第一話 『大立ち回りな入隊式』
厳粛な空気に包まれる中、青年達が整然と列を成していた。
「これより、特殊産業機関特殊武装隊、入隊式を始める!!」
重く響き渡るその声に、講堂内の空気がより一層引き締められた。
特殊産業機関、それは国内に生息する竜を管理する機関だ。ここで言う竜とは、人間よりも大きな体躯と多様な能力を持った飛行生物である。
竜は、長らく人類史に登場し続けた。中世の頃までは、人類はその圧倒的な脅威に蹂躙されていた。あらゆる文献や遺跡から存在を確認できる彼等は、家畜や作物を荒らし、気まぐれに人をも喰らった。その獰猛さは、常に人々を恐怖させた。
しかし、その関係性はある事をきっかけに覆されることになる。
科学技術の進歩と特別な力を持った一人の英雄によって、多大な犠牲と引き換えに人類は竜の討伐に成功したのだ。英雄と同じ力を持つ人間は徐々に増え、成功例からさらに戦術が練られた。人類は、食物連鎖の天辺へと登り詰めたのである。
討伐された竜は、人々の生活に取り込まれた。その肉は大衆を飢饉から救い、頑強さと美しさを兼ね備えた爪や皮は高値で取引された。
そして人間の文化に蹂躙された多くの生物として例に漏れず、その個体数を徐々に減らしていったのである。
現在、各国政府は自国の竜の生態を事細かに管理している。資源として利用しながらも、半永久的にその恩恵を得られるよう、その討伐や取引は全て管理下に置かれた。その管理機関が、この国では特殊産業機関に当たる。
機関の仕事は様々だ。生体数や生息域の管理、得られた資源の保存や活用の研究、更には密猟の取り締まりまで行っている。危険を伴う業務が多いため、機関は一つの武装組織を中心に成り立っていた。
それが、今この講堂で入隊式を執り行っている特殊武装隊である。
「続いて、成績優秀者による披露模擬戦闘に移る。総員、前方のモニターに注目せよ」
全員の視線が、ステージ上に設置された巨大なスクリーンへと注がれた。ステージ脇に立つ男性が手元の端末を操作すると、そこには森を模した、鬱蒼とした巨大な演習場を俯瞰するカメラ映像が映し出された。
「左方、第一連隊調査大隊所属、追立隊員。右方、第二連隊調査大隊所属、桜木隊員」
方や、大きめの刃が付いた薙刀を構えた背の高い男である。もう一人の対峙する隊員が、体格的にも恵まれているとは言えない、武具も間合いの短い二本の刀を携えた小柄な女である事に、眉を顰める隊員もいた。
しかし、「能力」を持った人間の戦闘には体格差よりも大きな要素がある。
開始の合図が鳴ると、映像は爆音と共に白い光に包まれた。鋭い閃光に、思わず目を伏せた者もいた。
数度の点滅の後に映ったのは、所々焦げた跡がある開けた大地だった。周囲の木々は焼けるかなぎ倒されるかされ、半径数メートルに渡って少し窪んだ更地となった。その中心では、二人の新入隊員が互いに刃を振るい合っていた。
特別な力を持った英雄の登場、それは平たく言ってしまえば超能力者の誕生と同義だった。人類がどういった経緯でこの力を得たのか、それは未だに分かっていない。しかし事実として、世界人口の数パーセントが何かしらの超能力を行使出来ているのだ。
当然と言えばそうだが、使える能力やその質は個人によって異なる。時折薙刀から発せられる稲妻とそれを掻き消すように吹き荒れる鋭い風、そして最初の大規模な爆発から、二人の能力が電力操作と風力操作である事が見て取れた。
二人の攻防はしばらく続いた。白刃戦だけを見れば、やはり男性隊員が有利に戦いを進めていた。振り下ろされた薙刀を横に躱し、女性隊員の体勢が若干崩れた。直後、薙刀の刃が白く光ったと同時に、女性隊員は暴風によって、自身の体を後方へ勢いよく後ろへ吹き飛ばした。
振り上げられた薙刀から放たれた電撃を伴う一太刀は、爆発的な火力を持った雷となって相手に迫りかかった。その破壊力は正面の大地を数メートル程削り、空気を焼いた。
勝負あった、と誰もが思った。しかし、巨大な稲妻は標的へ辿り着く前に霧散し、周囲の地面を焦がすだけとなった。激しい土煙が、その一撃が風により相殺された事を知らしめていた。
雷をも消し飛ばす嵐のような風は、辺りの物全てを巻き込みながら上へ上へと登り、竜巻となった。それは戦っていた二人をも巻き込んで更に大きくなり、轟音が講堂全体に響いた。
そして数秒後、何かの影が竜巻から放り出されるように空中へ舞った。その影は重力に従い地面へ落下したが、衝突する直前、周囲に稲妻が走り落下速度が落ちた。それが確認されてから、竜巻も緩やかに散開していった。
終了を知らせるブザーが鳴る。スクリーンの映像が途切れ、再び司会の男性が話し始めた。しかし会場は、余りにも大味な対決に少し浮ついた空気が残っていた。
入隊式が終わり、集まっていた人々は徐々に散り散りになっていく。式のために首都である第一都市に集められていた新入隊員達は、各々配属先の都市へ出発し始めていた。この国は第一都市から第九都市までの九つの都市から構成されており、各都市は堅牢な警備の元、人々を竜から守っている。
都市間の移動は安全な地下を通って行われることが多く、この武装隊専用のリニアも新入隊員を乗せて第二都市へ向かっていた。時速約五百キロで走り抜けるその車内は、入隊式を終えた隊員達の談笑で賑わっていた。
先頭から二両目に当たる車両では、仲の良さげな三人の青年らが横並びに座っていた。
「にしても、えらいド派手な試合やったなあ。流石、優秀な方々は違いはるわ」
「二人とも、能力の威力が桁違いだった。あれの片方が俺達と同じ都市にされると考えたら恐ろしいな。てっきり、優秀層は皆第一都市へ配属されるものだと思っていたんだが」
「まあ細かい事情は分からんが、手合わせ出来る機会があるかもしれないって事だろ!?楽しみだな!!」
そう言ってにかっと笑う真ん中の男、速見の発言に、両脇の二人は呆れながら溜息を吐いた。
「……速見お前、あれ見た後でようそんな事言えるなあ。僕は絶対お断りや」
ジト目できっぱりと反対の意を示した男は千景という名前だ。窓枠に頬杖を付きながら、もう一人の男、戸部の方へ視線を向けた。
「全くだ。毎度付き合わされる俺達の身にもなれ」
あっさりと千景に同意する戸部の態度に、速見は不満げな声を漏らした。
三人は、武装隊候補生らが二年間通う訓練学校時代からの友人同士であった。訓練学校は各都市に一校ずつ、合わせて九校存在する。個々の適性に則した配属先を決め、実際の配属に向けて養成を行っている訳だが、卒業すれば高給取りになる未来が確約されるにも関わらず、毎年卒業までに三割程の人間が辞めていく事から訓練の厳しさが窺い知れる。
この三人はそんな過酷な二年間を同じ班で共に耐えた仲間同士であり、だからこそ強い絆で結ばれていた。
「だってさー、あの刀多分すげーいいやつだよ?俺近くで見たいし打ち合いたいんだよ」
一人盛り上がる速見を横目に、千景は辟易しながら馬鹿にするように口を挟んだ。
「お前ほんと刀好きやな。今日の試合見る限り、刀なんて見とったらあっという間に吹っ飛ばされて終わりやで」
「そこは千景の能力でどうにかカバー出来るだろ。戸部が風向きを予測して、千景の能力で近づいて、俺が接近戦で叩く。はい完璧!!」
やれやれとばかりに千景は口出しを諦めたが、いつの間にか作戦に組み込まれた戸部が突っ込みを入れた。
「おい、まだ模擬戦出来るって決まった訳じゃないのに、作戦立てたってどうにもならんだろ」
「いやいや、こういうのを考えるのが楽しいんだろ。戸部だって、ねちっこい作戦考えるのとか好きじゃん」
唐突に放たれたストレートな悪口に、戸部は顔を顰めた。
「ねちっこいってなんだ。ただでさえうちには千景がいるんだ、俺までそんな性格になったらいよいよ仕舞いだ」
「なあ、今僕に飛び火させる必要あったか?」
当然、単なる腹いせである 。聞くまでもないと言わんばかりに笑みを浮かべた戸部を睨みながら、千景はこの仕返しをどうしたものかと勘案したのであった。
こうして穏やかな時間が流れ、第一都市を出発してから一時間が経過しようとしていた。新たに始まる日々への期待を乗せた車両は、暗い地下道を高速で突き進んでいた。
それは、突然のことだった。車内に劈くような金属音がうるさく鳴り響き、大きな衝撃が速見達を襲った。幸い、揺れはすぐに収まり、速見達は互いの無事を確認し合った。
「大丈夫か!?」
「ああ、問題ない。恐らく車両が緊急停止したんだろう。千景はどうだ?」
「問題あらへん。けど、なんで急に停車したんや……?」
予定外の停車に車内がざわついたが、その動揺は上官の一喝により一気に静まった。
「各自、自分の席で待機せよ。許可なく動いた者はその場で訓練校に帰ってもらう」
そう言い残し、上官は前方の車両へ移っていった。
車内は静寂に包まれた。動力部に何かしらの不具合があり、近くの基地で停止しただけだろう。静まり返った車内で、誰もがそう楽観的に構えていた。停車の原因よりも、命令違反と見なされ再びあの地獄に送り戻される事の方が彼等にとっては気掛かりだった。
ところがしばらく経った後、異変は起こった。つい耳を覆いたくなるような不快な音が車内を占領したのだ。金属同士がこすれ合うような耳障りな音に、全員の体が強ばった。その音は何度か、恐怖心を煽るかのようにゆっくりと響き、やがて止んだ。再び音の消えた車内では、皆自らの鼓動の高鳴りを意識せざるを得なかった。
「止まった、のか?」
誰かが、ぽつりと呟く。しかし、建てたフラグは回収されるのがお約束だ。金属の歪む騒音と共に、リニア全体が激しく揺れた。ある者は座席から振り落とされ、車両内の照明が点滅を繰り返し、サイレンが鳴り渡った。
しばらく続いたその揺れに車内は再び騒然とした。互いに状況を確認し合う中、一人の者が前方車両の方向を見て叫び声を上げた。
危険を察知したことで自動的に開けられたドアから、上官が向かった前方の車両の様子を見ることができたのだ。
前方車両は途中から、ズタズタに引き裂かれていた。残された残骸には大量の血がこびりつき、人だったと思われる肉塊が無造作に転がっていた。
「おい、あれ……」
別の隊員が指さす方向には、先程の上官が付けていたものと同じ腕章を付けた腕があった。もっとも、肩から先は見当たらないので、本当に同一のものかは分からなかったが。
「冗談やろ、なんでこんなところに」
「そうは言っても……いるものは仕方ないな」
硬い鱗に覆われ、長い爪と牙を持った巨体。千切れた車両の先では、大型の竜がこちらを睨み付けている。不気味に点滅する照明が、その体にこびりついた真っ赤な血を照らし出していた。