69 カイトはドモロールに雇われ、神官は感動した
ジンネル大陸へ戻ったはいいが、荒れた天候の為、カイトはギバティ王国ではなくドモロール王国へと到着していた。大陸間を渡る船ではよくある話だ。
ほとんどの乗客達はドモロール王国からギバティ王国へと向かう船に乗りこんでいた。
(ギバティールに戻るのは、・・・きついな)
カイトは運び屋の証明プレートを持っている。だからドモロール王国にある組合へと向かった。
当座の金はあるが、ほとんどの所持金は真琴のクローゼットに置いてきたからだ。
「今までギバティ王国で運び屋をしていたんだ。これが組合員のプレートなんだが、こっちに移籍できるかい?」
「ギバティ? また遠くから・・・。年に一度しか更新情報は来ないんだが、まさかなりたてかい?」
そう言いながらも、その受付にいた男は冊子を取り出して調べてくれた。そうして記載されている内容とカイトの容姿とを見比べながら、なるほどと頷く。
それにはちゃんと外見的特徴なども記載されており、なりすましを防いでいるからだ。
「なんだ。かなり長くやってたんだな。かなりいい評価じゃないか。歓迎するよ」
「ああ、ありがとな」
運び屋といっても、カイトは普通の荷運びだけじゃなく、かなり難しい仕事も受けていた。
カイト自身は自分の評価など気にしたことはないが、おそらくは特に守秘や技能が必要とされるものすら請け負えると、そんなデータがきていたのだろう。
「ようこそ、ドモロールへ」
受付をしていた男はにこにことして立ち上がり、カイトに握手を求めた。
「よろしく頼む」
その手を握り返しながら、カイトは準組合員のプレートにすら喜んでいた黒髪の少年を思い出す。
結局、自分はあの少年を一人前の運び屋に育てることもできなかったわけだが。
「ところで、住まいは決まってるのかい? というのも、移籍早々で申し訳ないんだが、かなり人を選ぶ仕事がきててな。内容は本人にしか伝えない、そして特別Cクラスができる人間をという要望なんだ」
「そりゃまたきな臭い話だな」
特別Cクラスとは、時に侵入や犯罪行為にも抵触する業務を指す。
どうしてそんな仕事を運び屋組合が受け付けるかというと、要はその依頼主が領主などで断れない、そして犯罪行為だろうが何だろうが為政者にとって達成しなくてはならない深い事情があるという、そんなワケあり依頼だからだ。
勿論そんな仕事は、暗黒街的な場所からは絶対に引き受けない。
要はどんな犯罪行為を行っても、為政者が揉み消すことが前提なのである。
「そうなんだが、こればかりは仕方ない。報酬はかなりいい。パンプキンスープだ」
「そりゃまた破格だな」
カイトはピューッと口笛を吹いた。パンプキンスープというのは彼らの間で通じる隠語だ。
ちょうど組合の受付に、組合員以外はいなかった。
それでも声を潜めてカイトは尋ねる。
「そうなると殺しも有りってことか? さすが軍事大国は違うな。いくらギバティールでもそんな危ねえ話はそうそうなかったぞ」
「そうなんだが、仕方ねえ。こっちだってこんなレベル、かなり久しぶりに受け付けたって奴だ。だが、今までこちらが紹介した運び屋は全員お断りを喰らった。どうもかなりハイクラスな身体能力テストがあるらしい」
「へえ」
そんな話、何があろうと断るべきだったのだろう。まだカイトはドモロール王国に不慣れだ。
「頼むっ。もう、うちの稼ぎ頭は全部頼んだ後なんだよっ。全滅したんだっ」
「それじゃ俺もお断りされると思うんだが」
「大事なのはそれでも候補者を行かせることなんだよっ」
「・・・おい」
けれどもカイトとて心の痛みを紛らわす為に、何かしていないと落ち着かなかった。
だから引き受けた。引き受けないと、依頼主すら教えてもらえない条件だったからだ。依頼主は、王城に勤務する文官だった。
そうして引き受けたことにより、指定された場所に行けば、まずは体力と運動神経テストが行われる。
それこそ人が乗っている馬を奪い取って操ることができるか。
深夜に鍵が掛けられている高い建物に侵入できるか。
人を背負ってどこまで歩き、走ることができるか。
(どこぞの王族を誘拐でもしてこいってか? 何なんだ、これは)
何もない状態から、武器を持った男達とどこまで戦えるか。
そんなことまでテストされた日には、カイトとて気づくことは出てくる。
これの本当の依頼主は、王城に勤務する文官などではないと。
けれどもカイトは獣人だ。体力そのものが人間と違う。
カイトの情報は組合から伝わっていたからだろう。
人間だとあちらも思っていたようだが、それだけに悪くないと思ったようだ。
「なるほどな。これは掘り出し物だ。カイトといったか」
満足そうに頷いてやってきた男を認め、依頼主としてカイトの前にいた王城の文官が頭を下げる。
「こちらは?」
「控えろ。我が国の宰相閣下だ」
「失礼しました。運び屋のカイトと申します」
膝をついて挨拶しながら、カイトは思った。
一体、何が起きているのだろうと。
「実は高貴な姫君を盗み出して運んでほしくてな。その為に運び屋の組合に声を掛けていたのだが、なかなかの結果ではないか」
「失礼なことを申し上げるようですが、こういった技能が必要なら、それこそ騎士の方々の方が余程優秀なのではありませんか? 我々は所詮、運び屋。戦うことでは騎士や兵士の方々に劣ります。ましてや宰相閣下がお出ましになるとあれば、尚のこと。民間よりも信頼できるのは、王宮に忠誠を誓った方々ではないでしょうか」
カイトが丁寧ながらも、消極的に再考を促せば、宰相はふむと頷いて言った。
「そうであろうな。だが、軍は動かせぬ。というのも、彼らは上司にも忠誠を誓っておる。我らが欲しいのは、その個人で雇われてくれる者なのだ。何と言っても秘密は守られなくてはならぬ」
「と、申しますと?」
「運ばれた高貴なる姫君について誰にも語らぬ口の堅さが必要だ。そしてご無事にお連れしてくれねばならぬ。いざという時の抜け道にしても、身の隠し方にしても、運び屋なればこそ、様々なスキルがあるであろう。応用の利かぬ騎士や兵士では駄目なのだ」
「さようでございましたか」
けれどもそれは、分かりきっていることでもあった。
カイトも言ってみただけだ。最初からきな臭い依頼だと分かっていたのだから。
しかし、宰相の次の言葉にカイトも顔色を変える。
「運んでもらいたいのは、女神様の神子姫様である」
「・・・っ!?」
あまりの驚きに声も出せなかったカイトだが、宰相は宥めるように言葉を繋げた。
「不敬と思うか?」
「女神様の神子様におかれましては、そもそも人がどうこうというものではございません。ましてや我らのような卑しき存在など、手を触れるどころか直接に話しかけることすらも烏滸がましいというもの。そんな高貴なお方に指一本触れることすら許される筈もなく、とあればお運びすることもできません」
顔を伏せて、カイトは表情を押し殺した。
「ふむ。やはりそう思うか」
「当然でございます。まだ王族の方々であれば会話を交わすことも許されましょうが、我らのような存在は、その姿をこの目に映すことすら恐れ多いものでございます」
自分の中にある怒りを悟られぬようにと、カイトは下を向いてそう言い募る。
しかし、それこそが宰相を満足させた様子だった。
「素晴らしき身体能力と共に、身の程を弁えておるとは感心なことだ。やはりそなたに頼みたい。これが騎士や兵士などでは、神子様に取り入ろうと、野心を抱き始めるのでな」
「取り入るなどと・・・。比類なき高貴なる方々は、俗世間のなにものにも煩わされることなき存在でいらっしゃいましょう。恐れながら、宰相閣下といえども、これがもしこちらの国王陛下のお耳に入りましたら、いかなる大事になることでしょうか。どうぞお考え直しください」
しかし、宰相は手を軽く横に振った。
「問題ない。さてはそなた、知らぬのだな」
「何をでございましょう?」
「我が国王陛下の孫殿下にあたられるキマリー国王子ウルティード様が、神子姫様に求婚したことを」
「え?」
カイトは目を丸くした。その反応に、宰相はニヤリと笑う。
「ギバティールから来たということだったが、そんな情報も得ておらぬとは」
「申し訳ございません。まさかそんな事情とは全く存じませんでした。では、ご成婚と?」
「・・・いや。求婚そのものはお断りになられたのだが、神子姫様はそれこそ人前では求婚を受け入れるわけにいかないお立場。しかし、他の王族の求婚を聞くことはないと約していただいておる」
「それは一体・・・」
どういう意味なのかと、カイトは判じかねた。しかし、そこで宰相は畳みかける。
「我らは神子様とウルティード様の引き裂かれてしまわれた愛を繋ぎ合わせたいだけなのだ。しかし、神子様とてお立場がお立場。表立っては頷けまい。それゆえに秘密裏にお招きしたいと考えておる」
「それは、・・・つまり神子様の所へ赴き、そのご意思をお尋ね申し上げた上でお連れせよということでありましょうか?」
「いや。神子姫様はお尋ねしても頷けないお立場なのだ。ゆえに何もお尋ねすることなく連れてきてもらいたい。ウルティード殿下と神子姫様は仲睦まじく過ごしておられた。だが、それも神子姫様がその素性を明かすまでのこと。これはもうウルティード殿下の神子姫様への愛が昂じて・・・という形をとらねばならぬのだ」
「・・・・・・それは」
カイトはしばし考えた。
ここまで宰相が話した以上、自分に断るという選択肢は用意されていない。
「かしこまりました。神子姫様がその王子様をお気に召しながらも口に出せず、その王子様が全ての責任を取る形で行うとなれば、女神様を信仰する民としては神子姫様のお幸せを願うばかりでございます」
「その通りだ。我らは神子姫様の為ならば、陛下の孫殿下を差し出すことも厭わぬものである」
満足そうに宰相は頷いた。
「ならば、どちらに向かえばよろしゅうございますか? 早速、用意を調えます。また、神子姫様をお運びする以上、道中の宿泊先に侍女の方を待機させておいていただかねばなりません。またお召し物もそれぞれの場所に置いておく必要がございます。それともかなり近い場所となりましょうか?」
そこで、宰相は口ごもる。
「宰相閣下? もしやかなり行くのも難しい場所なのでしょうか?」
「そうではない。神子様は現在行方不明でいらっしゃる。だが、・・・現れるであろう場所は見当がついておる」
「と仰いますと?」
「ディリライトだ。そこへ向かい、情報を集めよ。そうして神子姫様が現れたならば何としてでもその御身を確保し、ドモロールへと連れてくるのだ。傷一つつけてはならぬ。侍女の用意はできぬが、その先々でどうにかせよ。また、神子姫様のお傍にはグリフォンがいる」
「グリフォンっ!?」
カイトが驚いて顔を上げたことから、宰相も文官も鼻を小さく鳴らす。
「なんと、本当に何も知らぬのか」
「あれ程に世間を賑わせた椿事だったというのに、もの知らずなことだ」
「申し訳ございません。かなり長くかかる仕事を引き受けておりましたので、世事に疎くなっておりました。しかし、本当にあのグリフォンを神子姫様は従えておられるのですか?」
カイトの質問に、宰相は頷いた。
「そうだ。だが、そのグリフォンに邪魔されぬよう神子姫様を連れてくるのだ。その為に使う宝石も渡そう」
語るに落ちるとはこのことかと、カイトは冷笑する。
どうして王子と両想いの姫君を連れてくるのに、その姫君の身を守るグリフォンを引き離さねばならないというのか。
「精一杯、努力いたします」
自分の思いを悟られぬよう、カイトは恭しく頭を下げた。
(ディリライト諸島。戦う海の一族が治める南の島)
寒さに強い自分には、いささかきつい仕事になりそうだ。かなり暑いだろう。
けれどもそれぐらいでちょうどいいのかもしれない。動いていれば忘れられる。
(ハルカちゃんにはお会いしたが、ユウリ様だったら顔見知りじゃない分、きついな。だが、会って話せばどうにかなるだろう。マコトと同じ顔なら俺に分からん筈がない)
けれどもそれは遥佳だろうと、カイトは思っていた。
かつて自分の暮らしていた家の近くに現れた遥佳。その身にはとても獰猛な気配が纏わりついていたのだから。
(あれがグリフォンだったなら納得できる話だ。実際、ドリエータの神子姫絡みでグリフォンがどうこうという噂まであったわけだしな)
だが、人間とはなんと増長する種族なのか。
カイトの口中は、血の味がしていた。
ギバティ王国の首都ギバティールにある大神殿。
それは純白の壮麗な神殿だ。
だが、ジンネル大陸の人々が空を見上げて奇跡を知った日から、大神殿は混乱していた。
「なんということだ。あれだけの力を持つ存在を、どう言いくるめられるというのか」
「三人の神子様がそれぞれの大陸とは・・・。やはりマーコット様はマジュネル大陸においでなのだろうか」
「ならばこのジンネル大陸にいらっしゃるのは、あのグリフォンと共におられるハールカ様かっ? それとも未だにお名前も分からぬ神子姫様かっ?」
「落ち着かれよ。やはり各地で発表したのは間違っていなかったということだ。あちらからこれだけの奇跡を起こしてくださったのだから」
「だが、これでは我らが近くに傅くことで神子姫様にとっての腹心とされるわけにいかぬではないか」
「それどころか、神子姫様は我らを無視して動くということではないのか。あれだけの奇跡を起こされた今、どの神殿も我らに報告などせず従うに違いない」
さすがにそれを一度は覚悟したとはいえ、本当に自分達を無視されてしまうと、彼らなりに欲得絡みの思惑が溢れてくる。
これでもし、どこかの神殿だけ神子姫が頻繁に使うようになったら、第1等としての自分達の権威が地に落ちかねない。
あの天から降りてきた言葉は、まさに一人の神子姫による全神殿掌握宣言だった。
大神殿のエリート神官こそ、地位転落に怯えずにはいられない。
一方、地方の神殿はそうでもなかった。
「さすがは神子姫様。なんと素晴らしい」
「はい。皆もまた笑顔で神殿に詣でてきております」
「あの、・・・今まで神殿にはやってこなかった浮浪児なども来て祈りを捧げようとしておりますが」
「・・・受け入れるしかあるまい。全ての命を尊いと神子様はおっしゃったのだから」
「はい。いつもより遥かに多くの人々が祈りを捧げにきておりまして、場所が足りなくなっております」
「扉を開けて中庭にも臨時の祭壇を設けるのだ。ここで断るようなことがあってはならぬ」
また、偽者がやってきて様々な要求をしていた各地の神殿では、安堵していた。
「この通り神子様は太陽の光を更に増し、天からお声をくだされる御方。その奇跡を起こしていただきましょう」
それで全て叩き出すことができたからだ。
世界の祝福と共に在ると言われては、それだけの奇跡を起こせなくては話にならない。
どの詐欺師も警吏や自警団等へと引き渡される。
そして遥佳と真琴になじみ深いドリエータでは、第9神殿長以下、皆が感動に打ち震えていた。
「神殿長。あれはもしや、最後のお名前も分からぬ神子姫様でしょうか」
「恐らくはそうであろう。マジュネル大陸へと旅立たれたマーコット様は天真爛漫なお方だった。地下牢から出てこられたハールカ様は、とても儚げなお方だった。さすれば残りのお方こそが此度の・・・」
第9神殿長は、自分の書いた手紙を思い返した。
ドレシアから出ている大陸間を渡る船に手紙を託そうとしたら、乗客のゴブリンがそれを聞いて、
「なら、シルフに頼んだ方が早いだろ。神子様が関係するなら、シルフだって協力するさ」
と、預かってくれたのだ。
たまに空に向けて叫んでいれば、ちょうど通りがかったシルフが運んでくれるのだと言って。
(あの手紙は、ちゃんと無事にイスマルク殿へ届くだろうか)
それこそジンネル大陸で役に立とうと待ち構えていたシルフによってとっくにイスマルクへ届けられているとは知らず、第9神殿長は空を見上げた。
軍事大国ドモロール王国。
酒が注がれたカップを手に、国王は息子である王太子アクネトス、宰相、4人の将軍を相手に語りかけていた。
酒肴は用意されているが、7人だけの室内に酌女はいない。
「宰相よ、どう思う? 神子姫は三人それぞれに違う大陸にいるということだが」
「ならばやはりジンネル大陸を離れられないわけがあったということでございましょう。そうなるとウルティード殿下が求婚なさった神子姫ハールカ様が、あの空からの奇跡を起こされたお方ということでしょうか。将軍方はどうお思いか?」
宰相が他の将軍たちに問いかけるような視線を送りつつ、国王に答える。
「ディリライトに遣わした護衛兵達はあくまでウルティード殿下の警護の為でございました。まさか神子姫様がおられるとは思いもしませぬ。そうと分かっておれば私こそが参りましたが、ディリライトに対して戦争の意思ありと受け取られぬよう配慮したことが裏目に出たと申せましょう。彼らの報告では、大人しく顔を隠していることの多い姫君ということでありましたが、その特徴ともなっていた額飾りすら、ディリライトの若君にくだされたとあっては・・・」
第一将軍が唇を歪ませながら発言する。
「神子姫様がお使いになっていた額飾り、なかなか目立つ意匠ということでございましたな。おかげでディリライト次期首長のそれは広く知られ、今やディリライトと戦おうと思う国はいないという有り様。同じ神子姫様絡みでもウルティード殿下とは反対に、ディリライトの若君には縁談が一気に殺到しているとか」
クックと笑いながら第二将軍が楽しそうに言えば、第三将軍も男としてウルティードに同情していることを感じさせる表情で口を開いた。
「笑い事ではありますまい。陛下の孫殿下でいらっしゃるウルティード様こそ、縁談をきちんと考えねばならぬお立場。通常の王族であれば結婚話など外交でしかないというのに、これではどんな才媛の姫君とて尻込みしてしまうのは当然のこと」
その気分を引き立てようとするかのように、
「まあまあ。第三殿」
と、第四将軍が明るく場をとりなそうとする。
「ウルティード殿下もまだお若い。その内、いい思い出となりましょう。ディリライトの若君や姫君と共に、殿下も神子姫様と親しく釣りや観光、買い物などをなさっていたというではありませんか。神子姫様を乗せて舟を漕いだりしたとも聞いております。どうしても我らは外交絡みで考えてしまいますが、一人の若者として考えるなら、得難き青春の日々であったに違いありません」
そのウルティード王子を産んだネムソフィアの兄にあたるアクネトス王太子も苦笑した。
自分の甥のことだけに。息子達もそうだが、時に自分達の思惑を超えていく若さが眩しいこともある。
「歴史あるキマリーに嫁がせたことでネムソフィアには辛い思いをさせたが、今やウルティードを産んだことで誰もが何も言えなくなったと聞く。あのやんちゃ王子もお断りされた甲斐があったというものか。父上も少しはウルティードのことを考えて差し上げてはいかがでしょう。ここまで失恋が広まったのは気の毒な限りですよ」
ドモロール王国にやってきたウルティードを見て、同じネムソフィアの息子でもケイファストとは違って健やかに成長していたことに安堵した。
あくまで傍系王族であるシンクエン一行ということになっていたが、そのシンクエンもこのドモロール王国ではウルティードは安全だと思っていたのだろう。何かと、アクネトス達との時間を持たせようとしてきていた。
父王と違ってアクネトスは温和な考え方をするタイプで、懐かしげに眼を細める。
「しかし、神子姫様が大人しいといった報告だけを鵜呑みにするのもいかがなものでしょうな。キマリー国はなかったことにしたが、ウルティード殿下がいらした一行の護衛が亡くなった件、今となっては神子姫様が関与していた可能性が濃厚というではありませんか。
ディリライト首長に彼らをわざわざ殺す理由もなかった上、殿下の命を狙っていたなどと、殿下や殿下の警護に目を光らせていたシンクエン様もご存じなかったという。
その時は病弱な首長の姪姫を疑う者は誰もいなかったが、今となっては彼らを始末できたのはどなたであらせられるか、ということでしょうな。いや、さすがは神子姫様。守られているだけの存在ではないということでありましょう。その意に従うグリフォンがいれば、彼らを溺死させることもたやすい」
第二将軍が皮肉な笑みを隠さずにそう述べれば、誰もが黙りこむ。
「だが、それだけ殿下をお気に召してくださっていればこその温情でありましょう。実際、王族への害意は極刑をもって贖うもの。これが表沙汰になれば一族郎党、どんなことになるか。・・・何にせよ、神子姫様が気兼ねなく滞在できると分かっているのは、今の時点でディリライトのみということになります。第一将軍、ディリライトにはまだ騎士を常駐させておいででしょうな?」
「それは一応。ディリライト首長にも、『無駄ではないか』とは言われておりますが、普段はディリライトの力仕事にも参加させていただければということで、騎士や兵士達を10名程、常駐させております」
宰相の問いに、第一将軍が頷く。
なるほどと、宰相は頷いた。
「今度、それに一人、参加させたいのですよ。いや、民間の運び屋なのですがね。いざという時、騎士や兵士達では命じられれば首長殿や神子姫様の指示に従わねばなりますまい。ですがそういった枷がない男であれば、神子姫様が現れた途端、その情報をこちらにすぐまわしてくることでしょう。彼らには彼らだけのネットワークもありますからな。その男をディリライトに行かせますので、普段はそちらの騎士や兵士達に組みこんでおき、いざという時には離脱させて好きにさせていただきたいのです。いかがでしょうか?」
第一将軍はとても嫌そうな顔になった。
自分が現地に派遣している一行に、他人の息がかかった人間を参加させるなど冗談ではない。
縄張りを踏み荒らされることを喜ぶ人間がいるだろうか。
しかし、そこで国王が口を開く。
「第一将軍よ。たかが民間の運び屋だ。保険と思えば何ということもあるまい。どうせそなたが仕込んだ兵士の方が機動力は高かろうが、時に警護で手が回らぬ時もあろう。そなたが行けるわけではないのだからな。我が第一将軍が自ら動いては、すわ戦かと、どこもが怯えてしまおうぞ」
「我が王がそうおっしゃるのであれば・・・」
嬉しがらせとは分かっていたが、そこで第一将軍は頷いた。
「ならばその男を受け入れるよう、あちらには連絡しておきましょう。その男の名は何と?」
「カイトと申すのですよ。銀髪に薄い青色の瞳をしております。肌も白みが強いので、間違えることはないでしょう」
「それはまたディリライトでは目立つ色ですな」
第一将軍は、これだから現場を知らぬ頭でっかちはと、内心で宰相を嘲った。
黒髪に焦げ茶色の瞳、褐色の肌が基本のディリライトだ。それに混じるのであれば似たような暗い色合いの方が望ましい。
それでは無駄に目立って身動きがとれぬだけではないか。
(ま、そんな無能なら受け入れても問題あるまい)
そう思って、第一将軍は鷹揚に頷く。
「現地にいる小隊長への紹介状を用意しましょう。ま、保険にさほどの期待はしておりませんがな」
「すみませんなぁ、第一将軍」
その優位を確信している第一将軍に、宰相もにこやかに礼を述べる。
(ま、笑っておるがいい。目立つ人間だからこそ、変装すれば気づかれんことも分からんとは。これだから戦うことしか知らん人間は阿呆だと言うのだ)
それでも腹の中で、宰相は第一将軍を馬鹿にしていた。
南の海に浮かぶ真珠と謳われるディリライト諸島。
その中でも一番大きいディリライト島に、カイトは到着した。
「ここが、ディリライトか」
島だけに逃走は難しいなと、カイトは思った。
そこへ、声が掛けられる。
「貴様がカイトとかいう運び屋か」
「ああ。そちらが小隊長さん? カイトと言います。この度はそちらの指示に従うようにということだったんですがね。まあ、よろしくお願いしますよ」
へらへらと笑いながら、その下で反応を探るカイトだ。
「小隊長のドカートンだ。これから貴様は私の下につく」
「そうなんですか。実は詳しいことは全く聞かされてなくてですねぇ。行けば教えてくれるってぇことだったんですが、現地で任されている小隊長さんさえ探せばなんとかなると言われまして。迎えに来てくださって助かりましたよ」
「・・・なんていい加減な」
まさに言われた通りに従うといった、冗談の通じないタイプだなと、カイトは思った。
それだけにきっちり仕事をするタイプだ。やりやすくもあり、やりにくくもある。
何にしてもうまくやっていかねばなるまい。
そこで声を潜めて、カイトはドカートンに囁く。
「何でもかなり神経を使う仕事だってんで、俺らにも仕事に就く為の試験は行われたんですがね、内容は現地に着くまで教えられないってぇことだったんですよ。それだけ重要なこととお聞きしましたが?」
「む。・・・まあ、な」
ディリライト首長から、滞在するのは許してもいいが最大人数10名と言われているドカートンだ。
カイトの受け入れが決まった為、部下を一人戻らせる羽目になっていたので、宰相がねじ込んできたカイトを快くは思っていなかった。
こっそりと紛れてもらえば良かっただけかもしれないが、ディリライト島でそれが明らかになったら全員が追い出されかねない。
ましてや、ここは島民全てがディリライト首長の命令に従う土地なのだ。
「少数精鋭だからこそ、その足を引っ張るなと、小隊長さんの命令に従うように言われてるんです。まずはどこかで仕事内容をお尋ねしたいのですが、一体何があったんですかね? 実は俺、大陸間を渡る仕事から戻ってきたばかりでこっちに派遣されたんで、情報を集める暇もありませんでね」
「は? じゃあ、ここで神子姫様がいらしたことも聞いてないのか?」
ドカートンが目を丸くする。
「神子姫様? 何のことです? 神子姫様はギバティ王国の聖神殿から行方知れずになったままではなかったんですかね? まあ、俺もほとんどジンネル大陸を一年以上離れてたわけでして」
堂々ととぼけたカイトだ。
そうなるとドカートンも毒気を抜かれてしまう。
「本当に何も知らんのだな。大陸間を渡る仕事といったか?」
「ええ。俺らは必要とあればそういうのも引き受けるんですよ。護衛も兼ねましてね。久しぶりに人間世界に戻ってきたと思ったら、いきなり説明なしで試験を受けさせられてこっちに放りこまれたんですよ」
「そうか。そりゃ大変だったな。まずは来い」
小隊長は自分達が借りている貸別荘へカイトを案内しようと、言い出す。
その後ろには二人の騎士もいたが、カイトの北方出身だと分かりやすい外見に苦笑していた。
(とりあえず間抜けを装って懐の中に入りこむしかないか。どちらにしても警戒されぬようにしておかねば)
必要だからと、宰相には上質な肌や髪を染める粉を用意してもらった。
そして様々な道具も用意してきている。現地調達など期待していなかった。
(ここで別の隠れ家も用意しないと。島民のネットワークを考えるなら、見つかりにくい場所を探しておく方がいいかもしれん)
高い評価を得ていたのには理由がある。
カイトは、抜け目なく周囲の様子を探っていた。
ドモロール王国で、第一将軍はかなり不機嫌な様子を見せていた。
「恥ずかしいと思わんのかっ。たかが民間の運び屋なんぞに、鍛え抜かれた我らが第一軍の騎士も兵士も負けるとはっ」
受け入れはしますが、ちゃんと自分達についてこれる程度の体力は欲しいものですなと、その違いを叩きつけて、身の程を分からせておいてやろうと、第一将軍は考えたのだ。
だが、宰相が寄越した運び屋は、たしかに外見こそ目立つ色合いだったが、かなり腕力も脚力もある男だった。
ならばと戦わせてみれば、剣の腕もきちんとした教えを受けてはいないようだったが、実践派でなかなかの腕前を披露したのである。
(しかもあの男っ、わざと途中で負けおった!)
ムカつくのがそこだ。
あまり勝ち続けてもまずいと思ったのだろう。
適当なところで剣を弾かれたように見せかけて、その運び屋は負けてみせた。
「すみません。俺はこういった剣は得意ではなくて・・・。参りました」
そんな言葉と共に。
情けなぞかけられて。この軍事大国ドモロール王国の第一軍が。
「ええいっ。外国人だろうが民間人だろうがかまわんっ。騎士としての剣を持たんでもいいっ。強い奴を探すのだっ! 宰相なんぞにでかい顔をされてたまるかっ!」
頭でっかちの宰相と違い、自分達はこの軍事大国としてのドモロール王国そのものの評価を背負ってきたという自負がある。
何があろうとカイトよりも強い奴を派遣し、あの男よりも強い奴などごろごろいるという事実を見せつけてやるのだ。
「ははっ」
第一将軍の吠え声に、部下達はざざっと頭を下げた。




