第1話 引退した魔導士
ある晴れた日の朝。小さい屋敷の庭に椅子を置いて座り、老人が本を読んでいる。質素だが下手のいい服に、白い髭を整え、優しそうな眼をしていた。
読んでいる本の内容は異国の魔法について、既に何度も読んでいるがいつ読んでもその度新しい発見がある。屋敷の主の老人ヴァルツはそれを面白いと思っている。
大きな冒険にはもう数年は出ていない。今はこの屋敷で気ままに庭の手入れをし、時折訪れる来客をもてなし、いつも整えられた庭で本を読み、演劇やボードゲームに興じるだけの自由な生活。
既に子供たちは皆独立して立派に過ごしている。もうヴァルツは余生を気ままに過ごすだけの老人である。
その静寂に突如子供たちの声が混じる。
「おい!この一角兎を追え!」
「よしこの勇者様が討伐してやる!」
「こら!今日は僕の方が勇者役だっただろ!勝手に変えるなよ」
「早い者勝ちじゃい!ほら俺がやるぞ!」
どうやら子供たちが遊んでいるようだ。しかしその対象が良くない彼らはウサギを追っている。この付近にいる低ランクの魔物だが今は子供たちに追い詰められていた。
ヴァルツは席を立って子供たちに近づいていく。
「これこれそのウサギを解放しなさい」
「あっヴァルツ様だ!」
孫ほどの年齢の子供たちはヴァルツを見るとキャッキャと喜ぶ。
「このウサギがウチの食べ物を盗もうとしたから追っているんだ」
「そうだよ。このウサギは悪い奴なんだ!」
「だからと言ってそこまで傷付けることも無かろう。ほれこのお菓子をやろう。だから解放してやってはくれないか」
「ちぇっ。勇者の修行をしたかったけどお菓子をくれるならしょうがないや。行こうぜ」
「は~い。ところで僕たちでも修行すれば立派な勇者様になれるかな」
「そうかもしれん。だが無垢な生き物たちをむやみに傷つけているようでは将来立派な勇者様にはなれんぞ」
「は~い」
「じゃあねヴァルツ様」
子供たちはお菓子を貰いウサギを解放した。
「これこれ少しこちらに来なさい」
低ランクのウサギとは言ったが少し珍しい姿をしていた。
ヴァルツは家の中からすり潰された薬草の入った瓶を持ってくるとふたを開けてウサギの傷口に優しく塗り込んだ。
「許してやってくれ。あれでも根はまっすぐな子達なんじゃ」
「くぅ~ん」
ウサギは小さく鳴き、気持ちよさそうだった。
十分程度経つと全快したのかぴょんぴょん跳ねてどこかに帰って行った。
「ホッホッホ。若いというのは良いな」
ヴァルツはそう微笑んだ。
帰りながら右手の瓶を覗いてみると薬草が切れかかっていた。
「久々に出してみたがもうこんなに減ってしまったか。これは新しいものを調達せねば」
頭の中で考える。次にこの付近に商会の行商人が来るのはいつだろうか。どう考えてもあと数日はかかりそうだった。帝都にでも買い物に行こうか。いや帝都は昨今の世界情勢のせいで今物価が高くなっている。
「あの薬草はこの近くの洞窟に自生していたな。久々に運動がてら取りに行くか」
そうと決めたヴァルツは久しぶりの小冒険に行く準備を始めたのだった。




