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81 それぞれの王子達は駆り出された




 ギバティ国王ブラージュは、末の弟王子を呼び出すように命じた。

 早速、少し離れた地方にある森へ狩りに出かけていた王弟ラルースに早馬が出される。


「兄上が? 何かあったのか? 理由は聞いておらんのだな」

「はい。ただラルース様に、戻られましたら陛下の執務室に顔を出すように、と。その時に内容をお話しするとおっしゃっておいででございました」

「分かった。だが、今日、この汚れた服を着替えて更に王城に戻るとなると到着は夜だ。執務室ということは公的な内容なのであろう? ならば、明日の昼過ぎには参って顔を出すと伝えてくれ」

「かしこまりました」


 今は特に大きな行事もあるわけでなかろうにと疑問を覚えつつも、狩りを切り上げて王弟ラルースは王城に戻った。

 そうして身なりを整えてから国王の執務室へと顔を出すつもりが、王弟が王城に戻ったことを知った国王より、謁見室の方へ来るようにと、案内がやってくる。

 どうやらその日は謁見が行われていたらしく、国王もなかなか手が空かないようだった。


「お呼びでしょうか、陛下」

「おお。戻ったか、ラルース。聞いたぞ。なかなか立派な猪と見事な狐を仕留めたそうだな。相変わらずの腕前だ」


 謁見室に向かえば、今日は貴族や文官が多くいたものだから、社交的な意味合いが強い会見が行われていたようだと、ラルースも見てとる。

 だからこちらに呼ばれたのだろう。ほとんどが王弟とも顔見知りばかりだ。


「え。ああ、もう誰かが知らせてしまったのですね。あとでお見せして、兄上を驚かせようと思っていたのに」

「はは。せっかく楽しんでいたのを呼び戻したものだから、成果もないままでは気の毒にと思っておったのだ。さすがだな、ラルース」

「とんでもないことでございます。それより兄上、何かありましたか」


 どうやらくだけた感じでいいようだと判断し、王弟は兄に対して陛下から兄上といった呼びかけに戻す。周囲の様子を見ながら態度を切り替えるのは、当たり前のことだ。


「うむ。そなたの結婚が決まった。ルートフェン国の第一王女だ」


 その場の空気がざわっと揺れた。

 さすがのラルースも息を呑む。

 王族に生まれてきた以上、婚姻も国の為の義務だ。だから自分の気持ちよりも国の事情が優先されるのは分かっていた。けれどもまさか、自分にそんな二流国家との縁組を持ってこられるとは思っていなかったのだ。


(ルートフェン・・・。あんな小国と、今、協力関係を構築せねばならん理由があるというのか)


 その場にいた人々も、ざわざわと互いに顔を見合わせ始めている。


『なんと。いくら何でもルートフェンとは』

『ラルース様は、王太后様も一番愛された末の王子でいらっしゃるのに』

『なんておいたわしいこと』

『何かの間違いだろう。ルートフェンなど』

『陛下も殿下を可愛がられておいでだったものを。どうして殿下にそんな格下すぎるお相手を』


 なぜならルートフェン国は、かつてパッパルート王国に属していた国だからだ。パッパルート王国の一部だったというべきか。

 はるか昔、当時のパッパルート国王は、仲の良かった弟王子に領土を渡し、そこの国王にしたのだ。国王となった弟王子はそれに感謝し、自分が治める土地はパッパルートの兄王あってのことだと、わざとパッパルートの一部の名をもらい、ルートフェン国と名づけた。

 そして、ルートフェン国では王女しかいなかったり、血統が絶えそうになると、パッパルート王国から王子を国王として貰い受けたりしてその歴史を紡いできた。

 貧乏なパッパルート王国と同じようにルートフェン国も貧乏だが、この二つの国はとても仲がいい。元は一つの国だったのだから当然ではあるが、その歴史もあって、常にルートフェン国はパッパルート王国より一歩下がろうとし、パッパルート王国をたてる国である。

 同時にそこで驕ることなく、パッパルート王国もまたルートフェン国を「我が同胞」「我らが兄弟」と、ルートフェン国を自国と同格に置き続けてきた。

 しかし、それはその二つの国においての事情である。

 他国からは、ルートフェン国は、所詮は貴族程度の領土をもらって国王を名乗り始めただけの小さな国だと、いささか冷たい見方をされていた。

 たとえ貧乏でもパッパルート王国は紛れもなく古い歴史を持ち、どこの王城にその王族が出向いても、それなりの待遇がされる一流国である。貧乏でもその血統の古さと確かさがパッパルート王族にはある。

 だが、ルートフェン国はパッパルート王国の流れは汲んでも途中からできた国である。どうしても二流国扱いされていた。


「ルートフェン、ですか」


 周囲の雑音に混じる同情。

 それを痛い程に感じ取りながら、王弟は感情のこもらぬ声で復唱する。

 これはもう決定なのだ。

 もしも打診であったなら、兄王はこんな場で口にしなかっただろう。


「そうだ。つまり、そなたは次期女王の婿となるわけだ」


 ざわざわと、更に周囲の囁き声が大きくなる。

 二流国家であっても国王になれるというのならばともかく、女王の婿など何の権限もない種馬ではないかと。


「ですがルートフェン国は常に、王女しかいない場合はパッパルート王国から国王を迎えていた筈。パッパルート王国はたしかディッパ王子とデューレ王子がいらっしゃるのですから、この場合はデューレ王子を結婚相手として迎えるのが慣例だったのではありませんか?」


 王弟がその疑問を口にすると、国王は、ふむと頷いた。


「確かに。どこの国もそうだろうと思っていたが、パッパルートとルートフェンの絆はこちらが思うよりも強かったようだ。その為、そんな縁組をする必要もないといったものらしくてな。だからこちらから持ちこんだ話だ」


 さすがに王弟の表情が固まる。


「よく、・・・あちらが受けましたね」

「そうだな。あちらの次期女王はかなり活発な王女のようだ」


 そこで、少し国王の唇が緩む。


「自分についてこられるのであれば婿にしてやってもいいと言ってきおった」


 さすがに誰もが呆気にとられる。王弟もまた面食らった。

 一拍おいてから、周囲に怒気が満ち始める。


『なんという無礼なっ』

『我が国の王子をお迎えできるとあれば、国王待遇が当然だというものをっ』

『有り難がって丁重にお迎えするならばともかく、なんという世間を知らぬ王女でしょうっ』

『信じられぬ。たかがルートフェンの王女風情(ふぜい)が、我が国の王子に向かって・・・!』


 ラルースはやや目を伏せるようにして気を落ち着けた。

 そうして兄王に向かって軽く一礼する。


「とても面白い方のようです。兄上がまとめてくださいましたこの話、有り難くお受けいたします」

「うむ」


 その内心では、どうしてこの自分がそこまで二流国家の王女如きに馬鹿にされねばならぬのかという思いが渦巻いていたが、ラルースはそれを完璧に隠した。

 国王も、周囲の反応など見えていないような表情で満足そうに頷く。


「そなたならば大丈夫であろう。だが、ラルース。温室育ちの王女だと思って侮ると痛い目をみるぞ。ルートフェンの次期女王陛下は、男二人と共に出かけた先で、自分よりも大きな鰐(わに)を腰につけた剣だけで仕留める程のお転婆だそうだ」

「男二人、ですか」


 王女というのに供の者は二人だけという意味なのか。さすが貧乏国と、誰もが失笑する。

 けれども王弟は違うことに意義を見出したか、興味深げな気配をみせた。


「ああ。その男二人とは、パッパルート王国の王子だったそうだが。つまり、実の兄妹並に仲が良い為、今更、縁組をする必要がないということらしい」

「・・・・・・それは」


 つまり、供の者自体がいなかったということなのか。あまりの貧乏っぷりに、王弟以下、誰もが言葉を失った。


「ラルース。色々と不満はあるかもしれぬが、おそらくそなたにとっては悪くない話だ」

「はい。とても興味深い王女のようです。感謝申し上げます、兄上。それでは慌てて駆け戻って参りましたので・・・。失礼いたします」


 ラルースは、皆に取り囲まれる前に退出する。

 勿論、不満がないわけではない。

 このジンネル大陸で一番尊い国の王子に産まれた自分が、二流国家の王女如きに「婿にしてやってもいい」と、言われたのだ。

 しかも国王として迎えるのではなく、あくまで女王の婿である。

 それはとりもなおさず、何も権限を与えるつもりはないという意味だ。


(鰐を一人で仕留める王女か)


 けれども失意の裏で、王弟はまだ見ぬ王女に僅かな好奇心を掻き立てられてもいた。


(ルートフェンなど、行ったこともなかった。その価値すらなかった国だ)


 そんなラルース自身の気持ちはともかく、ギバティ王国といえば今まで王子や王女を他国が礼を尽くして頂戴してきた聖なる国である。

 ましてやルートフェン国など、ギバティ王国から見れば、鼻息一つで吹き飛ぶような国だ。


『陛下は一体何をお考えになっていらっしゃるのか!』

『どうしてそんな零細国家のふざけた言い分をそのままに、ラルース様を・・・!』

『ルートフェンなど、王子を頂戴する謝礼すら出せぬであろうに!』

『しかも女王の婿など、何の権限もないではないか。なんという無駄な縁組をっ』


 ギバティ王城には、国王に対する不満が一気に渦巻き始める。

 今まで、「ギバティ王国に属している」、それこそがギバティ王国人にとってのステイタスだった。

 その栄華がこれからも続いていくと信じていた彼らにとって、今回の事はあまりにも国王が乱心したかのようにしか思えぬ出来事である。


『なぜ、我らがそこまで・・・!』

『それというのも、神子姫様が・・・!』


 様々な国に多額の支度金などを用意させては勿体ぶって王子や王女を迎えさせてやっていた自国の歴史を思えば、そんな支度金など全く用意できないような国との縁組に至った理由を考えずにはいられない。

 それこそ、女神シアラスティネルの姫君達がギバティ王国を拒否したのが原因だと、すぐに分かった。


『今や、神子姫様のお気に入りはディリライト諸島とキマリー国というではないか』

『神子姫様さえ、最初から我らを受け入れてくださっておられればこんな屈辱を受けることもなかったものを』


 そんな怨嗟が、王城のあちこちで発せられていく。

 それまでの特権意識を捨て去ることができなかったのは、かえって国の頂点に位置する国王や王族ではなく、貴族や一般人の方だった。






 ひょんなことからギバティ王国を出し抜いた形になったキマリー国は、そんなことよりも国内平定で忙しい。

 現在、第二王子ウルティードと第三王子ミファレーンは、パスティス公爵邸に滞在中だ。

 キマリー国の傷痕は大きかった。


「おい、ミファレーン。大丈夫か? 少しは休まねえと体がもたねえぞ。・・・それより、この報告書、本当か? 今までの台帳を持ってこい。あそこがこんな低い収穫量なわけねえだろ」

「今までの台帳でございますか」

「ねえわけないだろ。無いとか言い出したなら処分モノってんは分かってるよな。ミファレーンが世間知らずな王子様だからってなめた真似しやがるんじゃねえよ。何なら俺の教師だった奴らとそっくりその首挿(す)げ替(か)えてやってもいいんだぜ。それとも使いこんだか?」

「・・・あ、あの」


 ウルティードは、かなり王子様らしからぬ口の悪さを持ち合わせていた。そして、田舎でひっそりと育てられていたという哀れな噂とは裏腹な鋭さを見せつけてきてもいる。


「全く、こんなんで騙されるとでも思ってたのか。今までの台帳、出せねえっつうんなら過去に遡(さかのぼ)って、今までの担当部署、全員に使いこみの責任とってもらうからな。その金額、全て公表したら誰もが処刑もやむなしって思ってくれるだろうよ」

「そ、それは・・・」


 その素性を隠していた神子姫を見つけ出し、いちはやく求婚したという逸話もなるほどと思える程に、自分への欺瞞(ぎまん)を許さぬ若者だった。


「それとも俺を暗殺してみるか? 今、俺がパスティス公爵邸にいるのは国民全員が知ってる。さぞ、楽しいお祭りが行われるだろうよ。この城にいた奴ら、全員血祭りかもな」


 ここまで来たら、ウルティードも開き直っている。

 自分への国民全体の支持を背景に、堂々と嘯(うそぶ)いてみせた。


「その報告書の真偽も含めまして再調査させていただきます。しばしお待ちくださいませ」

「ああ。だが、過去の台帳にしても、偽物を掴ませてくれたと分かったら処分させてもらおう。そこは覚悟しとけ。一番、処分が浅くてすむのは正確な報告だ。分かってるな?」


 シンクエンの領地からウルティードが呼び寄せた人々は、既にあちこちで色々なものに目を通し始めている。

 何かしようものなら、彼らが即ご注進といった動きを見せるだろう。


「かっ、かしこまりましたっ」


 内心での焦りを押し隠し、役人がそう一礼して部屋を出ていく。

 その扉が閉まる前に、ウルティードはミファレーンに声をかけた。


「あのな、ミファレーン。そこで甘い顔を見せても反省なんざしねえぜ。ここはもう、たとえ現場が混乱しようが誠実に仕事をする奴だけを残せ。いいな。安心して任せられねえ役人なんざ、ゴミ未満だ」

「はい」


 聞こえてしまったその会話に、ここで改竄(かいざん)など行おうものならばどんなことになるかと、廊下に出た役人達も身を震わせる。


「お前は王子としての仕事もある。一々、俺らが目を通してやらねえと仕事もできねえカスなんざ、金払って雇い続ける価値はねえ。その証拠に俺が連れてきた奴らは誠実に仕事するだろうがよ。あれが本当の役人っつーもんだ」

「分かりました」


 三人の王子がキマリー国に帰還した時には、ミファレーンの祖父だったパスティス公爵はおろか、次期公爵となる予定だったミファレーンの伯父もとっくに処刑されていた。

 それを行ったのは、このウルティードがとても懐いているといわれる王族のシンクエンだ。


「ですが、ウルティード兄上。その言葉づかい、どうにかなりませんか?」

「こーゆー時は、何やらかすか分かんねえ奴って思われた方がいいんだって。クソ丁寧にしててもなめられるだけだぜ? 必要とあれば見せしめの一つや二つはした方がいい。ミファレーン。人なんざ信用すんな」

「はい」


 こうして共にパスティス公爵家の運営を手伝ってもらっていると、ミファレーンはウルティードの能力に舌を巻かずにはいられない。


(まさかここまで実務能力が高いとは思わなかった)


 あまりにも鄙(ひな)びた言動で王城での失笑を誘ってばかりいた第二王子は、実はかなり有能だった。

 今、パスティス公爵家が保留状態で置かれているのは、パスティス公爵の血を引き、第三王子であるミファレーンがやってきて仮の当主といった状態で動いているからだ。けれどもそれは、国としての見方である。

 領民の感情としては、王城育ちで領地の運営など右も左も分からぬミファレーンを補佐する為、パスティス公爵邸に滞在して共に行動しているウルティードの存在こそが、とても大きかった。

 本来は逆賊扱いとして誰もが下を向いて夜逃げしたい状態のパスティス公爵家縁者だが、ウルティードがミファレーンと共にいる為、浮足立(うきあしだ)たずにすんでいる。


「ウルティード兄上。どうして再調査などさせるのです?」

「どう考えてもおかしいからさ。これでも俺はある程度の領地経営を叩きこまれてるし、キマリー国内のあちこちにも訪れたことがある。あれ程に肥沃な土地でこれはあり得ねえ」

「あちこちに訪れたとは、・・・いつですか?」

「シンクエンと一緒に暮らしてた時だな。いずれ兄上を補佐する為にも必要だからって。おかげで土まで舐めさせられたんだぜ。落ち穂拾いまでやらされてよ。まあ、面白かったけど」


 ケイファストが成人できるかどうかも分からないと思われていた為、徹底的に国王もしくは国王補佐としての教育を叩きこまれたウルティードだ。


「土を舐めるのですか?」

「ああ。体で覚えろっつわれてよ。キマリー国内、様々な領地には行ってるし、分かる収穫量は目を通させられた。だからあの頃からパスティス公爵領の裏金作りには気づいてたんだが」

「そうでしたか」

「ああ。問題は今までのはパスティス公爵らが使ってたとして、それに加担してた奴らが今度は自分達の懐に入れるんじゃ意味ねえだろが」

「そこまで・・・」


 今、王太子ケイファストの体はどんどんと健康になりつつある。シンクエンもまたケイファストの横に立って支えている。

 だからウルティードに叩きこまれた教育も無駄になるのかもしれない。

 それでも今、ミファレーンの役に立つならそれはそれでいいと、ウルティードは思った。


「さっさと片付けてしまおうな、ミファレーン。大丈夫、俺達さえしっかりしてりゃどうにかなる」

「はい」

「それにお前が王城に戻ってきてくんねえと、俺、逃げこむ先がねえんだよ。兄上ってば、俺を見捨てて前面に出しやがるんだぜ。ひどいだろ? ひどすぎるよな?」

「えーっと・・・」

「俺は第二王子であって、第一王子じゃねえの。兄上が国王になるんであって、そこで俺が出てどーすんだよ。兄上、本気で鬼だぜ。あの親子、あまりにも俺に対して思いやりがなさすぎるっつーんだ」

「それは、・・・ケイファスト兄上にしても、ウルティード兄上がここまで人気になった以上、出さざるを得ないでしょう。出さなかったら、それこそウルティード兄上が冷遇されていると、変な噂も立つでしょうし」

「冗談っ。俺を前面に出すことこそが冷遇だろっ。だよなっ?」


 ここまで皆の注目を集めてしまったウルティードだ。

 兄であるケイファストがウルティードをあまり公的な場へ出さずにいたなら、邪魔な第二王子を第一王子は疎んじているのだと、誰もが邪推することだろう。


「諦めて、にこにこ笑ってればいいんですよ」

「無理。も、俺にゃ無理。ああ、王子なんて辞めてえ」


 領地運営には有能な第二王子も、社交関係だけは落第生だった。






 ジンネル大陸の中央に位置し、古い歴史を持つことで知られるパッパルート王国。

 そのパッパルート王国のディッパ国王は、行方不明だ。おかげで王弟であるデューレが代わりに国王代理として働かされている。

 そこへやって来たのがルートフェン王女カディミアだった。


「あははは、ばっかみたーいっ。それで逃げられちゃったの? だからデューレ兄様ってば抜けてるのよ」


 ベージュ色の髪、緑の瞳を持つルートフェン王女は、白一色の肩から踝(くるぶし)まですとんと落ちる長方形のようなワンピースドレスを、黒のハイウェストなベルトで引き締めた装いである。その下に白い五分袖のシャツを着ている為、どこか清冽な印象を与えていた。

 シンプルでありながら可愛らしく見えるのは、あえて何の飾りもつけていないがゆえか。

 言葉はあまりにも可愛げのないものだったが。


「黙りなさい、カディミア。大口(おおぐち)開けて馬鹿笑いとは情けない。いいかい、常に王女として恥ずかしくない行動を心がける。それはとても大事なことなのだよ」


 叱ってみせるデューレは、藍色のシャツに焦げ茶のズボンという格好だ。軽く羽織った薄手の袖なし上着は膝までと長く、とても通気性が良かった。

 何故なら今日は休日で、室内着で十分だからである。


「どうせ誰も見てないわよ。それに今日はお休みなんでしょ?」

「王子の休日なんて休日であって休日ではないのだよ。ましてや好き勝手してくれる兄王がいればね」


 何人かの供を連れて行方をくらました国王ディッパからの手紙には、ミザンガ王国の首都であるザンガにおける市場調査の内容が事細かく書かれていた。

 それを読んだデューレは、それらを複写させ、各大臣達にも目を通させている。

 他国の優れている点、劣っている点。そして自国の優れている点、劣っている点。どちらも鋭い視点でまとめられていたからだ。


「好き勝手かしら。どこにいようと、何をしていようと、ディッパ兄様はパッパルート国王だと思うわ」

「それでも弟には先に伝えておくことがあるってことだ。そんなことよりもカディミア。いつまでも子供じゃないんです。少しは姫君らしい言動を心がけなさい。休日だろうがそうでなかろうが、王女が品位を忘れてはなりません」


 地図には神殿や治療所などといった所在地が色分けした丸印で示され、街の人口も記載されているものだから、大体の割合が分かるようになっている。

 それを受け取ってしまえば、大臣や役人達も目を通す。国王からここまで詳細な内容を受け取っておいて自分達はどんな検討も討論もしていなかったとなれば、無能の烙印を押されかねないのだ。

 反発すべきか、服従すべきか。

 そのディッパが目指す先は、今までとは違う政策だろうと思えばこそ、誰もが考え始める。

 ディッパは、どこにいこうともパッパルート国王だった。


「うっわぁ、ひどーい。ディッパ兄様がいなくなったって聞いたから心配してわざわざ来てあげたのに、なんでお説教? ここは、感涙にむせんで私にお礼を言うところじゃないの?」


 体力が有り余っているディッパと違って、デューレはそこまでたくましいわけではない。

 ある程度の手伝いならできるだろうと思い、次の女王としての教育もされているカディミアはルートフェン国から駆けつけてきたのだ。


「心配してやってきた奴がゲラゲラ笑いなぞするものか。別にいなくなったと言っても、事件でも何でもない。心配をおかけしているが全く問題はないと、おじ上にもお伝えしておいてくれ」

「あら。お父様、別に心配なんてしてなかったわよ? だってディッパ兄様でしょ。しかもディッパ兄様、いなくなる前に大胆な王宮内改革していったって言うじゃない。しかも、何故かパッパルート王宮内の秘儀に詳しい娘を伴って戻ってきたと思ったら、僅かな人間、けれども有能な若手を連れていなくなったとなれば、あの兄様のことだもの。それこそ次の改革の為の布石じゃないの?」


 この王宮のプライバシーはどうなっているのだろうと、デューレは思った。

 そういう自分達もお互い様だから仕方ないのだろうが、癒着が激しすぎる。

 一番癒着しているのが王族である自分達だから、責められないのが辛いところだ。

 実際、カディミアは名乗らずともその顔だけでパッパルート王宮内を自由に動き回れるし、パッパルート王子達もルートフェン王城など別荘同然である。

 どちらにも王子や王女達の部屋があった。


「そこまで分かってて、何故来る。もうさっさとルートフェンに帰りなさい」

「だぁってえ。お父様、ひどいのよ。私はルートフェン初の女王になるって言ったのに、その為にデューレ兄様との結婚も無しにしてもらったのに、私の結婚話をまとめようとするのっ」

「ああ、聞いたよ。何でもギバティの王弟まで出てきたそうじゃないか。だが、あそこはかなり吹っかけてくるからね。何が何でも断るんだ。いいね?」

「あ。それ、なんだけど・・・」


 そこで上目遣いになるカディミアの緑色の瞳に、デューレは嫌な予感がした。


「さ。私はまだ仕事があるから、と」

「デューレ兄様っ」

「聞きたくないんだっ」

「聞いてくれたっていいでしょっ」


 くるりと扉の方へ向かって出て行こうとしたデューレの腰に、がしっと両手をまわしてカディミアは全身で引き留める。

 ずるずると、その体を廊下まで引っ張っていきながらデューレはあくまで逃げようとした。


「冗談じゃないっ。カディミアっ、君っ、心配して来たって嘘ですねっ。それが原因ですねっ。そんなものに私を巻き込むんじゃありませんっ」

「いいじゃないのっ。助けてくれたってっ」

「私を助けに来たとか言いながら、結局それでしょうがっ。うちは貧乏国で、ギバティ相手に何ができるって言うんですかっ」

「そこは偽装結婚とか、兄様得意のハッタリでっ」

「何が偽装結婚ですかっ。王族がそんなもんできるわけないでしょうっ」


 どちらかというと華奢な体格のデューレだが、それでも男だ。20才の娘にしがみつかれていても、その体を引き摺って歩くことぐらいはできる。

 日頃から物静かで大人しい王弟が、他国の王女を腰にくっつけてずるずると廊下を歩いていく姿に、見かけた誰もがくすくすと笑い出した。


「あらまあ。デューレ様、カディミア様を引(ひ)き摺(ず)っておいでですわ。ちゃんとエスコートぐらいして差し上げませんと」

「ほほほ。カディミア様。どうせならおんぶしていただいたらいかがでございましょう? それではおみ足がすり減ってしまいますわ」

「お前達は誰の味方なのかな。ここはパッパルート王宮で、今、私の意向が一番重要視される場所だと思うのだが。王弟に対して配慮があるなら、このスッポンみたいな王女殿下を引き剥がしてもらいたいものだ」


 そう言われても、女官達はカディミアが小さい頃から知っている。カディミアは、パッパルートの王女みたいなものだ。

 本当にいつまでも仲が良くていらっしゃいますことと、それで終わった。


「デューレ殿下。カディミア殿下をお忘れのようでございますが?」

「おや、カディミア殿下。デューレ殿下を押さえつけておけばよろしゅうございますかな?」


 そこへ通りがかった重臣達も、そんなことを言い出す有り様だ。


「ありがとう。ひどいのよ、デューレ兄様ったら。私が結婚話を断る為に、兄様を私のお婿さんにしてあげるって言ってるのに逃げるの」


 カディミアが自分の不遇を訴えれば、なんということだろうと、重臣や女官達も王女の味方になった。


「まあ、ひどいお話ですわ。ルートフェンの王女殿下に何かある時にはパッパルートの王子殿下がお助けするのは古くからの決まりでございますのに」

「本当に。カディミア様は我が国の王女殿下のようなものですのに。何があろうとお力になるのがデューレ様の義務ではありませんか」

「全くでございますな。我らがパッパルートの王子たるもの、常にルートフェンの王女様をお助けする為に男気を見せるものと決まっております」

「そうですぞ。どうぞカディミア殿下、その権利をご行使くだされ。パッパルート王宮の誰もが、王女様のお味方でございますからな」

「お前達は自国の王子を何だと思っているっ!」


 大体、女王になりたいから自分とは結婚しないでくれと言ったのはカディミアの方なのだ。

 これでもデューレは二つ年下のカディミアを可愛がってきていた。ルートフェン国初の女王になりたい彼女の為に、パッパルート国王と王弟は全面的に協力していた程に。

 それをギバティ王国との縁談に対し、パッパルート王国との慣例を盾にして断ろうとは・・・。


「ん? ちょっと待ちなさい。大体、普通に断ればいいだけだろう? ギバティ王国なんて金食い虫な縁談、最初からあちらだって宛て先を間違えていただけじゃないのかい、カディミア?」


 そこでデューレは首を傾げて、腰に引っ付いている王女を振り返った。

 ルートフェンがパッパルート王宮を把握しているように、パッパルートもルートフェン王城を把握している。

 ギバティ王国からルートフェン国に縁談が持ち込まれたことはデューレも知っていたが、そんなものは何かの間違いで、ルートフェン国も断って終わっただろうとしか思っていなかったのだ。

 大体、この王女が係(かか)わると陸(ろく)なことがないと今までの付き合いで十分に分かっているから、あの上目遣いをされた時点で逃げ出そうとしてしまったのだが、よくよく考えたらルートフェン国とて断る以外にどんな選択肢があったというのか。


「てへっ」


 可愛らしく笑ってみせるカディミアだが、デューレだからこそ分かる。

 これは何かをやらかしてしまった時のパターンだと。


「ちょっとこっちに来なさい、カディミア」


 デューレはそこにあった客室にカディミアを引っ張りこんだ。


「あまり厳しいことを仰(おっしゃ)いませんようにな、デューレ様」

「大丈夫でございましょう。カディミア様には格別に甘くていらっしゃるデューレ様ですもの」

「そうですな。デューレ様ならどうにかしてくださるでしょう。そんなことより、ディッパ様はまだお帰りにならないのか」

「はい。デューレ様がおいでですから滞(とどこお)りはありませんけれど。カディミア様もデューレ様をお助けする為、来てくださったのですわ」

「ふむふむ。まあ、実の兄妹のようにお育ちですからなぁ」


 長く勤めている彼らは、それこそ幼児だった頃から王子や王女を知っている。


「そうですわね。昔はお昼寝したがらない王女様をよくおんぶして歩いていらしたものですわ」

「おままごとしては、王女様もよく子守唄を元気に歌ってましたものね」

「ええ。それで合唱になってよく王子様達が眠れないとぼやいていたものですわ。本当に大きくなりましたこと」


 年頃の男女が二人っきりになるとあれば誰もが眉を顰(ひそ)めるか、応援するかといったところだが、元々、デューレはカディミアと結婚してルートフェン国王になる予定だった王子だ。

 現時点では、ルートフェンに王弟を渡して国王に何かあった時のことを考えると躊躇する事情もある上、子供の頃から王子達が王女達の子守りをしていた程に仲が良かったことから、誰も男女的な心配などしていない。

 どちらかというと、この流れではお説教だなと、誰もが察していた。


(やれやれ。大きくなって、やっとお仕置きの行儀作法特訓などされなくなっていたというのに)

(今回のお仕置きは、デューレ様の本棚の片付けかしらねぇ)


 カディミアにギバティ王国との縁談が持ち込まれたのは、それなりに把握しているパッパルート王宮だ。

 もしかして間違えて縁談を受けてしまったのかもしれないが、どうせデューレは子供の頃からカディミア達を可愛がっている。

 いざとなったら、古来の慣例を持ち出して縁談を破棄させるだけだろう。


(ま、大した問題ではなかろう。王族の縁談など決定するまでは水物(みずもの)にすぎぬ)

(どうせカディミア様もデューレ様に協力させればすぐに終わることだとお思いなのでしょうね。本当にお幾つになっても可愛い悪戯っ子のままでいらっしゃるんだから。・・・ふふっ、カディミア様のお好きなお菓子を用意して差し上げなきゃね)


 そこまで見通した彼らは、鷹揚(おうよう)な笑みを浮かべて解散していった。






 適当な客室の一つにルートフェン国の王女カディミアを引っ張りこんだパッパルート王国の王弟デューレは、そのまま後ろ手でガチャンと施錠した。

 そして、内側にあったもう一つの扉も施錠してしまう。

 何故ならばここはパッパルート王宮。客室にもその客が使うスペースと、侍従が控えるスペースとがあるからだ。どちらも施錠してしまえば、扉側から会話を聞かれる恐れは全くない。

 素早く室内の窓もしっかり閉めて、薄いカーテンだけを垂らしておく。そうすれば窓の外に誰かがいても太陽光の影で分かる上、こちらの様子は分からないからだ。

 とはいえ、三階のこの部屋の外に誰かが現れることはまずないだろうが。

 

「相変わらずデューレ兄様ってば神経質ねー」

「慎重と言いなさい。王族というのは、みっともない姿を見られてはいけないのだ」

「もう手遅れじゃない?」

「黙りなさい。それより、こちらが何も知らないということは、カディミア、君、何か勝手にやったんですね?」


 これでもデューレはカディミアを大事に思っている。

 だからこそ、何かをしたのであれば表沙汰にせずどうにかしてやりたいと思うわけで、その為には誰にも聞かれない状態を作るしかなかった。

 そんなデューレの様子を椅子に座って見ていたカディミアは、さっと立ち上がると自分の方へと近寄ってきたデューレの首に両手をまわして抱きつく。


「カディ・・・ッ」


 避けようとしたデューレだが、どうせこの王女がその気になったらいつだって自分を振り回すだけだと分かっていたので、諦めてその腰に自分の両手をまわして唇を重ね合わせる。


「ん」


 同じベージュ色でも、デューレは黄土色の瞳、カディミアは緑の瞳だ。

 違う色の瞳を映し合いながら、カディミアは甘えるような顔でデューレに笑いかけた。


「ねえ、デューレ兄様。だから私と結婚するんだって話を流しましょ?」

「心の底から断りますよ、カディミア。毎回毎回、自分を使って脅せば、何でも私が言うことを聞くと思っているでしょう」

「でも、聞いてくれるんでしょう?」


 自分に対する愛情を逆手(さかて)にとって、カディミアはデューレを利用しまくりだ。

 デューレがカディミアの醜聞なぞ絶対に流す筈がないと分かっているから、思うがままに振り回す。


「キス一つで一つの国を動かせると思ってるんですか。たかが小娘のドヘタクソなキス程度で」

「そこに愛情加算してちょうだい。ほら、とっても貴重なキスでしょ?」


 デューレも溜め息をつかずにはいられない。

 自分はこの王女にどんな存在と思われているのだろうか。


「そんなことより、何をしたのかちゃんと白状しなさい。私達の時代はいいが、いずれパッパルートにも傲慢な王族が出るかもしれないことを憂慮して、ルートフェン国にも女王が立つ前例を作ると言ったのは君でしょう。

 それに対してこちらもかなり協力してきた筈ですよ、カディミア。

 君に逆らえない婿を見つける筈が、どうしてあんな、どこに行っても最上のもてなしを要求するような傲慢国家との縁談になるんです?」

「デューレ兄様、怒らない?」


 ふっと、デューレはどこか荒(すさ)んだ微笑を浮かべた。

 怒るのならばとっくに怒っている。王子としての矜持(きょうじ)などずたずたにしてくれるこの王女には、ひどい目にしか遭わされていない。

 本来、ルートフェン国の王女はパッパルート王国の王子に従うものとされているのに、対外的には可愛がられる妹王女の立ち位置で、誰も知らぬその場所では格下王女の為に格上王子が尽くしているときたものだ。


「怒るに決まってるでしょう。だけど見捨てはしないから、ちゃんと最初から最後まで話しなさい」


 そう言いながら、デューレはカディミアを椅子に座らせた。

 その向かいにもう一つの椅子を持ってきて、二人の間には机を置き、まさに尋問スタイルだ。


「いやーん。怖いわ、デューレ兄様」

「ならとっとと白状しなさい」

「んもうっ。どうせならもっと甘く尋問して?」


 ぷぅっと頬を膨らませて可愛く言ってみても、デューレにその効果はない。


「大事なのは事実の羅列ですよ。とっとと自白するんですね。大体、ルートフェンみたいな国、ギバティにとってはクズみたいなものでしょう。カディミアだってまさにクズ王女だ」

「ひっどーい」


 デューレは、既に頭の中でギバティ王国の婚姻について知る限りのことを思い返していた。


「あんな格上国家の王子、神経そのものが図々しいでしょう。カディミアが御(ぎょ)せるような相手じゃありません。おじ上は、乗り気なんですか?」

「お父様、あちらもいずれ目が覚めるだろうって思ってるみたい。うちの国はあまり本気にしてないのよ。ただ、何故かあっちが乗り気なのよね」


 それこそがおかしいと、デューレも考えずにはいられない。

 カディミアはたしかに可愛らしい王女だが、王族の結婚において大切なのはその利益だ。

 ルートフェン国の王女と結婚するぐらいなら、まだギバティ王国内の伯爵令嬢とかの方がマシというものだろう。


「とりあえず両手を机の上に出しなさい、カディミア。そして何があったかを初めから話しなさい」

「別に机の下に手を置いててもいいと思うの」

「背筋を伸ばして机の上に手を出す。全てはあなたがやったことでしょう」


 というわけで、デューレはまずカディミアの尋問を始めた。


 

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