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竜の宿る原石  作者: 黒川雫、窓
第一章 『三人と出会い』編
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第八話 『それが分かるまでは』

速見の朝は、アパート前の道路で素振りをするところから始まる。何故わざわざ外に出て行うかと言えば、友人から同居翌日に五月蠅いと苦情が来たためである。

「よーし、素振り千本終わりっ!!戻って支度しないとな!!」


特殊武装隊第二連隊本舎、そこから徒歩十分のアパートの一室に速見、千景、戸部の三人は住んでいた。元々は速見が冗談で、それぞれがワンルームの賃貸に住むより三人で大きめの部屋を借りた方が安上がりだとぼやいただけだった。しかし思いの外話が進んで、現在に至る。

部屋に戻ると、玄関から続く廊下の突き当たりにある扉から光が漏れていた。一瞬誰だろうと考えるも、この時間に起きているのがどちらかという事を踏まえれば、そこにいる人物も予想が付いた。

廊下の左側には千景の部屋と風呂や洗面所といった水回り、右側には速見の部屋とお手洗いがある。木刀を自室の置き場に立てかけた後に軽くシャワーを浴びるまでが、毎朝のルーティーンだった。

その後、速見はようやく奥の部屋へと向かっていった。

「おはよー千景」

突き当たりの扉の先はキッチンやリビングが広がる、三人の共用スペースだ。丁度電気ケトルの電源を入れていた千景は、特にそちらを向くこともなく、そのまま棚からマグカップを取り出した。

「おはよ。にしてもほんまに毎日素振りするんや。朝から元気やな」

感心と呆れが混じった微妙な顔に、速見も思わず苦笑した。とはいえこれは速見が幼い頃から欠かさず続けていることであり、今更苦痛に感じることはなかった。尤も、集団生活でタイムスケジュールが細かく設定されていた訓練学校時代は除いてだが。


「日課だからな。お前が毎朝インスタントコーヒー飲んでるのと変わんねえよ」

そうやってこういう事をなんでもないようにさらりと言い放つのが速見、というのは、千景の中では既知の事実だ。深く追求することもなく、次の問題へ移った。


「さよか、まあええわ。それより、まだ起きて来てへんあのアホを起こしてきてもらってええか?」


「ああ……あいつマジで朝弱いからな。仕方ねえ」


そう言って頭を掻く速見の視線の先には、リビングから続く部屋への引き戸があった。その先で今もベッドの上にいるであろう戸部が今日の朝食担当なのだから、世話が焼けるといったものだ。

部屋に入ると何ともまあ、間抜けた顔で眠りこけた戸部の姿があった。まだ越してきてから間もないため部屋には段ボール箱が散乱していた。それでも既に、机の上には大量の消しかすと共に数冊のノートが放り出されており、よく見ると戸部の右手の側面にも黒い汚れがくっきりと残っていた。

「起きろ寝ぼすけ!!さっさと朝飯作りやがれー!!」


速見は言いながら、掛け布団を引っぺ剥がした。いきなり起こされた戸部はしばらく目をしょぼしょぼさせて天井を眺めていたが、やがて状況を理解したのか今度は起き上がらずにうつ伏せになった。

「あと五分……」



「馬鹿言え、遅刻するぞ。ったく、また夜更かしして勉強してたろ。身体が資本の部署にいる間はちゃんと寝ないと」


戸部の身体がびくっと跳ねた。睡眠時間を削った事をきっちり見抜かれ、バツが悪そうにしながらようやく身体を起こしたのだった。


その後も紆余曲折あったが、三人はなんとか始業時刻に余裕を持って基地に到着した。ロッカールームには丁度火村も居合わせた。

「おはようございます、火村さん」


「ああ、お前らか。おはよう」


勤務開始から一週間が経ち、三人は徐々に火村と打ち解けていった。顔付きこそ怖いものの、面倒見の良い火村は速見の中でもかなり印象が変わっていた。

「確認だが、今日は小隊規模での行進訓練だ。昨日も言ったが、始業時間には装備を整えて車両倉庫に整列しておけ」


「はい。にしても、調査一課が揃うのは今日が初めてですね。少し緊張します」


速見らの所属する調査大隊は竜の生態管理を行う生態管理部、都市外の基地を管理・運営する域外基地管理部、密猟の調査や取り締まりを行う密猟捜査部の三つの部門に分かれており、これらは便宜上中隊として扱われている。

生態管理部の中でも、得られたデータや地形図などを元に生息地の断定や記録を行う記録一課、データを計上、管理し、予測を立てて調査の指示を行う記録二課、実際に竜の居住地に調査へ赴く調査一課、物資運搬や地形調査を行う調査二課に分かれている。調査課は危険が多いとされる居住区外での活動がメインとなるため、日々の訓練も少し離れた場所にある、野山を模した野外演練場で行っているのだ。

「ああ、総勢四十三名だ。実際の調査では分隊ごとでの行動が多いから、せいぜい十四、五名なんだがな。合同訓練はいつもより内容が濃くなる。気を引き締めていけ」


「はいっ」


ロッカーの鍵を閉め部屋を去ろうとした火村だったが、そういえば、と何かを思い出したように振り返った。

「お前ら、あれから桜木とはうまくやれているのか?」

ばっと、三人揃って視線を逸らす。速見だって、班員とは出来る限り良好な関係を築いていきたいと考えている。考えているのだが。

「いや……、俺達、何かあいつの癪に障るようなことしたんですかね……?」


速見の疑問に、火村は困ったように頬を緩めた。

「そんな事はない、と思うんだがな。矢張り気まずそうにしていると感じたのは間違いじゃなかったか」


三人と桜木の関係性、それは中々厳しいものだった。勤務初日に衝突しかけた千景は、あれから一応双方が謝罪して若干空気感はマシになったものの、露骨に避けられている。

とは言え、人当たりが良いと評価されやすい人種の速見と戸部ですら似たような扱いを受けているので、初日のあれが与えている影響がそこまで大きいとも考えづらかった。

「新人資料には、人間関係についてそんなに問題があったとは書かれていなかった。精々、人見知りで大人しい性格という評価だった。それが、なんでこんな事になってるんだか……」


「……!!」


火村の言葉に、速見ははっとした。今、火村が口にした性格。それは、速見と千景が初めて出会った桜木には当てはまるものだった。しかし、部隊で会ってからはずっと素っ気なく、戦闘訓練では殺気まで向けられる始末だ。

火村は少し頭を抱えていたが、三人の申し訳なさそうな反応を見てすぐに我へ返った。

「兎に角、桜木には俺からも話をしてみる。お前達は訓練に集中しろ」



装備を整え三人が車両倉庫に到着すると、班の整列位置には既に桜木が並んでいた。千景の舌打ちを聞き流しつつ、速見はいつも通り桜木に話しかけた。

「おはよー、今日もよろしくな!!」


桜木は声のする方を一瞥したが、すぐにまた前を向いて休めの姿勢へ戻った。

(安定のフル無視……もう慣れたけど)


変わらない冷たい対応に速見の心が折れかけるが、なんとしてでも真意を暴いてやるという決心をしたのだ。この程度のことで落ち込んではいられないと、速見は首をブルブルと振って気を取り直した。


「お前、よう飽きずに話かけるな。僕はもう面倒やからかかわらへんで」


態々本人にも聞こえるように、桜木の後ろに並んでから言う辺りが実に千景らしい。いっそ清々しいまでの捻くれ具合に辟易しつつ、速見は敢えて桜木の方に向けて言った。

「気になるんだよ。どうして俺達の無事を喜んだ桜木が、ここまで俺達を毛嫌うのか。それが分かるまでは、俺は絶対に諦めない」


後ろに並んでいる状態では、速見から桜木の表情は見えなかった。しかし、後ろで組んだ手が固く握られた事が、ほんの少し見え隠れするやるせなさのような感情を表していた。

隊員らがぞくぞくと集合する中、倉庫のすぐ側でなにやら話し込んでいる影が数人分伸びていた。

「いやあ、矢張り小隊全員となるといつもより迫力ありますねえ。広いはずの倉庫が狭く見える」


そう言って扉からひょっこり顔を覗かせているのは、いつも通り軽薄な笑みを浮かべる小野山だ。そんな姿が気に入らないのか、近くに立っていた女性隊員が溜息交じりに窘めた。

「小野山一曹、訓練前だというのに緊張感が足りない様子ね?」


凜とした立ちいなせは、華のように綺麗だった。しかし決してか弱い印象を持つことがないのは、兼ね備えた風格の成せる技だろう。

「まあまあ滝宮一曹、まだ勤務時間外ですから……それに、小野山一曹をどうにか出来るのは火村曹長だけですよ」

横から宥められるも女性隊員、滝宮の気は収まらず、ずいと小野山を指さしてその隊員に対し文句を言った。


「そうやって諦めるからこの馬鹿が調子に乗るのよ。況してや、今年からは分隊長になったのよ?もっと上に立つ者としての自覚を持ってもらわないと!!」


「あ、金剛さんだ」


やいのやいのと言い合っているその二人の気が、小野山の一言により瞬時に切り替わった。三人は倉庫内から自分たちのいる場所へ向かってくる金剛の姿を確認するなり、背筋を伸ばして敬礼の姿勢を取った。

「三人とも、おはよう。まだ火村は来てないのか」


合流した金剛が滝宮に向かって質問する。滝宮はその問いに対し、淀みない声で返答した。

「いえ、既に先程装備の最終確認へ向かわれました」


「そうか。いよいよだな。今日は頑張ってくれ賜え」


「「「はいっ!!」」」


挨拶を済ませ去って行く金剛を見送っていると、装備点検を終えた火村が駆け足で戻ってきた。三人の視線が集まり、火村は短くこう言った。

「時間だ。行こう」






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