第5話 冥界からの使者
「久しぶりだな。ハデス」
老人が、古戸に向かって言った。
「そうだな、兄さん」
古戸が答えた。
「兄さんって、あの爺さんが、古戸さんの兄なの?」
サトルが言うと、老人は片方の眉を上げ、口の端をゆがめた。
「古戸? 今の名か。名前を変えたって、過去と決別できるわけではないぞ」
老人は鼻で笑った。
「ああ、やつの名は『世右』。『オリュンポス』の社長だ」
老人の言葉を無視して、古戸はサトルに言った。
「その通り」
そう言いながら、世右が右手を差し出すと、黒服が何かを手渡した。ギザギザの形をした、奇妙な杖だ。
「これは、久しぶりのあいさつだ。ハデスよ」
世右が杖をかざすと、上空で雲が音を立てて光る。一瞬の閃光を発して雷が落ち、古戸を直撃した。
「うわ!」
サトルは、一瞬早く、マキを抱きかかえて古戸から離れた。
──サトルが顔を上げて、古戸を見た。スーツはボロボロになり、煙を上げている。
「ふん。相変わらずだな、兄さん。……いや、世右よ」
「この杖はな、わしの力を増幅する装置だ。これでわかっただろう、わしの力が」
世右は、杖を前に突き出した。
「今度は許さんぞ、ハデスよ。よくも今まで散々わしに逆らいおったな。いくらお前が不死身でも、その身を焼き尽くすこともできるんだぞ」
古戸は、無言で世右をにらんでいる。
「だが、貴様は簡単には殺さん。わしに逆らった罪は、永遠の苦しみで贖うがいい」
サトルは、震えるマキの肩を抱いた。
「さ、坊や」
世右の口調が変わった。
「その杖をわしに渡すんだ」
「断る。お前の目的は、古戸さんから聞いているぞ」
「はっはっは。やつの言うことは、嘘だよ。サトルくん。やつは君を利用しているんだ。君の父を殺したのも、やつだ。わしは、人類の未来と平和のために、この杖を研究してきたんだ」
「サトルくん、世右の言うことに惑わされるな」
「わかってるよ、古戸さん。こいつは約束を守るタイプじゃない。わかるんだ」
「ふふ、それも君の予知の力か。では、これならどうだ?」
世右がちょっと杖を動かすと、ごく小さな雷が落ち、サトルに当たった、かに見えたが、サトルは直前で動いてかわしていた。2度、3度、世右は同じことをしたが、やはりサトルには当たらない。
「言っただろ。お前のやることは予知できるんだ。それに、お前の雷は強力だが、どうやら1発ずつしか撃てないようだな。それじゃ、俺には当たりっこないよ」
「チッ。手加減しておれば、図に乗りおって。ガキが」
世右が指を鳴らすと、黒服がサトルを取り囲んだ。
「貴様の弱点などわかっておるわ。やれ!」
黒服が一斉にサトルに飛びかかる。サトルから強引に杖を奪おうとしたが、古戸がその黒服を、ことごとく薙ぎ払った。
またたく間に乱戦になった。世右も、黒服を援護して雷を落とすが、サトルには当たらない。黒服の1人が雷の直撃を受け、消し炭になった。
「きゃあ!」
「動くな!」
黒服の1人が喚いた。マキを捕まえている。
それを見た世右は、穏やかな口調に戻って言った。
「サトルくん。杖を渡したまえ。その娘がどうなってもいいのかね?」
「マキちゃん!」
サトルは立ち尽くして、世右と古戸とマキを順に見た。しばしの沈黙があった。
「さあ…」
世右が手を差し出した。
「マキがいなけりゃ、どのみち人類の知識は失われるんだろう?」
「何?」
「だったら、同じことだよな」
サトルは杖を高く掲げた。
「マキを傷つけてみろ、この杖をぶっ壊す。そうすりゃ、世右。お前の野望もパアだろ? どっちにしろ、人類には同じことだからな」
「小賢しいガキめ!」
世右は、腹いせにサトルのそばに雷を落とした。だが、サトルは杖を掲げたまま微動だにしない。
その隙に、古戸が黒服の背後に回り込み、黒服の腕を掴んでねじ上げた。黒服は、悲鳴を上げてマキを離した。
「やむを得ん。おい、『あれ』をここへ」
「はっ!」
黒服の1人が、何かを持ってきた。幅、高さ40センチほどの、ジュラルミンのケースだ。世右の足元に置いた。
「開けろ」
黒服が、4か所のケースの留め金を、音を立てて次々と外し、蓋を開けた。
「よし、あとはわしがやる」
世右は、ケースに手を突っ込み、中身を取りだした。
「サトルくん。わしにはこの『切り札』があるのだよ。君の力を借りずともね」
世右が、布を取り払った。
「うっ……!」
世右が持っているのは、人間の首……頭部だった。
「ほ、本物の首なの?」
マキが声を上げた。
「そ、その顔は……まさか」
サトルの声が震えた。
「そうだ。君の父、神田 聡だ。保存用の樹脂処理をしているのだよ」
世右はニヤリと笑った。
「ううっ!」
サトルは、胸を押さえてしゃがみこんだ。心臓が激しく鼓動し、胃液が逆流してきた。サトルは口を覆った。
マキが駆け寄って、サトルの背中に手を置いた。
「と、父さんを……。なぜ? 僕も母さんも火葬に立ち会ったんだ」
荒い息をつきながら、サトルが言った。
「すり替えたのさ、死体をな。君たちが納骨したのは、赤の他人だ」
「き、貴様! いったい、何のために!?」
サトルは、怒りで身体が震えた。
「知っての通り、『宇宙の知識』にアクセスするには、君の血筋、つまりDNAが必要なんだ。それを代用できないかと、ずっと研究してきた。だが無理だった。しかし、なんてことはない。こうして死体を保存処理すれば、DNAを劣化させずに保存できるのだ」
世右は神田の首を前に掲げた。
「もともとこの男が、『使命』を果たす予定だった。それに、より『血』が濃いほうに、『杖』は反応する」
サトルの手にしている大茴香の杖が、光りだした。
「さあ、使命を果たせ、神田よ。呼びよせよ、杖を。死してなお歌う、オルフェウスのように!」
杖が、強く引きつけられる。サトルは必死に抗うが、耐えきれずに手を離してしまった。
サトルの手を離れた杖は、空中を飛んだ。
「杖よ、わが手に!」
世右が右手で杖をキャッチすると、笑みを浮かべた。
「ついに……、ついにこの手に入れたぞ、杖を。ついにわしが神になる時が来たのだ」
『宇宙の知識』が、世右の脳内に入り込んでくる。杖とともに、世右の身体が光りだした。
「力を感じる……。もうわしを邪魔するものはない!」
「させるか!」
古戸が、世右のそばまで近づいていた。世右に体当たりしようとしたが、直前で光の壁にはね返され、地面に倒れた。
「馬鹿め。もはや貴様の力ではどうにもならんわ。大人しく見ていろ、ハデス」
古戸は、倒れたまま懐から拳銃を取りだした。一瞬のためらいの後、撃った。だが、やはり効果は無かった。
「効かんと言っておろう。神に逆らうなど、この不届き者が!」
世右は、古戸を見下ろしながら言い、黒服の方を見て顎をしゃくった。
「おい!」
黒服が、ヘッドギアのようなものを、世右の巻き毛の頭にかぶらせた。
「教えてやる。これはな」
世右は、サトルたちの方を見て言った。
「宇宙からダウンロードした情報を、わしの脳内にインストールするための装置だ。おい」
「は、こちらです」
黒服が、岩を指した。周りのものと変わらない岩だが、上に穴が開いている。ぴったり、杖と同じ大きさの穴だ。
世右が、芝居がかった仕草で、穴に杖を挿し込んだ。かちりと音がして、杖が固定された。
「おい、時間は?」
「は、まもなくです」
「いよいよだ。この時を待っていた。わしが、神の末裔ではなく、本物の神になる時がな!」
「馬鹿なマネはよせ、世右!」
古戸が叫んだ。
「人間が神になるなど……、思い上がるな!」
「くくく…、馬鹿は貴様らだ。わしに跪け! そうすれば、下僕にしてやらんでもないぞ」
「計算が確かならば、あと10秒ほどです」
黒服が言った。
「あと5秒……、4、3,2,1……」
杖が、これまでにないほど強く輝いた。直視できないほど強く輝き、その光は天空に発射された。
天に向かって光線が伸び、雲に大穴を開ける。ドーナツのような穴を開けた雲の周りには、波紋が出来た。
光が消えた。
直後、今度は天から光の束が、雲の穴を通して降りてくる。その光が、世右を直撃した。
世右の身体が光に包まれる。膨大な量の知識が、世右の脳内になだれ込む。
「おお……。見える。宇宙が見えるぞ!」
光の中で、世右の白髪と、長い髭が黒くなっていく。
肌のつやがよくなり、顔のしわもなくなっていく。
「宇宙の知恵が……、わしに入ってくる。力がみなぎる……。感じるぞ、わしが神になりつつあるのを」
サトルたちも黒服も、茫然として世右を見つめていた。




