアに許可も無く、入って来れたわけ? 結界も張ってあるっていうのに」
言葉を交わせそうにない風貌だが、少しの可能性にかけて、尋ねかける。すると、意外にも言葉が返ってきた。
「助……け……て……」
それはとてもか細い、少女の声だった。
八崎は、その声を聞いただけで納得すると同時に、睨みつける。
「なるほどな。その鎧の中に、幽霊か人間を入れれば、それでいいのか……」
霊類は、他の二種類の生物に比べて、劣っている部分が多い。
その為、霊類の住むエリアには、他の種が入ってこないように強力な結界が張られており、獣類や龍類が立ち入るには許可、もしくは、霊類の同行が必要である。それは空間移動の際も同じだ。
体内に魔力を宿した人間は、幽霊とほぼ同じような扱いの為、結界に阻まれることなく、この地域を出入りすることができる。
鎧騎士は、鎧の中に幽霊か、人間を入れて、霊類と同行するという条件を満たして、結界を無効化した。
金城が、何の苦も無く、霊類の土地に足を踏み入れられたのは、目の前にいる人物のおかげなのだろう。
「ふぅー……やんなっちゃうなぁ、ホント」
スーツのポケットから煙草を一本取りだして、ライターで火を点ける。
「せっかく禁煙できてたのに――」
ライターをポケットの中に滑り込ませ、そのままポケットの中で何かを握り締める。
「――またスーツに匂いが染み付いちまうよ」
八崎はポケットの中からナイフを握り締めた右手を露にする。
「Latpias myliboti――」
その詠唱は、魔界に来るときに使用したものと同じで、八崎はそれに一言付け足した。
「――leoh」
すると、その瞬間、黒い鎧に変化が起こった。
目の前の八崎はただ、タバコを吸いながら突っ立っているだけなのに、鎧には数えきれないほどの切り傷がついていく。
耐えられなくなった鎧がボロボロと崩れ落ちていき、中から少女が姿を現す。
そのまま白い地面に倒れこもうとしていた少女だったが、地面に激突する寸前で、黒い穴に吸い込まれた。
穴はどこに繋がっていたのかというと、八崎の足元だったようで、少女はぐったりとそこで横になっていた。
「何が起こってるのか、分かってないみたいだけど……説明すんのもめんどくせえし、伝わらねえかもしんねーからさ。分からないまま、死んでくれ」
そう言うと、黒い鎧騎士は、小さな破片に切り刻まれて、黒い砂となって白い地面に舞い落ちた。
八崎は、ナイフの刀身だけを黒い鎧の傍まで空間移動させ、切り刻むようにナイフの位置を動かしただけだった。
それは、目には見えない速さで行われた為、黒い鎧騎士にとっては、八崎がただ突っ立っているだけで、自分の身が切り刻まれたように、見えていただろう。
しかし、この技を使うと、魔力を多く消費し、高速で空間移動の先を動かす作業をする為、相当集中しなければならず、ストレスも溜まる。
なので、タバコを吸っていないと、やってられない。
ふぅーっと一息吐いて、吸い終わった煙草を白い地面に押し付ける。
「可哀想に」
金城に利用された少女を見下ろしながら、呟いた。
八崎も自らの魔法の扱いは慣れているので、中にいた少女を傷つけることはなかった。
ほっと安堵しながら、少女を抱えて、空間移動しようとした瞬間、彼の目にあるものが映る。
少女の首元に付けられた、一筋の切り傷。
傷は今しがた付けられたもののようで、血が少しずつ溢れようとしていた。
誤って傷つけてしまったのか、と心配になってきたその時、抱えていた少女が突然目を覚まし、目と目が合った。
にこりと微笑む少女。応えるように、八崎も笑顔を返す。
「ありがとう!」
助けたことに対するお礼なのだろうと、八崎もゆっくりと頷いてみせた。
「首元にちょっと切り傷があるから、精霊に治してもらおう」
「うん! でも、おじちゃんの傷の方が酷いよ?」
少女にそう言われて、左顔面に痛みが走る。
そして、八崎に抱えられていた少女は、八崎を蹴り飛ばして宙を舞い、白い地面に見事に着地してみせる。
左眼は開けられない。顔の左半分を自らの手で触ると、ぬめりとした感触が伝わり、痛みも増した。
触った手をまだ開いている右眼で確認すると、赤い血が付着していた。
(切られた……!? いつの間に……!?)
それに、誰に切られたのかも分からなかったが、それはすぐに分かる。
「くっくっ……まだ気づかないの? おじちゃん」
笑みを浮かべる少女だが、先ほどの天使のような微笑みではなく、悪魔のような不敵な笑みだった。
少女の手には一本のナイフが握られており、そこから血が滴り落ちる。
そのナイフは、明らかに八崎の持っていた物とは違った。
「お前が本体ってわけか……?」
ただ単に、霊類の土地に踏み込むために利用された少女ではなく、この少女自身が、金城と行動を共にする、空間移動の魔法を使える張本人ということ。
それならば、何故、気が付く前に、止めを刺さなかったのか。
止めは刺せなくとも、腹にナイフを突き立てた方が、今よりも行動を制限できたはずだ。
だが、今はそんな事を考えている余裕はなさそうだ。
自分も魔法を使って、対抗するべく、ポケットに入れたナイフを取り出そうとした時、自らの身体の異変に気が付く。
何かに拘束されたように身体が思うように動かせない。
「これからが、ホントの戦いだよ? ――――おじちゃああああああああああああああん!!!!!」




