第4話 無言の追跡者
トラックが路肩に停車している。その脇を、古戸の車が猛スピードで通過した。
その直後、トラックのエンジンが、うなりを上げて発進する。スピードを上げて古戸の車を追跡し始めた。
──
「古戸さん! さっきのトラックが、すごいスピードで追ってくるよ」
「やはり追手か。君たち、掴まっていろ」
トラックがすぐ後ろまで迫っている。古戸はアクセルを踏んだ。
車は加速し、あっという間にトラックとの距離が開く。
「この車に、パワーでは勝てんさ」
古戸は、誇らしげに言った。だが、数秒後、バックミラーにトラックの姿が見えた。
「馬鹿な……!?」
古戸はさらにアクセルを踏む。車間距離が開くが、トラックがすぐに縮めてくる。
前方に、停車している一般車が見えた。古戸は、素早くハンドルを切り、ぎりぎりでその車のそばを通過した。
サトルは振り向いてリアウィンドウ越しに後ろを見た。トラックは停止車両に激突して火花を上げた。停止車両は道路わきにふっとび、トラックはそのまま進んでくる。
「うわあ、あいつ、まともじゃないよ」
トラックはぐんぐん迫り、古戸の車のリアバンパーに体当たりすると、車内が揺れた。
「きゃあ!」
「やりやがった!」
サトルとマキは、悲鳴をあげた。
「こっちをスピンさせる気だな。見てろ」
古戸はハンドルを切り、車を左右に振って、トラックの体当たりをかわした。だが、トラックもその動きについてくる。
「なんて反応の速さだ。人間業とは思えん。」
2台は田舎道を疾走する。前に『高笠巣峠』の案内標識が見えた。
「ついにここまで来た。だが、やつを何とかしないと。サトルくん、運転手の顔は見えたか?」
「見えない。この位置からじゃ、見えないよ」
2台は峠道に入った。曲がりくねった道路を猛スピードで進む。急カーブを曲がると、後部座席のサトルとマキは、左右に転げた。
だが、トラックは後輪が滑ってガードレールにぶつかっても、スピードを緩める気配はない。
「見えたよ、古戸さん。運転席が」
またトラックが体当たりした後、サトルが言った。
「どんなやつだった?」
「誰もいない。誰も乗ってないのに、ハンドルが動いてるよ」
「あたしも見たわ。誰もいないのに、どういうことなの?」
マキが叫んだ。
「完成していたのか。『オリュンポス』社が開発したAIの自動運転だ」
古戸は、舌打ちした。
「自動運転?」
「やつは、正確無比なマシーンということだ。人間と違って、死を恐れることもなく、あきらめることもない。……来るぞ」
トラックは横に並び、幅寄せしてきた。古戸の車は、山側の岩肌とトラックに挟まれて、火花が飛び散った。
「ぐっ……、潰される!」
古戸は、ハンドルを素早く切った。
車が大きく傾き、片輪走行になった。そしてそのまま、岩肌を道路の代わりにして走る。
「きゃあ!」
サトルとマキは、傾いた車の後部座席を転がり、ドアの内側に叩きつけられる。サトルはマキの下敷きなった。
「いてて……」
「サトルくん、どこ触ってんのよ!」
「違うよ、マキちゃ……」
マキの平手打ちが飛ぶ。
車は加速して、トラックの前に出た。サトルたちも、倒れるように水平に戻った。
「危なかった。しかし、このままではやられる」
「古戸さん。さっきから見てて気づいたんだけど」
頬をさすりながら、サトルが言った。
「何だ? サトルくん」
「古戸さん。俺の言う通りに車を動かして!」
トラックが、次つぎとまた体当たりしてくる。しかし、古戸の車は、それをことごとくかわした。
「次は左だ! 古戸さん」
「次は右から来る!」
サトルは、『予知』の能力を使って、古戸に指示を出していた。AIの正確で素早い反応よりも、サトルの予知が一歩、上回った。
「こっちだ」
古戸はハンドルを切り、横道に入った。
「この林道が、『高笠巣山』への道だ。ここからは未舗装だ。揺れるぞ!」
荒れた道を飛ばす。トラックも、後輪をスライドさせ、当然のように林道に入ってくる。
「しつこいやつだ」
勾配がきつくなってきた。上り坂なら、トラックは不利だろう。3人は後ろを見た。
だが、トラックは、それまでと変わらずにパワフルに追ってくる。
「くそう。このままでは…」
「大丈夫だ、古戸さん。俺の言う通りにしてくれ」
「サトルくん? どうする気だ」
2台は、林道の未舗装路を走る。道中のカーブは、これまでの峠道よりいっそう急で、道幅も狭くなっている。ただ走るだけでも危険な道だ。
だが、AIが運転するトラックは、そんなことはお構いなしだ。道路のマップはすべて把握している。オーバースピードでコースアウトすることはない。
たとえ深夜で、ヘッドライトがなくとも走れる。
「まだ。まだだ、古戸さん」
サトルはフロントガラス越しに前を見ながら言った。
「よし、ここだ。ここでアクセルを全開にして。そして、次のカーブで外側、崖側に車を寄せて曲がるんだ」
「何だって? サトルくん。危険すぎる。一歩間違えれば、崖下に真っ逆さまだぞ!」
「俺を信じてくれ」
「サトルくん……!」
マキが、サトルに抱きついた。サトルもマキの肩を抱いた。
「……わかった」
古戸が、スピードを上げた。トラックも、それに追走する。カーブが目前に迫る。カーブの先は見えない。
古戸がカーブの外側の、崖側にコースを取る。コースアウトしないぎりぎりだ。トラックのAIは、内側の、山側のコースを選んだ。
2台がほぼ同時にカーブを曲がり切ると、内側の、トラック側の目の前に、落石があった。かなり大きい岩だ。
古戸の車は、外側でぎりぎり岩をかわしたが、トラックは避け切れずにそのまま岩に突っ込んだ。
衝撃で、トラックの車体が、大きく飛び跳ねた。そのまま、勢い余って宙を飛んだ。
古戸がブレーキを踏むと、砂煙を上げてスピンし、道の端ぎりぎりで停車した。3人とも、あわてて外に出た。
トラックが、咆哮をあげて崖下に落下していくのが見えた。やがて轟音を立てて地面に激突し、炎上した。
3人とも、その様子を声もなく見つめていた。オイルの焼ける臭いが漂ってくる。
「あの岩、最近の落石なんだ。AIは、あそこに岩があるのを知らない」
「サトルくんは、予知で見えてたのね」
──しばらく3人は崖下を見ていた。やがて、古戸が口を開いた。
「行こう、2人とも。もうすぐだ」
ボロボロになった古戸の車に、3人は乗り込んだ。ドアが歪み、フロントガラスも割れている。
──しばらく走ると、林道は行き止まりになった。
「車で行けるのは、ここまでだ」
全員、車を降りた。林道の脇に、『高笠巣山 登山道』と書かれた木の板がある。
「こっちだ。この道を行けば、30分ほどで山頂だ。サトルくん、杖を忘れるな」
「古戸さん、なんか、杖がうっすらと光ってるような……」
「目的地に近づいてるってことだ。行こう」
古戸を先頭に、登山道を行く。しばらく歩くと、サトルとマキは息が切れたが、古戸は涼しい顔をしている。日は、すでに傾きかけていた。
「ここだ」
狭い登山道から一転して、開けた場所に出た。山頂だ。だが、木々に囲まれて、見通しは悪い。木々の一方だけが開けて、遠くの街並みを見下ろせた。
「杖がさっきよりも強く光ってる……!」
「約束の場所と時間が近づいている証拠だ。あとは杖を然るべき場所に差し込むだけだ。だが……」
「だが、何?」
「お出迎えだ」
木々の影から、黒服の男たちが表れた。
「ここまでご苦労だったな」
黒服のうちの1人が嘲るように言った。
「貴様らもな」
古戸が言い返すと、黒服の集団が左右に分かれた。その間から、1人の男が歩み出た。
奇妙な格好をした老人だった。
白髪の巻き毛で頭は覆われ、顎にはこれまた白く長い髭を蓄えていた。
古代ギリシアのキトンを身にまとい、その裾から見える足には、金色のサンダルを履いていた。
「久しぶりだな。ハデス」
老人が、古戸に向かって言った。
「ああ……。兄さん」
古戸が答えた。




