第二十四話 さあ、日常生活!
たったったった、と紅は走る。息を切らせて、ちらちらと後ろを見ながら。
後ろでは必死な表情で走る風見が、待てと叫んでいた。
「待たないって、言ってる、でしょ!」
もうダメかもしれない。もう走れない。今までの人生で紅は何度もそう思ったが、今回は助け激励してくれる母がいない。ふとそのことを認識して、紅は寂しさを募らせた。
「しめた! 紅! つ・か・ま・え・た!」
その寂しさを、風見の元気な声が吹き飛ばした。
「!」
紅は迫る風見の手をひらりと躱し、するりと流れるような動作で反対方向に駆け出した。
「捕まらないよ!」
なんだか、やる気が出てきた。そうだ、今は命が懸ってない。でも、楽しい。楽しいんだ。紅はようやく子供らしく楽しく遊びに参加し始める。
「捕まえてみろ!」
「言われなくても!」
昼休み終了のチャイムが鳴るまで、紅と風見はずっと、追いかけっこをしていた。
◇◇◇
「もう! 二人で遊んでばっかでバカなんじゃないの二人とも!」
教室に返る途中、一緒に遊んでいた陽木がすねた様子で二人に言った。鬼である風見をずっと紅がひきつけていたため、ほかのメンバーは本当に暇だったのだ。最期の方は別の遊びをしている子もいたくらいだ。
「ごめんね、しょうこ。ほら、なんだか夢中になっちゃって。紅ちゃんめっちゃ足はやくてさ」
「ふうん、ミドリより?」
「いいや! 私よりは遅いかな」
誇らしげに言う風見に、紅が反応した。
「へえ。私が風見より遅いって? ずっと捕まえられなかったのに?」
「あれは! あれは、紅ちゃんがなんかするっと躱すから。追いついたことは何度かあったでしょ」
「そりゃそうだけど、でも遅いってことはないよね?」
「何? じゃあ今度競争する?」
「いいよ、受けて立つよ」
にっと、二人は攻撃的な笑みを交わしあう。
「……仲いいね、ホント」
その様子を見て、陽木が言った。紅の馴染み具合が半端ではないのだ。まるで数年来の友のよう。それが面白くないわけではないが、不思議な感覚なのだ。
「仲いい? そう見える、しょうこちゃん」
「悪くもないけど良くもないんじゃない?」
紅と風見、二人の反応はめいめいに違った。
「それを仲いいって言うんだけどね」
陽木は微笑むと、やれやれと肩をすくめた。
◇◇◇
午後四時ごろ。軒並壮に帰って来た紅は、ランドセルを流の部屋に戻すなり、共同キッチンにある好助お手製のメイド服に袖を通した。
「あら、紅ちゃん。まだ晩御飯の準備には早いわよ?」
管理人さんがキッチンにやってきて、紅に微笑みかける。
「ほら、私雇ってもらってるんでしょ? だったら、ここにいる間は、この服着るの」
「そんな気負わなくてもいいのよ。あなたは、ここの住人なんだから」
この気概は父親たる流にこそ持ってほしい者なのだが。と、内心で管理人さんは思う。
「そお? でも、この服結構気に入ったかも。カワイイし!」
最初は拒否感もあった紅だったが、やはり女の子なのか、かわいらしいものには目がないようだ。
「そう。でも、好助さんにはお礼、言わないほうがいいわよ」
「え? なんで? お礼はしないとダメ、だよね?」
きょとんと紅は聞き返した。どうしてなのかさっぱりわからない。
「ほら、あなたの身のためにも、ね?」
そう言われても、紅はさっぱり理解できない。母親からいろんな知識を詰め込まれていると言っても所詮まだ子供。母親の言っていることを本当の意味で理解しているわけではないのだ。
「……管理人さんが言うなら。それで、管理人さん。おとーさんは?」
「まだ大学じゃないかしら」
管理人さんの返事に、紅は露骨にさびしそうな顔をする。少しの間でも顔を見られないと孤独を感じてしまうらしい。
「そ、っか。じゃあ、おとーさんが帰ってきたらおいしいごはん食べられるように、ちゃんと作ってあげないとね! 管理人さん、今日はどんなごはんにするの?」
冷蔵庫をあけながら、紅は聞いた。
父のために手料理を作ろうとする紅をほほえましく思いながら、管理人さんは「簡単なものよ」と答えた。




